GWだからと引き籠ってはいけない
天丼?
翌朝。
俺は朝食を食べた後すぐにログインして自分のホームに来ていた。
そして収穫を終えて空いていた畑へ鍬を向けて目を閉じ意識を集中させた。
その物々しい雰囲気に皆は固唾を呑んで見守っていた。
(品種改良……多分失敗したら植えた芋はゴミになるんだろうな)
そんなことを考えながら目を開けた俺は、いつも通り畑を耕していく。
ザッザッザッ
耕した後を見返しても特に普段と変わりない。
そう言えば、品種改良に成功したかどうかはどうやって調べるんだ?
収穫後なら見れば分かるだろうけど。
って、そうか。
今回だと失敗してたら芽が出てこない筈か。
逆に芽が出て成長するなら成功って考えて良いだろう。
少なくとも海中で育てられることが証明される訳だしな。
そうして1区画分に芋を植え終えた俺は一度ログアウト。
なぜと聞かれたら、やっぱりGWだからといってゲーム三昧ってのは良くないかなと思ったのだ。
午前中いっぱいは別の事をしようと思う。
かといって遊びに行くにしても陽介は当然のようにアルフロに篭っている。
あ、そうそう。
イベント期間中、陽介はどうしてるのか聞いてみたら、どうも俺とは島の反対側にある村で自警団のようなことをしているらしい。
やっぱりどこも青年が祭に行ってしまって人手不足なんだな。
ただ、そろそろ村人の第1陣が宝物を見つけて戻ってくるという話もあるらしい。
でも俺の予想が間違っていなければ青年たちが宝物を持って帰ってきたら、今度は村がお祭り騒ぎになる気がするんだよな。
あと俺が明日から島の中央に向かうと言ったら陽介達も警備の引継ぎなんかを済ませて来ることになった。
これで一つ楽しみが増えたな。
さて、あれこれ考えてると出れなくなるからな。まずは家を出よう。
携帯と財布だけ持って玄関を出れば春の終わりの丁度良い日差しが俺を出迎えてくれる。
うちの家は閑静な住宅街にあるので、街路樹や公園なんかも近くに沢山ある。
「今日はこのまま近場を散歩でも良いかもな」
あまり若者らしくないかもしれないけど、そういう日もあって良いだろう。
少し歩けば小川も流れていて、その近くには家庭菜園なのだろう、小さな畑もある。
「あ、あれはほうれん草か? あっちは大豆かもしれないな。
むこうはトウモロコシか。うん、トウモロコシも良いなぁ。どこかで種が手に入らないだろうか」
っと、いかんいかん。
ついつい思考がゲームの方に向かってしまった。
「お、あれは土に木灰を混ぜてるのかな。うちの畑も肥料とか考えた方が良いのかもしれないな」
って、結局ゲームじゃん。
うーん、とは言っても品種改良がうまく行ってるのかが気掛かりだし、村の畑もちゃんと土壌改善の効果が出るのか心配だしなぁ。
せめてもうちょっと専門的な知識があれば良いんだけど。
「もういっか。元々行くあても決めてなかったしな」
方向転換をして向かった先は市立図書館。
ここならそう言った専門書もあるだろうし、家でネットで調べるよりかはちゃんと外出してる感がある。
徒歩で20分ほど。
辿り着いた図書館は創立120年を過ぎ、外観はかなりの年季を感じさせる建物だ。
そして中はというと、木目調を基本とした、ごく落ち着いた雰囲気。
やっぱり本を読むにはこういった場所の方が適しているんだろうな。
また時代の波に押されて紙の本を読む習慣が薄れ、基本的な情報はネットで調べる昨今。
この図書館ではネットにはなかなかない研究資料なども多く取り扱っている。
というのが入口に貼ってあった案内の謳い文句だ。
俺は早速農業を始めとした生産部門を集めているコーナーに向かった。
「……ん、あと、ちょっと」
「ん?」
何か声がすると思って本棚の向こうを覗けば、女の子が一番上の段の本を取ろうと背伸びをしているところだった。
うーん、確かに指がギリ本に届いてるんだけど、あれじゃ引っ張り出せないだろうな。
仕方ない。
「よっと。欲しいのはこの本で合ってたかな?」
「あ、はい。ありがとうございます。って、水瀬先輩?」
「ん?おや。霧谷さんだ。奇遇だな」
本を取ろうとしてたのは先日学校の図書館で会った霧谷さんだった。
私服で雰囲気が違うからぱっと見分からなかったよ。
しかし出会い方から何から前回とほぼ同じって凄いな。
それに。
「今度は天然酵母の作り方?
霧谷さん、パン作りもするの?」
「あ、はい。その、ゲームの中で、ですけど」
若干恥ずかしそうに本で顔を半分隠す霧谷さん。
でも今時代、女の子がゲームにハマってても普通だと思うぞ。
「水瀬先輩は今日はどんな本を探しに来たんですか?」
「俺か?俺は土壌改善とか肥料作りについての資料だな」
「な、なにやら難しそうですね」
「どうなんだろうな。まぁそこまで根を詰めてやるというより、楽しく出来たら良いなって思ってるだけだからな」
「あ、それは私もです。
ゲームなので楽しみつつ、より美味しいものをみんなで食べたいですね」
「みんなで、か。良いね。じゃあ上手くパンが作れるようになったらごちそうしてもらおうかな」
「が、がんばります」
「まぁ、気長にね。じゃあ、俺も本を探しに行くからまたGW明けに学校で、かな」
「はい。その時には先日の本、お渡ししますね」
軽く手を振って霧谷さんと別れ、俺は改めて農業関連のコーナーに向かうのだった。
後書き日記
21xx年5月1日
昨日無事にリンゴっぽい果物を手に入れました。
これで酵母を作ればゲーム内でもふわふわのパンが食べられるようになるはずです。
ただ、酵母が果物で作れるのは知っているのですが、具体的な手順がいまいち分かりません。
皮は使うの?種や芯の部分は?
さらにどうなったら酵母として完成なんでしょう。
発酵と腐敗は紙一重なんて言いますし、手持ちの果物を腐らせてしまったら、次手に入るのはずっと先か、カイリさん達とイベントを進めるのを断念する必要が出てきます。
……やはり調べ物をするなら本ですね。
家から自転車で10分と掛からずに図書館があるので、ちょっと調べてきましょう。
ちなみにこの図書館。
子供のころの遊び場としてよくお母さんに連れてきてもらってました。
こうして日記を書いてたり、本好きなのはその影響もあるのでしょう。
さて、世の中には二度あることは三度ある、なんて諺があります。
突然何かというと、先日学校の図書室で会った水瀬先輩にばったり遭遇しました。
GWにわざわざ図書館に来る人なんていないと思っていたのでびっくりしました。
今回も私の欲しい本をさっと取って渡してくれる紳士的な態度。
1年しか違わないはずなのに、クラスの男子とは大違いです。
彼らは下心丸出しですから、きっとお礼よりも警戒が先に出るんでしょうね。
その点、水瀬先輩は常に自然体です。
もしかして私に魅力が無いせい?
自分ではそんなに悪くないと思っているのですが。
あ、既に彼女が居るのかもしれません。
それなら納得です。持つ者の余裕というものですね。
ただそうなると水瀬先輩の彼女ってどんな人でしょう。
今度会った時に聞いてみましょうか。