壁の次は屋根
農場に帰ってきた俺は早速花の苗を植えていくことにした。
と、その前にみんなにも見せておくか。
「みんな、これからうちの農場の門番をしてくれる花だぞ」
「きょっ!?」
「……(ススッ)」
「ぴぃ」
苗を見せると、一緒に採りに行ったコウくんは別として、イカリヤは手で目を隠すようにしながら後ろに下がり、ヤドリンはビシッと宿岩を閉じつつジリジリと後退していった。
どうやら2人にとってもこの花はかなり危険な部類らしい。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だって。
ちゃんと敵味方の区別はつくらしいから」
そう伝えると恐る恐る近づいてきて覗き込むみんな。
「……」
「……」
花の苗と無言で見つめ合った後、小さく頷いた。
アイコンタクトかな?
まぁ無事に危険が無いのが伝わったみたいでよかった。
あとはどこに植えるかだけど、そういう事なら任せろとヤドリンが胸(?)を叩いた。
やってきた先は海溝の端。
ここなら外敵の侵入を防ぎつつ、この花も十分に獲物にありつけるだろうとのこと。
あ、そうだよな。
最初見かけた時、クジラサイズの魚を捕食してたもんな。
間違って海溝の内側に植えたら満足に食事を摂れなくしてしまうところだ。
「よし、じゃあヤドリンは苗を植える穴を掘ってくれ。その間に俺は堀と塀を作っていくから」
「くぃ」
もうおなじみになってきたヤドリンの穴開け。
ドスンドスンと迫力のある音を横に聞きながら俺も負けじと『開墾』で堀を作っていく。
そうして海溝の片側の作業が終わった頃、リースから連絡が来た。
何でも先日のアップデートでクラン結成のためには拠点が必要になったらしい。
なのですぐにはクラン結成出来そうにないと申し訳なさそうに話していた。
俺としては大した問題じゃないから良いんだけどな。
また、改めて拠点をどこに作るかなど話し合いたいから集まりたいって言われたけど、ここは街も無いから当然転移門もない。
イベントだったら転移門が無くても参加出来たけど、普段はそうはいかないからな。
『そういう事なら、俺の事は気にせずにみんなで決めちゃっていいよ』
って言ったら何故か猛烈に反発を食らってしまった。
別に俺抜きでもいい気がするんだけど、リース的にはNGだったらしい。
何とかなりませんか?って聞かれたけど、うーん考えるだけ考えてみるか。
ひとまず、世界地図を開いて現在地をチェック。
ただ地図には各国の本拠地とイベントポイント、後は自分が活動した範囲だけが表示されている。
つまりほとんど真っ黒だ。
それでもみんなは各国の本拠地スタートのはずだから、同一円周上に等間隔にある島に居るはずだ。
そして俺の居るところはその円の中央よりやや北側。
先日のイベント島は中央を挟んで反対側やや西寄り。
それ以前に行われたイベントは東よりにあるようだ。
「こうしてみると本拠地が5角形、イベント島は3角形に並んでるんだな。
偶然なのか意図的なのかは分からないけど」
これどう見ても円の中心には何かあるよな。
ボスがいるのか、ダンジョンがあるのかは分からないけど。
ただ1つ言えるのは俺の居る場所からはどこもかなり遠いって事だ。
「海溝の外は予想以上に危険だったからな。
隠れながら泳いでいくにも限界があるだろうし。
リースには悪いけど、当分はここの開拓を優先させてもらうか」
リースには謝りのメールと食材を送っておいた。
「よし、まずは反対側も同様に花を植えていこうか」
「くぃ!」
そうして無事に海溝の両端に花の苗を植え終えた。
聞けば開花するまでに5日程掛かるらしい。
蕾とか開花の瞬間とか綺麗だろうから、ちょくちょく見に来ることにしよう。
「さて、これで海底付近から侵入してくる敵に対しての防衛は何とかなるか。
後の問題は上だな」
なにせ青天井だ。
地上から何か飛び込んでくる可能性は十二分にあるだろう。
分かりやすいところで言えば海鳥。ここまで深く泳いでくるかは分からないけど。
ペンギンなら来れるかな。
そんなことを考えながら、最初のログイン以降見て無かった海上へと顔を出した。
目に入るのは右も左も高さ5メートルの断崖。
うーん、懐かしいってこともないな。
あの時はログイン直後にそのまま空中に放り出されて海に直行だったからな。
景色を眺める余裕なんてなかった。
「これ動物だけじゃなく、落石や崖崩れも心配する必要がありそうだな」
早めに見に来てよかった。
海底の畑が完成してから崖崩れで全部埋まったりしたら遣る瀬無いからな。
でも、がけ崩れを防ぐってどうすれば良いんだ?
ネットを張る?……そのネットをどこから持ってくるんだって話だよな。
しかもこの崖全体を覆う程のネットってどんだけ大きいんだよって話だ。
ならやっぱり農家は農家らしく植物で何とかしよう。
その為にもまずは地上の様子を見たいな。
……よし。
「『限定召喚:ミズモ』」
「ミィ♪」
「ミズモ、ここから斜め上に俺が通れる位の広さの穴を掘ってくれるか?」
「ミィ!」
任せろ!って頷いたミズモは崖の壁面に突撃するとボーリングのドリルの様にグリグリと身をくねらせながら掘り進んで行った。
直径50センチ、傾斜角は60度くらいか。崖の高さが5メートル程だから斜面の長さは……。
と考えている間に無事に地上までつながったみたいだ。早いな。
「ミィミィ!」
地上の様子を確認していたミズモが危険はなさそうだと告げてきたので俺も穴を通って地上へと出た。
そこにあったのは、
「……古代遺跡?」
苔むして蔦が絡まっているけど人工物と思われる石製の建造物跡がちらほら見える。
幸い俺達以外に動くものはいない。
「ミィ」
「ん?もう時間か。今日はありがとな。向こうの畑もよろしく頼むぞ」
「ミィ!」
お土産に海芋を渡すと嬉しそうに一鳴きして帰って行った。
さて。じゃあここからは俺の仕事だな。
後書き日記
21xx年5月13日
大型アップデートから5日。
ようやく少しは落ち着いてきました。
いえ、正確には私の周りは、と頭に付けるべきですね。
攻略組の皆さんを始め、多くの人が新天地を目指し隣の島に渡っていったので本島の人口密度が下がりました。
慌てて料理を始めた人たちも半分くらいは簡易調理具を使う道を選んだみたいです。
私も試しにそれを使って焼肉を作ってみたんですが、結果は微妙?
不味くはないんですけど、そっけないというかカロリーバーを食べてる気分でした。
残念ながら私の求める味ではありません。
でも生産施設もそれほど待たずに使えるようになったのはありがたいです。
ただそこで一つ気が付きました。
先日のイベント島。
東の村でも西の村でも調理場を借りれましたよね?
もちろん、村人たちに出来た料理の一部は提供しないといけないでしょうが、空いてない時はそっちに行くのもありだったんじゃないでしょうか。
特にまだこっちでは高価な食材も向こうなら比較的安価に手に入るのですから。
あと早くもお店を開いているプレイヤーもちらほら現れました。
試しに入ってみましたが、確かに美味しい。
これは負けてられませんね。
あ、そうそう。イベント中にお会いしたフラフさんも喫茶店を開いていました。
ただ、聞けばフラフさんは攻略クランのメンバーで、そこもクラン施設との兼用なのだそうです。
またフラフさん自身も食材を取りに前線に出るのでお店は不定休だとか。
こんな綺麗なお店なのに勿体ないです。
せっかくなので次回開店する日を教えてもらえる約束を取り付けました。
だってフルーツジュースとお菓子が美味しかったんです。
それと魚醤を使ったお料理も頂きました。
悔しいですが私が作るのより美味しかったです。
しかも品質は6。上には上が居ますね。




