休み明け
5月6日
ゴールデンウイークも終わり今日から学校だ。
運動着に着替えた俺は軽く準備運動をしてから家を出た。
時刻は午前5時半。
空を見上げれば朝焼け後の澄んだ青空が広がっていた。
「なんか髪濡れてないか?」
朝の学校で挨拶を終えた後に陽介が俺の頭をジッと見ながら聞いてきた。
「ああ。朝シャワー浴びてきたから」
「なんだ。ゲームのし過ぎでフロ入り損ねたのか?」
「それは陽介でしょ」
「はっはっはっ」
「笑ってごまかすな」
と言っても、陽介が不潔にしているのを見たことがないので、ちゃんと風呂は入ってるはずだ。
こいつ、歯も真っ白だからな。
「で?」
「実はな。今日から早朝ランニングを始めてみたんだ。
といっても近くの自然公園までの往復だから2キロくらいかな」
「はぁ。それってもしかしてまたゲームの影響か?」
「まぁな」
今回のイベント中、何度か絡まれたけど、俺にもうちょっと体力とか武道の経験とかあれば違ったかもしれない。
そう思ってまずは手軽なところからランニングを始めてみた訳だ。
今朝は2キロをゆっくり走るだけでもかなりしんどくて休み休みだった。
当面の目標は10キロを休まず完走できるようになることだ。
それが出来るようになったら道場に通ってみるのもありかもしれない。
「なぁ陽介。この辺りに道場ってあったっけ?」
「お前な。何をどうしたら道場が出てきたのか知らないけど、手っ取り早くゲーム内で強くなりたいならレベルを上げた方が楽だぞ」
それはそうだ。
その為にレベルがある訳だしな。
「それなんだけど、あのゲームのレベルってどうなってるんだ?
陽介ともそれなりに好ファイトが出来た所を見ると、そこまで極端に強くなるって訳じゃないんだろ?」
「まぁ走る速さとかは速度重視のキャラでも自動車程度だし、筋力だって岩を持ち上げられる程度にはなるけど、そこまでだな。
あ、スキルを使えば瞬間移動とか、地面陥没とかさせられるぞ。
そういう意味ではレベルの恩恵の多くはスキルに影響を与えるのが多いな」
パワードスーツを着込んだ状態をイメージすればいいのかな?
そんなの着たことないけど、それほど外れてはいないだろう。
そりゃ、素で音速の壁を超えて走れるようになっても視覚とか反射神経とかまではそこまで加速させると脳への負荷がきつ過ぎるだろうからな。
スキルの場合は瞬間的なものだから大丈夫って事だろう。
「なら、やっぱりプレイヤースキルを磨くのは間違って無さそうだな」
「まぁそうだな。でもそういう事なら道場とか通うよりもVR内でトレーニングした方がいいだろう。
実際の筋肉は鍛えられなくても、体の動かし方とか武器の扱いを覚えるならそっちの方が良いぞ。
流石にリアルで真剣振り回したりは出来ないしな」
言われてみればそうだな。
特に俺の場合、普通の武器よりも農具での戦い方を覚える必要があるし、そんなことを教えてくれる道場なんて無いか。
よし、そうと決まればイカリヤ達に練習相手をお願いしてみよう。
「ところで陽介。お前宿題はやってきたか?」
「しゅく、だい?」
おぉ、目が泳いでいく。
と思ったらバッと手を掴まれた。
「頼む海里!」
「はいはい、ひとつ貸しな」
全くしょうがない奴だ。
そして昼休み。
俺の弁当箱を覗いた陽介が鼻をひくひくさせる。
「今日はなにで味付けしたんだ? 微妙にいつもと匂いが違う気がするけど」
「よく気が付くな。今日はなんと普通の醤油の代わりに魚醤を使ってみたんだ」
「へぇ。……で、ぎょしょうってなんだ?前にもチラッと聞いた気がするけど」
「簡単に言うと大豆の代わりに魚で作った醤油だ。
ニョクマムとかナンプラーって聞いたことないか?」
「おぉ、それなら何となく」
「タイ料理とかベトナム料理とかに多く使われてるみたいだな」
「ふぅん」
そう言ってつまみ食いする陽介。
その表情はなんとも微妙だ。
「うーん、不味くはないと思うけど、変わった味だな」
「だな。問題はこういう味が普通なのか、使い方を間違えてるのか。
やっぱり一度レシピを見て作った方が良いな」
「俺としてはそのレシピを見ずに突っ走るのが海里らしくて良いと思うぞ」
「それで美味しく作れたらな」
「ってそうだ。海里ってゲームでも魚醤作ってたよな?前に樽を頼まれてたし。
先日例の食材を渡してる料理人からカイリ印の魚醤を別の人から譲ってもらったって言われたんだけど、もしかして完成してたのか?」
「ん?いや、まだ完成には程遠いな。
だから同名の別人が居るのか……」
俺の魚醤はまだ試作段階だからまだリースにしか分けてないし……ってそうか。
「今試作してるのを少しだけ友人に分けたんだけど、そこから回ったのかもしれないな」
「そうか。ならその試作段階のものでも良いからもっと欲しいって言われたんだけど、どうだ?」
「今度ログインした時に改めて味見して、納得出来たら、かな。
余り出来損ないや失敗作を知らない人に渡すのも気分の良いものでもないし。
とは言っても、どうせ今は大型アップデート中で数日はログイン出来ないんだし、それが終わる頃には多分今より熟成も進んでると思う。
きっと良い返事は返せるんじゃないかな」
「分かった。じゃあ、そう伝えておくな」
しかしそうか。
世間は狭いというか、どれくらいの人がプレイしてるかは知らないけど、まさかリースと陽介の友達が知り合ってるとか凄いな。
後書き日記
21xx年5月6日
おはようございます。
爽やかな朝ですね。今日も一日良いことがありそうです。
ところで、目覚まし時計が8時を指しているように見えるのは気のせいでしょうか。
もしかして電池切れ?いえ、それならもっと早い時間を指していないとおかしいでしょう。
と、いうことは……
ひぇぇぇ寝坊です!!
ドタンバタンと準備して家を飛び出しダッシュ。
幸い学校は歩いて通える距離。頑張れば間に合います。
唸れ右足。あ、左足も頑張ってください。
なんて馬鹿言ってる場合じゃないです。
滑り込みセーフ。
あ、よっぴー。息が整うまでちょっと待ってください。
ふぅ。何とか回復してきました。
私、短距離は強いんですけど長距離は苦手なんです。
体育でバスケの試合とかする時も最初の3分が勝負だったりします。
料理だって煮物よりもチャーハンが得意です。
チャーハン……お米さえあればゲーム内でも作りたいですね。
多分火力とかプロのキッチン並みに出せるはずなので絶対美味しいです。
今回のアップデートでその辺りの食材も解放してくれると良いのですが。
え、よっぴーはオムライスが好き?
それも良いですね。
卵の安定供給も課題ですか。
やりたいことが多すぎですね。