日常2*殿下の婚約者様のスクールライフは多忙を極めている!
第二王子ライオネル殿下の婚約者様が登校なさっている。光を内包したような金の髪が歩みを進める度キラキラ輝いて美しい。遭遇率の少なさから、ソフィエラ・アマンド侯爵令嬢を見れた日はラッキーデー、そんなジンクスもあるほどだ。
何故ならソフィエラ様はお忙しい。学園生活は二の次で王子妃教育が成されているのだが、学園と王城が微妙に遠い。建物間の馬車は30分程度だが、馬車を降りてからの移動が学園内も王城も長いのだ。
学園は王族も通う施設なだけあり、作りも優雅で……広い。王城については言わずもがな。学園内は制服で幾分軽装だが、王城ではドレスな為、かなり歩き辛い。
しかも極力階段は避けるなど細かなきまりもあるそうで、遠回りを余儀なくされているそうだ。
学園内では、学業だけでなく王族代理を担う事もある。昨年までは第二王子ライオネル殿下がいらっしゃったため代理の任は必要無かったのだが、今年来年は王族が在籍しないため、それに準ずる彼女が担う事になるのだ。
国王陛下の命で作られ、更に2代前の国王陛下からは平民にも門戸は開かれた学園は王族の庇護厚く、運営にも多くの予算が割かれている。そのせいか、学園内の行事は意外と多い。更にその行事を王族が視察したり、祝辞を述べられたりと、かなり王族との関わりが深い。
行事毎にお招きする事は難しいので、代理による視察や書面代読となるのが多いのだが、王族または王族に準ずる立場の人物が在籍する場合は、これら全てを担う事になる。
学園内でトラブルが発生した場合も同様だ。理事長が王妃なので、最終権限は勿論王妃にある。細かなトラブルは学内で処理されるが、退学警告、勧告などは学園長だけでなく王妃の名で行う事になる。生徒一個人の為に王妃が出向く事は余程の場合以外は無く、王妃代理が担う。つまり現在はソフィエラ様が担っている。
警告や勧告の為には様々な調査も行われるが、不正の無いようこれのチェックもなされる。これが地味に面倒な作業だそう。
以上の理由から、ソフィエラ様は学業以外の仕事にも多くの時間を割く必要がありご多忙だ。時間を捻出する為に彼女が考えたのは、なかなか長い徒歩時間の短縮……、つまり、移動スピードを上げる事だった。
完璧な淑女を求められる彼女は、勿論走るなどというはしたない行為をしない。……が、あくまで優雅に、けれどかなりのスピードで歩く。
白鳥は、水面上の優雅な姿とは裏腹に水面下では必死に足ヒレを動かしていると言うが……、正にそんな動きをしているのだろう。
本当に急いでいらっしゃる時のソフィエラ様には、男子生徒でも走ってやっと追いつくという程のスピードである。
微笑を浮かべながらの高速移動を身につける必要があるなんて、王族とは本当に大変なのだなぁと学園の大半の者が思い、ソフィエラ様を尊敬している。
生徒の憂いに寄り添い心を配る姿や、生徒向けマナー講座付き茶会の主催、淑女の為の領地運営術講座の実施などなど、ソフィエラ様にお世話なった生徒は多い。
なので、年に一、ニ度ペースで起こるやらかしは、それらに参加しない一握りの不真面目な者たちか、自分に絶対の自信がある者たちが起こしている。
ソフィエラ様は平等で、所謂贔屓を極力なさらない方で有名だ。
自分は優遇されるべきと考える者にとって、それはなかなかに腹立たしいのだという。何故この自分がその他大勢と同じ扱いなのか!そんな理由から難癖がついたり、彼女との実力差を測り違えたりする。公平な立場からの物言いに、一線引かれていると不満を持たれたりする。
本来なら正しく王族としての線引きをするソフィエラ様の姿勢は、心が成熟していない者にとって、酷く冷たく、そして傲慢に感じられるのだった。
今回のやらかしは、次期生徒会長のウーザー・ドーソン侯爵子息とエスタ・シュリュクシュ男爵令嬢だ。
前者はソフィエラ様との実力差を見誤り、後者はあまりに不真面目だった。
ウーザーは事あるごとに自らの成績を会話に盛り込んでくる。誰かの論文が賞を取ったと話題になれば、『でもアイツ、この間のテストでは○位だったよな』と話の腰を折り、剣術講義で褒められた生徒がいれば『この前の戦術講義では叱責されてたもんな、アイツ。まあ下っ端騎士は頭は必要ないから、いいんじゃないの?ま、自分だったら使われる側より使う側を目指すけどね』と貶す。
……ウーザーが生徒会長で大丈夫か?
因みに、ウーザーはソフィエラ様にも度々絡んでいた。曰く、『ライオネル殿下に恐れ多くも学園改革案を提言し、採用させるなんて!婚約者である事を利用して学園を自分が都合の良いようにするつもりか!』だそう。
ソフィエラ様が生徒からの陳情を汲み上げて正当な手順を踏んでの提案だっただったが、自分の提案が却下されたせいか、何かしらの裏があると思ったようだ。
学年主席の自分が考えた素晴らしい提案が、テストの順位表(上位50名が張り出される)に載らないソフィエラ様に負ける訳がない、と謎理論の展開をしたのだった。
因みに、ソフィエラ様がテストの順位表に
載らないのは、成績が悪いからではない。
進度が全く違うからだ。
ソフィエラ様はあまり授業に出席することが出来ない。王城での王子妃教育の他、学園内での雑務が多いため、授業内容はまとめて短時間で行われているらしい。
本来なら授業は出席しなくても良いレベルなのだが、同年代のパワーバランスを見る意味も有り出席しているそうだ。
同じ基準でテストを受けた場合、ウーザーご自慢の学年主席の座は陥落する。その事をウーザーだけが理解していないのだった。
尚、生徒会長については王族や王族代理は務める事が出来ない決まりである。学園運営サイドと生徒サイドの人間が同一では、公正な学園とはならないからだ。
「ソフィエラ様はライオネル殿下の権力を自分の権利と勘違いしている。だが、それももうすぐ終わりだ。ライオネル殿下の興味……いや寵愛は、エスタが受けているらしい」
あのやらかしの前に、次期生徒会役員たちにこう話していたそうだ。
他役員たちは、そんな訳は無い、お前の勘違いだと止めたそうだが、自分の考えに絶対の自信が有るウーザーは、その声を一蹴した。
お前らは殿下の婚約者であるソフィエラ様が、ひいてはアマンド侯爵家の力に屈した負け犬だ!と。
……ホント、成績順で生徒会役員選ぶのやめて欲しい。今度ソフィエラ様に嘆願書を送ろう、それがイイ。
何でウーザーは人の話をあんなに聞かないのか……。自己評価高い系男子恐ろしい。侯爵家だから嗜められる人間が少ないせいかな、ドーソン家の将来が心配だ。
やらかしの相方、エスタ・シュリュクシュ男爵令嬢は、堅物ウーザーとは違った意味で面倒な存在だった。
エスタ嬢は、事あるごとに『あたしが元平民だからそうやって蔑むんですね』と謎の自虐を始める。
字が汚いと言われれば、練習するのではなく元平民だから仕方ないのだと泣く。
授業についていけないなら自学を行うといいと提案されれば、元平民だから授業には邪魔だと言うんですね、とヒステリックに叫ぶ。
これには、優秀な平民の生徒が反発しまくった。エスタ嬢のせいで、平民がこんなだと思われたくない!との事だった。
『皆さんの秀でた能力は存じています。あの発言は、ごく個人的な意見だと学園生なら分かっています』
ソフィエラ様が抑えてくれなければ、エスタ嬢は吊し上げに合っていただろう。
黙っていればエスタ嬢は可憐でいたいけな印象だ。口先だけの甘い言葉を間に受ける単純……失礼、素直さも本人の資質だろう。
それが災いした。
エスタ嬢の自虐に調子良く合わせてよからぬ事をしようという輩がチラホラ現れた。
成績は底辺、マナーは最悪、けれど女の子には耳障りのいい甘い言葉を囁いて誘う、愚かな男子たちは、みな貴族で、そして嫡男では無かった。
『俺も報われない思いをしているんだ』そんな言葉に同情したエスタ嬢は、転がるように輩の仲間になった。
もともと良くない成績は、授業をサボる事で更に悪くなっていく。因みに輩共は、パシリにされてしまった気弱そうな低位貴族に授業の概要をまとめさせたり、代わりにレポートを出させたりして何とか乗り切っていたようだ。結果、エスタ嬢の成績は学園生活を送るに値しない程に落ちてしまった。
エスタ嬢を退学させるのは簡単だった。だが、難関の学園に入学するほどの実力(現在は入学時の不正を疑われているけれど)を、開花させないのは本人にとっても勿体ないのではないか、との観点から何度も警告がなされた。
初めはクラス担任からの苦言、学年主任からの指導、学園長からの注意、そして学園理事長代理ソフィエラ様からの警告。
ソフィエラ様は一度目の警告の際、この警告が暖簾に腕押し状態に陥っている事を察したそうだ。
本人から勉学に対し、やる気がこれっぽっちも感じられない……が、退学する気もない。ならば勉学以外の分野に目覚めてくれればと願うも、付き合いのある輩たちがなかなかタチが悪い。
『今更頑張ったって、どうにもならないよ。なぁに、最悪俺たちがギリギリの成績で卒業させてやるよ。だからさ、……な?』
楽な方へ流されていくエスタ嬢。
婚約者には出来ないアレやコレをエスタ嬢としているらしい、との良くない噂もソフィエラ様の耳に入ったようで、ならば飴と鞭作戦!と、輝く美形で我が国トップクラスの権力者ライオネル殿下からの発破で奮起を狙った様だ。
王族からの激励により、輩共はエスタ嬢から手を引いた。まあ、そろそろ潮時と思っていたようだったのだが。
代わりに、次期生徒会長ウーザーが、王族に声を掛けられる程ならば……と、接近する様になった。
ドーソン侯爵家はアマンド侯爵家とは派閥が異なり、出来る事ならソフィエラ様とライオネル殿下の婚約を解消させたいという思惑が透けて見えた。
『ライオネル殿下は婚約者と月に二度しか会わない』という話は有名で、これをウーザーは表面だけ受け取っていた。
殿下はソフィエラ様を蔑ろにしている、ならばここにつけいる隙がある。何度も煮湯(華やかな場での代表や仕切りを不当に奪われたこと!※誤解)を飲まされた相手に復讐を、と考えたようだ。
……ウーザーは自分の都合の良い様にしか事柄を見ない傾向が強い。
少し目を向ければ、ライオネル殿下は月に二度しか会わない……のではなく、会えないのだと分かる筈なのに。
あの鋼鉄で出来ているかの如く秀麗なお顔を、必死に保とうと努力する殿下に、皆微笑ましく思っているというのに。
ウーザーの勘違いとエスタ嬢の勘違いが謎の相乗効果を生み出し、今回のやらかしに繋がった、というのが今回の原因だ。
二人とも物事を自分の都合でしか捉えておらず、様々な助言を無視した結果である。
そうして、普段からお忙しいソフィエラ様の手を煩わせてしまったのだから本当に申し訳ない限りだ。
後始末のため、ソフィエラ様は本日も微笑を浮かべつつ高速移動をなさっている。
「お、ソフィエラ様が珍しく連日の登校だ!」
そこかしこからそんな呟きが聞こえてくる。
ソフィエラ様が緩やかな歩みで学園内を回る日が卒業までにあるのかなと感じつつ、皆、『今日はラッキーデーだな』と思うのであった。




