8話 昼休み
先輩たちのお子さんたちも全員、うちの生徒……え?嘘ですよね?
「嘘じゃないよ?」
「でも、うち、常華高校ですよ?」
府内屈指の進学校ですよ?難易度は府内最高級ですぜ?
「口調がおかしくなってますが…、そうですよ?」
喋ってないのに口調とは。いや、それより…えぇ…マジですか。
「あの、超絶失礼ですけど不正はしてませんよね?」
「してないしてない」
「させたところで、この子らが苦労するだけですし…」
ですよね。お二人ならそうですよね。魔法使ってえいやーって「はい、うちの生徒!」とかしませんよね。となると…、あれ?そういえば明言されていないけれど、お子さんたちは明らかに異世界から連れ帰ってきた子たちのはず。
先輩方が異世界に行ったのは去年だから…、ほぼ一年で合格できる学力をつけたと?
化け物かな?
「確かに明言してなかったね。カイの推測通りこの子らは異世界から連れ帰ってきた子らだよ」
「ただ、勉強期間は一年ではありませんが…」
ふむ、となると…。もっと短いとかいうオチか、異世界の時間の流れがこっちより遅くて、実質5年勉強した…とか?
その割に先輩方の見た目は高校生なのですよね…。雰囲気だけで言うと大人びておられますが。
「時間の流れを捻じ曲げる空間を作って、そこで勉強した…が正解だよ」
「その時に発生する時間的な齟齬とかは都合のいいように改竄させてます」
空間に続いて時間まで弄れるのですね…。すごいなぁ…。
「タイムスリップできたりします?」
「この世界は無理だね」
何故です?
「説明が長くなりますけど、構いませんか?」
はい!聞きたいです!
「じゃあ、さっそk「むぅ!」…あぁ、ごめん。カイ。ちょっと待って」
了解です。
「「ほいっと」」
!?習先輩と清水先輩が手を繋いだ瞬間、世界の裂け目的なものが…。
「他にこれ使う人」
「…はいないようですね。では、行きましょう。矢倉君、それに触れてください」
ちょっと怖いけれど…、えい。あれ?何もない…。
風景とか何も変わらない。教室がそのまま複製されただけかな?あ、でも…、窓やドアはあるけれど、開かない。外の景色は写真を撮って貼り付けただけ…っぽい。
「カイ、見るのもいいけど、食べ物だして。食べながら話そう」
了解です。
「「「いただきます」」」
挨拶してからごそごそと鞄を漁ってお弁当箱を取り出す皆さん。習先輩と清水先輩のお弁当のサイズは1.5人前くらいの2段弁当。華蓮ちゃん、礼子ちゃん、瑠奈ちゃん、瑞樹ちゃんは一人前くらいの一段弁当。牙狼、幸樹は二人前くらいの二段弁当。
で、愛理ちゃんのはお正月に使いそうな三段重。一人だけ量がおかしい。
夕食頂いた時も思っていたけど…、弁当となるともっと大変そう。
「めんどくさかったら冷凍食品突っ込むし」
「ですです。時間足りなければこの世界使えばいいだけですし、メインの一品や二品は作れます」
この空間を使えばいい…?となると、ひょっとしてこの世界、時間の流れが弄られてる…?
「うん。倍率ってどれくらいだったっけ?」
「元の世界よりも10倍くらい遅くしてますよ」
タイムスリップはできないけど、時間は弄れるのですね…。不思議。そのあたりも聞かねば。
あ、でも、実際にこっちが早いのは実感できますね。向こう側の皆さんの動きが遅い。
「というか、この入り口開きっぱなしで大丈夫なのです?」
「大丈夫、許可がなかったら見ることも触ることもできないから」
「出入りの時に見られると面倒ですけれど、そのあたりは周辺に幻影でも浮かべていればごまかせますし」
スケールが、スケールが違う…。僕が思いつくようなことはたいてい対策しておられるんだろうなぁ…。
「…それはない。たまに抜けてる」
愛理ちゃんが言うと、コクっと頷くお子さんたち。えぇ…。そ、それはともかく、
「基幹世界とタイムスリップについて教えてください!」
「了解。えっと、まず樹を想像してほしい」
樹…ですね。広葉樹でいいです?
「針葉樹の方がよいかと。幹の部分が一番高くなるように考えてくださいな。で、根っこは無視してください」
となると…、一番したは幹があって、途中から幹から枝分かれして枝が出来てる…やつですかね。
「そうそう。で、基幹世界は幹の一番先端」
…え?バランス悪くないです?幹は何でできてるのです?
「幹は基幹世界の過去の世界の積み重ねで出来ています。一秒前、一分前、一年前、一億年前…と基幹世界が生まれてからの世界が存在してます」
なら、基幹世界が先端でも安定します…ってあれ?
「未来はどこに?」
「未来はないよ。これからこの基幹世界が作っていくんだもの」
あぁ、なるほどです。
「タイムスリップが出来ないというのは…、この世界に未来が存在しないからですか」
「そういうこと」
ないものには移動できない。そりゃそうだよね。
「過去にタイムスリップ出来ない理屈ではなさそうですが、過去が駄目なのは?」
「基幹世界はさっき想像してもらった樹…世界樹の管理者がいる世界で、重要度が段違いで、他の世界樹から喧嘩を売る時って、支配者のいるここが狙われるのね」
なんかさらっと重要そうなことが出てきたー!?
「それで、です。世界樹の管理者を殺すのに、「時間を巻き戻して管理者が死んだことにした!」とかされると困るじゃないですか。なので、過去に干渉した瞬間、干渉された時点にあった過去の世界から新たに平行世界が誕生して新たな枝を作り出すのですよね…」
なんか小難しい…。でも、
「過去へタイムスリップが出来ないのは、過去に干渉しようとするとその影響は新たな平行世界を作るのに消費されて、こっちには影響が出ない…ということですか?」
頷いてくださった。やったぜ。
「となると、この世界では出来なくても、他の世界ではタイムスリップが出来ることもあると?」
「うん。過去に干渉して出来た平行世界はしばらくの間、基幹世界じゃないから、過去の書き換えは出来る…けど、」
「枝になってる世界でも、先端やその付近では未来がないので未来へタイムスリップは不可能ですね」
ないものには飛べませんしね。
「平行世界の扱いはその後どうなるのです?」
「平行世界は勝手に出来るのも、過去を弄ってできるのもあるけど…、たいした差がなければ基幹世界や、他の平行世界に統合される。あぁ、統合は気づかないうちに起きてるけど、文字通り誰も気づけないから問題ないよ」
えぇ…。それだと誰か統合の際に消されたりしそうなのですけど…。
「かもね。でも、基幹世界に生きてる限り、基幹世界が優先されるから心配しなくていいよ」
今ここにいる僕が、平行世界に飛ばされる可能性もあるのですけど!?
「可能性はありますけど…。世界が消える場合は恐怖も何もなく、分岐した時点から忽然と跡形もなく全て消えますし…、」
「平行世界も、基幹世界との差異が大きくなりすぎて、ぶら下がるものが多くなるとそこからちぎれて新しい基幹世界として枝を作り始めるから大丈夫だよ?」
あ。駄目だこれ。たぶん僕と視点が違う。強い力があるからか、元からなのかは知らないけど、それを完全に受け入れてる…。話を変えよう。ちょっと怖い。
「そ、それはそうと、どうやってお子さんたちをここに入れるくらいの学力付けさせたのです?言い方からして、元からこの子らがここに入れるくらいの学力があった…というわけではなさそうなのですが」
「この子ら自身のやる気と根気」
「ですね」
えぇ…。
「じゃなきゃ、無理だよ。ほぼ白紙だったせいで一番長くかかったルナでも三年くらいだったんだよ?」
短い!小中9年分を1/3に圧縮してる…。
「一番早かったのは?」
「コウキ君とミズキちゃんですね。この二人は私らの記憶をある程度持ってるので、暗記系は時間いらないですし、」
「数学とかは公式とかをどう使うかを習熟すれば済む話だからねぇ…」
血のつながりがあるはずのお子さん二人がお二人の記憶を持ってると?さすが異世界。無茶苦茶だぁ。
「その次は誰ですか?」
「アイリかな。この子も俺らと同じで言語理解的なもの持ってるから…」
「国語…もとい『日本語』は問題ないですし、同様に英語、古典、漢文も問題ないのですよね」
異世界の人だと言語の問題がきつ…あれ?古典と漢文?
「あの、古典と漢文も言語理解で行けるのですか?」
「「いけるよ?」」
それ、さっき聞いてないです…。
「…ね?」
言ったでしょ?みたいな顔をしている愛理ちゃんたち。ほんとだね。微妙に抜けてるね。
「あ。言ってなかったね」
「ごめんなさい。なので、古典と漢文も聞かれても困ります。青釧さんと、蔵和さんも同じなので、聞かない方がよいかと」
大丈夫です!そもそも聞きに行けるようなメンタルがないです!特に蔵和先輩。
「現代文ならいけるけど…」
「古漢は正直、訳せたら解けますからねぇ…」
全訳見ながらとかですと、もはや丸写し作業と化すような問題ばかりですからねぇ…。「ちゃんと訳して読める?」を問いたいのでしょうから、それでいいのですけど。
「あ。そうでした。この世界とあっちの世界の間って立てます?立ったらどうなります?」
瞬間移動でもしたのか立てそうにありませんでしたが。
「瞬間移動は安全のためだよ」
「こっちに来る意思をもって、境界に触れると一瞬で飛ぶようになってます…が、」
やろうと思えばできると。
「うん。やったところで死ぬだけだろうけど」
「もしこの世界に頭だけ突っこみますと…。空気吸引孔が全部こっちに来ちゃうので、酸素摂取量が足りずに首から下が死んじゃいますかね?」
「それか、境界にある血管が心臓から送られてくる血流に耐えきれずに破損するかも」
境界に立ち続けると死亡確定じゃないですかやだー。
「この世界が、教室そっくりなのはなぜです?」
「手抜き。家を作ってある空間なら兎も角、ご飯食べるためだけの場所とかずっと置いておいても邪魔だし」
「外でご飯食べる時に下に敷くレジャーシートのようなものです。終わったら壊すそんな世界なのです。ただ、何も作らないと広さとか見た目とか色々混沌とするのでコスパの低い周囲をそのままパクってきてるのです」
レジャーシート感覚で異界作れるのですね…。怖いから逃げたのに、スケール大きすぎて怖くなってくる。他…あ。あぁ。戻そう。
「お子さんたちの勉強はどうしたのです?」
「普通に。一人一人の見ながら進捗に合わせて進めていって、」
「最後にここの過去問解いてもらって、9割取れてたら行けるでしょうから終わり…という感じですね」
え。9割…?
「うん。9割」
「ここの合格平均点って例年8割くらいですよ…?」
「万一がありますから…」
「後…、ちょっとこっち来て」
習先輩に手招きされた。何だろう?
「裏の話なんだけど、9割とれるなら最悪、魔法でうちの子をここにぶち込んでも罪悪感があんまりないってのもある」
マジで裏話ですやん…。
でも、9割取れるなら本気で運が悪かったとかそういう方面でしょうし…。ついていけないなんてことはないはず。ならいいかなーってところなんでしょうね。
「全員Sクラスだったけどね」
!?僕らと同じく一番上のコースじゃないですか…えっぐいなぁ。
「…満点」
お重を手に持ったまま胸を張る愛理ちゃん。へぇ、満点……え?満点?マジで?英語と古典が余裕としても満点?…ここの国数理社簡単じゃないんだけどなぁ…。
「うちの子、やる気がありますからね…」
「しかも、割と地頭がいいからね。そんな生徒に、高校生とはいえかなり出来る薫さんとかの教師陣。それらがうまいこと噛みあったら、三年でも行けると思わない?」
思います。というか…、行けない方がおかしい気さえしますね。
だって、明らかにお子さんたちのやる気の元はお二人と一緒にいたいという思いですもの。
何だったらお二人と同じ高校三年生としてここに来たかっただろうけれど…、そのあたりは授業についていけるかどうかの判定が難しいからお二人が妥協させたか、「お父さん、お母さん」と呼んでいるのに同い年…というのを嫌ったんだと思う。
大好きなお二人と長く一緒にいられるようになるための試練ともなれば、全力でやるでしょうし、教えてくれるのが大好きなお二人。追加でやる気ブーストがかかる。
挙句、お二人は自分ではおっしゃらないけれど、普通に八重桜に受かるレベルの賢さがあって、教えるのもうまい。
いけない方がおかしい!って絶叫したくなるレベルですね。
魔法を一部、使われているけれど…、それで何とかした部分はこっちの世界の高校受験生と比べて取れてなかった勉強時間の確保だけ。
ほぼ個別指導とか、愛理ちゃんの言葉の力とか一部、ズルっぽい点があったりするけど…。ほぼ純然たるこの子たちの頑張り。
勉強に秘策無し。それを体現している。あぁ、勉強しんどいよぉ…。
「勉強はするしかないからね…」
「あまりしないで出来るのは一部の勉強が出来る人だけですよ。そうでない人たちはコツコツやるしかないのです」
ですよね…。はぁ、ちょっと憂鬱だ。頑張って勉強しないと八重桜いけないよなぁ…。
「勉強にこの空間を作るくらいのことはするから…」
「言ってくださいね?」
ほんとですか!?ありがとうございます!…でも、何故?
「迷惑料代わり。家を案内したときも言ったけど、頑張るけどちょっと巻き込まれるかもしれないから…」
「その補填です。潰された時間の補償と考えていただければ」
なるほどです。
「…ごちそうさまでした」
「お、アイリが食べ終わったね」
「みんなも…いけてますね」
僕も大丈夫です。ごちそうさまでした。
「じゃ、出ようか」
お二人が手を繋いで指パッチン。たったそれだけで元の教室に戻ってきた。
世界を破壊する勢いで押し出した…とかなのかなぁ。
…あれ?愛理ちゃん、ご馳走様したはずなのに口の中に何か入ってる…?
「…お父さんとお母さんが作ってくれた飴。いる?」
え?大丈夫、気になっただけだから。
「…そう。…今はもう平気なのだけど、長いこと何か食べてなきゃ駄目だったから、癖になってる。…許してくれると嬉しい」
ほんとに気になっただけだからそんなに重大そうな顔して言わなくていいからね!?
「…ありがとう。…むぅ、そろそろ時間だから戻る」
「5分前だもんね。了解」
「頑張るのですよ」
嬉しそうにうなずいて首肯するお子さんたち。おぉう…。聞きまくったせいで時間取っちゃったな…。
「大丈夫、帰ってからいくらでも時間取るし」
「それより、準備しないとまずいでしょう?次は現代文ですよ?」
ですね!さっさと準備しちゃいます。さぁ、5時間目からも頑張るぞ!
樹関連の設定は今のところ再登場予定はないので、「タイムスリップは出来ない」と認識していただければ。
お読みくださりありがとうございます。
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