イベント前日のイベント
今回は本編が通常の倍くらいの長さになったので後書きはおやすみです。
そして早いもので書き始めてから3か月が過ぎたんですね。
初期の構想を見返してみると今と全然違って、改めてカイリ達の成長っぷりに感動してます。
さて、7月も23日になり終業式も滞りなく終わった。
特筆すべき点と言えば、赤坂先生が嬉しそうな顔をしてた事かな。無事に補習を回避出来たんだろう。
あ、いや。この言い方だと先生が補習を受けるように聞こえるか。ま、どっちでもいいけど。
それと今日はアルフロのイベント開始前日ということで、サクラさん達からデートコースの最終チェックを依頼されている。
女性目線では既にチェックを終えているというので、それなら問題無いんじゃないかと思うんだけど、男女ペアの場合も確認したいそうだ。
『男女ペアってことは、俺の相方は誰がするんだ? サクラさんか?』
『いえいえ。私はそういうのはちょっと恥ずかしすぎるのでパスで』
『ふむ。じゃあツバキさんかな?』
『残念。わたし、デート権は安売りしないことにしてるの。
という訳で、リースさんにお願いします』
『……それだとリースは安売りしてるように聞こえるけど?』
『ま、まぁまぁ。気にしない気にしない』
どこか釈然としないけど、今更こまかいことを気にしても仕方ない気がしてきた。
なのでその時はOKしてきたんだけど、待ち合わせはウィッカさんのお店の前か。
ゲームだけどこれも一応デートって事になるのかな?
ただ、一張羅なんてないからいつも通りの服装だけど。
一応ほつれとかが無いかチェックしながら待ち合わせ場所に行くとリースは既に待っていた。
「お待たせ」
「カイリ君。今日はよろしくね」
「ああ。じゃあ行こうか」
「あ、待って。一応ルートが決まってるみたいなの」
そう言って四つ折りのルーズリーフっぽいものを出すリース。
そこには丸っこい字で今日のスケジュールが書いてある。
この字はサクラさんだな。
「えっと、まずは『ウィッカさんのお店でお弁当を購入する』だって」
「わかった。じゃあ入ろうか」
「うん」
ウィッカさんのお店に入ると、以前来た時と違ってそれなりにお客さんが入っててめいめいに盛り上がっている。
それで、お弁当はどこで買えば……『←お弁当はこちら』って張り紙がある。
なかなかに親切だな。
案内に従ってカウンターに行くとお弁当のバスケットが幾つかならんでいた。
「どれどれ。
『サンドイッチ2人前セット:2000G』
『サンドイッチ5人前セット:4500G』
『おむすび2人前セット:100000G』
『おむすび5人前セット:250000G』
だって」
「おむすびがサンドイッチの50倍の値段なんだね」
「まぁ、多分まだここでしか手に入らないからな。
安くし過ぎると供給が間に合わない危険もあるから仕方ないだろう」
「まだ2回しか収穫できてないんだもんね」
「そ。イベント期間中にもう1、2回は収穫出来ると思うけどな」
そう、見ての通り無事に第9階層の畑からお米が収穫出来たのだ。
それでもプレイヤー全体を賄えるかと言われたら絶対に無理と断言できる。
俺の予想ではこの値段でも早々に売り切れになるんじゃないかなって思ってる。
「今日は折角だからおむすびセットにしようか」
「一昨日結構試食で食べたのにまだ食べるんだ」
「美味しかったからな」
俺がそう言うと嬉しそうにはにかむリース。
握ってくれたのはリースだからな。褒められると嬉しいんだろう。
そして俺達はレジでお金を払っておむすび2人前セットを買うとお店を後にした。
「それで、次は?」
「えっと『広場から西に向かって滝の鍾乳洞に向かう』だって」
滝かぁ。
先日、霧谷さんと行った滝は綺麗だったな。
リースと見る滝はまた違った印象を受けるんだろうか。
そんなことを考えながら山道を歩いていく。
「道幅も十分広いし、ちょいちょい休憩スペースが用意されてるな」
「これなら落ち着いて歩いていけるね」
お祭りじゃないから、やっぱりこうしてのんびり歩ける方が良いと思う。
運営の計らいなのか、既に街の外に出ているはずなのに魔物の姿も一切見かけないから実に平和だ。
道中の俺達の話題と言えば料理や農業の話が中心になる。
次はどういう料理にチャレンジしているのか。欲しい食材はなにか。食べたいものはなにか。それなら新しい調味料にも挑戦してみようか。などなど。
傍から見たら食いしん坊な二人組に見えたかもしれないな。
そうして、遠すぎず近すぎず。
のんびりと散歩をしていた俺達の前に鍾乳洞が姿を現した。
入口には立て看板。
『滝の間はとても良く滑ります。
足を滑らさないように手を繋いで行きましょう』
「だってさ」
「うーん。わざとらしいような気もするし、奥手な人の背中を押すにはこれくらいストレートな方が良い気もするし難しい所ね」
「ま、せっかくだから乗っておく?」
「そうね」
俺達は手を繋いで鍾乳洞の中へ。
中はダンジョンと違ってちょっと暗い。
ただ1本道だし壁の所々が光ってるから迷ったりはしない。
ちょっとだけお化け屋敷とか肝試しに似てるか?
ザァーーーー
「どうやら滝が近づいてきたみたいだな」
「うん。あっ、道が開けるよ」
リースの言葉通り、少し進んだところで広間に出た。
広間の奥には天井近くの穴から水が滝になって下の湖へと流れ落ちていた。
滝と湖はライトアップされていて広間全体が明るい。
そして湖の周りはロープが張られていて、落ちないようになっている。
あと気になることと言ったら。
「ここで手を離すとどうなると思う?」
「やってみる?」
「折角だからな。……うわっ」
リースから手を離した瞬間。水にぬれた足元の岩がまるで氷か蝋を塗ったんじゃないかくらい滑るようになって、速攻でしりもちをついてしまった。
「あははっ。カイリ君なにやってるのきゃっ」
こけた俺を見て笑ってたリースも同じようにしりもちをついていた。
俺は四つん這いになりながら何とかリースの元に近づき、その手を取った。
すると、さっきまでのツルツル床が嘘のように滑らなくなった。
どうやらそういうギミックが仕込まれてたみたいだ。
「ちょっとどころじゃなく意図的な仕掛けだな」
「ほんとそうね」
手を引いてリースを立ち上がらせると、リースもお尻をぱたぱたと叩いている。
「それでも滑って湖に落とされることは無くて良かったよ」
「そうなったらもうデートどころじゃないものね」
「よし、じゃあ気を取り直して次に行こう」
「ええ」
滝の鍾乳洞を抜けた先はシロツメクサが咲き乱れる草原と丘。
まばらに葉の茂った木があって日陰を作っていたりもする。
「ここはやっぱりあれ?」
「うん。お弁当スポットね」
「ならあっちの丘に行ってみようか」
そうして小さな丘に登ると気持ち良い風がそよいでいく。
リースがどこからともなくビニールシートを取り出して敷く。
「そのシートはどこから?」
「お弁当セットに付いてたみたい」
「用意が良いね」
シートの上に座りお弁当を広げる。
「カイリ君。何味が良い?」
「じゃあ辛子マヨネーズ」
「?サンドイッチじゃないよ?」
「え、ああ。そっか。じゃあ鮭で」
「はーい」
綺麗な三角おにぎりを受け取り食べる。
まるで炊き立てご飯で作ったかのようなホカホカおにぎり。
うちだと普段安いお米しか食べないから、こんな美味しいおにぎりもなかなか味わえない。
あと贅沢を言えば梅とかおかかが欲しいところだ。
発酵食品や漬物系は今後の課題だな。
そうしてあっという間にお弁当は無くなってしまった。
そのままふたりで草原を眺める。
「これ、リアルなら食後の昼寝とかも良いんだろうね」
「カイリ君もやっぱり彼女の膝枕とか憧れるの?」
「そうだな。やっぱりそういうのって気を許した相手同士でしかやらないことだし」
ただ単に膝に頭を乗せられれば良いってものでもないと思う。
まぁまだやったこともないのに偉そうなことは言えないけど。
「よし、じゃあ次行ってみよう。次で確か最後?」
「そうみたい。最後は『願いの泉』だって」
「あれか」
例のレアメタルを投げ込ませる為の泉。
それが無くてもちゃんと後で掃除はしておかないといけないな。
一歩間違るとゴミの不法投棄になるし。
そしてやって来た願いの泉。
切り立った岩山の合間に出来た泉で、奥行きが結構ある。水深もあって底が見えないな。
あとまたもや立て看板。
『この願いの泉に今ここであなたの最も大切なものを投げ込むと、この先素敵なことがあるかも』
うわぁ。これは酷い。
何がひどいって最後の確約してないところがひどい。かもって。
リースと顔を見合わせると、リースもうわぁって顔をしてる。
「……ま、まぁ。せっかくここまで来たんだから投げ込んでみる?」
「そ、そうね」
「でも最も大切なもの、か」
だめだ。
これは絶対にダメだろうってものが思い浮かんでしまった。
いくら何でもそれをするのは今日の1日を全部台無しにするどころか未来さえ破壊しかねない危険な発想だ。
でも一度思い浮かぶとそれ以外にないって思えてしまって困る。
えと、リースは……あ、リースも凄い複雑な顔をしてる。
ということは、もしかしてこの言葉から同じようなものを連想したんだろうか。
「よし、投げ込む役はリースに譲ろう」
「えっと……いいの?」
「ああ。安心してくれ。リースが何を投げ込もうと俺は怒ったりしないと誓うから」
「本当に?後からやっぱり許さないとか言わない?」
「うん。信じてくれていいぞ」
「分かったわ。じゃあ」
頷いたリースが俺に寄り添った。
そして……
「えいやっ」
どぼぉん
気合と共に俺を泉に投げ飛ばしたのだった。
俺自身そう来るだろうと覚悟してたから投げられる瞬間、自分でジャンプしたので良い感じの飛距離が出たと思う。
それにしてもこの池、池というには本当に深くて奥の方はダンジョンになってるみたいだな。
幾つか発掘ポイントもあるみたいだし。
っと、あまり長く潜ってるとリースが心配するか。
「ぷはっ」
「カイリ君。大丈夫?」
池の端からリースが心配そうにこっちを覗いてくる。
それに手を振りながら俺はリースの元まで泳いでいった。
「何というか予想通りだったから全然大丈夫だ」
「ほっ。良かった」
「誰が悪いって言ったら、この文言を考えた人が悪いからな。後で変更させよう」
「そうよね!」
なにせ最も大切なものって言ったらお金でも物でもなく、パートナーだろう。
恋人とか夫婦とかじゃなくても仲間っていうのはかけがえのないものだからな。
俺が投げ込むとしたらリースになってたから、これが一番いい結果だっただろう。
そして泉から上がった俺の髪をリースがタオルで拭いてくれる。
身長の差のお陰で上目遣いで俺を覗き込むようなポーズなるリース。
なるほど、これはこれで男性陣としては役得なのかもしれないな。
本来この世界では水没してもすぐに乾くはずなのに、敢えて濡れたままになってるのとか狙ってるとしか思えないし。
なら、これはこれでありなのか?うーん。
「まぁとにかく、これで終わりかな」
「そうだと思う。で、周ってみた感想は?」
「すごく良かったよ。これなら大勢のカップルで賑わうだろうな。あとは……」
「あとは?」
「ずっと監視されてなければもっと良かったな」
そう言って奥の茂みに視線を送る。
気配からしてウィッカさん含め全員が付かず離れず俺達の様子を見てたようだ。
滑って転んだ時とか、微かに笑い声が聞こえてきたし。
「ま、今日は気付かなかったことにしておこうか」
「うん。あ、じゃあカイリ君。折角だからちょっとサービスしようか。ちょっと耳を貸して」
「ん?……あぁなるほど。後でちょっとうるさそうだけど、やってみるか」
「じゃあ」
ひとつ頷いたリースが慌てたように後ろにさがろうとして、石に躓く様にこけた。
「いったたた」
「おいおい、大丈夫か?」
「ん……いたっ。ごめん、足ひねっちゃったみたい」
「まじか。それじゃあ歩くのもしんどいな。仕方ない。ほら、おんぶしてやるよ」
「え、いいの?ありがと~」
「「おぉ~」」
若干棒読みになりつつ、俺の背中におぶさるリース。
同時に奥から何か声が聞こえてきたけど、無視して歩き始める。
「あー」
なにやら背中からへんなうめき声が聞こえてきた。
「どうした?」
「いやぁ。あははっ。ゲームなら気にならないかなって思ったけど、どことなく恥ずかしいね」
「まぁそういうものなのかもな」
そう言えば先日の霧谷さんも、おんぶするかって聞いたら顔を赤くして断ってたな。
俺としては昔近所の子供をおぶってたのと同じ感覚だ。
ゲームの中だからなのか、重さはほとんど感じないし、背中に当たる感触も厚めのスポンジを間に挟んだように曖昧だ。
リアルで霧谷さんをおんぶしてたら、と一瞬考えたけど、それはまた後で考えよう。
今はゲームとは言え、デートの最中って事になってるしな。
街に戻るまでがデートだろう、うん。
恋愛カラーが強めになってきましたが、一応一区切りです。
イベント中までいちゃいちゃはしません。きっと。
イベント後?
それはその時になってみないとですね。
もしくは皆さんの要望が強ければそっちに舵が傾くかも。




