62話 カヤック
陸に戻って、女性陣と合流。当然ながら、皆さんちゃんと水気をきっておられる。普 通、髪がしっとりとかあるはずだけど、それがない。きっと、魔法を使われたんだろう。
再度、バスで移動。途中で昼ごはんを食べて、またバス。結構な距離を移動した気がするけれど、途中で昼食が入ったからか、そうでもない気もする。この辺、先生方のスケジューリングがうまいんだろうね。
相変わらず絶対食べ切れないって量だったお昼ご飯は、美味しかったけど、当然残りかけた。でも、また、愛理ちゃん達が食べてくれた。
昨日もそうだけど、愛理ちゃん達、ちゃんと昼休みの時に来てるんだよね。真面目だ。
「着いたぞ。降りろー。なんか到着したばっかなのに降りてる奴がいる気がするけど、降りろー」
気のせいじゃないんですよねぇ。いつもの人が魔法を使ったのか、既に降りられてるんですよねぇ。どういう魔法を使われたのやら。
「有宮さんの魔法だろうねぇ。百引さんのはどっちかというと攻撃に寄ってるから」
「綿毛を飛ばして、それと入れ替えた。とかじゃないでしょうか。窓が開いていますし「さすがだぜ!しーちゃん!それで合ってる」らしいです」
なんで外にいるのに、あの人、話に混じれるんですかねぇ。
「今回も俺らはのんびり待ってるから、お前らはお前らで楽しんで来てくれ」
「今回も来ないの?」
「あぁ。俺らがいても楽しめ「なくないよ!」うん。言ってて思ったわ。お前らはそうだよなぁ…!」
百引先輩と有宮先輩は明らかそうですよね。主にいてもいなくても大暴走するという意味で。
「ま、俺らがいたところで役に立てるわけでもなし、インストラクターさんの指示に従って、楽しんでこい!」
先生方は「返答は聞かぬ!」とばかりにそそくさと移動していった。インストラクターさんに丸投げできれば、見張りとかしなくていいから楽。とかなんでしょうか?
「えっと、丸投げされましたインストラクターの岩見です!事前に聞き取りしていますが、再確認です。これから、マングローブ林をカヤックで巡って行きます。カヤックが転覆でもしない限り、濡れません。が、濡れることもあります。男女混合でやりますが、服が透けると嫌!とかあります?嫌ならやめるか、濡れても平気なの着ていただくかしかないですが…」
「ライフジャケットは着ていただきますが、隠す用ではないので、完全に隠せるかは微妙です」
誰も手を挙げられない。
「はい、では、大丈夫ということで進めます。まずはライフジャケットを渡しますので、名前を言って受け取ってください」
「受け取ったら、下から頭と腕を通して装着してね。装着したら適宜、ついているバックルでしめてね。しっかり、体に密着させてください。密着していないとすっぽ抜けたり、位置がずれて顔が沈んだりで、糞の役にも立ちません!」
沈むのはやばそうですね…。すっぽ抜けるほうがまだ、掴んで受ける分、楽そうでさえある。
「あ。さっきから会話に割り込んでるこの女は白石です」
「この女でーす!この男は岩見です!」
知ってます。
「いえーい!」
「「いえーい!」」
白石さん、百引先輩達と混ぜたら駄目な人では?
「着れたかな?となったら我々が確認しますので、こちらへ」
「女の子達はこっちだよ!ちゃんとわたしが確認しますね」
真面目なのが既に違和感ある時点で、性格がやばいな。白石さん。そんだけ命に関わるかもってことなんでしょうけど…。
「ちょっとしめるね」
「あ、お願いします」
行けたと思ったけど、ちょい足りなかったね。でも、無事通過。
「はい、皆さん付けられましたね。では、次です。漕ぎ方です。と言っても、あまり難しいことはありません。この漕ぐ道具……パドルというのですが、これを使って漕いでいきます」
「パドルの一番平たい面……ブレードで水をかいてくよ。水に入れる時の目安は、進行方向の45°くらい前方に平たい面を水と垂直になるような感じ。正味、目安だから、そこまで厳密じゃなくていいよ!でも、平たい面で一番水をかけるようにね!」
細い面でかいたところで進みませんものね。平泳ぎで足の裏で蹴れば大きく進むけれど、足の横で蹴ってると全然進まないのと原理的には一緒でしょうし。
「入れたら、ゆっくり引きます。引くといっても、実際には引くよりも、水に入ってない方のパドルを押す感じですかね」
「てこの原理的is正義だよ!」
この場合の支点は、カヤックに当たっていれば当たってるところで、カヤックに当たっていなければ水面。明らかに押す方が、力点が支点から遠いですものね。
「ゆっくり押して行ったら、最後、引きあげます。引きあげたら今度は逆側を水に入れて、また引いていきます」
「これを繰り返して、進むよ!止まる時は逆ね」
「左右に曲がるときは、右に行く時を例にしますと、ちょっとだけ姿勢を前に。パドルの先端を浅く水面に入れたら大きく前から後ろにかく感じになります」
「まー。説明だけしてもわかんないよね!というわけで!係留してるカヤックに実際に乗って、試してみよ!適当に二人で組を作って乗るのだ!」
はーい。でも、どうしよう。誰と組ませてもらおう。ていうか、このクラス、僕を入れると奇数では……?
「心配しなくても、俺がつくぞ。カイ」
「あ。拓也先輩……!ありがとうございます!」
やった。ボッチ回避。
「白石さーん!男女混合で組んじゃダメですかー!」
「いーよ!でも、了解取ってね!」
「はーい!なら、瞬「とは組ませんわよ。アキはあたしと」くっそ、離せ!私は瞬と乗るんだー!」
百引先輩が羅草先輩に引っ張られて行ってる…。あの人、静かに出来ないのかな。
「無理だろ。地球が爆発四散しても、爆発四散した瞬間に生きてる生命体が全部1年先生きてるくらいには無理」
絶対無理ですね! そも、地球が爆発四散しなくても1年後に生きてない生き物いるのに!
「まぁ、今回に限っては羅草のが悪いしなぁ…」
もろ引っ張ってますもんねぇ。
「後で機会がある時にでも交代で組んでやるか、瞬、百引、羅草の三人乗りでするかとかするんだろうが…、今回、百引が瞬と一緒に乗るのは我慢ならんかったんだろうな。何でかは知らんが」
「そうですか?普通に、「クラスメイトの前ですから、納得していても好きな人と堂々と一1:1で居られるのはムカつく」ということだと思いますが」
清水先輩がぬっと話に入ってこられた。
「まぁ、本人に聞かないとわかりませんが…」
ですね。聞く勇気はないですけど。
「組が決まりましたね。一人余るということなので、一人には私と白石以外の一人が付きます」
「しょぼーん」
なんか露骨に落ち込んでる先輩がおられる…。
「葉蔵だな。喋ったことあんまないだろ?」
ですねぇ。喋った記憶がないです。あっても、事務的な話くらい?
「なら詳しく紹介しようか。あいつは葉蔵波翔。普段は落ち着いてる…というか、言葉を選ばなければ陰キャだが」
「選んであげてください」
「分かりやすさ重視したんだよ、許せ」
申し訳なさそうな顔で拝まれた。そこまでされなくても…というか、顔がいいな。この人。
「いきなり何考えてんだお前」
「顔がいいなって」
「しかも天然だったな。そこまで習に似せなくても…」
「え。そうなのです?」
意外。
「そうでもないぞ。顔のこと言うのも似てるしな。そこまで唐突じゃないが」
あの人も顔がいいのでは?
「だよな。だが、お前も悪くはないぞ。てか、話それまくってる。戻すぞ。あいつは乗り物に乗って、操縦するときだけテンション跳ね上がるんだよ。よくいるトリガーハッピー的な」
「なるほど」
だから暴走できると思ったのに、人がいるからテンション下がってると。…手漕ぎボートで暴走しないでください。
「ここが係留所です」
ずらっとカヤックが並んでいて壮観。その奥にはこれから登っていくであろう川が見える。
「このカヤックはシットオンカヤックと言って、上に座る感じで乗るカヤックになります。重いですが、窮屈さがあんまりないのと、重くて幅広であるがゆえに安定するという特徴があります」
「でもでも、飛び乗るとか、端っこに乗るとかは厳禁ね。下手したら転覆するし、そこまで行かなくてもバランス崩して君らが落ちるぞっ。助けに行くけど、落ちたかないでしょ?」
幅広って言っても、横に手を広げるよりは余裕で狭いですものね。普通に落ちますよね。
「高さが揃っていれば、カヤックをまたいで乗ります。しかし、ここはなくて高さが違うので、中心に足を降ろして、素早くお尻を降ろしてください」
「乗り降りが一番転覆しやすいぞっ。すぐに助けられるように補助に付くけど、一艘に二人付くと、人が足らんのだ。故に!同時に五艘ずつ乗ってくよ!」
「では、順番に呼んでいきますので、乗って行きましょう。」
はーい。って、順番的にいきなりっぽい。
「そら、せっかくだし、前座れよ。俺、後ろの方座るから」
「え」
あ。返事する間もなく乗られてしまった。なら、ありがたく前に座らせていただこう。絶対、前のが見やすいもん。
出来るだけ中心に足をついて、膝を曲げて一気にお尻をつく! よし! セーフ! 結構、揺れた気がするけど無事に乗れた。
「皆さん乗れましたねー」
!? はっや!
「降りるときは逆です。あんまり立ち上がらないように、岸をつかんでしゃがんでる状態から立ち上がります」
「最後はシャチみたいに岸に乗り上げるから、んなことしなくていいんだけどね!」
たまに陸地にドーンして、アザラシとか食べてるあれですか。要するに、突っこめ! ってことですね。
「さて、乗れましたのでさっそく練習してみてみましょう。前後移動は、角度が云々よりかは、ブレードが大きく水をかくことを意識していただくのと、ゆっくり動かすのを意識していただく方が良いかと。あぁ、岸が邪魔ですから、邪魔にならないほうだけ動かしてください」
はーい。微妙に桟橋? が邪魔だけど、何とか動かせる。前後でしっかり係留されているから、がちゃがちゃやっても勝手に動いて行ったりしないから、練習しやすい。
思っていたよりも水の抵抗が少ないような、そうでもないような。不思議な感じ。当たり前だけど、自分の腕使って進むクロールとかとは感触が違う。
「はい、皆さんよさげですね。なら、縄を外して出ましょうか。えーと、出ましたら私が先頭を行きますので、着いてきてください」
「何分、人数が多いから、カヤックの数が多いよ。渋滞するだけならまだしも、流されてマングローブの根っこにドーン! というのはさけたいことなの。だって、せっかくの自然が破壊されちゃうでしょ?」
ですね。ダメージはなるべく避けてあげないと。桜とかも花見の季節にぽきぽき枝折られてそれで枯れるとか、たまに聞きますしね…。カヤックの突撃なんて、明らかにそれよりダメージ大きそう。
「では、出港でーす。二人でパドルの動きは揃えてくださいね?でないと進みにくいですよー」
了解です。僕らの順番は6番目くらいかな? 前が習先輩と清水先輩の夫婦で、後ろが西光寺先輩の姉弟。前後ともに鉄板コンビ感がすごい。後ろはこの前、薫先輩は別の先輩と一緒におられたけど。
「カイ。俺が合わせるから適当に漕いでくれていいぞ」
「え。掛け声とかいらないです?」
「やるか?」
「やるほうが楽しそうですが、一回、やってみてもいいです?声無しで」
今のうちならそんなに迷惑かからないでしょうし。
「了解。そら、押し出してくださったから、漕ぐぞ」
はーい。では、前に入れてー、ぐいっと押してー、上げてー、逆―。押してー、上げてー、逆ー。おー、普通に進んでる進んでる。進んでるってことは、ちゃんと息が合ってるってことなんでしょうが…。
「やっぱ、声出しません?なんか空しいです」
「そうか?前見て見ろよ」
「あのお二人は例外でしょうに!」
前見なくてもわかりますよ。そんなの!
「そうか?見て見ろよ」
そこまで言うなら……うん、知ってました。えぇ。知ってましたよ! 雑談しかされてないのに、いっそ気持ち悪いくらいに息が合っておられる。
しかも風景楽しんでおられるから、動きに集中してるとかいうのでもないんですよね。ほんと、怖い。
あ。そうだ。景色見ないと。
「そうだぞ。見ないと損だぞ」
「ですね!」
前を走る習先輩達のカヤックを追いかけつつ、周囲を観察。マングローブなんだから当然といえば当然なんだけど、根っこの部分が水没しているのに元気に生えてるのが不思議な感じ。
普通の陸生植物なら水が多すぎても根腐れ起こすのにね。海水混じりの汽水域でさえ生息できる。そんな進化をしてきた賜物。そんな植物が川沿いにずらっと奥まで生えている。
川は植物が多いからか透明じゃない。だから、水中が見えない。根っこのところとか生物の楽園になってるって聞いてたから見たかったんだけど…。
でも、残念なんてことはない。マングローブがいい感じに日光を遮ってくれていて心地いいし、川の流れに軽く揺られながら、水面をスーッと滑って行けるのも、泳ぐのとは違って船独特の楽しさがある。
「さて、皆さん。この辺りは川幅も広くて自由に漕いでいただくにはもってこいの場所です。我々のうち、二艘がこの間でお願いしますってところに留まりますので、皆さんはここで好きなように漕いでみてください」
「勿論、マングローブ林には激突しないでね!」
了解です。が、そんなことを言うと…、
「よっしゃー!じゃあ、競争しようぜぃ!」
「おk丸水産!望むところ!」
ほら、いつもの人が気炎を上げてる。でも、百引先輩と同乗している羅草先輩も、有宮先輩と同乗している謙三先輩も止める様子がない。
謙三先輩はノリノリで、羅草先輩はやれやれって違いはあるけれど。
「なら、私達もやりましょうか」
「だね」
「姉たちも行くか」
習先輩達も西光寺先輩達も参加されるんです!? しかもどんどん増えて行ってるし…。
「俺らはどうする?」
「のんびりしたいので、不参加です」
「OK。俺ものんびりしときたい……というか見張っときたいから不参加だな。心配しなくても遠慮はしてねぇからな。他にも何組かは不参加組いるしな?」
あ。ほんとですね。でも、不参加の方が少ない。…いつも寝ている朝昼夜先輩の組は不参加ですか。…いや、どうやって乗ったの。てか、あれで楽しめるの。組になってる人が。
「大丈夫だろ。大丈夫じゃなければ、別のと組んでるさ」
「それもそうですか」
話している間にずらっと並ぶカヤック。綺麗に一列になってるのがすごい。
「出発は文に任せろー!あ。白石さんも混ざるー?」
「さすがに仕事中!無理無理無理のかたつ無理。みんなの安全は私が守る!だからここは任せて先に行けぃ!」
ここまでゾーンの下流側にいたらそら、先に行くことになりますよね。
「りょーかい!なら、そいっ!」
有宮先輩がぽいっと何かを川に投げると、たちまちのうちに植物が成長。太い幹を持った信号機とスピーカーを備えた大樹になった。
「これは後で無に帰すから安心してね!」
「そも、記憶操作かますしね!」
めっちゃいい笑顔で言ってるけど、百引先輩、容赦ないな。勝手に魔法使ったのに無理やり口を噤ませるとか…。
「魔法使ったとこだけ…と言っても、それでもなかなか擁護しがたいが」
ですよねー。天性のトラブルメーカー的な感じですよね。
「あ、ごめん。この子、ここだと邪魔だわ。ちょっと邪魔じゃない位置に行ってクレヨン」
言われて動くはず……あ。動くんですね。木が勝手に歩いて……いや、歩いてないかな、あれ。蓮か何かみたいにつーっと滑って行った。
「ほい、じゃあ、始めるよ!準備は良い?」
「「「おー!」」」
「カウントダウン、開始ィ!」
その言葉ととともにテンテレッテ、テッテテーンとどっかで聞いた音が鳴ると、信号機のランプが点灯していく。それと同時に、木にいつの間にか生えてた腕がリズムを刻んで揺れる。全てが点灯すると一斉にスタート。
…どっかで見たことあるなぁ。あのスタート。
※石垣島にマングローブ林があるのは確かですが、話中のような場所があるかは不明です。(というか、たぶんないです)
※レースのスタートは某レースゲームよりかは、ギャラクシー1か2のレース系列のスタートだった気がします。
お読みいただきありがとうございます。
誤字や脱字、その他色々何かありましたらお知らせいただけますと嬉しいです。