島の会談
イカリヤとふたり、遊泳というかツーリングというか。
とにかく無事に目標の島が見えるところまで来ていた。
「島に上陸する前に周囲の様子を確認しておこうか」
「きょっ」
ぐるっと島から1キロほど離れた海中を泳いで分かったことは、この島の海岸は切り立った崖のようになっていて海水浴に適した場所は無さそうだって事だ。
代わりに大型船でも接岸するのは難しく無さそうだ。
魔物も強いのは居ないし波も穏やかだ。
そう思いつつ海上へと顔を出した俺を迎えたのは、一面の霧だった。
これ海中からなら何の問題も無いけど、海上から船で近付こうとしたら岸壁にぶつかったり他の船と衝突したり大変なことになるな。
いや、そもそも島を発見するのも難しいか。
島からの招待状にも10年ぶりに島に外部の人が来るって書いてあったもんな。
「よし。俺はこれから島に上陸して話をしてくるけど、イカリヤはどうする?」
「きょっ」
「分かった。じゃあ引き続き周辺の探索は頼むな。
魚人の国とかあったら出来れば穏便に話をしてみてくれ。
もし攻撃してくるようなら遠慮なく撃退してくれていいから。イカリヤの安全が最優先だ」
「きょきょっ」
ズビシッと腕を振り上げるイカリヤに見送られて俺は島へと上陸した。
上陸した俺を迎えたのは、霧深き港町……ロンドン?ではないけど、レンガ造りの街並みとか多分モチーフはそうなんだろうな。
「おや、こないなところで人間に会うのは珍しいな」
「ん?」
掛けられた言葉に振り向けば、そこに居たのは巨大な化け猫。
もとい、恐らく猫の人獣だ。2足歩行の身長150センチの三毛猫。
抱きしめたら気持ちよさそうだけど、声の感じからしてオスなのが残念だ。
「……先に言っとくとワイに男に抱き着かれる趣味はあらへんで」
「ああ。俺もいま、雌だったら良かったのにとがっかりしたところだ」
冗談めかしてため息をつく。
「ところで。ワイの姿を見ても驚かんのやな」
「ああ、人獣なら会ったことがある。というか俺の島に今いっぱい居るから」
「ほほぉ」
俺の返事に一瞬目が光った。
何か気になることでも言ったか?
「ワイは商人のバロンソちゅうもんや」
「農家のカイリです」
「農家なのか。てっきり冒険者かワイみたいな商人かと思ったわ。
なぁ、ここのことどうやって知ったん?
ここは年中霧に包まれてる隠れ島や。前に霧が晴れたのだって10年前や。
カイリはんの10年前って言ったらほんの子供やろ。親にでも聞いたんか?」
「うーん、教えても良いけど代わりに道を教えてもらうってのはどうかな?」
「ふむ。交換条件は商売の基本やな」
「じゃあ成立ってことで」
「うむ」
がしっと握手を交わす。
くっ。手袋をつけてなれば肉球を堪能できそうだったのに。
まあいい。商売の基本は金と信用だ。
ここまで会話しててバロンソさんがその基本を大事にしてそうなのは分かった。
ならこっちもそれに倣えば、悪いようにはされないはずだ。
「俺の方はこれだ」
「これは、招待状でっか。宛先が『海の勇士へ』となっとりますが」
「ああ。先日そう呼ばれるようになった」
「ははぁ。なるほど、噂には聞いとったが、カイリはんがそうなんか」
「そういうこと。それで送り主らしいこの島の領主に会いたいんだ。
連れて行ってもらえるかな?」
「ええでっしゃろ。領主はんには何度も会った事あるし何の問題も無いわ」
今の一瞬でバロンソさんの中で算盤が弾かれた気がする。
多分なにかの商売のネタになるって思ったんだろうな。
ま、それくらい計算高いくらいが商売人としては当然だろう。
そうして俺は領主の館に案内された。
入口も招待状を見せれば特に疑われることなく入れてもらえた。
そのまま応接室へ。
バロンソさんもちゃっかり中まで同行している。
「君が『海の勇士』だね。良く招待を受けてくれた。
私はこの島の領主をしている、ビーラだ」
「先日『海の勇士』を拝命したカイリです」
ビーラさんはエビの魚人だった。
というか、ここまで来ると着ぐるみに見える。
特に握手をするために右手のハサミがパカっと開いて人の手が出てくるところとか正にそうだ。
おっさんが着たエビの着ぐるみ……宴会芸かな?
「招待状には10年ぶりの問題を乗り切る為に力を貸してほしいという事でしたが」
「うむ。先日神託が下った。君もここに来るまでに見てきたこの島全体を覆う霧が今月後半に一時的に消えるというのだ。
この島は希少な鉱石が産出する場所でな。霧はそれを狙う強欲な者たちから島を守ってくれていたんだ。
霧が深すぎて船が近づく事すら出来ないからね。
その霧が無くなるという事は」
「海賊はもちろんのこと、各国から盗掘者が殺到しかねないということですね」
「そういう事だ」
まぁしかねないどころか、それがイベントの主旨らしいからな。
まず間違いなく大勢のプレイヤーがこの島にやってくるだろう。
運営からの依頼は『島側の立場から何とかしてほしい』と実に適当な一言があるだけだ。
あと失敗条件として『島がプレイヤーによって占領される』『島の住民の損害率が3割を超える』となっていた。
逆を言えばプレイヤーがどうなっても俺達にとってはどうでもいいとも言える。
一番楽なのは海上で殲滅することだけど、流石にそれはやり過ぎだよな。
なので上手く島を荒らされずに満足してお帰り頂くのが良いんだけど、さて。
「神託のことは誰まで知っているのですか?」
「この島に住むもの全員だ。既に危険を察して島を一時的に避難する者もいる」
「なるほど。ならここから更なる混乱が起きることは少なさそうですね」
「ええ。ですが問題は私たちに海賊を撃退するほどの力はありません。
そこで海の勇士と呼ばれるあなたのお力をお借りしたいのです」
「力になることは吝かではありません」
「おぉでは!」
「しかし、俺も四六時中ここに居ることは出来ませんし、仮に上陸された場合、私でも正面から撃退することは出来ません」
「そう、ですか」
俺の言葉に若干がっかりするビーラさん。
でも正直なところ、海中で自由に動けるっていうアドバンテージが無ければ俺はトッププレイヤーですらない。
「なので、何か搦め手を考えることにしましょう」
「おお、何か良い手が!」
「いえ。それは、これから考えます。
俺はまだこの島の事を知りませんし、自分よがりに動いては逆に迷惑になります。
俺達に出来る事とこの島の住民が出来る事を合わせて何とかこの難局を乗り越えましょう。
数日以内に案を考えますので、ビーラさんには住民の皆さんに協力してもらえるように根回しをお願いします」
「ええ。そちらはお任せください」
「必要なものがあればバロンソさんが手配してくださるでしょうから。そうですよね?」
「ええっ!?えぇ。まぁ、微力ながらお力にならせてもらいまっせ」
ここでこれまで静観を貫いていたバロンソさんを引き合いに出す。
首を突っ込んだんだ。色々動いてもらおう。
後書き日記 リース編
21xx年7月9日
勉強会はあれから1日おきに開催することになりました。
平日の夜は20:00~21:00の1時間。
内容は1日1教科ということで、初日の中国語&社会、2回目の世界史、3回目の数学と続き、4回目の今日は物理学です。
今日はサクラさん達が居ないので私とレイナとカイリ君の3人。
講師は色々問題というか脱線するカイリ君です。
あまりに脱線しすぎるので、私達でなんとか手綱を引くのが恒例になってきています。
「さて。物理学って言ったら最も身近な学問の一つだ。
リンゴなんか落ちなくても雨のしずく1つからだって重力の影響を知ることが出来る。
ちなみに水滴って丸いイメージがあるけど、落下中の水滴は空気の抵抗によって下側は潰れてるんだよ。
同じ力でモノがぶつかった場合、その当たり面積が小さいほど1点にかかるエネルギーは大きくなる。
だから同じ質量の水滴と雹では後者の方が破壊力が高くなるんだ。
もちろん雹の方が硬いっていうこともあるけどね。
これをふたりに置き換えると、リースの包丁は刃物と言う限りなく細い線で相手を切断するから、小さな力で魔物の首を切り落とせてしまえるし、レイナの針は正に点で穿つことになる。
この点っていうのが結構ミソで、物質って分子結合を考えてもらえば分かる通り、ごく細かい網になっているんだ。
だからその網の隙間を狙って突き刺せば、理論上はどんな硬い物質でも貫通出来ることになる」
「はいストップ。そこまで」
「ん?」
「話の内容が空想科学のトンデモ理論になってるから」
分子結合の隙間を縫えとか、無理ですからね。
レイナも。そこで、「えっ?」て顔しない。
私がおかしいみたいじゃないですか。
そりゃまぁ。包丁で魔物を切る時に、何となくここを切ればすんなり切れるなって感じながら切ってますけど。
それも筋肉と筋肉の隙間とか、そういうレベルですから。
え、それはそれで凄い?料理マンガの達人が言ってそう?
おかしいですね。
いつの間にか私もカイリ君の思考に染まってきてしまったんでしょうか。




