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帰宅後早速アルフロにログインすると、丁度リースもログインしてくるところだった。
「おはよう、リース」
「おはよう。ってリアルだと夕方だから不思議な感じだよね」
「まぁな。でもほら。芸能人とかは常に『おはようございます』らしいし良いんじゃないか?」
「芸能人になった記憶はないけどね」
そんな雑談を交わしつつ他のメンバーを確認すると、今日はまだ来てないみたいだ。
「リースはこれからお菓子作りか?」
「ええ。昨日ようやくオーブンも完成したし。
材料も高品質の牛乳と砂糖が手に入るようになったんだもの。腕が鳴るわ」
「まぁ砂糖が手に入るようになったのは予想外だったけどな」
そう言いつつ対岸の東グレイル島を見る。
そこでは先日従魔になってくれたカウクイーンが鼻歌を歌いながら農作業をしていた。
「モモーモーモーモー♪ モーモーッ♪」
「「モーモーッ♪」」
カウクイーンに続くように、2頭の子牛(と言っても2メートル近いけど)が続いていく。
そう、驚いたことにカウクイーンはボスだからなのか、眷属を召喚出来たんだ。
聞いてみたら本来は大勢の冒険者に囲まれた時の対抗策として用意してあった能力らしいんだけど、今ではすっかり別の事に活用している。
しかも更に驚くことに彼らが耕した畑からはなぜか大根っぽい野菜が育っている。
カウクイーンが育てた畑からは砂糖大根が育ち、他の2頭も白カブと青首大根が育っている。
砂糖大根はもちろんの事、他の2つも辛味成分ゼロで甘みが強い。
お陰でリースがシャーベットに出来ないかと研究を始める程だ。
ちなみに、彼らが使っているのはどれも『はじまりの鍬』だ。
先日の獣人族本島にあった『はじまりの武器屋』からあるだけ買い占めてきた。
ただ流石に鍬は3本しか置いてなかったけど。
その代わりと言っては何だけど、他に召喚された眷属たちには別の武器を渡してみた。
その結果。
「グモッグモー♪」
木槌で牛小屋を建てる奴や、斧の代わりに剣や槍の訓練をする奴が居たり、皆のお手伝いを始める奴まで居る。
一口に眷属と言っても個性があるみたいだ。
知性も高いみたいだし、そのうち進化したら言葉を話し出したりして『東グレイル島』改め『牛王国』が出来上がるかもしれない。いや、カウクイーンがトップだから女帝国かな。
どっちにしろ、それはそれで面白そうだから良いか。
ただ、改めて考えると、皆どんどん新しい事をしてるからボーっとしてたら置いて行かれそうだ。
「よしっ。じゃあ俺も出掛けて来るよ」
「はい。あ、ちょっと待ってて」
「ん?」
「えっと。よし。
はい、これ。お弁当よ」
ぽんっと渡されたのは牛肉バーガー。どうやら今の一瞬で作ってくれたみたいだ。
「わざわざ悪いな」
「いいのよ。そんなに手間でもないし」
「それでも、ありがとな」
「どういたしまして。今日はもう出っ放し?それとも戻ってくる?」
「今日はキリの良いところで戻ってくるつもりだ」
「そう。なら、スイーツ作りながら戻ってくるのを待ってるわね」
「お、おう。じゃあ今度こそ行くよ」
見送るリースに手を振りながら、俺は足早に竜宮農場へと向かった。
そうして一人になった俺は周囲に誰もいないのを確認して、深々と息を吐いた。
「はぁぁ。なんだったんだろう、今のやり取りは」
何というか。まぁ何というか。
まるで新婚夫婦の朝の一コマみたいな?
まぁ、リースに気負ったところは全く見受けられなかったから、特に意識してやった訳じゃないんだろうけど、二人きりの時にああいう事やられるとちょっとドキッとするな。
平常心で対応出来た自分をほめておこう。
「ふぅ」
「……くぃ?」
「おわっ」
「……」
「いや、何でもないんだ」
そうだよな。
竜宮農場に来たらヤドリン達が居るに決まってるよな。
ヤドリンは特に宿岩に閉じこもって動かないと全然気配が無いからなぁ。
「にしても、ヤドリンは凄いよな」
「くぃ?」
「口数が多いって訳でもないのに、こうしてそばに居てくれるだけで癒されるからなぁ」
「くぃ♪」
サラサラとヤドリンの岩宿を撫でていると、それだけでさっきまでの浮かれた気持ちが落ち着いてくる。
「よしっ。ボケっとタイム終了だ」
「くぃ♪」
「イカリヤ、コウくん。みんなちょっと良いかな?」
「きょっ」
「ぴっ」
俺が声を掛けると、向こうで海シイタケの収穫をしていたイカリヤと、マグロの飼育をしていたコウくんがススッと集まってきた。
そんなみんなを見回して俺は色々考えてきた内容を話し始めた。
「みんないつも畑を耕してくれたり俺に力を貸してくれてありがとうな。
そんなみんなに俺はどう応えればいいのかなって色々考えた結果、この畑をもっと有名にしていくことに決めた」
「ぴっ?」
「有名ってのはつまり、世界中の海にこの農場の良さを伝えることだ。
覚えてるか?最初はみんな、ここにお腹を空かせて来ただろ?
きっとみんな以外にも大勢の海の仲間が同じようにお腹を空かせてると思うんだ。
もちろんここの畑だけで世界中を賄えるなんて思ってないけど、食料支援だけじゃなく、貿易や農地開拓を手伝ったりして行ければ良いと思ってる」
「きょ~~」
「…………」
みんな驚いてるな。まぁそれも無理ないか。急な話だしな。
「とは言っても、最初は手堅く行こう。無理してもダメだろうしな」
「ぴっ♪」
「なので手始めにここの南側の探索から始めよう。
あと、だいぶ畑も広くなってきてみんなだけじゃ手が足りないから、手伝ってくれそうな人達も見つかれば最高だな。
そしてこの活動にはみんなの協力が必要不可欠だ。
苦労を掛けると思うけど、よろしく頼むな!」
「くぃ!」
「きょっ♪」
「ぴぴっ」
力強く頷くみんな。
みんなが居れば何でも出来そうな気がするな。
後書き日記 リース編
21xx年6月15日
昨日無事にオーブンが完成しました。
今日からは本格的にお菓子作りスタートです。
でも待ってください。
今までの食事とお菓子では勝手が違うはずです。
良く聞くのはシュークリームのシューが全然膨らまないとか、バレンタインチョコが鍋に焦げ付いてしまうとか。
なのでまずは情報収集です。
それにしても不思議です。
情報収集と考えて真っ先に思い浮かぶのが図書室という。
クラスメイトに言ったら物凄~く笑われました。
べ、べつにデジタルが苦手って訳じゃないんですよ?
ただそう。ほんのちょっと期待している自分が居ると言いますか。
待ち合わせをしている訳でもないので会えるはずないんですけど、万が一ってこともあるかもしれないですしね。
……って居ました。
こんな偶然あるんでしょうか。
確か先輩も頻繁に図書室に来るわけじゃないって言ってたと思うんですけど。
運命、とかいうと陳腐ですね。
たまたま。そう、たまたま波長があったとかそんな感じです。きっと。
逸る心臓を抑えてそっと何を読んでいるか覗き込めばタイトルは『異世界転移のすゝめ』。
先輩も男の子ですからね。そう言うのに憧れても……え、違う?ゲームのネタ探し?
わたしはてっきり、あ、いえ。何でもないですよ。
そうやって焦ったのがダメでした。気が付けば先輩に対して自論を長々と。
先輩が怒ってないから良かったですけど、恥ずかしいです。
折角だからと先輩とは途中まで一緒に帰ることになりました。
でも不思議ですね。
先輩とは数回しか会ったことないはずなのに、クラスメイト以上に気心が知れるといいますか、年上の男性なのに自然と話が出来るんですよね。




