第1話 やさぐれる
我がロッシーニ家は、代々剣聖を排出する名門伯爵家だ。
今は亡き父の後を継いだ、兄アルバートがこの家の当主だ。
兄は父の後妻の連れ子で、私と血の繋がりはない。
兄も後妻の継母も私が嫌いなのだ。
「スカーレッド稽古をつけてやろう」
いつもの様に私は兄に呼ばれて中庭にでた。
私は騎士団に所属していて、特に弱い方ではない。
ただ、兄が段違いに強いのだ。
だから、国から『勇者』として、『魔王』を倒す役目を負っている。
私は稽古用の木剣を構えた。
兄が剣を構えた瞬間に私は今日も散々に打たれるのだろうと思った。
幼少の頃から、兄は私には容赦がない。
そして言うのだ。
「おまえには剣の才能がない。早く結婚して家をでていけ。俺に役立たずを何人も抱えさせるな」
私には妹が居る。
妹エリーゼは小さい頃から病弱で、ベッドの上に居る事が多い。
自分の意志で騎士団にいる私の事はともかく、あの子はなりたくて体が病弱な訳ではない。
私はエリーゼの事を言われるのが嫌で、兄に打ち込む木剣のスピードをあげる。
アルバートは鼻で笑った。
「感情に振り回されて、わかりやすい攻撃になっている! 未熟者!」
簡単に私が振るった木剣を受け流し、木剣を握っている手を打たれた。
私は剣を取り落とした。
拾おうと木剣に手を伸ばした瞬間……アルバートの足が腹に入った。
蹴りあげられた痛みに私はうずくまる。
「弱いな。おまえには騎士など向いていない。女なのだからドレスを着て、ダンスでもしていればいいんだ」
兄の冷ややかな言葉は私に突き刺さる。
どんなにやっても兄には敵わない。
更にうずくまっている私の背中を踏みつける。
「さっさと家からでていけ」
アルバートが私を置いて屋敷に戻っていく。
私は、何度も『家を出ていけ』と兄に言われるのがつらかった。
私は結婚以外にこの家を出る事はできない。
騎士団に所属していても、所詮ロッシーニ伯爵家の娘なのだ。
伯爵家との繋がりを求める縁談はよく来るが、私は剣聖になりたかった。
家を出たら、ただの女でしかない。
妻として家を管理することや、社交を求められる。
そんな人生は嫌なのだ。
そして我が家は代々剣聖を排出する名門ゆえに……屋敷から魔王城が近かった。
森深くに見える魔王城……。
だからいっそ魔王に殺されるのも手なのではないかと思ったのだ。
つまりちょっと自棄になっていた。
自分で命を断つのはこわいが、戦いで命を落とすのは剣聖っぽい……。
そもそも騎士団に所属していても、ロッシーニ伯爵家令嬢という肩書きが邪魔をして、魔物と戦った事もほとんどないのだ。
街の警備とか、王城の警備とかではなく、私は魔物と戦いたかった。
魔王に一太刀でも浴びせて死ねたら、私は満足だ。
素晴らしく防御力が高い騎士団の制服に、自分の愛剣を帯剣して私は家を出た。
夜の森は何だかこわかった。
森の中で何度か魔物に襲われて戦闘になり、ギリギリ倒せているが……群れで来られたら多分魔王城に着く前に終了だ。
私は持っていたポーションを飲みながら魔王城を眺める。
段々近付いてきた……近くで見ればなかなか巨大な城だった。
今は夜だからか、城の周囲に張り巡らせた水堀の跳ね橋は上がっていた。
これでは城に侵入することが出来ない……。
仕方なく、橋の近くで騎士団のマントにくるまり、仮眠をとることにした。
騎士団のマントは防風、防水、防炎かつ温度調整機能つきなのだ。
あまりのマントの快適さに、私は戸外であることを忘れて、深い眠りに落ちた。