農業を愛する者たちに祝福を
そして影龍のテリトリーに入ったところで叫び声と共に迎えられた。
「よし、遠距離プレイヤーは全力でスキルを撃ち込め!」
「「はいっ」」
「近距離プレイヤーは彼らのスキルが命中した隙に接近して攻撃だ!」
「「おうっ」」
遠距離プレイヤー達がスキルの準備に入った。
だけど影龍だってテリトリーに俺達が入ればじっとなんてしていない。
もう既に攻撃態勢に入っている。
なら足止めするのが俺の役目だな。
「喰らえ【シュールストレミング】」
スキルっぽく言ってみたけど、要は発酵させた魚の漬物樽を投げつけただけだ。
世界一臭いと名高いスウェーデンの伝統料理は食べたことは無いけど、きっと同じくらい凄いことになっている。
「GGYGYAWッ」
「く、くせぇ!!」
「鼻、鼻がつぶれるっ」
「ちょっ。なにやってくれてるんですか」
「あ、ごめん」
直撃を受けた影龍が無事に悶え苦しんでるけど、味方まで被害を受けてしまった。
戦場は一瞬にして凶悪な臭いに包まれている。
でもま、時間稼ぎは出来たから許してくれ。
「お待たせしました。行きます【シューティングスター】」
「喰らえ【風刃烈波】」
「【ダークネスホロウ】影に闇魔法が効くかは知らないけどな!」
いや確かに。あ、一応ダメージにはなってるっぽいな。
他にもいくつも魔法や弓などの遠距離スキルが影龍に命中していくが当然それだけでは倒れるどころか多少ダメージが入ってるのが分かるレベルだ。
それにもめげずに近距離プレイヤーが特攻をかける。
ただ、その。全員が全員鼻を摘まんでるのがシュールだけど。
「行くぜ【龍滅斬】」
「我が拳は岩をも砕く【超振動掌】」
「右足は貰った【小指の爪砕き】」
「なら俺は左足だ【弁慶殺し】」
幾つか地味に嫌がらせっぽいのもあったけど、概ね皆のスキルが命中していく。
もちろんそれでも1割もダメージを与えられてはいない。
でも奴を怒らせるくらいは出来たみたいだ。
雄たけびと共に翼を羽ばたかせて近距離プレイヤー達を吹き飛ばすと奴は飛び上がった。
って、目があったんだけどターゲットは俺か!
「GYAAAAA」
影龍は俺に向けて突撃するとその大口を開けて俺を丸飲みにしようとした。
「させるか、よっと」
ガキンッ
「GAUッ!?]
俺を中に収めて閉じようとした影龍の口が【はじまりの鍬】に引っ掛かって止まった。
うーん、流石その昔鍛冶の神が作ったという【不懐】属性付きの武器だ。
黒龍本人ならともかく、その影ごときにはビクともしない。
さてさて。
折角口を開けてくれた事だし、ご馳走でも振る舞ってあげようかな。
「まずはこれかな。痺れハリセンボンに猛毒ヒョウモンダコ。オマケに致死カツオノエボシだ。どれも調理してないそのままで悪いな」
「GUFUUっ」
「お次はカウクイーンが改良に改良を重ねた【超激辛大根】だ。影龍なら100本くらい行けるか?」
「UGYAAAッ」
「あ、ウィッカさんから貰った飲めないお酒もあったな。
龍ならお酒好きだろ。景気よく樽ごと行ってみようか」
「GOFWAAA」
「おぉ、激しくのたうち回って、そんなに美味しいか。じゃあ残り時間も無いし最後だな。
リースから『使い途無いと思うけど』って渡された【愛の試練 Ver.バースデーケーキ】だ。
蝋燭刺さらないのは勘弁してくれよ」
「G、GYA…………」
円柱状の黒い物体が喉の奥に消えると同時に影龍自身も薄くなって消えてしまった。
倒された、訳じゃなく時間切れだろうな。
影龍が居た場所から出てきた俺を生き残った人たちが迎えてくれた。
たださっき助けた時より顔が引きつってるんだけどどうしたんだ?
「な、なぁ。信じられないくらい影龍の奴が苦しんで暴れてたけど、いったい何をやったんだ?」
「なにって言われると、料理を振る舞っただけなんだけど。
まぁ特に名前とか考えてなかったけど、竜宮王国のお仕置きご飯シリーズ?
時間が無かったから全部は出せなかったけどな」
『『(竜宮王国こえぇぇ~~)』』
なんか顔色が悪くなったけど、大丈夫かな。
っと、ここで運営からアナウンスが来た。
【皆様にご連絡致します。
現時点を持ちまして、襲撃イベントは終了となります。お疲れ様でした。
防衛成功率は100%。撃退および討伐率は72%でした。
報酬につきましては後日配布させて頂きますので少々おまちください。
なお、今回の内容を踏まえて、北のフィールドの難易度を調整致します。
より皆様にこの世界を楽しんで頂けるよう運営一同邁進して行きますのでよろしくお願いいたします】
難易度の調整が上なのか下なのか気になる所だけど。
ま、何はともあれ、イベントも終了したし、みんなの無事を無事を確認したら今日は寝るかな。
祝勝会は明日だ。
……
…………
………………
そうしてイベントから2週間が経った。
竜宮王国は襲撃の爪痕はすっかり消え、以前より多くの種族と作物たちで賑わっている。
地上部分のグレイル島も何をどうやったのか島そのものが拡張され、10万人超の大都市が今なお成長中だ。
そして今日。遂に神殿と周辺施設が完成したことを受け、農業神の生誕祭を執り行うことになった。
「はぁ~~~~」
「カイリ君、大丈夫?」
「まぁ一応な。王様になった時も体験したし、神様ならもっと凄いことになると思ってたよ」
「まぁまぁ。ほら、みんなカイリ君の姿を楽しみにしてるんだよ」
「わかってるよ」
俺は今、カウクイーン達が担ぐ御輿にのってグレイル島をぐるっと周っているところだ。
街道は多くの人で賑わい、誰も彼もが俺達の姿を見て歓声を上げている。
幸いなのは服装は農業神ということでそれほど奇抜では無いことか。
てっきりレイナが手掛けたというから相当煌びやかなものになると思っていたのに、農業神らしくちょっと格好いい作業服だ。
隣にいるリースもパティシエっぽい白を基調とした服装だし。
「そう言えば、リースも一緒に御輿に乗ってていいのか?俺としては嬉しいけど」
「うん。なんかみんなが乗れ乗れって。カイリ君一人だと逃げ出すかもしれないから、とか言ってたけど」
「いや、流石にここまで来て逃げないから」
「だよねぇ」
リースと話しながら引き続き観衆に手を振り続ける。
ただちょっと気になるのはリースに話しかける度に周囲から黄色い声が響いてくるんだけど何だ?
よく分からないけど、とにかく1時間ほどじっくりと島を巡った後、農業神を祀る為の神殿へと辿り着いた。
神殿の正面には大きな噴水と水路が作られていて、魚人族やヤドリン達が今回の式典に参加するために集まってきている。
「くぃ」
「きょっ」
「ぴぴっ♪」
みんなに手を振りながら俺達は神殿の中に入った。
神殿内は既に人でごった返しており、俺達が通る中央の道だけが空いている状態だ。
(……赤絨毯?)
若干神殿には似つかわしくないかなって思ったけど、綺麗だから良いか。
それより参列者からの無言の視線が凄い。
女性陣からは熱い視線が、男性陣からは殺意にも似た強い意志を感じる。
「さぁ、行こうかリース」
「うん」
折角だから見せ付けるようにリースと手を繋いで奥の祭壇へと進む。
一番前の席にはレイナ達ホーリーグレイルのメンバーとダンデが陣取っていた。
そして祭壇で待っていたのは小柄なエルフの少女……確か愛国の神様か。
てっきり水神のミクマリ様あたりが取り仕切ると思ったんだけど違ったんだな。
俺達が立ち止まったところで愛の神様は小さく咳払いをすると祝辞を述べ始めた。
「農業神カイリよ。そなたの活躍のお陰で多くの命が救われ、また世界に幸せの輪が広がった。
誇るがいい。この国に集まった者たちの笑顔こそがそなたの功績を証明するものじゃ。
またここに来れておらぬ多くの者たちが今もそなたに感謝の祈りを捧げておる。
わらわも愛の神としてそなたのような存在が現れてくれて嬉しく思うぞ。
そこでなにかプレゼントでもと思ってな。
今日は皆の要望もあり、わらわ自らがこうして出向いた訳なのじゃ。
光栄に思うが良いぞ」
ん?何か話の流れがずれて来てないか?
最初は俺の功績を讃えていたようなのに、プレゼントがどうとか言ってる。
隣にいるリースも特に何も聞いてないようだけど。
「おほんっ。その前に衣装替えと行こうかの」
パチンっと愛の神様が指を鳴らした瞬間、俺とリースの服装が一瞬で変化した。
俺は白のタキシードに。そしてリースは純白のウェディングドレスに。
視界の端でレイナが渾身のガッツポーズをしているところから、この仕掛けはレイナがやったようだ。
赤絨毯の辺りから何かあるなとは思ってたけど、これどう見ても結婚式だよ。
ただ俺達以外だれも驚いていないところを見ると、みんなこうなると知ってたみたいだな。
ダンデなんかは『ドッキリ成功!』みたいにドヤってるし。
「さあ、愛の女神自ら見届けてやるのじゃ。
男ならバシッと告白のひとつも決めてみせよ!」
フフンと胸を張るロリエルフ。リースから聞いてたけどこれは確かにちょっとイジメたくなるな。
っと、今はそれどころじゃない。
俺の隣ではリースが既に真っ赤な顔で俺をちらちら見ている。
「えっと、リース」
「は、はいっ」
至近距離で向き合う俺達。
ヤバい。純白のドレスに身を包むリースは綺麗で俺も頭が真っ白になって来た。
それでも、ここで決めないと男じゃない。
俺は俺が伝えたい素直な気持ちを伝えるだけだ。
「その、さ。俺の思う幸せっていうのは、煌びやかな宝石でもなければ炎のように燃え上がるものでもないんだ。
きっと畑仕事みたいに地味で、苦労も多いと思う。
それでもきっと一生懸命育て続ければきっと素晴らしい宝物になると思うんだ。
俺はそれをリースと一緒に育んでいきたい」
「うん……うん。私もカイリ君と一緒に育てていきたいな」
「ありがとう。その誓いの証として、俺の祝福を受け取ってくれるかい?」
「はい、喜んで」
そう言って目を閉じたリースに、俺はそっと口づけを贈った。
光に包まれるリースとみんなからの歓声。
この先も色々なことがあると思うけど、今のこの幸せを忘れなければきっと乗り越えて行けるだろう。
眩しく微笑むリースを見て、俺はそう思うのだった。
後書きのお便り
アルフロで結婚式を挙げてから3年半。
今は東京から車で2時間くらいのところに移り住んでいる。
タオルで額の汗を拭い携帯を確認すれば陽介からメールが届いていた。
『海里、元気にやってるか?
俺の方は無事に内定も決まって来年からはサラリーマンだ。
この前は野菜ありがとうな。
家族の皆からは野菜なのに甘くて果物みたいだって大好評だ。
出来たら今後も格安で売ってくれると助かる。
しっかし、ゲームがきっかけで農家になったのなんてお前くらいじゃないのか?
素人が無農薬、有機栽培で農家を始めるなんて大丈夫かと思ったけど、たった3年で農業神ブランドが世界規模で有名になってるんだから大したものだよ。
しかも先日出版した『サプリメントでは補えないものたち』はベストセラーになったんだってな。
俺も読ませてもらったけど、普通に栄養の話から始まって食べる行為がもたらす効果や家族で食卓を囲むことによる家族愛の育み方とか、色々考えさせられたぜ。
というか、若干惚気入って無かったか?
絶対あの彼女とか妻とのくだりって実体験なんだろ。
アルフロの方では愛の女神様よりも愛を振りまいてるって有名だもんな。
お前達のお陰で付き合い始めたカップルとかも多いみたいだし、グレイル島の神殿で式を挙げる予約は半年先まで埋まってるって聞いたぞ。
俺も就職して生活が安定したら式を挙げるつもりだし、その時には呼ぶから来てくれよな。
じゃあまた近いうちにそっちに遊びに行くからな』
陽介から届いたメールを閉じた俺は小さく息を吐くと青々と茂る自慢の畑を見渡した。
高校を卒業してから3年。
勿論ゲームのように簡単に上手くいくとは思ってなかったし何度も諦めようと考えたけど、それでも何とかやってこれたのは間違いなく彼女が一緒に居てくれたからだ。
「海里く~ん、ご飯にしましょう~」
「ああ。今行くよ」
ベランダから呼びかける涼子ちゃんに応えて俺は愛用の鍬を肩に担いだ。