日常*3 迷惑過ぎる来訪者
「わたくし、大きくなったらお兄様と結婚するって言ってたのに!お兄様の嘘つき!」
淑女にあるまじき悲鳴のような大声は、一昨日いらっしゃった近隣国ボナーラス第五王女キリュス様が発したものだ。
キリュス様のお母様がライオネル様の従姉妹で、我がヴァジリート国に来訪の際はライオネル様にひっつきまくっている。
正直、用もない(わざわざ王女が使者と共に来る必要性がない)のに、婚約者でもない相手に会う為だけに来訪するなんて……ボナーラスって暇なの?それとも第五王女が使えな過ぎて放置案件なの?と疑ってしまう。……失礼致しました、心の中とはいえ辛辣過ぎましたね。
縁戚としては微妙に遠い関係のライオネル様とキリュス様だが、二人の出会いはライオネル様8歳キリュス様3歳の11年前まで遡る。
近隣国ボナーラスは小さな国で、国土は我がヴァジリート国の王都程しかない。元は大連邦国が崩壊した際の小さな領地が9つ集まって出来た比較的新しい国だ。
その小さな国が歴史ある大国ヴァジリートと縁を持てているのは、ボナーラスにある地下資源が希少な物だったからだ。
だが、その希少な地下資源を巡りボナーラス内では度々諍いが起こる。
キュリス様は11年前の大規模な諍いを逃れるため、半年程ヴァジリートにボナーラス王妃たちと共に身を寄せていたそうだ。
8歳のライオネル様は、姿絵でしか見た事はないのだけれど……こう、素晴らしかった!
わたしの想像する天使は実在していたのか!可愛いだけでなく神々しいってどういうこと?
今より柔らかい銀の髪は光輝いて、子供特有の丸みを帯びた頬はほんのり色付いて、マシュマロのように柔らかそうで。それでいて現在を思わせる硬質な目線は、怜悧な美貌を際立たせて。
愛らしいのに無慈悲さを兼ね備える危うさ!素晴らしい!わたしが考えた最高の天使は、愛らしいだけではダメなのだ、めっちゃ拘りますよ!天使は慈悲と無慈悲を兼ね備えていて、誰にも公平で、綺麗だけど残酷でそれでいて慈愛に満ちていないと……などなど、大分拗らせている。
そんなわたしの理想を軽く超えている姿絵を見せて頂いた時、この婚約がもっと前に結ばれなかった原因である父の権力倦厭思考を本気で呪ったしめっちゃ怒った。おっと話題が逸れましたね。
……で、そんな素晴らしいライオネル様幼少期と出会ったキュリス様3歳は、わかりやすく一目惚れしたそうだ。
……ですよね!その点でのみ理解し合えますキュリス様。
わたしより3歳下のキュリス様は、現在妖精のような現実味無さげな少女だ。どこもかしこも繊細で、硝子細工のような印象を受ける。そして頭の中も14歳とは思えない程……少女だ。
彼女の見た目のせいか、とても、……かなり、甘やかされて育った様で。彼女が首を傾げれば、ボナーラスでは何でも叶う、などと揶揄される程だ。簡単に言えば、超のつく我儘である。
11年前から、事ある毎にライオネル様を訪ねてはべったりと張り付く。その度に結婚すると喚いていたそう。
5年前にわたしとの婚約が決まると、いつ婚約破棄するのかと喚く。王女とは思えない姿で、泣いたり叫んだり、くるくると表情を変える。よく言えば天真爛漫、悪く言えばただのガキ……失礼、幼子だ。
本日は月に二度の逢瀬の日では無かったが、この厄介なボナーラスからの使者(正しくは使者付き添い?)を牽制するために呼ばれている。いくつかある比較的小さい方の面会の間の一つで、キュリス様ライオネル様とお会いしております。
国際問題にしたくない為、この頃色事を知ったらしいキュリス様を警戒しての措置だそう。
え、訪問先の王城で?個室だけど、普通の面会室であって、私室に招かれたとかじゃないのに?
……そんなまさか、はしたないことを、え?嘘よね?する気配なの?王女が?警戒されちゃう位の民度なの?
「キュリスは本当に鬱陶しいけれど、そのおかげでソフィエラと過ごせるというのは怪我の功名かな。いい加減なんとかしたいんだが、はっきり伝えても理解しないんだ。本当に、不快な思いをさせてごめん」
わたしにだけ聞こえるレベルの小声で囁かれる。辟易している、と顔にべったり書いてある表情のライオネル様を見ると、文句も言い辛い。
実際、キュリス様には直接お伝えしても曲解される上、未だにワンチャンあると思っているようなのが本当に厄介だ。
ヴァジリート国としても、これ以上小国ボナーラスと縁戚を結ぶ必要は無いと考えているようだ。可能なら王女の来訪をお断りしたいそうなのだが、年に一度の希少地下資源に関する協定改正に必ず着いてくる。
キュリス様にとって、わたしという障害?や国からの妨害?は、悲恋のエッセンスだと思っているようだ。
「望まぬ政略結婚など棄てて、わたくしの手を取ってライオネルお兄様!国が反対すると言うなら、ボナーラスへ亡命なされば良いのよ!わたくしに優しいお父上のことですわ、きっと許してくださるもの!」
ボナーラス王は大国ヴァジリートの庇護が欲しいため、このキュリスの恋を応援している帰来がある。それでも無理矢理話を進めないのは、ヴァジリート王の威光で結ばれたわたしとの婚約を覆す程の度胸が無いからだった。
「わたくしの方がソフィエラ様より3歳も若くて、わたくしの方が国とを繋ぐ政治的利用が可能ですわ!それにわたくしの方がソフィエラ様より小柄で華奢でそれでいて可憐です!容姿だって、こう言っては何ですがわたくしの方がソフィエラ様より小顔で瞳は大きいですし、何よりソフィエラ様より釣り上がっていませんことよ!肌だって白いし、唇だってプルプルで小さいんですのよ。それでいてお胸は豊満になりましたの!ボナーラスが誇る妖精姫の手を、どうかお取りくださいませ!」
自ら妖精姫と名乗る傲慢さに恐れ入ります。
身長は確かにわたしの方が高いのですが、一般より5センチ程度高いのであって、彼女が言わんとする大女という話ではない。キュリス様が一般より10センチ程低いのだ。
大体わたしの身長がキュリス様より高かろうが低かろうが、それによってわたしが卑屈になる必要がない。
キュリス様による、わたしを貶め劣等感を煽り、自ら婚約辞退をさせようと言う今回の策ですが、……いいでしょう、受けてたとうじゃないの。
久々に好戦的な戦士のわたしが心の中に出てきましたが……、その戦士はライオネル様の視線によって制されました。
……あれ?わたしの中の戦士バレてる?
「何度も言ったがキュリス、お前と結婚するなど、一度として言った事はない。お前が『俺との婚約が決まっていたところを、横から掻っ攫われた(要約)』と触れ回っている事を知っている。俺と、さらに婚約者であるソフィエラの名誉毀損について、どう責任を取るつもりだ?」
ライオネル様は、表情をピクリとも動かさず、熱の無い硬質で冷たい金属のような冷めた目線でキュリス様を見ました。声色は低くいけれど平坦で、そこには何の感情も乗っているようには感じません。
「正直、お前の存在自体に興味が無い。こうしてお前に割いている時間が勿体ないが、そのお陰で愛するソフィエラとの時間が出来た、その事についてのみ礼を言おう」
なかなか辛辣な言葉をおっしゃっています、実はコレ毎度のことなのです。……にも関わらず、キュリス様の心は折れません。
わたしがこんな事を言われたら流石に泣いてしまうかも。
「ふふふ、そんなつれない事を言わないでお兄様。お飾りの婚約者のために、わたくしを傷付けるなんて悪い方。でもわたくし分かっておりますので、大丈夫ですわ」
凄い思考回路、言葉通じて無いのかしら?ちょっと怖いわぁ……。
対してライオネル様はというと、無表情です。
「わたくしにかける言葉が、ソフィエラ様へのそれよりも多い。恋する相手には男性は多弁になってしまうと言うもの。ええ、ええ、分かっておりますとも」
そう来たか。否定の言葉であってもたくさん話しかけてくれるから是とするとは恐れ入ります。
さて、ではこちらはどうしましょう。わたしが反撃しましょうか?
ライオネル様に視線で伺うと、先程までの鉄面皮と纏う空気の冷たさが胡散し、甘さの籠る瞳を向けられました。
ど、どういう作戦ですか?ライオネル様。
「ソフィエラ、何故2年も後に生まれたんだ。卒業するまで1年ちょっとがこんなにも待ち遠しいよ。お前とは政治的配慮で婚約したが、選んだ陛下や推薦者には感謝しかない。こんなに愛する人が、政治的にも円満な関係になるなんて、これは国を挙げて俺たちの結婚を祝ってくれているのだな、喜ばしい事だ。ソフィエラの身長だと、口付けるのに丁度良過ぎて抑えが効かなくなりそうだ。猫のような双眸は蠱惑的で、見つめられると鼓動が早くなってしまう。血色の良い肌は滑らかで、つい触りたくなるし、艶のある唇に吸い寄せられそうだ。お前が魅力的過ぎて、愚かな俺は全てを放り出してしまいたくなるが、お前はそんな俺では物足りないだろう?お前が誇りと思ってくれる俺であるよう頑張れる、いつもありがとうソフィエラ。華奢なお前を抱けるのが1年ちょっと後だと思うと本当に歯痒いよ。どうか俺に寄り添うような曲線を描くお前の肢体を見るたび、劣情を催してしまう俺を軽蔑しないでくれ。お前を失うことを考えると、気が狂いそうだ」
きゃ、きゃー!ライオネル様、どうなさいましたか!ライオネル様がわたしの事を憎からず思ってくださっているのは存じておりましたが、こんなに直接おっしゃるなんて、え、え、顔が!顔がニヤける!淑女としての表情が保てません、今絶対顔赤い!
あと今のライオネル様のお顔、好きぃぃぃ!わたしの中の情熱的な画家の絵筆が止まらない、柔らかで甘く優しいお顔!懐かない銀狼が自分にだけ甘えてくれているみたいで可愛いなんて、最高過ぎる、結婚して!……あ、わたし婚約者だったわ。するわ、結婚。
ライオネル様はわたしの頬をそっと撫で、ハーフアップにしていたわたしの髪に指を絡めます。
え、ちょっと、艶めかし過ぎません?色気に充てられて倒れそうですけど!
先程の、キュリス様による自分上げわたし下げな台詞を一々揶揄するところは、なかなかに嫌味で素敵でしたが、色気が刺激的過ぎます。
その上キュリス様に返答する事なくわたしに構う。相手を下げずにわたしだけを上げ、その上でのキュリス様を空気扱い……。
否定でも言葉を掛ければ曲解されるからの行動でしょうが、髪に口付けないでください!小説で見かける事後な色気を出さないでぇぇぇ。
「ソフィエラ、顔が赤いね。お前を彩るのは俺だけの特権だけど……、抑えられなくなるからその可愛い顔は二人きりの時だけにして。ああ、早く時が過ぎないかな。待ち遠しいよ」
続くんですね、もう涙目になりますよ!顔は熱いし、手汗は凄いし、心臓は早鐘を打っています、助けて!
「ラ、ライオネル様。もうそれくらいになさって」
いつもよりか細い声で、半泣きで訴えてしまいました。カッコいいいい、何か出そう。苦しい。
「やめない。俺がどんなにお前を愛しているのか、どんなに恋しく思っているのか、まだまだ伝えきれていないのだから」
ニヤリと笑うその顔は、ただ甘いだけでなくて。絡め取られるように、わたしの全てを奪ってしまうライオネル様に溶かされてしまいそう。
因みに、こんな会話や甘過ぎる空気ですが、キュリス様は合間にぴーちくぱーちく叫んでおりました。
ライオネル様に夢中で、何をおっしゃっていたかは全く分かりませんが。煩い小鳥のBGMですね。ムードに欠けます。
「ソフィエラ、淑女の中の淑女。情熱をその胸に秘め、刃を隠すその手の内は、大国ヴァジリートの王子妃に相応しい。どうか俺の手を生涯握っていて欲しい」
ライオネル様、ガン無視炸裂!キュリス様何やら叫んでいますが、内容が全く入ってこない。
だって、ライオネル様は言葉と共にわたしの手を取って、指先を口元に持っていくんですもの!う、うぎゃー!え、エロいぃぃぃ!
「殿下、そこまでに。ソフィエラ様が困惑しております」
ライオネル様の侍従システマが止めてくださいました。垂れ流しの色気がすご過ぎて、キュリス様への牽制なのか、わたしへの攻撃なのか分かりません。
わたしへの攻撃ならば、クリティカルヒットでしたわ!ソフィエラは999のダメージ、状態異常:魅惑、です!
「ああ、居たんだったなシステマ。……ところで、時間はまだあるか?あるならソフィエラを自室へ招きたいんだが」
「お戯れを、殿下。予定になかった逢瀬で浮かれるのはこれくらいにしてください。ただでさえ予定が狂っているんです、用が済んだなら執務室へお戻りください」
ライオネル様の私室にお呼ばれなんてしたら、え、ちょっと、R指定入っちゃうからそれは婚姻後までお許しください。
あと、システマ様は意外と辛辣ですね。キュリス様との面会というぶっ込みに、本日の予定が崩されて大分お怒りなご様子です。
「やれやれ。ソフィエラとの逢瀬はここまでのようだ。名残惜しいが、執務に戻る事にするよ」
指先へのキスを止め、もう一度優しく頬に触れるライオネル様。
えーと、キュリス様がいらっしゃるの覚えていますか?
「話を!聞いて!ください!お兄様!」
近くにいるのに、耳がキーンってなる程の大きさの声で叫ばれました。耳が痛いです。
「ではソフィエラ、この後は王太子妃とのお茶かな?今日はどこで?そこまで送ろう。システマ、それくらいは良いだろう?」
キュリス様に背を向けて、扉の方へエスコートするライオネル様。
地団駄を踏み鳴らし、ふかふかの絨毯の長い毛足がへたってしまっている。踏み締め方が力強い……。
何を話しても曲解する、に対する対応策が完全無視。これって国際問題にならないかしら、とハラハラしてしまう。
「大丈夫だよ、ソフィエラ。前々から厳重抗議をしてきた案件だし、……それから、向こうのカードについてもどうにかなる手筈が整いつつある。むしろアレの行動がマイナスに作用する、となれば……、な?」
ボナーラスの希少な地下資源についても、何やら手を打っていると含みをみせて鮮やかに笑う。
ライオネル様は、甘いだけでなく、爽やかなだけでなく、正しいだけでなく、冷静で頭が堅いだけでない。含みを持った笑みはまた新たな一面で、その一面に更に惹かれてしまう。
お一人で何粒も美味しい素晴らしい婚約者様です、ライオネル様!
「ちょっ、本気で無視なさるんですの?わたくしに甘いお父様に、言い付けますわよ!」
一方キュリス様はといえば、なんて低レベルな物言い……。言う事欠いて『言い付ける』って、子供じゃあるまいし。そのうちひっくり返ってバタバタするのかしら?
あらヤダ、ちょっと見てみたいって思ってしまうわたしもなかなかに性格が悪い。
ライオネル様はシステマに目線で合図し、軽く手を払う。システマはそれに対し、溜息を吐きながら頷いた。
……これは……、本気で放置&無視の指示ですね。
エスコートされてキュリス様の前から辞す。わたしはキュリス様へカーテシーをするも、ライオネル様はガン無視、見つめる先はわたしという、居ないものとした強い意思を感じました。
キュリス様、こんなにライオネル様を怒らせるなんて……ある意味で特別な方です。
尚、面会の間を辞した後、かなり遠くまでキュリス様の声が響いていました。残ったシステマが心配でなりませんが、大丈夫だったのでしょうか?
次回お会いする時に、伺う事にしましょう。
それでは今回はこの辺で。




