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第三話 汐咲華菜ー1

 『電話ボックス』じゃ駐在所のようになっているために、シャワーなどの設備もついていたことが幸いし、二人はどうにか体を温めることが出来た。

 


「名前を聞いてもいいですか?」


「……汐咲華菜」


 漢字を確認するため、ペンと紙を渡すが、まだ少し冷えるのか持つ手が安定していない。

 あとでもいいですよ、と声をかけて、洋二は一度席を立つ。


 暖かいコーヒーでも入れようと考えたのだが、そういえばマグカップは二つしかなく、どちらも今は使っていた。とはいえ、入っていたコーヒーはどちらも冷めている。仕方がないので、一度シンクに捨ててから、新しいものを淹れなおした。


「汐咲さん、リク君、飲んでください。冷えたままだといけません。……あ、熱いですから気を付けて」


 先程リク君が失敗していたことを思い出し、少しからかう意味も含めて洋二は言う。

 リク君もそれに気づいたのか、少しぶっきらぼうに「ありがとうございます」といった。

 汐咲さんは少しコーヒーを眺めてから、


「砂糖とミルク、もらえますか」


「ああ、いいですよ。そういえばリク君は良いんですか、ミルク」


「……いや、いらないです」


「分かりました。ちょっと待っててくださいね」


 洋二は棚から砂糖とミルクをひとつずつ取り出す。


「ありがとうございます……えっと、」


「自分は岩井洋二と言います。この島に一つだけある電話を管理しています」


「そうですか。岩井さん、本当に、助けてくれたありがとうございました」


「いえ、それでしたら、リク君にお礼を言ってください。自分はあそこで咄嗟に飛び込むなんて言う判断はできませんでしたからね」


 そう言って、洋二は汐咲さんとはストーブの反対側で、何やらうつむいたまま動かないリク君に話を振る。


「リク君、ですか? 本当に、ありがとうございました」


 するとリク君は顔をすぐに上げて、


「ああ、いや、別にそんなに大したことじゃないですよ。あと、俺は大洗リクっていうんだ。高校二年

生」


 軽い自己紹介をしたリク君だが、少しいつもと調子が違う。あまり溌溂としていない。


「……わたしも、高校二年生です。赤木第二高校の」


「赤木第二……? 聞いたことないですね。たぶん結構遠くの学校でしょう」


「——県の学校なんですけど……」


「それは……どうやってここまで来たんですか?」


「あの、それが……」

 

 汐咲さんが話した内容をまとめれば、こんなところだろう。


 まず、汐咲さんは休日に友人とショッピングモールに買い物に行っていた。

 港に近いそのモールの傍を歩いていた時、突風が吹き、友人の羽織っていた服をさらっていったらしい。大分高価なものだったようで、しばらくの間それをみんなで探していたらしい。

 探していた服は、ようやく見つかったらしいのだが、それはある貨物船甲板に引っかかっていたらしいのだ。

 それを取りに行っている間に、船が出港してしまう——とはいえまだ出港したばかりだし、船員さんに声をかければ、と考えて船内に入っていったところ、貨物船が波に揺られ傾き、頭を打って気絶——そして、誰にも見つからないままにこの近郊まで来てしまった、らしい。

 

 あまりにも突拍子がないので、頭を打った衝撃で混乱して細部が異なっていることはあるだろうが、おそらく事故的にこの島にやってきてしまったことは間違いない。


 そうだとするなら、船着き場の職員に掛け合って本土に送り返してもらうことができるだろう。


 問題は——


「洋二さん、貨物船、そろそろ出港するんじゃ?」


 リク君が隣でそう呟く。


「ですね。これを逃せば次は一週間後に来る貨物船を待たなくちゃいけません」


 現在、時刻一時五十八分。

 貨物船は大体二時ごろにこの島を離れる。

 しかし、ここから船着き場まではどんなに頑張っても四十分近くは掛かる——自転車でも十五分強かかるだろう。


「うそ……」


 さらに言えば、先ほどまで海でおぼれかけていた少女だ。体力的にも難しいだろう。

『電話ボックス』には自動車も置いておらず、ここからすぐに港までたどり着く手段はない。



「そうだ、携帯で……」


 そう言った汐咲さんを前に、洋二たちは顔を見合わせる。

 この島にある電話はこの『電話ボックス』に置かれた一つだけ。仮にここからかけるにしても、港には着信するためのモノがない。それに、


「あ……ない……」


 あれだけ海の中で波に揉まれていたのだ、ポケットなどに入れいても今は海の底に沈んでいるだろう。


「汐咲さん、あと一週間、ここで待てる?」


「————」


 絶望的な表情を浮かべる汐咲さんを前に、洋二は続けてかける言葉を見失ってしまう。


 洋二とて、急に見ず知らずの土地で、家族とも連絡が取れずに最低一週間暮らさなければならないと言われれば困惑する。汐咲華菜はまだ高校生だ。受け入れがたい現実だろう。


 そして、そんな現実を突きつけられて、彼女は——


 陶器が割れる音が『電話ボックス』の中に響いた。


 あまりのショックと疲れで気を失ったのだろう。汐咲さんは洋二の腕の中でぐったりとしている。

 そしてそんな彼女を見ながら、洋二はリク君と顔を見合わせるのだった。


 

   *


 華菜は一人で港に立っていた。


 周りに人はまばらで、華菜に気を止める人は誰もいない。


 ——ここでも、誰もそんなことはしてくれない。


 ひときわ大きな貨物船が港にやってきた。


 ……あれに乗って、大海原へ出よう。そして、誰にも見つからないように死んでやる。


 そんな風に思った。


 けれど、思ったに過ぎない。


 華菜には別に友人がいないわけではない。


 ただ、本当に心を許せる友人に会ったことがない。


 ただ、誰かと心を通わせあったことがない。

 信じていた人に、酷く裏切られたことなどないのに、ただそういう考え方だけが浮かんでくる。

 あの人にも、あの人にも、どんな人にだって、本当の自分を見てもらったことがない。

 何時だって偽って、心にもないようなことを言って、そして勝手に傷つけて、傷ついて。

 

 そんな風にこれまで生きてきた。これからだってそうだろう。

 

 誰かに、私はこんなことをするんだ、こんな人間なんだと気付いてほしい。

 


 ……一度、行方不明にでもなれば、本当の友達が分かる?



 そんなバカなことをしようと考えたことだってあった。

 しなかったけれど。


 ———風が吹いた。

 

 すべてを変えてしまうような、冷たく、鋭い風。

 

「——え……?」


 華菜の体は宙を舞って、そのまま海に落ちた。

 そしてすぐに、意識すらも沈んでいった。


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