浄花の主
本当は夏休み前には一度水神湖にやってくるイベントを挟みたかったのですが、上手いタイミングが見つからず結局こんな遅くになってしまいました。
ちなみに『ひぃズ』とか『ふぅズ』とかは居る気がしますが出番はありません。
あと、離間の計は全く別のものです。
街の中から御輿がやってくると、流れるように道を開ける守備隊の人たち。
という事は相当偉い方が乗っているのかな?
……違った。よく見なくても誰も載ってない。
御輿は頑丈そうな骨組みの木材を井型に組んでその上に装飾された板を乗せただけのもので、装飾こそ立派だけど、上に乗るべきものが空っぽだった。
そんな御輿を屈強な4人の男性が担ぎ、それを先導するように巫女さんが前に立っている。
彼らは俺の前まで来ると御輿を下ろし、なぜか恭しく礼をするのだった。
「水神様のお言葉により、浄花の主様をお迎えに上がりました」
「は?えっと、人違いでは?」
「異界の住人で農家のカイリ様ですよね」
「ええ、そうですけど」
「なら間違いございません。水神様が丁重にお迎えするようにと仰っておられました」
「はぁ」
なんでこうなったんだ?
全く意味が分からないんだけど。
『浄花の主様』っていうのも初耳だし。いつのまにそんな二つ名が増えたんだろう。
それに御輿に乗って神社まで凱旋?
それはいったいどんな羞恥プレイなんだろうか。
少なくとも俺は英雄願望みたいなのは無いから慎ましやかな方が嬉しい。
「あの、出来れば御輿は勘弁して頂きたいのですが」
「そう、ですか。よわりました。
そうなりますと、そちらの地龍様が町の中を練り歩くとちょっとした混乱が起きてしまいそうなのです」
「地龍様?」
「ミィ?」
思わずミズモの方を見たけど、ミズモも首を傾げていた。
どうやら、いつの間にか地龍に進化した、という訳では無さそうだ。
「うちのミズモはちょっと成長した隧道ミミズですよ?」
「は?」
呆ける巫女さんの後ろで守備隊の人達が全力で首を横に振っている。
それはつまり「いやいやいや。ちょっとじゃねえだろ!」って事なんだろう。
ステータスだってほら。
【
名前:ミズモ
種族:隧道ミミズ?
栄養満点の食事と多くの眷属を従え農作業に従事した事により特殊な成長を遂げた元隧道ミミズ。
この1体で開墾から種植え、用水、害獣駆除、収穫、加工、消費、肥料生成全てを賄える。
最近の一番のお気に入りはリース印のげんこつコロッケ。
】
……なんか?が付いてるし。
しかもいつの間にかリースがコロッケを差し入れしてくれてたみたいだな。
これは後でお礼を言っておかないといけないな。
と、そんなことよりもだ。
「ミズモも一緒に町の中に入っても大丈夫なんですか?」
「え、あ、はい。カイリ様の従魔ですので。ですがその……」
「出来れば御輿に乗ってほしいと」
「はい……」
恭しく頭を下げる巫女さん。
これで断ったら可哀そうだな。
「ミズモ。あれに乗ってくれるか?」
「ミィィ」
「えっ、俺も一緒なら? うーん、仕方ないなぁ」
「ミッ!」
ミズモは一声鳴くとひょいっと御輿の上に登ってしまった。
しかも上手い具合に椅子のような窪みを作ってくれている。
どうやらそこに座れって事らしい。
折角用意してくれたので、そこに座ってみるとグイっとミズモが胴体に巻き付いて落ちないようにしてくれる。
というかこれ、傍から見たらどう見えるんだろう。
きっとヘビ使いも真っ青な絵面だよな。
あと気になったんだけど、ミズモって間違いなくかなりの重量だよな。
「あの、乗ったのは良いんですけど、持ちあがりますか?」
「はい、ご安心ください。こちらの御輿は魔道具になっていて乗せたものの重量を無効化する機能が付いておりますので」
何そのハイテク機能。
そんな機能が一般的にあったら物流に革命が起きるぞ。
「さあ皆さん。参りますよ」
「ガッテンです」
「「ぬぉぉ。セイサー」」
息の合った掛け声と共に御輿が持ち上がる。
乗り心地は、まぁ悪くは無いんだけど、やっぱり担いでる人達が凄く大変そうだ。
「あの、やっぱり降りた方が」
「いえ、お気になさらずに」
「そうです。これは御輿そのものが重いだけですから」
「なにせこう見えて400キロ近くありますからな」
「えぇ~」
400キロってことは4人で担いでるから一人100キロだ。
いくら乗っているものの重量が無効化されてたって御輿そのものが重いんじゃ意味がないだろうに。
というか、それが理由で普及してないのか。
ま、まあ俺が気にしても仕方ないか。
今はそれよりも、町中から向けられてる視線の方が問題だ。
「わぁすげー。何あれ~」
「蛇王様だ~」
「違うよ、龍王様だよ~」
「えぇ~、大地の王様だって聞いたよ?」
「確か湖を綺麗にしてくれたんだよね!」
「花神さまじゃ」
「ありがたやありがたや」
子供たちは指をさしながら歓声を上げ、お年寄りが拝み始める始末。
なんかもう、完全にお祭り騒ぎだな。
それと凄いのは特に誰かが誘導している訳でもないのに綺麗に花道が出来上がってる所だ。
きっとこの町では御輿が運ばれるのはよくあることなんだろう。
そうして多くの人達に見守られながら湖に掛かる橋のところまでやってきた。
御輿に乗っている分、いつもより高い視線で景色が見れるので、湖も全体を一望できる。
それを見てようやく事態が飲み込めてきた。
「……なるほど、それで『浄花の主』なんだな」
水面には多くの蓮の花が咲いており、ほのかな甘い香りで周囲を包み込んでいる。
たしか春祭りの時に湖底にヘドロが溜まっているのを見かねて、耕しながら花の種を植えていったんだったな。
あの時は上手くいく保障は全くなかったけど、無事に綺麗な花を咲かせてくれたらしい。
湖の水も澄み渡っていて泳いでいる魚たちが見えるほどだ。
更には俺達を歓迎するように水の精霊が、ってあれは『みぃズ』か。
いつの間にか召喚出来るようになってたから風水レベルが上がって出来るようになっただけかと思ってたけど、実はここで生まれてた子たちを呼び出してただけだったのかもしれないな。
みぃズは俺達の姿を見つけると水面をクルクルと泳ぎ回って不思議な模様を作りながら「みぃみぃ」と歌って歓迎してくれた。
そうしてミズモも一緒になって「みぃみぃ♪」とハミングしているのを聴きながら、ようやく神社の前に辿り着いた。
目の前には以前貢物を置いた台がある。
「さてと。この後はどうすればいいんだろう。何か貢物を置けばいいのかな?」
「いえ。その台に触れて祈りを捧げれば、きっと応えてくださります」
「ふむ。こうかな」
そっと左手で台に触れて右手は自分の胸に置き目を閉じる。
そう言えば今回ってこっちが会いに来たのに招待されたような感じもするし、どういう状態なんだろうか。
まぁ丁寧に接するのが無難かな。
『水神様。私はカイリと申します。
今日は一つお願いしたいことがありましてここまで来ました。
もしよろしければご尊顔を拝謁させて頂く事は叶いますでしょうか』
一瞬、これで敬語合ってるかなと心配になった。
日常生活ではなかなか使わないからな。
ただそんな心配は杞憂だったようで、シャランと鈴の音が脳裏に届いた。
次の瞬間。
ふっと地面の感覚が無くなると共に重力に従って下へと落ち、更には「どぼん」と水中へと沈んでいくのだった。
後書き放浪記 ???
気が付くと俺達は見知らぬ林の中に立っていた。
一緒に居た相棒に聞いても何が起きたのか、どうやってここまで来たのか皆目分からないという。
まさか誘拐されたのか!?
いや、落ち着け。
もしそうだとしたら、誘拐犯が俺達をここに置き去りにして居なくなる理由がない。
それに俺達を誘拐したところで得られるものなど何もないだろう。
……ふぅ。改めて状況を整理しよう。
俺達が最後に覚えている事はなんだ?
俺達は普段、もっと見晴らしの良い島で畑を耕しながらお互いの武を高め合っていた。
そして今日。大旦那様から実戦訓練も兼ねて護衛を引き受けたんだ。
あ、大旦那様というのは、俺達のボスのマスターに当たる人で、つまり雲の上の存在だ。
そんな偉いにも拘らず下っ端の俺達にも気兼ねなく接してくれるとても素晴らしい方だ。
今回の事だって本当なら俺達が護衛に就く必要なんてない。
それなのに、普段なかなか島から出られない俺達の事を慮って声を掛けてくれたんだ。
って、大旦那様はどこに!?!?
マズい、はぐれたのか。
いやこれは離間の計というやつではないか?
今頃、大旦那様は敵に捕まりあんな事やこんな事をされているのではないだろうか。
こうしてはおれん。今すぐ助けに行かなければ!!
……ん?なんだ?今忙しいから急用じゃなかったら後にしてくれ。
え、記憶が一部戻ってきた?
村に来た後、子供たちに何かを食べさせられてパニックになって駆け出したっぽい?
その後の記憶は思い出せないけど、か。
ふむ。言われてみるとそんな気がしてきたな。
確かに口から胃にかけて妙にヒリヒリするし間違いない気がする。
と、いうことは、大旦那様に別段危険が迫っている訳ではないのか。
ふぅ。良かった。
だがそうなると今の俺達の状況って、護衛任務を放り投げて逃げ出したようなものか。
怒られるかな?怒られるだろうな。
ボスに知られたら明日の晩飯にされかねない失態だ。
何とかして汚名返上しなければ。
っと、今度はなんだ。
ミミズの魔物?いや、敵意はない。
確か大旦那様の配下にミミズも居るという話だったな。おぬしもその眷属の1体か。
ふむふむ。
既に大旦那様はおぬしのボスと共に出掛けて行ったと。
俺達は自由に羽を伸ばして来いと仰ってくださったのか。
分かった。伝令感謝する。
なれば俺達は大旦那様の為に土産のひとつでも拵えてくることにしよう。
それも出来るだけ大きな土産をな!




