イベント中の最重要案件
中層階の最深部なので魔物の攻勢も今まで以上に激しいだろうと身構えていた分、反応の薄さに少しだけ拍子抜けした。
まぁ戦いたいわけじゃないから良いんだけど。
ともかく、第9階層はこれといった起伏も無ければ壁も無く、階層全体が見渡せるようになっていた。
当然魔物の姿も地上に居る分は良く見えるのでそれなりの数が居る事は分かる。
「意外と第9階層は楽勝なのか?」
「いや、そうでもない。厄介なのはこの地面だ」
ブリラさんが足元を指さす。
そこには平均台並みに細い道が5メートル間隔で格子状に伸びている。
道以外の部分は池だ。
それも水深は膝下くらいまでと浅い。
小学生か全く泳げない人でもなければ溺れることは無いだろう。
「これ道の意味あまり無いな」
「まあな。歩くためというより、池を区切る為にあるような感じだ」
「それで、これのどこが厄介なんだ?」
「ああ。まずこの細い道の上だけを通って戦い進めるのは無理なのは分かるよな。
続いてこの池だが、地上人が歩くには足を取られる。かといって魚人にとっては浅すぎて泳げないんだ」
「なるほどね」
試しに池に降りて何歩か歩いてみる。
ふむ。俺はスキルのお陰か特に問題無いな。
でも確かにこの浅さだとヤドリンは呼べてもイカリヤやコウくんは厳しいか。
あと強いて言えば水中の魔物はちょっと見にくい?
「よっ」
銛を水中に突き立てれば、黒くて細長い魔物がヒットした。
それを見たリースが目を輝かせる。
「まさか、ウナギ?」
「いや、ドジョウだな。かなりの数が居るみたいだ」
具足を付けずに池に入るとこいつらに足を食われるのか。
ただ具足を付ければ今以上に水に足を取られて行動力を奪われるし、池に入らないように戦うには道が狭すぎる。
一番楽そうな戦い方は池の水を全部凍らせてしまう事かもしれないけど、俺達の中に氷魔法を使える人は居ない。
「こいつらなら食べられるらしいけど、リースの温熱魔法で池を熱湯に変えて煮込んでみる?」
「うーん、やめた方が良いと思うな。それやると多分泥臭くて食べられないよ」
「そうか。なら先に釣ることを考えよう。
という訳でレイナ。ボスの時に使ってた網をお願い」
「はい。地引き網漁ですね!」
「そういう事」
先にサクラさんとツバキさんに地上の露払いをして貰いつつ、残りのメンバーで網の両端を持って、池の中を攫っていく。
「おぉ、大漁大漁」
「仕留めるのは任せて」
網にかかった50匹近い魚の魔物をリースが丁寧に絞めていく。
ドジョウは栄養価が高いはずだから後で蒲焼か鍋になるんだろうな。
あとその間、アヒルだかガチョウだか分からない鳥の魔物が襲ってくるので生産職メンバーで撃退していく。
釣った魚は奪わせん!
「大物来たよ」
「はいよ。この池はもう安全だからこっちで戦おう」
「うん」
近付いてきた大型の魔物を、今しがた漁を終えた池で迎え撃つ。
水中からの攻撃を心配しなくていいならこの方が安全だからな。
そうして危なげなく2つ3つと池を攻略していった。
しかも嬉しい事に獲れたのはドジョウだけじゃなく、ヤツメウナギ、ザリガニにすっぽん。
これで当分、鍋の具には困らないな。
「……お前ら。主旨を忘れてないか?」
「え?」
「あら?」
ブリラさんの呆れた声に顔を上げる。
そう言えば俺達は漁をしに来た訳じゃなかったよな。あぶないあぶない。
子供の頃、田舎の田んぼで遊んだ時みたいでついついはしゃいでしまった。
「……ってそうか!!」
「どうしたの?」
「みんな。俺のわがままで悪いんだけど、今日はこの階層を全力で攻略したい」
「カイリ君がそこまで気合を入れてるなら止めないけど、理由を聞いても良い?」
「もちろん。この階層って、どことなく水田っぽい造りだと思わないか?」
「まぁ確かにそうね」
「農業スキルで耕したところに出来る基本作物って、その土地ごとに違うらしいんだ。
つまりここに畑を作ればお米が作れるかもしれない」
「「!!?」」
俺の言葉に全員の目の色が変わる。
ブリラさん達が置き去りにされているけどそれどころじゃない。
「それはやるしかないわね」
「はい。ダメで元々。可能性があるならやるべきです」
「運営だってこういう造りにしたんだから、それくらい考えてるわよね。むしろ運営からのご褒美かしら」
「魔物のリポップ速度が気になるところですが、任せてください」
「私のおにぎりには指一本触れさせません!」
やはり日本人といえばお米だ。
全員のテンションが最高潮に燃え上がる。
こうなったら10階のボスとかレアメタルとかどうでもいい。
今から耕せばイベント開始前には1回は収穫出来るだろう。
それでもしお米が手に入ったらイベント期間中は全力で稲作に精を出そう。
あ、その場合、外のプレイヤーにここを荒らされる訳にはいかないな。
「ブリラさん」
「な、なんだ?」
俺達の勢いに気圧されてるけど気にしない。
「レアメタルを落とす徘徊型ボスってさっきの1体だけですか?」
「いや。徘徊型ボスは何体も居る」
「それなら案内役の皆さんと協力して外から来た冒険者たちに、その情報を触れ回って貰って良いですか?」
「あ、あぁ。わかった」
「併せてこの階層以降の情報は極力出さないようにお願いします。
深い階層で取れるレアメタルはあくまでボスドロップだと思い込ませられたら最高です」
「ふむ、やってみよう」
「あと、今回の案内はここまでで十分です。この階層に第10階層に行くよりも価値を見出してしまったので」
「そうか、良く分からんが何かあるんだろう。なら俺達は早速戻ってこのことをみんなに伝えてこよう」
「お願いします」
若干首を傾げながらも帰って行くブリラさんを見送った後、俺は改めてみんなと今後の計画を話し合うことにした。
「まずは今日中に1区画分を耕しつつ拠点化して安全を確保しよう」
「はい」
「明日以降は俺の従魔たちに交代で入ってもらうから多分大丈夫だ。
イベント開始まで時間も無いし、まだ本当にお米が採れるかは分からないから、みんなはそれぞれの作業を優先して欲しい。
特にウィッカさんとリースとレイナは、それぞれのお店でレアメタルがボスドロップする情報と、ボスが6~8階層を巡回しているって情報を流してくれ」
「任せて」
「サクラさんとツバキさんには予定通り観光用の洞窟の案内と警備をお願いします。
それほど人は多くはないと思いますが、意識が分散すれば攻略へのエネルギーも減りますから」
「わかったわ」
「それでは全員一丸となってイベントを乗り切りましょう。明日のごはんの為に!」
「「ごはんの為に!!」」
いつの間にか円陣を組んでいた俺達。
気合十分に顔を上げると、周囲に集まってきた魔物たちを殲滅し始めるのだった。
後書き会議室
「ふむ。彼らは無事に私からのプレゼントを受け取ったようだね」
「はぁ。そのようですね。いつの間にそんな仕込みをしてたんですか」
楽し気に笑う主任を呆れた開発スタッフが応えるのもいつもの光景か。
「まぁまぁ。彼らにだってこれくらいの役得はあってもいいだろう。
本来ならレアメタルの採掘権も報酬にする予定だったけど、彼らはあまり欲しがらないだろうしね」
「そうでしょうね。攻略組なら喉から手が出る程欲しいでしょうけど」
「しかしこのままだと徘徊型ボスが乱獲されそうだな」
「それはそれでよいのではないですか?
採掘というルーチンワークの性質上、ボスを何度も相手にするということは良くあることです」
「だがねぇ」
実際、過去のゲームを振り返ってもそういう繰り返しを求める作品は多い。
酷いものだとドロップ率が1パーセントもないアイテムの為に延々ダンジョンを周回させるものがあった程だ。
ただそれが楽しいかと言われたら首を縦には振りにくい。
「せめて何かやりがいみたいなモノが欲しいね」
「それならスタンプラリーとかどうですか?」
「ん?なにかねそれは」
「例えばボスを全種類制覇するとか、枝分かれした全ての階層を制覇するとか。
そう言った偉業を達成したら新たな道が開けるとか」
「新たな道……つまり第9階層への道という事か。いいね」
「あ、いえ。他にもあるとは思いますが」
しまったと思った時には既に遅く、主任の手元は光速でキーボードをタップし始めていた。
そしてあっという間に出来上がる企画書がすぐさま関係各所の承認印で埋まっていく。
(この人、言動はあれだけど、優秀なことは疑いようが無いのよね)
「なにかな?」
「いえ、なんでも」
「ふむ。ところで、他のプレイヤー達はどうかな?
もうイベント拠点には入れるようになっているだろう?」
「ええ。今のところ大きな混乱もなく。
大半の人が船作りに精を出しています。
残りの人たちも砂浜を見て色めき立っているようですね」
「うんうん。やっぱり夏は楽しまないとね」
「そう思うのであればもっとご家族を大事になさってください」
「ふむ」
眉間に右手の中指をあててついっと眼鏡を直すようなポーズをとる主任。
これはまた変なことをやらかした時の癖だなと、その場に居た誰もが苦笑いを浮かべた。
「イベント期間中の海岸。ぶっちゃけ海水浴場だけどね。
招待制ではあるが広く一般に公開することが決まったよ」
「は?いつの間に?」
「この広く一般にというのは、普段このゲームをしていない人も対象だという事さ。
VR機器を持っていてネットに入れる人なら誰でも対象に出来る。
そしてここに皆の分の招待状がある。
もちろん、1枚で友人や家族など、呼びたい人は何人でも誘えるよ」
「は?」
「え?」
「……」
「ふふんっ。どうだい、驚いたかい?」
確かにそれはサプライズだった。
普段仕事の事にしかエネルギーを注がない人だというのが開発スタッフの共通認識だったからだ。
ゆえにそこから出てきた言葉は。
「あなたは主任の皮を被った何かですね!」
「いや、むしろ何かに取り付かれてるんじゃないか?」
「もしくは俺達集団催眠状態だったり」
「……酷い謂われようだ。ならこの招待状は要らないか」
「「いります!!」」
全員がビーチフラッグさながらに主任に飛び掛かるのだった。




