静かなる海中
いつものようにボスバトルの筈なのにほとんど戦わない主人公です。
Side カイリ
地上で激戦が繰り広げられている頃。
俺はというと武器をしまって海中に突っ立っていた。
と言ってもサボっている訳じゃない。
「……」
「……」
目の前にはこのイベントの海中側のボスと思われる巨大な魔物が1体。
その姿は水龍の神シャガラ様に似てるけど、シャガラ様より数倍巨大だ。
こうして対峙してからすでに30分以上が経っているんだけど、今のところこの魔物が動く気配はない。
というか、この魔物黒龍よりも強そうなんだけどどうなってるんだ?
多分この魔物が本気になったら津波1発でグレイル島を海底に沈められる気がするんだけど。
「……」
「……」
俺の背後では今も魚人族のみんなが中級魔物たちと激戦を繰り広げている。
本当なら応援に駆けつけてあげたいけど、目が合った瞬間から物凄いプレッシャーが掛けられていて身動きが取れない。
イカリヤ達は鋼農園の方に応援に向かわせたから戻ってくるまでにもう少しかかるだろう。
全くこっちから聞いてもいないのに『異常なし』って連絡するのは何かあったって事だろうに。
指導も兼ねてイカリヤ達にはギリギリまで手は貸すなって伝えたのは間違いだったか。
「……」
「……」
さて、こうしていても埒が明かないから一か八か動いてみるか。
少なくともこの魔物からは高い知性を感じるから、動いていないのは何か考えがあると見て間違いない。
俺は正座して居住まいを正すと、アイテムボックスを操作した。
それを見た魔物の警戒レベルが上がる。
「(すっ)」
「……?」
俺がアイテムボックスから取り出した樽を無言で差し出すと目を細める魔物。
その訝しむ仕草はやはり人間と同じかそれ以上の頭脳と感情を持ち合わせていることを示していた。
それならきっと話し合いも出来るのではないだろうか。
「お初にお目にかかります。俺は竜宮王国国王で先日農業神になったカイリです。
お近づきの印にうちの農場で取れた紅茶とハチミツで作ったお茶をどうぞ」
「……」
試しに挨拶してみたけど、ダメか。
黒龍以上に人間ごときと話など出来るかと怒られそうだ。
グワッ!!
「!」
突然大きく口を開けた魔物。
それに一瞬驚いたがここで逃げる訳にはいかない。
むしろ逃げようとしても追って来られたら一瞬で追いつかれるだろう。
「……」
「……フッ」
かぷっ。ちゅーー。
緊張する俺のすぐ前で閉じられた口は樽から伸びたストローを器用に咥えて中のお茶を飲み始めた。
ふぅ~~。
交渉の第1歩は何とか成功か。
さて次はどう出るか。
「……」
無言でお茶を飲み続けている。
果てしなく長く感じるが実際は1分にも満たない時間だろう。
と、遂に飲み切ったようだ。
「あの……」
「……リ・バイス」
「え?」
「私の名前だ。覚えておくがいい」
「あ、はい。リ・バイス様」
名前を教えてもらえたという事は、認めてもらえたという事だろうか。
少なくとも気にも留めない虫や、今から殺す雑魚に名乗ることなないだろう。
ただ口数がかなり少ない人みたいで再び沈黙の時間が訪れた。
それでも先ほどのプレッシャーは無くなり、代わりに好奇の視線を向けられている。
「……ふむ。南の海に新たな神が生まれたと聞いて暇つぶしに来てみたが……」
ぼそりと呟くリ・バイス様。
なるほど。威力偵察に来た、いや、本人としてはぶらりと立ち寄った感覚なのだろう。
ただ付いてきた手下の魔物たちが好き勝手暴れてるだけなんだろう。
その証拠に今も一緒に来ていた中級魔物たちが何体かやられているけど見向きもしていない。
「……農業神。代わりはあるか?」
「はい?」
「この身に小さな樽1つで足りる訳が無かろう。
先ほどのはなかなかに美味だったのでな」
「あ、あぁ。なるほど。そうですね。
それなら料理とお酒もありますが如何ですか?」
「頂こう」
気持ち被せるように答えるリ・バイス様。
見た目が水龍に似てるしやっぱりお酒は好きなんだろうか。
俺はリースが作って渡してくれた料理とウィッカさんのお酒を取り出して並べた。
どっちも戦闘後の打ち上げ用にと作ってもらったものだけど、まぁ良いだろう。
お陰でパーティーサイズだからリ・バイス様にはちょうど良さそうだし。
そのリ・バイス様はと言えば、無言でバクバクと食べている。
ただ流石サイズが違うというか、大皿料理が1口2口で消えていく。
そして流れるように全ての料理が消え去った。
しまった。足りなかったか。
こんな事なら先に畑の作物の中からそのまま食べられるものを出しておくべきだったかな。
今から出したらコース料理のデザートの後に前菜を出すようなものだ。
たとえお腹が膨れても顰蹙を買うのは間違いないだろう。
「……おかしな神も居るものだな」
最後のお酒の樽を飲み切った後、リ・バイス様は再びぼそりと呟いた。
「何かおしゃいましたか?」
「ふっ。本来敵対関係にあるはずの我らに対し敬意を払い料理を振る舞うか。
これで何もせずに帰ったとあっては北の者は礼儀を知らぬ馬鹿者と笑われるであろうな」
そう言って静かに笑うリ・バイス様。
どうやら無事に満足してもらえたようだ。
「……確かカイリと言ったな。なかなかに美味であった。
ただ済まぬが今は手持ちがない。
代わりに何か一つ望みを聞こう。何でも言ってみるがいい」
「えっと……」
急にそんなこと言われてもなぁ。
俺は特にして欲しい事はない。
ならリースにでも聞いてみるか。
『リース。今って何か困ってる事ある?』
『カイリ君!?ちょっと待って。やあっ!』
どうやら取り込み中だったようだ。
というか、地上も魔物の襲撃イベントの真っ最中なんだから忙しいよな。
今も繋げっぱなしの音声チャットからリースの威勢のいい掛け声が聞こえてくる。
『ごめんね。それで何?』
『うん。地上の戦いで何か手伝えることはあるかな?』
『え、うーん。あ、そうだ。
私達が居るところは大丈夫なんだけど、他の所が苦戦してるみたいなの。
特に海中の魔物に手を焼いてるみたいなんだけど何とかなるかな』
『なるほど。それなら多分大丈夫。
忙しいところごめんな。防衛戦頑張って』
『ううん、カイリ君も頑張ってね』
リースとのチャットを終了させてリ・バイス様に向き直る。
「それで?」
「今、北の海から襲撃に来ている海の魔物たちを北に追い返す……」
ちょっと待った。それ不味くないか?
防衛戦としては魔物が減るのは大歓迎だけど、魔物素材が欲しい人たちからしたら折角の獲物に逃げられることになる。
それは避けた方が良いだろう。
「えっと、全部を追い返すのではなく、半減させたり勢いを削いだりすることは出来ますか?」
「ふむ、お安い御用だ。私が近くを通れば気の弱い奴らは逃げ出すだろうし、『私は帰るぞ』と伝えれば追随して帰るものも出るだろう。それでよいか?」
「はい。助かります」
「分かった。だがそれだけでは食事の礼には足りぬな。
なので今度はそちらが私の住処に来るが良い。色々と持て成しをさせてもらおう」
「分かりました。すぐにとは行きませんが北に向かった時は寄らせてもらいます」
「うむ。ではな」
満足そうに頷いたリ・バイス様は各戦場の海中を回った後、北の海に帰っていった。
ちなみにここに攻めて来ていた中級魔物たちは魚人族達と戻って来たイカリヤ達がほぼ撃退してしまっていた。
生き残っていた数体も逃げるように去っていったので、ここの戦いはほぼ終わったと見て良いだろう。
ならイベント時間はまだ30分以上残ってるし、地上の戦いに加勢しに行こう。
「イカリヤ、コウくん、もうひと頑張り行こうか」
「きょっ」
「ぴっ」
俺はまだ元気の余っている魚人族達も引き連れて海上へと向かった。
後書き日記 リース編
イベントも終盤戦を迎えた頃には、どの戦場もボロボロの穴だらけ状態です。
それでも私達がいる中央の戦場を含めなんとかイベント終了までは持ってくれそうなのでほっとしました。
また4大国家の応援もあって、南に抜けようとする魔物が居ないのも助かります。
とは言っても、戦い自体が優勢かと聞かれたら必ずしもそうでは無いみたいです。
応援に来てくれた現地の人たちは、あくまで応援で積極的に前に出ることは無くて、その代わり崩壊しそうになった戦線を押し返す役目を担ってくれています。
まぁそうじゃないと私達の見せ場を全部取ってしまいますからね。
あと、ちょっと気になるのは戦場で動いてる人たちが大きく2つに分かれていること。
半分は戦闘職で今も魔物たちとガチバトルを繰り広げています。
でも残りの人たちは何というか、やる気が無い訳でもなさそうですが、イベントに積極的では無いみたいです。
どうしたのかと声を掛けてみたら、
「いや、俺達生産職だし。ガチの戦闘は手が出せないんだよ」
「力になりたい気持ちはあるんだ。でもなぁ」
「そうそう。かえって邪魔になりそうだしな」
なるほど。確かにどの人も真面な武器を持っていません。
でも、それを言ったら私もなんですけどね。
だから生産職だから戦えないっていうのは違うんじゃないかと思います。
生産職なら生産職らしい戦い方をすればいいんです。
「あなたの職業は?」
「俺か?俺は採掘師だ」
そう言って見事なツルハシを見せてくれる男性。
なんだ、立派な武器があるじゃないですか。
「ならあっちの魔物。あれ岩ですよね?」
「いや、確かに岩っぽいけど、岩じゃ……」
「岩です。間違いありません」
「お、おぅ」
「ほら。余裕で打ち砕けそうじゃないですか」
「い、言われてみれば?」
「絶対大丈夫です。さあ行ってみましょう!ガツンと砕いてください」
「わ、わかった。やってみる!」
頷いた彼はツルハシを振り上げて見事魔物の硬い装甲を破壊しました。
それを見た堅い防御に苦戦していた戦闘職の人たちから喝采を浴びています。
やっぱりやればできるじゃないですか。
戻って来た彼は他の生産職の人たちにバシバシと肩を叩かれながら照れています。
ではお次は……
「あ、あのおねえちゃん。私、絵描きなんですけど、出来る事ってありますか?」
おどおどと声を掛けてきたのは私よりずっと小さな女の子。
見るからに荒事には不向きなのに勇気をだしてくれている。
ならちゃんと応えてあげないとね。
「そうね。なら、この布に等身大の人の絵は描ける?」
「はい。えっと……出来ました!」
「って早いわね」
渡した布にはリクエスト通り二枚目キャラが描かれています。
なかなか上手ですね。
よし、じゃあこれを。
「ねぇ、そっちの竹槍持った人」
「お、おらか?」
「そうそう。その竹槍にこの布を引っ掛けて、敵の前に掲げてきて」
「よくわからんども、わかっただ!」
何の職業かよく分からなかったけど、とにかく気前の良さそうなおじさんに手伝って貰う事にしました。
竹槍おじさんは女の子の描いた布を魔物の前に掲げます。
すると魔物は布を敵と誤認して突撃。態勢を崩したところを近くの人たちに袋叩きにされました。
「わぁすごい」
「やったね!」
「はいっ」
喜ぶ女の子とハイタッチをしました。
そしてそんな様子に感化された他の人たちも自分たちの特技を活かして活躍し始めました。
もちろん全員が全員上手くいった訳じゃないけど、さっきよりだいぶマシね。
何よりみんな活き活きしてるもの。
「よし、じゃあ私もあの美味しそう、かどうか分からないけど魔物たちを料理してくるわ」
「頑張ってね、おねえちゃん」
女の子の声援を受けつつ私は両手に包丁を構えました。
さあ私に料理されたいのは誰かしら?