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日常2*スクールライフの後始末

「……ソフィエラが足らない……今日は登城の日では無かったかシステマ……」


 鋼鉄の第二王子、鋼の如き冷淡さ、刃の鉄面皮など、銀髪に合わせて鋼や刃に揶揄されるライオネルは、執務室で侍従のシステマ相手にクダを巻いていた。

 いつもなら定規が入っているが如く真っ直ぐな背筋はへちょりと曲がり、執務机に突っ伏して駄々をこねる。


「ソフィエラ様は昨日発生した学園内のやらかし案件事後処理のため、予定を変更し午後からの登城となります」


「はあ?午前ならすれ違える可能性があったのに、午後だと?午後からは視察と議会出席でソフィエラを見かける可能性は無くなる……誰だ、俺とソフィエラの数少ない触れ合いを邪魔した不届き者は」


 現在のライオネルは移動中にソフィエラと会える可能性を心の拠り所に執務に励んでいると言って過言ではない。

 昨年までは学園ですれ違ったり、ソフィエラが卒業すれば一緒に執務を行う機会が増えたりするが、今年と卒業する来年までは勝手が違い、それがかなりのストレスになっていた。


「今回は……、ドーソン侯爵子息ウーザーと、シュリュクシュ男爵令嬢エスタ嬢ですね」


「……あいつらか」


 ウーザーは、自分の方がソフィエラよりも優秀なのに婚約者特権を振りかざして優遇されている!と謎の陳情書を挙げてくる男だと記憶している。


 エスタ嬢は、……兎に角人の話を聞かない令嬢だった。口を開けば『あたしが元平民だから』と言うが、俺の知る平民の友人は謙虚で勤勉で自分の出自を恥じる事などしなかったが……やはり個人の資質だろう。


「ソフィエラの事だからつつがなく処理しただろうが、気落ちなどしていないか?特にエスタ嬢は可能性を信じ退学処分を保留にさせていただろう」


 ソフィエラに頼まれて(頼られてすごい嬉しかった!あと頼む時の申し訳無さそうな下がり眉が愛おしい……)、エスタ嬢に『そのままでいいのか?』と一言声を掛けた。


 卑屈な態度な割に妙な自信があるようで、『あたしの考えた、あたしを一番可愛く見せる角度と態度☆』とやらが、物凄く鬱陶しかったのを覚えている。

 因みに『あたしの考えた〜』は、声を掛けた後エスタ嬢自身がドヤ顔でブツブツ言っていた。悦に入った姿にかなり引いた。


 多くを話し勘違いされても困るので、かなり少ない言葉で話し掛けたのだが……、そもそも王族から声を掛けられれば大なり小なり影響があるのが現実だ。


 だが多くの場合、畏れ多いとか……誇りに思って励むとか、又は極度に恐れるなどの態度を示すものだ。

 あの一言に、自分を見初めたという感情を見出すエスタ嬢の思考が全く理解出来ない。


「ソフィエラに、誤解されていたり……しないよな?」


 無いとは思うが、もしソフィエラに誤解されていようものなら自分を抑えられるか分からない。


「ソフィエラ様は全く誤解なさってませんし、殿下も誤解されたところであまりの事はなさらないでしょうに」


 溜息を吐きながらシステマが呆れた様に言う。正しく俺を理解していてくれてありがとう、だがもう少し俺の心情も察してくれ。


「ソフィエラに嫉妬されたい!とか、激情のまま何かする!とかは思わんのか……」


「ソフィエラ様の御心を試すような必要はございませんし、ソフィエラ様に幻滅される可能性のある行動を殿下がなさる筈ありませんし」


 正しくその通りだけど、やらないだけで、ちょっと考えたりするんだが……俺だって一人の男の子だもん。


「何やら、純情ぶりっこな事考えてません?気持ち悪い」


 システマは俺が小さな頃から侍従になるべく一緒に育てられたせいか、本当に俺をよく理解している。あと容赦ない。


「お前……俺の思考を読むな」


「ソフィエラ様は恐らく出来る限り穏便に済ませたいようですが、いかがなさいます?」


 俺の純情な男子心など他所に、結論を聞いてくるシステマ。……ハイハイ、この微妙な案件に割く時間はほとんど無いって事ね。


「ソフィエラには悪いが、エスタ嬢は退学処分が妥当だろう。可能性の芽を摘みたくない気持ちも分からないでもないが、向上心が無いのは致命的だ。それからドーソン侯爵家に警告文を出せ。未だにソフィエラを排そうとするなど言語道断。ウーザー自身は、周りが見えな過ぎだな。彼には留学でもしてもらい、身の程を知るといい」


 本来なら王妃が裁定するところだが、ソフィエラ関連なので俺に任せてもらった。

 エスタ嬢の処分はこの程度だが、もしかすればシュリュクシュ男爵の不正もあるかもしれない。その場合は追加で処理する事にしよう。

 ウーザーは、本人が井の中の蛙過ぎる。少し世界を見てくるべきだろう。


 ……いや?俺とソフィエラの仲を裂こうとしたから遠くにやろうだなんて、思っていないぞ?

 更に留学先で粗相して、最終的にドーソン侯爵家に責を問うなんて、そんな!まだ留学先で粗相するかも分からないのに!


「……つつがなく手配しておきましょう」


 さすがシステマ、皆まで言わずとも察してくれて助かる。

 おおっぴらに断罪する程ではないが、蠅の如く飛び回られてはウザい事この上ないからな。自滅してくれれば御の字、心を入れ替えてくれれば良し、結果を残すなら成功だ。さて、どうなるかは本人次第。


「学園の次期生徒会長はいかがしますか?」


 ウーザーが留学となればその席が空いてしまう。


「ソフィエラ様が適任なんですが、残念ながら殿下の婚約者ですからね」


「おい、残念とか言うな。ソフィエラは俺の婚約者に適任だろうが」


 確かにソフィエラは事務仕事も早いし、人望もあるから適任だろう。……が、彼女には生徒会長なんかよりももっと大事な役割があるのだ!


「はいはい、殿下とソフィエラ様はとってもお似合いですよ〜。では生徒会長は席次繰上げという事で」


「ああ、頼む」


「今回のやらかし案件は小規模で良かったです。さすがにそろそろ膿も出きりましたかね」


 俺の入学時やソフィエラ入学時は、それぞれ大規模なやらかしが発生したものだが、王族絡みの案件はそろそろ打ち止めだろうか。不動となった俺たちの立場を今更覆す事は出来ないと、漸く理解したのだろう。


「残り少ない学園生活を少しでも楽しめればいいのだが」


 ソフィエラは、悪あがきをする敵対派閥と相対するのに学園生活はうってつけだとよく笑っていた。

 学生だからこそ詰めが甘く、こちらも釘刺す程度の処分で黙らせる事が出来る。まあ、抜く事の出来ない釘にはするのだけれど。


 少し頭が周るなら、卒業後に完成している力関係を理解するだろう。

 だから学園生活は楽しいとソフィエラは話していた。


 俺もそう思う。学園での立ち回りは、実に効率的だ。もう少し釘をばら撒く予定だろう、存分に楽しんで欲しい。


 分かってはいるけれど。


「ソフィエラを楽しませるのは俺だけでいいのに」


 たまに駄々を捏ねたくなるのを許して欲しい。溜息混じりに呟いた。


「ソフィエラ様が楽しんでいらっしゃるのは、殿下の足枷になる可能性を潰せるから、ですけどね。それがどんなに僅かな可能性であったとしても」


「分かっている」


 彼女の行動は俺のためだ。そんな事は分かっているのだけど。


「システマにはこの男心は理解出来んだろうな」


 ソフィエラには残り少ない学園生活を、自由な生活を、謳歌して欲しい。そう思う反面、早く窮屈な王族という檻に閉じ込めてしまいたいとも思ってしまう。


 男心は面倒くさいのだ。


「ソフィエラ様も面倒な相手に捕まったものです」


 システマは、俺の思考原理は分かっても感情面の同調はしてくれない。けれど見逃してはくれるのだ、良い従者だ。


「さ、この件は終わりにしようか。……重要度緊急度の高い順に処理しよう」


 1年ちょっとでソフィエラは学園を卒業する。その後間もなく婚姻に至る。

 まあ、焦らされるのも嫌いではない。


 こうして、年に一、二回あるやらかし案件は幕を閉じるのであった。





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