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第一話 日々-1

  1


 今日一番最初に尋ねてきたのは、新垣という初老の男性だった。


「洋二さん、おはよう。少しいいかな」


「ええ。今日もお電話ですか」


「そうだね。まあ少し、お話でもしてから」


 新垣さんは、三日に一度くらいの頻度で『電話ボックス』を訪れる。

 毎回、洋二と少し談笑してから電話ボックスに入っていき、出てきた後は「ありがとう」と労いをくれるのだ。

 落ち着いた雰囲気の、まさに紳士という言葉が似合う男性だ。


「昨日は、猫たちが珍しく私の方へ寄ってきてね。可愛かったが、いつもはないことだから戸惑ってしまったよ」


 新垣さんは家に三匹の猫を飼っている。

 奥さんにはよく懐いているらしいが、新垣さんには余り寄ってこないのだそうだ。


「猫っていうのは、特別に懐かないって言われるけれど、アレはどうも、私が思うに、愛情表現が特殊なのだろうね。人によって態度を変えることがないように見えるけれど、きちんと線引きはしているのだと思うよ」


 それからしばらく、新垣さんは猫についての思索を続けた。

 話し終わると、新垣さんは少し息を吐いてから、洋二に言った。


「じゃあ、お願いしようかな」


「…そうですか。では、こちらに名前を書いてください」


 新垣さんの猫談義に引き込まれていた洋二だったが、彼がここに来た理由を忘れたわけではなかった。

 ノートに、今日の日付と、新垣さんの名前が書きこまれる。


 一〇月二十九日 新垣芳文 九時二十五分から


 達筆にそう書き込むと、新垣さんは、じゃあしばらくお願いします、と言って、建物の奥に立て付けられている、木製の古びたドアを開けて階段を昇って行った。

 電話は、二階に取りつけられている。海が見える、一番見晴らしのいい部屋だ。

 新垣さんの電話時間は、利用する人の中では短いほうだ。

 多く訪れているからかもしれないが、それでも三十分程度かかる。

 その間、洋二はいつもぼんやりと、ビールケースの上に腰を下ろしてコーヒーを飲みながら読書をしている。

 この島には、書店が一軒だけある。

 その書店の店主がこの電話ボックスを利用するときに、いつも、何冊かの本を持ってくるのだ。著者も、ジャンルも、出版社もバラバラ。

 洋二は店主の持ってきた本をしまっている棚から、一冊取り出して、そのタイトルを読む。

『There's a Boy in the Girls' Bathroom』——どういう本なのだろう。

 ゆっくりと腰を下ろし、表紙を見て、開く。


 あらすじは読まない。彼の持ってくる本だ。きっと面白い。


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