緊急事態は突然に
結局1日半かけて何とか開墾と種植えは終わった。
上から見ると神社部分の大地を囲むように同心円状にヘドロが切り裂かれて畝が出来ているのが面白い。
このまま無事に花が咲いてくれれば花とヘドロの縞模様が出来る事だろう。
余談だけどこの湖、断面で見るとW型というかしゃぶしゃぶ鍋のような形になっている。
なので湖底は湖の面積の半分程度だ。
そうじゃなかったら後何日か必要だっただろう。
俺は畝の出来栄えに満足すると地上に戻ることにした。
湖の上に頭だけ出して周囲を確認。
よしよし、誰も居ないな。
誰かに見られたら河童か魚人かって疑われそうだからな。
そのまま咎められる事なくイベント会場の出口まで来れて一安心だ。
ちなみに、今回の行動によって何か報酬が出たりとかはない。
そもそも誰かからクエストを受けた訳じゃないし、完全に自己満足だ。
やっぱり水中に生きる者として、水が濁ってるのは見過ごせないからな。
心残りがあるとすれば、花が咲くのを見届けられなかったことくらいか。
まぁきっと、今後何かのイベントとかでまた来る機会もあるだろう。
会場を出る前に一度自分の畑に戻ってきた。
みんなに挨拶しつつ畑の様子をチェックすると……
「成功率5割ってところかな」
例の品種改良を行った畑だ。
芽が出ていたのは8割ほどだったけど、無事に収穫まで漕ぎつけられたのは全体の半分。
まぁ多い方だろう。
収穫できた芋、例によって名前を見れば【海芋(未)】と安直な名前が出てきたそれを、半分は再び種芋として畑に植えていく。
この(未)というのは、品種改良の状態を指しているようなのだ。
きっと何度か繰り返すことで完全に海芋として育つことになるだろう。
そうして再びイベント会場に戻りつつ最初の村を目指す。
行きの時は4人だったから1人で歩くのはちょっと物足りなさを感じてしまうな。
畑を耕している最中は夢中になってるから良いんだけど、こうただ歩くっていうのが良くないんだろう。
何となく終わった感が強いから歌を歌いながら陽気にって気分でもないんだよな。
そんな俺の気持ちを慮って蟻型の魔物が出てくる。それも5体。
いや、求めて無いから。
手持ちの武器で一番攻撃力が高いのは『はじまりの長斧』だ。
振り下ろしがクリーンヒットすれば1撃で倒せるけど、かなり隙が大きい。
1対1なら良いけど、魔物は5体。
かと言って振り回せば広範囲を吹き飛ばせるけど、威力は高くない。
倒そうと思ったらここの魔物でも3発は必要だろう。
そこで俺が取った行動は、助走を付けながら突っ込みつつ正面の1体に振り下ろす。
「たあ!」
「ギッ」
見事先頭の1体の頭を叩き割った。
更に長斧を逆手に持ち直しながら棒高跳びの要領で大きく前にジャンプ。
魔物たちの向こう側へと抜けることに成功した。
当然、魔物たちもすぐに振り返って追ってくる訳だけど。
更に竹串を数本突き立てて簡易的な柵を作る。
これも農家の特権なのかあっという間に完成だ。
「じゃあな!」
突然出来た柵を破壊せんと殺到する魔物たち。
その隙に無事逃げおおせる事に成功した。
「うーん、やっぱり早めに戦闘用の武器を手に入れるか陸上で活動できる従魔を見つけないといけないな」
そう考えて真っ先に思い浮かぶのは先日のミミズ。
今はまだ仮契約状態だからな。
畑の芋が無事に高品質に育ってくれたら本契約に一歩近づく筈。
なら早く戻って芋の収穫をしてしまおう。
幸いにしてあれ以降、魔物に遭遇することも無く村に戻ってこれた。
さて、俺の畑は……おっ、無事に収穫可能になってるな。
「では」
ザバッと畝を掘り起こして芋の収穫を行う。
やっぱり農業をやってて、この収穫の瞬間は何度体験しても良いものだ。
そして獲れた芋をチェックすると無事に品質は3になっていた。
「よし! これでミミズも喜んで食べてくれるな」
思わずガッツポーズ。
していた俺に遠くから冷めた声が聞こえてきた。
「なにあいつ。地面に向かってガッツポーズしてんだけど」
「ダッサ。多分農家だぜ」
「農家とかないわー。せめて鍛冶士にしろよな。そうしたらこき使ってやるのに」
「でも次のアップデートで空腹度が実装されるんじゃなかったっけ?」
「そういやそうだな。なら農家も使えるか」
「それによ、あいつ。例の噂になってたやつじゃないか?」
「ん?確かに服装とか髪とかまんまだな」
「なら先に少しヤキ入れておくか」
ヤンキーっぽい男が5人。
そいつらは不躾な視線を俺に投げながら畑に足を踏み入れて、ってそうか。そう言えばプライベートエリア設定とか何もしてなかった。
本来なら他人が無断で侵入出来ないように出来るはずだけど、今まで俺の畑に来る人なんて居なかったからな。
今からでも設定は……部外者を排除しないと無理か。
後書き日記
21xx年5月4日
私は中央のイベント会場を後にして西へと向かってます。
行商人のお兄さんから聞いてましたが東側とは出る魔物の種類が違います。
西側は4足の獣が増えました。
この魔物は足が速くて連携を取ってくるのでカイリ君では厳しかったかもしれません。
私は一度に2体までなら対処できます。
これが遠距離攻撃をして来られると困ってしまいますが、向こうから近づいてきてくれるので体当たりを避けながら急所を一突きするだけの楽なお仕事です。
でもみんなで戦った方が早いし楽しいですね。
そうして半分くらい道を進んだ頃でしょうか。
プレイヤーの姿をちらほら見かけるようになりました。
大半は森の中で魔物を狩ってるのですが、時々じっとこっちを見てる人が居ます。
なんなのでしょう?
そして西に進むにつれてそういう人が増えている気がします。
と、そこでレイナさんからメールが届きました。
何でも島の至る所で一人でいる生産職を襲撃する事件が起きているそうです。
しかも面倒なことに最初に囲まれて困っているところを助けに入ってくる一団がグルで恩を売ったように見せかけて自分たちのクランに勧誘しているとのこと。
レイナさんも同様の手口に逢いかけたそうなのですが、既に私たちのクランに入る予定だと伝えたら纏めて襲ってきたそうです。
レイナさんは無事だったんでしょうか。
聞けば逃げながら糸で足止めをしつつ、それでも近づかれて掴まれそうになったところで毒針で反撃、何とか逃げ切れたそうです。
更には本当に自警団的に活動しているプレイヤーにも援護してもらったみたいで無事に南の村に辿り着けたと。
良かったですね。
っと、安心してる場合じゃなさそうです。
どうやら今度は私の番みたいです。