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日常1*わたしの素敵なガーデンランチ

 春うらら。

 小さな白い花や薄紅色に色づく花弁、新芽を出した青々とした可憐な葉、わたしの大好きな季節、春。


 甘やかな花の香が漂い、ひらひらと可愛らしく蝶が舞う中のガーデンランチは心が踊ります。

 つい淑女としての顔も忘れて、笑顔になってしまうのを止められません。


 テーブルには前菜のプレート。春キャベツのマリネに添えられた繊細な飾り切りのラディッシュが乙女心をくすぐります。

 美味しいし可愛いなんて、素晴らしい。

 季節に合わせて選ばれた料理は、毎度きゅんとさせられる仕掛けが施されていますが、これはどなたの配慮なのでしょう。わたしの心、鷲掴みです。

 春の陽気に緩んだ表情は、ランチメニューでさらにゆるゆるになってしまいました……、気を引き締めなければ。


 苦し紛れに俯いて淑女の仮面を被り直す。

 心の中では意地悪な継母風なわたしが折檻してきます。やめておかあさま!わたし頑張りますから!

 因みにわたしに継母はおりません、両親共に元気でらぶらぶです、悪しからず。


 緩み切った表情を改めてから顔をあげる。正面の席では銀髪がきらりと輝き、深い森を思わせる翠の瞳がわたしを見て、……眉間に皺を寄せていました。

 尚この御仁、わたしの婚約者でございます。

 栄えある我が国、ヴァジリート王国の第ニ王子ライオネル・ヴァジリート様です、以後お見知り置きを。


 月に二度、婚約者との逢瀬を重ねて早五年。

 ランチに茶会、美術鑑賞などをしておりまして……、ライオネル様との仲は、悪くない……いえ、わりといい方……、んん、りょ、良好、と言って差し支えないと、わたしは思っております。

 思っておりますが、……その眉間の皺は何でしょう?


 近頃、ライオネル様とお会いする度この『眉間の皺』が刻まれる回数が増えてきました。

 折角二人きりのランチ(従者や侍女は微妙に距離を取ってくれていて、見守られてはいますが二人きりと言っても過言ではない!はず)なのに、わたしは何か気に触る事をしてしまったのでしょうか?


 不安のせいで、眉がぎゅうっと下がっているのが分かっているのですが止められません。

 心の中の意地悪継母風なわたしが、すぐに顔に出るなんてはしたない!と怒鳴りつけてきます。

 先程頑張る宣言を心の中でしたのですが……まだまだで恥ずかしく思います。


「……んん」


 ライオネル様は拳を口に当て、軽く咳払いをなさいました。きっとわたしの態度に呆れていらっしゃるのでしょうか。


 ふう、とライオネル様の吐息。悩まし気な寄せられた眉と相まって、とても艶めかし……ごほんこほん、色っぽ……、えーと、困惑なさってらっしゃるようです。


 わたしの中の情熱的な画家が、物凄い勢いでキャンバスに向かって筆を進めております。


 え、めっちゃ欲しい。


 何となくお気づきでしょうが、わたしに絵心はございませんので、アウトプット出来ません。

 心が血涙を流しております。


 さておき、何の反応も示さない訳にはいきません。

燃え……萌えたぎる心を抑え込み、出来る限り冷静を取り繕った声で返答します。


「ライオネル様、いかがなさいました?」


 ときめきを全面に出さないように、努めて平坦な声色で発声しましたところ。


「ソフィエラ、お前を見ていると……、不安になる」


 至極真面目な声色で、森のように深い翠がわたしを見つめます。静かなること林のごとく……って、林かあれは。


 不安?不安ってなぜ?なにゆえ?why?


 わたしの心の中に意地悪な継母風や情熱的な画家がいるのがバレたのかしら。

 それとも王子妃教育があまり進んでいないせいかしら。跳ねっ返りで申し訳ありません、本当に。

 淑女らしく感情を表に出さないよう振る舞うのが下手だからかしら。


 小説なんかでは、あんまりパッとしない幼馴染の異性の側が一番安心する……みたいな内容で恋愛か発展するのを読んだわ。

 近くに居過ぎて、一緒にいるのが自然、みたいなやつ!アレの対極?不安?不安ってどういう事?


 男は船で女は港……なんて昔の誰かが言ってたみたいだけど、不動で安心ってことよね?動かざること山のごとし?って、え?不安ってことは真逆なの、わたし。


 つまり、え、え、わたしはライオネル様と良好な関係だと思ってましたのに、全部独りよがり?ヤダ、恥ずかしい……分かり合えてると思っていたなんて、穴があったら入りたい!


 尚、ライオネル様の発言から1秒での脳内発言です、悪しからず。


「ライオネル様、不安……と申します、と?」


 恐る恐る、真意を確かめます。怖いけれど、聞かないことには始まりません。すれ違いがあっては、直せる事も直せません。

 問いかけながら、またも眉がハの字に下がってしまっているのを感じます。

 助けて心の意地悪な継母様!ダメなわたしを叱ってください!


 ライオネル様は小さく息を呑み、ぎゅっと一度目を瞑ってから、優しくわたしの頭を撫でてくださいました。


「会う度ときめきが溢れてくる。前回で限界値だと思っていたのに、毎度振り切れる。すまない、ここのところ会う度心臓が痛い……」


 ゆっくりと優しく頭を撫でてくださりながら、いつもと変わらぬ涼し気なお顔でサラリとライオネル様は仰る。


 こんなに甘やかな台詞を表情変えずに話せるなんて、ライオネル様は凄い。

 ん?いやむしろ表情バグ……?


 などと思っていたら、ライオネル様はご自分の耳をさり気なく触って……いや隠した。

 少し長めな前髪を耳に掛けていたのだけれど、そっと垂らす。


「ライオネル様、表情とお言葉が釣り合っておりません」


 冷たく感じられる声色になってしまった、失敗。

 ライオネル様の発言に、わたしこそ動揺しているのかしら。

 取ってつけたように薄く笑って誤魔化してしまえ。


「そうかな、ははは」


「そうですわ、ふふふ」


 貴族らしい、一言にたくさんの意味を含ませた会話。

 紳士淑女の理想的な距離感に読み取れない表情。


 けれど二人、耳が熟れたように赤いのは毎度のこと。



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