救われた命
「ああ、一昨日の旦那はさっきまで牛のステーキを五皿平らげていたさ。代金はもう十分すぎるほど貰っていたからな。魚のスープもたっぷり振る舞ったんだ」一夜で大金持ちになったイーユンという男は嬉しそうにいった。「あんたたちも、ワイバーンを殺してくれたんだってな。今日も寄っていくだろう? ただ飯だ。親友の敵を討ってくれた礼をするから」
「あの太っ腹はまだ村にいるのかな?」ロバートが問いかけた。「できればまた一緒に飲んでみたいんだけど」
「次はビルワリーに行くといっていた」とイーユンは答えると、ロベリアの傍に立つ青髪の少女に目を留めた。「おっと、このお嬢さんは初めて会うが、君たちの仲間かい?」
「娘だ。俺たちがご馳走になったときは眠くて先に宿で休んでいたんだ。彼女は下戸でもあるしな」咄嗟にジェームズが嘘をいった。パンクラトフの近隣都市に姿をくらました、王兄の本当の娘であるかもしれないのだが。もしビルワリーにミクロスが浮遊魔法で移動したのなら、その領地の中で彼の居所を突き止めるのは大変だろう。ここからは馬で少なくとも数日はかかるのだから、また高飛びされていてもおかしくない。冷酷なギルドのスクラッパーとしては、身寄りのない少女など捨ててしまうのが正しい選択だろう。もちろんロバートも同意するはずだ。片割れから元に戻ったとしても情に流されない考え方は健在だからだ。自分が失敗した任務の原因を忘れるわけがない。だが、彼女は幼い頃のミトラに少し似ていた。モンスターに襲われた家族。身を挺して子どもを守った母親。弟を庇って片足を食われた少女。俺が奴を倒さなければ、ふたりも死んでいた。俺があと少し速く駆けつけていれば、女は死ななかった。
もっと速く洞穴に辿り着いていたら、彼女の家族は死なずに済んだのだから。
「フィオナのお父さんは、あなたが無事ではないと思って出てしまったんだわ」ロベリアは、村の人々に聞いてまわった結果に落ち込む彼女を思い遣っていう。「それともあるいは、谷の川に流されて見つけられなかったワイバーンの死体を回収しに行ったのかもしれない。下流にビルワリーが繋がっているのですから」
涙ぐんで、フィオナはロベリアに手を握られて黙っている。お父様はもう私を心配していないということだ。お母様は殺されて、私も食べられたのだと諦めてしまったのか。
「一緒にビルワリーに行きましょう」
ロベリアの声に兄のルークは頷いた。「そうだね。僕たちは、君のお父さんを探すのを手伝うよ」
しかしロバートはその話に反対した。「おいおい、俺たちはこれ以上この子の面倒は見ていられない。ずっとギルドに戻れなくなってもいいのか?」
「それじゃあ、ロバートとジェームズはパンクラトフに帰還してもいいですわ」
それはまずい。ふたりと別れることになっちまう。命の恩人に借りを返さないままで。「幸い大金を貰えたからな。少しくらい顔を見せなくたって生活に困りはしないだろうさ。だから少しだけなら、手伝ってやってもいいけど……」
急な物わかりに、ロベリアは驚いた。「ありがとう、ですわ」




