最後の30分
なぜか非常に残念な感じの商業神はきっと次に世代交代する神様ですね。
俺が海上に顔を出すと、ほぼ同じタイミングで戦場の1つが崩壊するところだった。
あれは不味いな。
バラバラになったとはいえ、元は木で組んだイカダだからすぐに沈んだりすることは無いけど、上に乗ってる人たちはほとんど身動きが取れなくなっている。
そこに飛行系の魔物が襲ってくるものだから碌に反撃も出来ない状態だ。
ギリギリ大きめの破片に乗っている人たちがいるお陰で魔物が南に抜けてないのか。
「リースが居る方は……なんとか大丈夫だな」
黒龍の影を含む魔物たちに厳しい戦いを強いられているけど、まだ持ちこたえている。
本当ならすぐにでも駆けつけてあげたいけど、あっちを放置する訳にもいかない。
「リース、頼むぞ。信じてるからな」
俺はリースに背を向けると崩壊した戦場に向けて泳いだ。
さっきから海中の魔物をほとんど見かけないところをみると、無事にリ・バイス様の影響で北に帰っていったのだろう。
そうして戦場に着いた俺を戦場には似つかわしくない煌びやかな船が出迎えた。
船上からでっぷりとしたオッサンが声を掛けてきた。
「あんさん、農業神でんな?」
「ああ。あんたは?」
「わいは商業の神や。どうや、ここで合流出来たのも何かの縁。
ここの戦場はもうダメそうやし、一緒に逃げようや。そんで今後の事についてゆっくり話し合いでも」
「あほ。何がダメだ。まだ戦ってる奴らがいるだろうが」
何を言ってるんだこのオッサンは。
やる気のない発言につい怒鳴ってしまったじゃないか。
確かにかなり劣勢だけど戦っている奴らは諦めてなんかいない。
それにこの船、傷一つない。
この激しい戦場で後ろから日和見してやがったな。
「商業神。俺が今欲しいのはあの黒龍の影、まぁ影龍か。その心臓と首だ。
手土産にそれを持ってきてくれるなら話し合いに応じよう」
「んな殺生な」
「無理なら救助活動でもしてろ」
「あ、農業神はん。ちょっとぉ」
まだ何か言ってるが無視だ。
それより救助活動と戦場を復旧させて何とか残り時間を乗り切らないと。
優先順位は破壊された戦場=足場の復旧が1番。その次に救助活動と空の魔物の対応だ。
とすると人手が要るな。
「ミズモ、カウクイーン。手を貸してくれ」
「ミィーー」
「グモモッ」
俺の呼びかけに応じてミズモが空を滑るように飛んできて、カウクイーンが眷属達を連れて海面を走って来た。
「って、ミズモは分かるけど、カウクイーン達はどうやってるんだ?」
「グモッ」
あ、草の蔓で編んだ円い板みたいなのを履いてるのか。
まるで忍者だな。
あれリアルでやるのはほぼ無理って話は聞いたことがあるけど、ゲームだからありなのか。
よく見ると水を弾いてるし、油を塗ってあるのか?それで浮力を上げていると。
つまり水蜘蛛の術というよりアメンボの術だな。
便利だからどっちでも良いけど。
「よし。じゃあカウクイーン達はこの鈎付きロープを使ってバラバラになったイカダをつなげて行ってくれ。
そのついでに近くで溺れてる奴が居たら引っ張り上げてやってくれ」
「グモッ」
「ミズモはこっちの網だ。それで空を飛び回ってる邪魔な羽虫どもを捕まえてくれ」
「ミィ」
「あとは……あ、牛角たちが居るじゃないか。なんか前に見た時より筋肉質になってるけど。
丁度いいからこの網に付いてる紐を持っててくれ。ミズモが魔物に網を引っ掛けたらそれを引っぱって魔物を空から引きずり降ろしてくれ。
海に落ちた奴はイカリヤとコウくんが処理してくれるし、地上に落としたら後はその辺りに居る奴らに任せてしまって良いから」
「ウモモッ」
「よし、じゃあ早速取り掛かってくれ」
俺の合図でそれぞれ活動を開始する。
よしじゃあ俺も、と思ったところでイカリヤに袖を引かれた。
「きょ?」
「え、影龍はどうするんだって?まぁ放置だな」
あいつが一番広い戦場跡を陣取ってボス感出してるけど、そこから攻撃してこないならただの置物と同じだ。
もしかしたら商業の神が頑張る可能性もゼロではない気がしなくもないけど、無理に手を出す必要は無いだろう。
どっちにしても今のままだと戦力不足だし。
「さ、俺達も行くぞ」
「きょきょ」
そこから俺はカウクイーン達と一緒にバラバラになったイカダを渡り歩いて救助活動を進めていった。
「グギャギャッ」
「邪魔だ」
時々襲い掛かってくる魔物たちは鍬で海に叩き落す。
すると待ってましたとイカリヤ達が討伐してくれる。地上ならともかく奴らにとって動きにくい海中ではイカリヤ達に敵うはずもなくあっさりしたものだ。
そうして生き残った人たちを助け終わった頃にはイベント時間は残り5分を切っていた。
足場はロープが蜘蛛の巣のように張り巡らせてたので多少動きにくいが戦えない程ではない。
あとはイベント終了まで耐えれば勝ちかな。
そう思っていたところにプレイヤーと思われる男性が声を掛けてきた。
「な、なぁあんた。あの時の人だよな?」
「え、誰だ?」
あの時って言われてもな。
この世界で面識のある人はそこまで多くはないけど、この人は記憶にない。
「以前獣人族サイドの島で襲われたのを覚えてないか?」
「えっと……あぁ、あったな。そんなことも」
あれは確かカウクイーンが居た島に向かう途中だ。
道案内に扮した盗賊プレイヤー達に襲われたんだっけ。
「それをこの場で出すって事は、あの時の盗賊か」
「ああ。あの時は悪かったな」
「いえ、それは良いですけど。どうしてここに居るんだ?」
「そりゃ俺達だって年中、対人戦に明け暮れてる訳じゃないしな。
盗賊プレイヤーって言っても根っからの悪人ばかりじゃない。他の奴と楽しみ方が違うってだけだ。
今回は襲ってくるのが魔物だけだからな。これが北の住人が攻めてきたっていうなら向こうサイドについてみるのも面白そうだったけどな。
って、そんなことはどうでもいいんだ。
それより、行かないのか?まだボスが残ってるが」
ボスっていうのはもちろん影龍の事だ。
ほぼ無傷でいるあいつを残り5分足らずで倒せるとは思えない。
助けた人もボロボロの100人程度だし戦力不足だ。
だから普通に考えれば今から襲い掛かるのは折角助かった命を無駄にするようなものだけど。
ま、やられても死に戻るだけか。
「みなさん、倒せる見込みはほぼ無いですがやりたいですか?」
俺がそう聞けばみんなは顔を見合わせた後、おずおずと答えた。
「……俺達は今回あんたに助けられた。だからあんたの意見に従うつもりだ」
「だけどまぁ、折角のイベントだしな。最後までやりたいな」
「ああ。ここで終わったら他の戦場の奴らから『え、お前ら影龍に挑みも出来なかったの?ぷぷっ』って言われそうだし」
「後は鱗の幾つかでもドロップするかもしれないし」
「残り時間から考えて1撃入れられるかどうかだけど、逆に言えば後先考えずに全力の1撃を放つチャンス?」
つまり総じてやりたいってことだな。
なら俺が止める理由は無い。
「じゃあ行きましょうか。ほんともう時間が無いのでほとんど捨て身特攻になりそうですが」
「「おうっ」」
力強く頷くみんなと一緒に俺は急ぎ影龍の居る場所へと走る。
どうやら奴の居る場所まで行かないと遠距離攻撃も届かないみたいだからな。
後書き日記 リース編
イベントの残り時間もあと40分くらい。
私達の居る戦場は目立つ魔物は残すところ影龍の他は強敵が2体のみ。
なので3手に分かれて攻略を進めています。
私の所は主に非戦闘職の人が集まって魔物を抑え込んでいる状態です。
は、良いんだけど。
「がんばって~、おねえちゃん」
「姉御、援護は任せろ!」
「ファイトです。お姉様」
……なぜかしら。
素直に喜べないんですけど。
『GYAPIEEEE』
慌ててしゃがんだ頭上をカブトムシの角が通り過ぎていく。
危ない危ない。
目の前の魔物に集中しないと。
私達がいま相手にしているのはヒュドラって言って良いのかしら。
根本は1つでそこから9つの頭が飛び出してるからヒュドラって言えなくも無いけど、その9つが熊だったり蛇だったり鳥だったり虫だったりと様々です。
お陰で攻撃のバリエーションが多くて対処に困るけど、代わりに弱点も多くて直接攻撃以外が得意な私達にとっては有難い。
今も犬の頭に誰かがコショウの粉を投げつけていたり、ライオンっぽい頭の前に猫じゃらしを揺らして視線誘導を行ったりしています。
ドドーーン
「「!!」」
東側で大きな水しぶきが上がった。
どうやら遂に戦場の1つが崩壊してしまったらしい。
そうなったらそこに居た魔物は他の戦場に乗り込むか、それとも南の地を襲撃に行くのか。
本当なら今すぐ救援に駆けつけたいけど、私はこの場を離れる訳にはいかない。
援護してくれてる人たちが向かっても魔物に囲まれて倒されるだけだろう。
かと言って放置する訳にもいかない。
悩む私の視界にグレイル島から飛び出していく影が見えた。
(ああ、良かった)
カウクイーン達が向かったということはきっとカイリ君が行ってくれたんだ。
ならあっちは大丈夫。
私は私のやるべきことをやる。
この魔物、9つも頭があるって事は色んな食材が取れるって事じゃない。
それにまだメインディッシュの影龍が待ってるんだから、テキパキ解体しちゃうわよ。