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スザンヌはただ愛されたい

作者: はじめアキラ

「星子さんだ!」


 近くでわあ、と小さく歓声が上がった。俺が振り返ると、丁度長い黒髪の美人がテーブルのすぐ横を通過していくところである。高校生離れした長身にモデル体型の美女、藤宮星子(ふじみやほしこ)。この学園のアイドルと言っても過言ではない存在である。男子達は、恋する乙女さながらに頬を染めて彼女の方を見つめている。――時折、“是非とも踏んでほしい”とか“星子様が相手なら俺、抱かれる側でいい”とかなんとも微妙な呟きが耳に入るが、まあ聴かなかったことにしよう。

 とびきりの美女であり、運動神経抜群、成績優秀と三拍子揃った彼女であったが。まあ性格は、そういうことなのである。


「ちょっと」


 ギロリ、と彼女は唐突に、自分を見ていた男子の一人を睨みつけて言った。


「人の胸ばっか見てんじゃないわよ、この変態」

「す、すみません!」

「ばっかじゃないの。これだから男は」


――あ、相変わらずこっわ。


 彼女はいわゆる“女王様”キャラなのだった。

 いつも誰かに対してぷりぷりと怒ってばかりなのである。




 ***




――星子さんって、なんでいっつも怒ってるんだろうな。にっこりすれば、男どころか女だって落ちそうなもんなのに。


 俺はいつも疑問で仕方ない。教室で授業をしながら、じっと彼女の背中を見つめる。他の女子どころか、一部男子よりも長身な彼女はどこにいても目立っていた。ぴんと伸びた背筋、風に揺れる艶やかな黒髪。後ろから見ただけでも十分に美しい。きっと毎日手入れしてるんだろうな、シャンプー大変そう、なんてちょっと場違いなことを思ってしまう俺である。

 近寄りがたい女王様キャラ、人のことを理不尽に罵倒することも多々、いつも怒ってばかりでちっとも笑わない。そんな彼女に苦手意識を持つ生徒もいるはずだったが、不思議なことにそんな彼女のことを好ましく思う同級生は少なくないようだった。というのも、校舎裏に呼び出されて告白される、なんてテンプレートを見かけたことが、過去何度もあるからである。まあ、そういう時は基本、相手の差し出してきた手紙をその場でビリビリ破かれるところまでがセットなのだが。


『ナメてんの?誰があんたみたいな地味男と付き合うもんですか。目障りだわ、消えて』

『そ、そんなところもかっこいいです……!ぜ、絶対に星子さんを振り向かせてみせます!』


 いや、だからなんでそうなるの、というところも含めて。

 不思議なことに彼女の周囲には、罵倒されても蹴られても拒絶されても彼女に憧憬の念を抱く者が集まる傾向にあるらしい。本人は本気で嫌がっているようで、今のところあれだけ美人なのに男の影は一切ないのだが。


――もうちょい愛想良くするだけで、全然周りも対応も変わるってのに、何でだろうな。それも嫌だとか?それとも、なんか理由があるからなのか?


 俺がそんな疑問を持つ理由は単純に、彼女が本気で望んで周囲につっけんどんな態度を取っているわけではないと考えるから。そしてその根拠があるからだ。

 現在高校二年生の俺が、彼女を知ったのは、去年の夏のこと。彼女はその時にはもうある種学校の有名人であったが、実際にちゃんと姿を見たのはその時が初めてだったのである。

 帰宅部という悠々自適な身分の俺は、いつも適当に学校の周囲を散歩して帰ることが多い。桜の並木道、紅葉の並木道、ツツジの並木道などなど。この学校の周囲には、花が咲く道が多く、季節によって様々な草花を楽しむことができる。昔から花が好きな俺は、それらを写真で撮ってSNSにアップロードするのをひそかな楽しみとしていた。花が好きなのに園芸部に入らないのは、育てるのが好きなのではなく観賞するのが好きだからである。園芸部の花壇にもお邪魔してよく写真を撮らせて貰っている。その日も花壇を好きなだけ観察させてもらって、さあ裏門から帰るかと思っていたのだった。

 運悪く、見てしまったのである――いわゆる、女の子の“いじめの現場”というやつを。

 別のクラスの少女たちが、校舎の影に溜まっていた。そして一人の女の子を取り囲んで、さながら“晒し上げ”のようなことをしていたのである。端々から聞こえた単語から察するに、リーダー格の少女の好きな人に、いじめられている少女が色目を使っただなんだと因縁をつけているらしい。実にくだらないし、なんとも理不尽な話である。本当に片思いであったとしても、好きでいるだけでなんの罪があるというのか。

 そう、まさにその時だ。


『ばっかじゃないの』


 いつもの罵倒をひっさげて、現れた一人の女性。あの藤宮星子、その人だったのだ。


『そんなに相手の男を振り向かせたいなら、自分を磨いて見返してやればいいのに。ああ、それもできないのが分かってるから人を陥れようとしてるわけね。最初から自分で負けを認めてるんじゃない。流石、いじめなんてやる人間はわかりやすいわね』

『な、なんですって?』

『おっと』


 平手をかましてこようとした女子の手を掴んで、星子は言った。


『暴力で解決?ありがと、そっちの方が早く済むわ』


 その後は、鮮やかとしか言いようがない。一人は右ストレート、一人はバックドロップ、一人は一本背負い。合計三人のいじめっ子女子が、あっさり地面とキスをする羽目になったのだった。

 完全に目を回した加害者たちを後目に、被害者少女に歩み寄る星子。


『暴力はいけない、それは真理よね』


 呆然とする少女にかける声は、初めて聴くほど優しいものだった。


『でも。貴女自身の体や心をを守る為に必要なら、拳を振るうのも勇気よ。ああいう奴らは、貴女が抵抗してこないと見下してるからこそつけあがるの。耐えられないと思ったら、迷うことなく殴り飛ばしなさい。貴女の心が壊れるくらいなら、その方が百倍マシよ。殴る価値もない相手かもしれないけれど、貴女自身は拳で守られる価値あるものだわ。そうでしょ』

『は、はい……ありがとうございます』

『それと、今の時代は証拠を録画・録音しておくのもいいわ。ネットにばらまくとでも言ってやりなさい。ああいう奴らは存外体面を気にしてるものだから』

『はい……はい!』


 その時、俺は思ったのだ。弱い者いじめは許せない、虐げられている者を損得関係なく助けたい――その優しさこそ、彼女の本質であるはずだと。


――本当は優しいのに、人に嫌われるように動く理由?……なんだろうな、全然思いつかん。


 俺のそんな視線に気づくことなく。彼女はずっと、真っ直ぐ黒板を見つめ続けていたのだった。




 ***




 彼女のことが気になる。かといって、声をかける勇気もないし、そこまで話したいというわけでもない。そんな俺だったが、思いがけないところで話す機会があった。

 俺が友達と教室で、とあるラノベについて盛り上がっていた時、傍を通りすぎた彼女がぼそっと呟いたのである。


「ばっかみたい。異世界転生とか、そんな子どもっぽいものが好きなんて」


 流石に、カチンと来た。確かにそれは流行の、いわゆる“異世界転生モノ”ではあったが。キャラクターにも魅力があるし、話も面白い。複雑な表現がない分ライト層にも読みやすく、アニメ化も予定されている有名どころの作品である。WEB小説発だから、というイメージだけで馬鹿にされるのは極めて遺憾なことだった。だからつい、本音を漏らしてしまったのである。


「人が好きなものを馬鹿にして楽しいのか?」

「……っ!」


 一瞬、星子は今まで見たことのないような顔で黙りこんだ。そこまで深く考えていたわけじゃない、とでも言いたげな顔だ。

 俺は一瞬沸騰しかかった頭をどうにか冷やして、彼女に告げたのである。


「……いい機会だ。お前にはちょっと訊きたいこともあったし……まだ休み時間が終わるまで時間あるだろ。ちょっと表出ねえか」




 ***




 彼女がしょっちゅう呼び出されている校舎裏。しかしそれが、いつものように甘い空気でないことは明白だった。


「……佐伯(さえき)。言いたいことがあるならはっきり言えば」


 イライラしているようにも、焦っているようにも見える。こんなに余裕のない星子を見るのは初めてだった。


「回りくどいの苦手だからストレートに言うわ。藤宮。なんでお前、いっつも怒ってんの」

「は?」

「俺、お前が笑ったところ見たことがねーんだよな。多分他の奴もだろ。いっつも誰かに対して怒ってる。酷いと罵倒してる。それでお前のことカッコイイ!とか崇拝してる連中もアレだけどさ」


 本当に短気で、冷酷で、女王サマな性格だというのならそれも仕方ない。でも、あの日いじめっ子からたった一人の見知らぬ少女を助けた彼女は――あれこそが彼女の本質だというのなら。普段見せた顔とは、あまりにも一致しないのである。まるで、日常では常に仮面をかぶって本当の自分を隠しているかのようではないか。


「お前、みんなに嫌われたいのか。嫌われたい理由があるのか」


 そうだとしても、と俺は続ける。


「人に嫌われるためなら人を傷つけていいなんて、そんな理屈はないだろ。誰かが好きなものに唾を吐くような物言いなんて論外だ。ラノベのことだけ言ってんじゃない。お前の言動、最近ちょっと目に余るぞ」


 きつい言い方をしているのはわかる。けれど、このままではいけないと思っていたのも事実だ。何か理由があるなら、それが解決できることならそうしたほうがいい。所詮ただのクラスメートでしかない以上、お節介と言われても仕方ないけれど。


「……あんたには、絶対わかんないわ」


 やがて。低く唸るような声で、星子は言った。


「トラックにぶつかって、異世界に飛ばされて、メガミサマに愛されてチート無双!そんな作品へらへら楽しんでるようなあんたなんかに、私の気持ちはわからない!」

「“エンゼル・ライド”のこと言ってんのか?確かにあれも異世界転生だしチートもするけど、主人公の能力がきかない展開もあるし努力するシーンもある。キャラ同士の成長や友情もあって凄い良くできた作品なんだぞ。ろくに読みもしないくせに、全否定はないだろ」

「アレがどんないい作品かなんて関係ないの。チート転生なんてもの、夢見てる奴にロクな奴なんかいないわ。私がそうだったみたいにね!」


 彼女が嫌っていたのは、ライトノベルではなく“チート転生”という趣向であったということらしい。そこまではわかったが。


――私がそうだったみたいに?……どういうことだ。


「どういう意味だよ」


 多分、本人も口を滑らせたというやつなのだろう。明らかに動揺した様子で彼女は視線を泳がせ――やがて、観念したように告げた。


「……チート能力なんかろくなもんじゃない。結局本人も周りも不幸にするだけ」

「何でそう言い切れるんだ」

「決まってる。私がそうだからよ」


 どうせ信じないでしょうけど、と。星子は前置きして、こう告げたのか。


「馬鹿な女の妄想だと思って聞けばいいわ。……私も、いわゆる転生者ってやつなの。……信じないでしょ。信じないわよね。別の世界で列車に轢かれて死んだら、神様の力でこの世界に転生したってやつ。しかもチート能力も若さも美貌も貰ってね。……あんたらにとっては退屈な世界かもしれないけど、私にとってはこの地球の日本は天国のようだったわ。だって、モンスターもいなければ戦争もないんだもの」


 彼女は校舎の壁に背中を預け、どこか遠い目をした。遠い遠い、世界の向こうのそのまた向こうにある故郷に想いを馳せるように。


「最初は楽しかったわよ、だって私の“男にも女にも当たり前のように愛される”チート能力で、どこにいっても苦労しなかったんだもの。……でも、段々空しくなった。みんなが私のことを好きだ、愛してるって言う。でもそれは私に魅力があるからじゃなくて、能力のせいで勝手にメロメロになってるだけ。本当に私を愛してくれている人なんか、この世界のどこにもいない……そう思ったら、何もかも怖くなっちゃって。何も、信じられなくなっちゃって」


 星子は言った。

 痴漢に遭いそうになったら、誰かが必ず助けてくれる。

 不良に絡まれそうになったら、通行人が怪我をしてでも絶対自分を助けてくれる。

 毎日のように、誰かからラブレターやメールで愛を伝えてくる。

 自分が学校で、イベントで何かを提案すると、当たり前のように賛同する者が現れる。その提案の内容ではなく、ただ“あの星子が提案したから”というだけで賞賛される――。


「誰からも当たり前のように愛される美女になりたい、なんて。願わなければ良かった。これがそんな恐ろしい力だなんて知らなかった。だってこれは、人の心を無理やり上書きして操ってしまう、恐ろしい力なんだもの。誰も幸せになれなかった……私自身でさえ」


 だから嫌われたかったの、と彼女は結論を告げた。


「私のことを、本当に嫌いになってくれる人が現れたら……その心だけは本物だから。信じられるから。……ごめんなさいね、佐伯君。確かに、あんな酷いこと言うべきじゃなかったわ。でも、私の気持ちもわかってほしい。チート能力なんて……夢見るもんじゃないの。人は、自分の力でコツコツ積み上げて努力して欲しいものを勝ち取るからこそ……誰かの痛みがわかるし、本当の意味で強くなれるものなんだから」

「おい」

「話はそれだけ。……じゃあね。貴方は私に惚れなかった。それだけで充分嬉しかったわ」


 一方的にそう言い捨てて去ろうとする星子の手を、俺はとっさに掴んでいた。驚いて振り返る少女。悔しいけれど、やっぱり美人だと思う。例えそれが、神様とやらに与えられた作り物の美貌であるとしても。


「信じてやるよ。なんとなく納得したしな」


 もやもやする気持ちが、完全に晴れたわけではない。本当の自分を隠す彼女にも腹が立ったし、どんな理由であれ自分が嫌われるために人を傷つけるような言動をしたことも許せない。でも、一番ムカついたのは。このまま放置すればきっと彼女は似たようなことを繰り返すだろということ。

 冗談じゃない。本人さえ好きでもないツンデレ言動で、グサグサ互いを突き刺す現場なんか見ていたくもない。


「だから、そのキャラもうやめろ。腹が立って仕方ねえ」

「……そんなこと言っても、私は」

「お前に惚れてない俺が傍にいてやる。お前が悪いことしたらガンガン叱ってやるし、場合によっては殴る。それでどうだ」


 何故、自分に星子のチート能力が効かなかったのか。

 明白だ。なんせ俺は、生まれてこの方人間に恋をしたことがない。好きになるのはいつも花ばかりだった。花を写真にとって愛でるだけで、両想いになれたような充足感を抱いていた。それ以上に欲しいものなどなかった。そもそも人間に興味がないなら、彼女に恋愛的な興味がわかなくても当然なのである。

 そう、だからこれは、恋ではなくて。


「目の前で枯れそうな花を放置するのは、趣味じゃねーんだよ」


 俺の言葉に。彼女は再び、“ばっかじゃないの”と口癖を言った。いつもと違って、今にも泣きそうな声だったけれど。

 怒って尖ってばかりの薔薇が、優しく花開く時は来るだろうか。

 それはまだ、神のみぞ知るところである。

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