全権大使ウィッカ
気が付けば年が終わりますね。
皆様今年もお付き合いありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
場所を移動した私達の前にはメイドさんが淹れたお茶と砂糖菓子が置いてある。
「さぁ遠慮せず食べてくれ。砂糖はまだまだ希少だが客に出す程度には手に入っているのでな」
「はぁ」
そっか、砂糖って希少なのね。
カイリくんのお陰でアイテムボックスに大量にあるのだけど。
あ、この砂糖はお酒造りに使うのであって、レイナちゃんみたいにお菓子にする訳じゃないのよ。
「うむ。マーケットに出品はされているから、どこかで生産はされているようなのだが、交流のあるどの国も違うらしくてな。目下調査中なのだ」
「そうなのですね」
うっ。甘い、というより、ほんとうにただの砂糖の塊だわ。
これはお茶に溶かして飲まないと厳しいわね。
と、それよりも本題に移りましょうか。
「先ほど頂いたリストの中にハチミツを使ったお菓子というのがありましたが」
「そうなのだ。先日偶然ハチミツが手に入ってな。しかも美の秘薬とまで言われるアサシンビーの蜜だ。
我も少しだけ舐めてみたが、それはもう素晴らしいものであったぞ。
なので半年前に生まれた我の娘にも味わってもらおうと思ったのだが、如何せん、レシピが失われておってな。
愛国ならばまだレシピは残っておろうが、あのごうつくババアの事だ。ハチミツの話を出したら分けろと言い出すに決まっている。希少なハチミツを誰が渡すものか」
同い年くらいかなって思ったら子供が居るのね。
ってそれよりも。
「もし異界と同じであるならですが、赤ん坊にハチミツはいけません。最悪死に至ります」
「なんだと!? それは真か?」
「はい。あくまで私の居た異界と同じであれば、ですが。
早ければ1歳くらいから大丈夫なはずですが、安全を考えて3歳くらいまで待つのが良いでしょう。
幸いハチミツは腐ったりするものではありませんから」
「そ、そうであったか。我はみすみす大切な娘を死に至らしめるところであったのだな」
はぁ、と深いため息を吐いて意気消沈する皇帝。
皇帝であっても子煩悩なのは変わらないのね。
「未然に防げたのですからいいじゃないですか。逆に3歳の誕生日祝いや成人のお祝いにプレゼントするのは如何ですか?」
「そ、そうだな。無事に3歳まで生きてくれたらその時にハチミツで盛大に祝うとしよう」
「?」
ほっとする皇帝とは逆に今の言葉に違和感を覚える私。
あ、そうか。
「この世界では赤ん坊が3歳までに死ぬ確率は高いのですか?」
「うむ。先ほどの病気の話もあったであろう?
元々貧しい民の間では1割近い子供が3歳までに死ぬと言われておった。
それが病気の発生が確認されてからは貴族階級も含めて3割だ。実に3人に1人の割合で子供が死んでいる。
だから我の娘ももしかしたらと思っていてな。
賢者殿には感謝している。あれで病気が収まれば多くの子供たちが助かることだろう。
皇帝としてでなく一人の親としても感謝を言わせてほしい。
どうもありがとう」
皇帝が頭を下げると、お付きの侍女たちも一斉に深々と礼をした。
って皇帝なのにそんなに軽々と頭を下げていいの?
他の人が見たら……って全員が頭を下げているから見ていませんよって事なのかしら。
でもこのままじゃ話が出来ないわね。
「頭をお上げください」
「うむ」
「ハチミツのレシピは後日改めて考えるとして、もう一つ解決出来るものがあるかもしれません」
「おぉ、まだあるのか」
「といっても内容次第ですが。
たしか農場が使えなくなったという問題があったかと思いますが、具体的な話を聞いてもよろしいですか?」
「あれか。
この島の東側には荒涼とした大地が広がっていてな。
以前は用水の関係で全く使えなかった土地なのだ。
それが確か3年前か。地下から水を吸い上げ、地上に撒く魔道具を開発したお陰で畑として使えるようになったのだ。
しかし去年から大地が塩を振ったように白くなり植物が全く育たなくなったのだ」
「やっぱり。塩害ですか」
「”えんがい”とな。これも誰かが不当な行いをした結果であろうか?」
「いえ、そうではなかったと思います。
詳しい事は私も調べてみないと分かりませんが、ただ」
「ただ?」
「知り合いに農業の専門家が居るので、その人ならあっさりと解決出来るかもしれません」
「おおっ!」
塩害って要は地中の塩分濃度が上がってしまった状態よね。
それなら海中で農業やってるカイリくんなら常識とか無視して力技で解決出来そうじゃない?
そう思ってカイリくんに連絡を入れてみると確約は出来ないけど多分大丈夫という返事が返ってきた。
ただ。
「ふふっ」
「ん?どうしたのだ?」
「いえ。『我が国の』専門家に連絡を入れてみたところ、私の境遇に大層驚かれてまして。
彼がそんなに驚くのが珍しかったのでちょっと笑ってしまいました」
「そ、そうか」
「それで農地の件ですが、土地と労働力を借りれるならやってみましょうとのことです。
その代わりと言っては何ですが、幾つかお願いを頼まれました」
「うむ。可能な範囲で最大限譲歩する用意はある」
「ありがとうございます。では、
1つ目は『竜宮王国を正式に国として認め、友好国として接すること』です」
「ふむ。先ほど『我が国』と言ったのはそういうことか。
良いだろう。貴殿の国には後日、正式に使節団を派遣させて頂く。で、次は?」
「はい。2つ目は私が大使として活動することをお許しください」
「願ってもない事だ。今日中に関係各所に通達を行おう」
「最後にその……」
「ん、なんだ?」
思わず言いよどんでしまった。
最後にこれも言っておいてって言われたんだけど、普通怒るわよねぇ。
「えっとですね。
『法国付近の海は臭いし汚い。自分たちで浄化する気が無いなら、海を汚す者を我が国は見過ごせないので前言撤回して島ごと洗い流すからそのつもりでいて欲しい』とのことです」
「は……?」
ほら固まっちゃった。
さっきまで穏やかだった雰囲気が台無しじゃない。
お付きのメイドさん達まで顔が引きつってるわよ。
でもその空気を皇帝の笑い声がぶち破った。
「ふっ。あははははっ。
島ごと洗い流す、か。その言い分だと出来るのであろうな。
まあしかし、先ほどの病気の事もある。法国の威信にかけて対応すると伝えてほしい」
ほっ。良かった~。
これさっきの病気の話をしてなかったらアウトだったんじゃないかしら。
でもま、無事に済んだから良かったのよね。
「はい、ではそのように」
私は内心の動揺を出さないようにしつつ、恭しく礼をした。
さて、これで私がここに来た理由の半分は終わったわね。
変な肩書が付いたけど外交の窓口をするだけだろうし、仕事が増えた分の請求はカイリくんにしておこうかな。主に酒のつまみ的な何かで。
で、これで話は終わりかなと思ったのだけどそうでもなかった。
立ち上がろうと思ったところで皇帝がまだ私に話を持ち出したのだ。
「さて、1つ困ったことがある」
「はい?まだ何かあったでしょうか」
「うむ。先ほどの3件は竜宮王国からの依頼であろう。
これではウィッカ殿への礼にはならぬ。さて何を贈ると喜ばれるであろうか」
「あぁ。それでしたら……」
結局、法の神様の神殿への参拝と、街の1等地に拠点兼バー(主にバー)の建設をしてもらえる事になった。
それだけじゃ足りないと言われたので追加で魔法書なんかも貰っておいた。
これで法国のお酒の研究も進むし、いつでもグレイル島と行き来が出来るようになるわね。
後書き日記 ダンデ編
9月13日 続き
結局あの後、スフィンクスとはガチバトルに発展し、何とか脱落者無しで勝利を勝ち取った。
その後スフィンクスの下に隠されていた第3の通路を通って神殿に入った。
どうやらこの通路が正解のルートであるらしく、先ほど安全と言っていた道は魔物もトラップもない代わりに地面が流砂になっていてエスカレーターを逆走するような持久走ルートだったらしい。
で、無事に神殿内部に辿り着いた訳だけど。
「行き止まりの広場って事はここが祭壇の間かな」
「っぽいな。見ろよ。あのこれ見よがしに置いてあるランプ」
「ま、まぁ擦ってみるか?」
「よろしく!罠だったら笑ってやるから」
「ちょっ、じゃんけんしようぜ!」
「ちっ。仕方ねぇな」
じゃんけんに負けた仲間の一人がランプを擦る。
すると例によってランプの中からモクモクと煙が噴き出し人の姿をかたどった。
『ぬーははははぁ!!
異界の冒険者よ、よくぞここまで辿りついた!!
我こそは武神ヘラクレイスじゃああああ!!』
「「……」」
『ぬ?なんじゃ。我のこの肉体美に魅入って言葉もないか!!
ぬわっはっはっはっはぁっ!!』
現れたのは炎に包まれた巨人、というかマウンテンゴリラ?
無駄にポージングしてるし暑苦しさと声のデカさは港に居たおっさん達の進化系なんじゃないかな。
ま、この際見た目はどうでもいいや。
「なあ、武神なら俺達を進化させられるのか?」
『進化?……あぁ祝福のことであるな!出来るかと言われたら出来るぞ!!』
「「おぉ」」
『だが我は軟弱者を祝福する気はないのでな!
聞けばここに来るまでに何度か魔物から逃げているそうではないか。
なので貴様らには試練を課す。
1つはこの砂漠に居るボスを3体倒してくるが良い。
その後、我と戦い見事我に有効な一撃を加えられたら祝福を与えようではないか』
ふむ。これが武神の進化クエストのメインってことなんだろう。
しかしボスを3体か。
強さはともかく見つけるのに時間が掛かりそうだな。
『そうそう。そこの裏口から出たところにオアシスがある。
そこを一時的な休憩地点とするがよい。ではな!!』
そう言って武神は消えていった。
指差された場所には扉が付いていて、開ければすぐに外に出られた。
って、最初からここを通ったら正面のスフィンクスを無視してこれたんじゃないか?
試しに裏口から再び神殿に入ろうとすると【クエストを達成するまで扉は開きません】と出てきた。
流石にそんな上手い話は無いか。




