Ⅷ-楽太郎33歳
金槌を使い1枚の鉄板を何度も叩き強度を出しながらフライパンを作っていく楽太郎。その手を止め上を見る。
「今回は遅いな…。打ち止めか?」
そう思ったのも束の間、やはり落ちてきた。落下防止ネットに引っかかった人物を見る。
「これは…」
落ちてきた人物は金髪ロールのいかにもお嬢様な風体をしていた。今まで落ちて来た者は最低限、冒険に適した服装をしていた。しかし今回は、パーティ会場から着の身着のまま飛び出して来たようだ。観察しているとパチリと目を覚ました。
「無礼者!」
いきなり叩かれた。
「私をどなたと心得る!エメナル公爵家の1人娘、グリンデアル・ダイヤですわ!」
バーン!という効果音が背後から出て来そうなほど堂々と自己紹介をして来た。
「あっそ」
楽太郎は、お馴染みのスープを器によそい彼女に出した。
「お前が何処の誰べぇなんて関係ないね。そのスープ飲んで落ち着きな」
差し出されたスープを疑惑の目で睨みつけながら受け取る。上品に音を立てずにスープを、口に運ぶ。途端に目が見開き驚きの表情を浮かべる。その味は昔、あるエルフから差し出された物と似た味だったからだ。隣国へ行く際に臨時で雇った冒険者の中にいた研究者と名乗るエルフが出したスープと同じ味だった。
「あら、このスープはとても美味しいわね」
「ありがとうございます。これはラクタロウさんから頂いた物を継ぎ足して飲んでいるのです」
「凄く味が深いわ…」
そうこの味だ。スープを差し出した人物を見る。一心に鉄板を叩いていた。それは少しずつ形になっていき最後は鍋になった。この方は何者だろう。グリンデアルはじっと楽太郎を見た。次は水晶で包丁を研ぎ始めた。その動作が1つ1つ洗礼されていて、キラキラ輝いて見えた。
一晩寝るとグリンデアルは、楽太郎から工具を借り綺麗なアクセサリーを作り始めた。最初はぐちゃぐちゃのひどい物だったが、1年半も経てば王族が使っても謙遜しない出来になる程になった。この頃になると、あの服装からボロを纏う作業服に変え髪も切ってしまっていた。
「へぇ、やるじゃないか」
「私にかかればこんなものですわ!」
「凄いな」
つい頭を撫でてしまった。また平手打ちが飛ぶと楽太郎は思ったが飛んでこない。それどころか顔を赤くした。
「ラクタロウさんはどうしてここに暮らしているんですの?」
遂にその質問が投げかけられた。16年前に勇者として転移されたことを話しその内の1人と話した。何故暮らし続けているのかは…忘れたと答えた。その後は、楽太郎のアイデアとグリンデアルの創作でアクセサリーを作り続けた。その数が1000を越したあたりで楽太郎は提案した。
「これ、地上で捌いたらどうなるかな…」
「恐らくですが、一番下の爵位が買えるほどの金額にはなるでしょう」
「そうか…君が落ちて来て2年になる。もうお家騒動もほとぼりが冷めている頃だろう。このアクセサリーを持って此処を出なさい」
「私の家のことを知っていたのですね」
「知らないさ。ただ面倒ごとに絡まれたと思ったんだよ。君で8人目だし」
「あら、私の前に7人の先人が?」
「魔王の息子ワン。奴隷だったトゥー。裏切られたスリー。ブラックギルドで働かされていたフォー。争いの種とされていたファイブ。爆発に巻き込まれたシックス。国王の忌子セブン…それだけ面倒を見れば察するさ」
「では私は差し詰め8番目の名前を頂けるのかしら」
「そうだな。君は【Eight】だ」
「有り難く新しく名前を頂戴しますわ、ラクタロウさん。水時計が翌日を差したらここを出ます」
「おう」
「ですが、偶にの里帰りは許してくださいますよね?」
翌日、エイトはアクセサリーを箱に詰めクリスタル眼鏡をし楽太郎の元を後にした。彼女の作ったアクセサリーは飛ぶように売れ、商会になるまでに成長した。元貴族令嬢時代に培った教育も生きているかもしれない。ブランドのロゴには【∞】が採用され連日、商会には貴族達が足しげ良く通っている。
そのせいで里帰りが出来ないと嘆いているとか。その郷里にまた迷い人が来たのは同じタイミングだった。