Ⅳ-楽太郎25歳
蜘蛛型の魔物から丈夫な糸を調達し、それを命綱にしてロッククライミングを楽しんでいた楽太郎の元にまた人が落ちてきた。
「もういい加減驚かないわ」
巧みに糸を使い下に降り、毎度のように受け止める。今度は獣の耳を生やした女だった。外傷は無かったが、酷く疲れている様子。濡れタオルを彼女の額に載せ、例の如く煮込みすぎて具が溶けたスープ継ぎ足して作り彼女の分を用意した。
「うっ…」
暫くすると彼女は目を開けた。しかし、その目は濁りくすんでいる。
「何で死なせてくれなかったの?」
開口一番にそれが出た。顎に手を当てて、フム と考える。
「俺の目の前で死なれると目覚めが悪いから」
「私は出来ないダメな職員なんです。この世にいてはいけないんです」
何やら訳ありのようだ。自分を卑劣することは良くあることだ。しかし、ここまで来ると…
「そんな事はないさ…君は頑張った。俺だけはそれを認めるよ」
「貴方に何が分かるんですか!獣人でありながら頑張ってギルドの職員になって、朝早くから夜遅くまで働いて、その時間内に無理な仕事量を捌いて、セクハラにも耐えて、来たのに、新しい子が来たら解雇て、、うわぁーーん」
「泣けばいいさ、その涙は俺しか見ていない。思いっ切り泣いてスッキリすればいい。君は頑張ったのだから」
どうやらこの子は元ギルドの受付嬢をしていた。しかし、そのギルドの労働条件がブラック企業も餡子を喰う並みの条件で働かせられ、周りの職員もネチネチと彼女を追い込んでいたらしい。そして我慢できなくなり周りに迷惑をかけぬようダンジョンで自殺を謀った…と言う訳だ。俺も8年前に一度だけギルドの内情を書面だけではあるが読んだことがある。やはり書面の情報と現実は違うと言うことか。ブラック企業は日本にもあったがこっちにもあるとは…社会が輝けば影ができるのは当然か。
「落ち着いたか?」
「はい、取り乱してすいませんでした」
落ち着きを取り戻した獣人の彼女に【Four】と名付け精神が回復するまで面倒を見る楽太郎。フォーとたわいも無い話をしているうちにトゥーの話が出た。何と彼女はフォーとは別のギルドでSランク冒険者となり、それだけでなく貴族の爵位を承ったそうだ。今は奴隷解放のために尽力を尽くしているとか…
「本当にトゥーさんは凄いんです!私より年下なのにあの教養、身のこなし、ランク下も馬鹿にせず職員にも礼儀を欠かさない…全てをとって完璧でした」
「そうか…あの子はそこまで行ったか」
「あれ?知り合いですか?」
「彼女が低ランクの時に少しね」
楽太郎はトゥーに迷惑を掛けないように濁した。これにフォーは食いついた。
「そうなんですか!ラクタロウさん、私もトゥーさんみたくなれますかね?」
「フォー…君の頑張り次第としか言えないな…」
「私、自分みたいにブラックギルドで働いている職員を救いたいんです。どうかその知恵を教えてください!」
楽太郎は日本のホワイト企業の条件を提示し、これをギルドで適用させればいいと教えた。しかし、フォーはそんなことが可能なのか?と疑問顔。なら、フォー自身がギルドを作り職員を、冒険者を、保護すればいい。2年に及ぶ修行により、フォーはトゥーほどで無いが強くなった。
「フォーよ、この世界からブラックギルドを潰してくれ」
「はい、マスター!フォーはみんながのびのび働ける風通しの良い職場を作ります!」
「うん、もし資金巡りが大変になったら今から渡す物を売れば、少しは足しになるかもしれない。頑張れよ」
「はい!」
フォーはクリスタル眼鏡を受け取ると、楽太郎が作ったエレベーターで地上付近の階層まで昇って行った。その後、フォーはホワイトギルドを設立しみんなが笑顔になる職場を作った。ギルドの紋章には、煌びやかな眼鏡が刺繍されていた。
リバーシブルの駒が黒から白に変わる時、楽太郎の元にまた人が落ちてきた。