歓迎準備
翌日、畑の種蒔きと収穫を終えた俺がまず最初にやったのは、地上に向かう穴の拡張だった。
正確には、掘り直しだな。
なにせミズモが作ってくれた穴は、登る時は特に問題なかったんだけど下りが大変だったんだ。
傾斜角60度の穴に頭から突っ込むのは落ちるんじゃないかという根源的な恐怖を呼び起こされ、逆に足から降りようとすると上手く進めなかった。
結局昨夜は崖の上から飛び込んだんだけど、高さ5メートルの飛び込み台っていうのもなかなかにスリリングだ。
という訳で、改めて45度角のトンネルを掘ることにした。
農家にとって、というか鍬は上方向に掘るのは大変だけど、斜め下に穴を掘るのは余裕だ。
俺はせっせと人が立って通れるだけの広さの穴を掘っていった。
そうして海水面に達したところで横に向きを変え、慎重に崖面に出るように穴を空けると、ちょうど膝まで海水に浸かる所に出ることが出来た。
このトンネルも後日補強しつつ、明かりを取り付けよう。
そう心に決めつつ、対岸も同様にトンネルを掘るのだった。
そして次に頑張ったのが、イベントの報酬で手に入れた大気魔法(初級)の練習だ。
大気魔法(初級)。
出来るのは『大気の生成と操作』だ。
中級や上級になれば多分、圧縮したり高速で撃ち出してエアガンみたいになるんだと思う。
もしくは圧縮した空気を足場みたいに出来れば空を駆けることも夢じゃないかもしれない。
まぁそれは追々、かな。
個人的には初級の2つが一番欲しかったんだ。
出来ればみんなと合流するまでには1時間継続して大気を生成したり固定したり出来るようになりたい。
「ま、そんな簡単にはいかないか。……もぐもぐ」
キノコつみれで魔力回復を図りながら大気の生成を行うも、どうしても消費量が多すぎる。
操作するだけなら消費量と回復量が釣り合ってるから大丈夫なんだけど……。
「きょっ♪」
悩む俺の前をイカリヤが高速で泳いでいった。
やっぱり俺の従魔のなかでも特に泳ぐのが速いのがイカリヤだからな。
何かコツがあるんだろうか。
「きょ?」
「『体験してみる?』って出来るのか?」
「きょっ♪」
差し出された足を掴むと「行くよ~」という掛け声と共に俺はイカリヤに引かれながら海中を飛んだ。
うん。泳ぐというより飛ぶだな。
それと同時に何となく原理が分かった。
どうやらイカリヤは水流を操って後ろから自分たちを押しているようだ。
更に前方の水を操って抵抗を下げている。
その結果がこの弾丸のような高速泳法だった。
あっという間に海溝の端まで辿り着いてしまった。
「イカリヤ、もう一回お願い」
「きょ~♪」
高速で泳げるのが面白くてその日はイカリヤがくたびれるまで延々と泳ぎ回ってしまった。
あれ、何か忘れてるような……ってそうだ。
結局、どうやって大気を生成する分の魔力を生み出すかの解決策が見つかってない。
腕を組んで悩む俺のところにヤドリンがすすっと近づいてきた。
相談に乗ってくれるって事かな。
「なぁヤドリン。大気を生成するのに魔力を大量に消費するんだけどどうすればいいと思う?」
「……くぃ?」
「なんで大気を生成する必要があるかって?そりゃ水中だからだよ」
「……」
俺の答えにヤドリンが首を傾げた後、おもむろに左手を上に向けた。
「上?」
「……くぃ」
「違う?えっと、じゃあ空?」
「くぃ。くぃー」
「空には大気が幾らでもあるなぁ。で、それを引っ張る?」
ヤドリンのジェスチャーをふんふんと解読していくと、つまり生成なんかしなくても海上から持ってくれば良いじゃないかって事か。
「あーそうだな。うん。そうだな!」
なんで気付かなかったんだろう。
やっぱ海中にずっと居るせいでデフォルトの思考が海中よりになってしまってたんだな。
「ヤドリン、ありがとな」
「くぃ♪」
ヤドリンのアドバイス通り海上に出てから大気魔法で大気を海中に持って行ってみる。
これなら、今の魔力量でも何とかなりそうだな。
よしよし。
そうしてあっという間に時間が過ぎ。
<転送門の修理を行いました。修復値:10000/10000。
転送門の修理が完了し、使用可能になりました。
現在の転送門の所有者:カイリ >
「よし!」
無事に転移門の修理が終わった。
最初見た時はボロボロだった石台も綺麗になり、崩れていた中央の柱もいつの間にか修復され先端に青い宝石が光っている。
これで行ったことのある場所の転移門とつながったはずだ。
<転送先を選択してください。
・竜宮農場
・ミズモ農園
・ラムラリア水神湖
・死糸花の花畑
>
柱に触れてみると世界地図と一緒に行ける場所のリストが出てきた。
リストの花畑っていうのは、先日コウくんと一緒に行ったあそこか?
というか、このリストおかしくないか?
確かに俺が行ったことのある場所ではあるけど、明らかに向こうに転移門は無いぞ。
と、ふと気付いたけど字が違うな。
『転移門』じゃなくて『転送門』になってる。
ということはもしかして、送り届けるだけの一方通行とか?
「これ気付かずに使ったら帰って来れなくなるパターンか」
皆に会いに行く前に一度使ってみる必要があるな。
幸い『竜宮農場』が選べるから片道切符だとしても地上と海中を行き来するだけで済む。
なので試しに『竜宮農場』を選択してみた。
「!」
瞬きする間に『竜宮農場』の寝床前に立っていた。
いくら慣れてきたとは言え、突然地上から海中に飛ばされると驚くな。
でもま、無事に移動は出来たと。
後は戻れるか、だけど。
「これか」
後ろを振り向けば転送門についてた宝石と同じ色の光を放つ玉が浮かんでいた。
向こう側が透けて見えるってことは宝石そのものがある訳じゃなさそうだな。
それに触れてみると、
<転送元に戻りますか?>
やっぱりか。『はい』を選択すると再び一瞬で地上の転送門のところまで戻ってきていた。
良かった。無事に戻って来れるようだな。
あと忘れない内に転送門の設定を変更して利用可能者を俺のクランまたはパーティーメンバーに限定しておこう。
無いとは思うけど向こうから勝手に知らない人が来たら困るからな。
「これでよし、と」
後は俺以外も一緒に飛べるかどうか。それはやってみてのお楽しみだな。
そうして今度は『ラムラリア水神湖』へと飛んだ。
後書き日記
21xx年5月19日
カイリ君から連絡があり、明日にはみんなと合流できるみたいです。
ただ気になるのは追加で『俺の農場に招待出来るかも』って言ってたことです。
カイリ君の農場って確かどこかの島の近くの海底でしたよね。
どうやって行く気なんでしょうか。
恐らくその島までは転移門で飛べるんでしょうけど。
……彼の事だからまた突拍子もないことが起きそうです。
これは事前にみんなに相談ですね。
という訳で1日早くカイリ君を除くメンバーで集まりました。
みんなの意見を聞いたところ、全会一致で何かがあると予想。
信用があるのかないのか。
ただそこでウィッカさんから1つ提案がありました。
その提案についても全会一致で可決。
まとまりがあって良い事ですね。
後はカイリ君が首を縦に振るかどうかですね。
ただその場合、私たちのクランって世間一般から孤立したりしないでしょうか?
……なるほど。普段の活動場所は自由にして、イベントの時とか手が足りない時に合流するくらいの緩い関係性ですね。
それなら基本ソロプレイヤーと変わりません。
確かにみんなやりたいことがバラバラですし、常に一緒に活動するメリットは余りないですからね。
アイテムや情報は優先的にクランメンバーで共有しつつ、自分の趣味を追求する。
良いんじゃないでしょうか。
って、結局カイリ君抜きでクランの方向性とか決めちゃってますね。
彼に限って無駄に反対とかしないと思うので大丈夫だとは思いますが。




