ヴァンサンの夜
ドモンジョは目を覚まし、自分が生きていること、仲間が死んだこと、そして血の匂いがしないことに気がついた。彼はベッドに寝ていた。背中の感触は固く、我が家でも軍の基地でも娼館でもないことが知れた。部屋は暗く、格子の窓から月明かりが見えた。四方の壁のひとつも、鉄格子でできている。牢獄に間違いなかった。
「俺は……捕虜になったのか」ひとりごちる。
「違うわ」
しかし返答があったのでドモンジョは跳ね起きた。鉄格子の向こうに人が立っていた。
「だけど似たようなものね、あなた」いや、人間ではない。あの時の、仲間を殺したヴァンパイアがドモンジョをみていた。「運の悪いことに、私に吸われて生き残ってしまったのだから」
「貴様にやられてから、俺をどこへ運んだ」ドモンジョはうなり、女の顔を睨み付けた。「ヴァンサンまで連れてきたのか?」
女は微笑んだ。「そうよ我が従僕。ここは私の巣。隠れ家のひとつね」
「従僕だって?」ドモンジョは眉をひそめた。「お前の奴隷になるくらいなら、死んだほうがましだ」
ヴァンパイアは歯を剥き出しにして唸るドモンジョをみても、表情を崩さない。「死ねないのよ。いや、死ねなかったというべきかしら。我が眷属」
ドモンジョは目を見開き、さっと首筋に手をまわした。二つの穴。牙で噛みつかれた跡。「まさか……っ」
そんなことが。ヴァンパイアに血を吸われた者は死ぬ。しかし生き残った者は、同じヴァンパイアになるのだ。「だが、俺はなぜ生きている? お前は最後まで血を吸わなかったのか? 満腹だったとしても、殺せばいいだろう」ドモンジョは投降したわけでもなかった。捕虜にする価値のある情報を持っているわけでもない。「わざわざアジトまで連れ去った理由はなんだ?」
女はドモンジョをみて微笑みを絶やさない。「あなたが特別な人間だったからよ」にやりとして、鋭い牙が覗く。「いえ、もう半人前のヴァンパイアだけれど。ともかく普通の人間なら、ヴァンパイアに噛まれると血を吸われなくても死ぬの。魔素が体内に侵入して、拒絶反応が起こる。私の唾液は毒のようなもの。しかし、あなたは適応した。魔素に耐え、力として取り込んだのよ」
つまりこの女ヴァンパイアは、自分の眷属になれたドモンジョに気づき、ヴァンサンへ連れ込んで飼うつもりなのだ。「俺はヴァンパイアになったのか……」喋るときにかちかちと、牙が鳴った。
「そうよ。ニコラ」女はいった。「百年ぶりの仲間ができて、嬉しいわ」
なぜ、俺の名前を知っている。




