55話 弓道とは
渡り廊下みたいなとこを通って体育館。弓道場は何階だったっけな?
「「「わー!」」」
なんか声援が上がってる。何やってるんだろ。先に見に行ってみよ。
うちの体育館は無駄にデカい。二階吹き抜けになってる部屋が無駄にある。今声が聞こえてきたのはその一個。下の競技場は関係者しか入れないから、上の見学席に行こ。下のドアは閉まってるしね!
階段を上がって、開いてる扉から中に。うわ、割と人がいる。そのせいで見えない! けど、安全のためにか、透明な板が置かれてるのを見ると、該当する競技は絞られる。
中の階段をとっとと登る。やっぱりね、期待通り。下でやってるのは弓道だ。ぜんっぜん詳しくないからあれだけど、的とか置いてるし。
都合がいいことに下に華蓮ちゃんがいる。髪の毛の色がいつも通りのエメラルドグリーンだから、すぐわかる。
けど、これはどういう状況なんだろう。周囲の人に聞きたいけど……、知り合いがいない。
むー。情報収集は諦めよっか! 僕は知り合いでもない限り自発的に話しかけるとかしにくい人だもん。
どうしようもなかったら頑張るけど、今はその時じゃない。
じっと下見てたら気づいてくれたりしないかなー。しないか。真剣に対角上にある的を見つめてる。
長い歴史の中で洗練されてきた動きを、滑らかに再現していく華蓮ちゃん。手が矢から離れると、勢いよく飛んでいって真っすぐ的の中央に突き刺さる。
お見事。でも、なんかじっとしてる。……何で? あ。動いた。剣道の残心みたいなものかな?
眼下の華蓮ちゃんはふっと大きく息を吐くと、置かれていた矢を取って、再度、同じように弓に矢を番えた。
的に矢は刺さったまま。てことはさっきのが華蓮ちゃんの第一射か。次……もまたド真ん中。若干、上にぶれてはいるけれど、ほぼほぼ同じ位置。
そして華蓮ちゃんはまるでビデオを再生するかのように、二射。そのどれもが僅かに刺さっている矢からずれて突き刺さる。でも、的に刺さっている矢が増えていく。それが、映像がリピートされているわけじゃないってことを象徴してる。
四射目が的に突き刺さった。それを認識した瞬間、会場が拍手で包まれた。あ。これで終わりかな? さっきまで拍手してなかった下の人もしてるし。
端の方まで行ったし、気づいてくれたり……した! めっちゃいい顔で手を振ってくれてる。
「おい!あの子今、俺に手を振ってくれたぞ!」
「馬鹿ね!あんたのわけないでしょ!私よ!この屋久杉男が!」
「あぁ!なんだとてめぇ、この千畳敷女!」
どういう悪口言ってんの目の前の二人。何で観光地で暴言吐いてるの? 意味が大体推測できるのが辛い。どうせケンカップルだろうけど。
そんな二人の奥……会場に近いところでも男女関係なくきゃいきゃいしてる。結構人気ありそう。華蓮ちゃん。
うーん、これは待ってても迷惑かかるかな? 帰ろうかな。華蓮ちゃんの弓は見れたし、聞きたいことはまた聞けばいいし。
うん、帰ろ。さてさて、今日はどこのスーパーが安売りしてたかな。チラシ確認して、買うものと途中寄る場所決めて、帰ろ。
_____
帰宅。冷やすものは冷蔵庫に入れて、えっと、時間は……なんやかんやで既に17:30か。まぁ、7時間目まで授業あって、寄り道してたらそうなるよね。寄り道すぐに終わったけど。
よし、食べよ! お惣菜をレンジにシューッ! 耐熱容器じゃないけど、1分くらいなら平気平気。融けたら融けたでその時!
待ってる間に手洗いうがい。ご飯は……あっためないでいいか。朝方炊いて、置いといたのをラップから解放!
あ、でも、メッセージ来てたような。来てるね。華蓮ちゃんから。
『どったのー?』
短っ。え、これ、何を伝えようとしてるの? そもそも僕、何か華蓮ちゃんに伝えたっけ?
「とーちゃーく!」
なんか華蓮ちゃん飛んできた!?
「え。どうしたの?何か用?」
「んー?カイさんがボクに何か用があったんじゃないのー?ほら、放課後来てたでしょー?」
うん? 確かに弓道してるのを見に行きはしたけど……。うん? そのせい? 何か用事があるから来た。そう思われた?
「そーそー」
「なるほど。それならわざわざありがと。でも、特に用はなかったんだよね」
あんぐりしないでよ。僕がいつでも用があると思わないでよ。用事がなくても見に行きたくて行くことはあるよ!
「たーしーかーにー。じゃー、帰ったほーがいー?」
「時間あるならおしゃべりしよ。色々気になることもあるし」
ピピピー!
あれ? 何でレンジが……あ。お惣菜あっためてたんだった。
「ごめん、話しよって言ったけど、これから僕、ご飯だわ。華蓮ちゃんは普通に家でご飯でしょ?さすがに食べてもらうわけにはいかないから」
「ボクはへーきだよ!だから、聞きたいなら、聞いて聞いてー!」
華蓮ちゃん、ベッドの上で跳ねないで。壊れ……はしないけど、埃が。
「ごめーん!」
一瞬でしゅぱって座った!? どうやったらそんな高速移動が出来るんだろ。
「ふつーに!でも、そんなのはいーでしょ!食べなよー!冷めちゃう!」
「確かに。ごめんね。いただきます」
「どーぞ!作ってないけど!」
僕だけ食べてるから「どーぞ」は正しいよ。
「で、何聞きたいのー?」
「たいしたことじゃないんだけどね。まずは部活終わるの早くない?って聞きたかった。僕が顔見せたからって適当に抜けたとかないよね?大丈夫?」
「それはへーき!ほんとーにまずいじょーきょーなら、競技終わらせたらそっこーで抜けるけど、そうじゃないのは把握できてたからー」
そっか、それなら安心。顔見せたばかりに遺恨ができたてたら申し訳ないし。
「じゃあ、次。華蓮ちゃんって結構いろんな人に人気ある?」
「んじゃないー?知らないけどー」
しーらんのかいっ!
「うん!」
めっちゃいい笑顔で言われた。てか、あれだね。表情でだいたい読まれて会話が成立するから、ご飯食べてても行儀悪くないの便利だ。
「確かにー。まー、その辺は聞かれても困るかなー。家族の中では割とある方だとは思うけどー」
うん? 華蓮ちゃんの家族は見た目いいから、人気出るんじゃないの?
「APP高いってのはそー」
APPとは。TPPの間違い?
「Appearance。すなわち、外見の頭文字三つー。高いほど容姿がいー!ってことー」
なるほど。でも、なんで人気につながらないの?
「外見がいい=人気あるってのは短絡的ーってのとー、カップリングのもんだーい。例えば、おとーさんとおかーさんはどっからどう見ても恋仲だから突っ込んでくる奴はいないよー。帰還者ってのもあるけどー」
異世界行ってた! とか大真面目に言ってる人とは普通、関わりたくないもんね。言っちゃあれだけど。でも、それなら、華蓮ちゃんとかもそこは駄目では?
「それは知らないー。子供だから別とかそういうのなんじゃなーい?」
その辺はわからないかー。
「んー。後、皆に触れとくとー、ガロウとレイコはカップリングがあるでしょー」
あの二人はそっと遠くから見守る物だしねー。解釈一致。
「アイリおねーちゃんは告白されよーが『誰?』ですますから人当たりが悪いー。ルナはルナだから、ミズキ以外にも見守り隊がいて庇護たいしょー」
言動幼いからね、瑠奈ちゃん。守らないとってなるよね。
「そー。コウキとミズキはー、まー真っ当に人気かなー?ミズキもミズキで塩たいおーだけど、アイリおねーちゃんよりマシだし」
瑞樹ちゃんは愛理ちゃんと違って複数存在出来るから、余裕が違うのかな?
「かもー。コウキはわかんなーい。敵を作らないよーにしてるんだとは思うー」
の気がするね。見てる限りのあの子の性格だと。
「で、そういうのと比べると、華蓮ちゃんは愛想がいいほうか」
「だねー。まー、「好き」とか言われてもなんも返せないけどねー!返す気もないけどー!」
無性だもんねぇ。ていうか、その辺は割り切ってるのね。
「割り切ってるというかー、そもそも持ち合わせてないというかー?そこらへんはわっかんないなー。家族愛はちゃんとあるよー。けど、恋愛はないかなー。エルフもハイエルフも世界樹になって……果物みたいに世界樹から出来ることで増えるからねー」
最初から生殖を介して増えるわけじゃないから、搭載されてないと? なら、後々生えてくる可能性がある?
「ゼロじゃないとは思うよー。あってもかなり低いだろーけど」
な気はするよね。習先輩や清水先輩がいればそれで幸せって感じだし。お二人が亡くなったら分からないけど……。あのお二人が普通に死ねると思えないんだよねぇ。魔法もだけど、前のお話的に。
「まー、将来の話だしー、わっかんないってとこだねー!」
だねー。で、後、もう一個聞きたいんだけど。
「いいよいいよー!」
笑顔が眩しい。こういうとこが好かれてるんだろうね。太陽みたいなとこが。
「人によったら焼かれるだろーけどね!イカロスみたいに!」
「自分で言うのね」
しかも返しが賢いし!
「おとーさんたちの子だからね!」
えへんと胸をはる華蓮ちゃん。笑顔がものすごく可愛らしい。
「で、質問なんだけど、華蓮ちゃんって弓やって良いの?」
あ。伝わってないっぽい。めっちゃ???って顔してる。
「ほら、習先輩達って、避けれる面倒ごとは避けられるタイプでしょ?だから、魔法とか、種族柄強いのとかは避けてっておっしゃるんじゃないかなって」
「あー。なるほどー。えっと、質問自体の答えはYesだよー。で、おとーさんたちの見立てもあってるよー。だから、ガロウとレイコは運動部に所属してないよー」
だよね。だったら、華蓮ちゃんも駄目では?
「ボクのはある意味、種族特性だけどー、まほーじゃないのでー」
「え。違うの!?」
「違うよー!これは純粋にボクの実力!まほーが使えなくても矢を当てる必要がある時って、あるからねー!」
それはそうだけど……。え。ほんとに? いや、疑うわけじゃないけど、素であの精度……?
「あれで手を抜いてるよー。やれって言われれば、矢の上に矢を刺して、全発ド真ん中もかのー」
異次元すぎない? 何でそんなことになってるの…。
「一つは種族とくせー。ハイエルフはエルフに比べてきちょー。敵の侵略を凌ぐ時、前線に出るんじゃなくて、後ろからチクチク出来るよーに。そういうせっけーがされてる」
だから弓が得意だと。でも、別に弓である必要はないよね?
「そー。だから、風を読むとか、目標物の距離からこの速度だとどれくらい落ちるかとか、そーゆーのを一瞬で読める感じー」
えぇ……。てことは、スナイパーライフルとか使うとえぐいことになる?
「まーそー。射程内であるなら、外さないよー。見えてればねー。まー。ボクの弓のが強いけど」
それは別枠。空間跳躍できるじゃん。
「んにゃ。で、二つ目はーちょー頑張った!」
「ちょー頑張ったの」
「うん!」
答えが思ったよりシンプルなんだけど。なんか思ってたのと違う。
「れんしゅーじょー、見る?」
「見せてもらえるなら!」
見たい! どんな場所なのか、めっちゃ興味ある!
「だよね!じゃー、まほー使うよ!」
「うん!お願い!」
僕が答えると、華蓮ちゃんが弓に矢をつがえる。それを撃ちだすとその場で即座にくるりと一回転。華蓮ちゃんがそれを掴んで浮くと、そのまま飛んできて、僕を掴む。
「いざー!」
華蓮ちゃんが言った瞬間、風景ががらりと切り替わる。
けど、これ……、習先輩達の家があるとこでは?
「ここはふくせーだから、そのものじゃないけどねー」
ふくせー? え。複製!? あのレベルの空間を複数維持できるの!?
「そーだよ?」
ほんと、さすがとしか言えない……。
「だよねー。で、ここのくーかんは風とか好きにいじれるからー、あ。先に屋根の上行くね」
「お願い。で、それから降ろして」
いつまでも掴まれたままだと落ちそうで怖いし。
「落とさないよー!」
「信じてるけど、気分の問題」
足ついてないと不安になるじゃん?
「そこはわかんないかなー。で、あの山の中に的が置いてあるの」
「見えない」
指さしてくれてるけど、無理。見えない。
「そっかー、じゃーきょーは特別におっきくしよ」
一瞬でデカいのが出てきた。
「この辺はおとーさんたちのまほーだよ。的のランダム配置とか、的のランダム飛行とか、その辺もじゆーじざい!」
複製のこっちの世界のがすごくない?
「トレーニング用だしー。普通に過ごしてる時にどっかから矢が飛んで来るとか嫌でしょー?」
嫌すぎるね。下手したら死にそう。
「ねー。だから分けてくれてるのー。さー、とくとご覧あれー」
どこからともなく出てきた武器の棚。そこから華蓮ちゃんがさっきみた弓を取ると、流れるように矢をつがえて発射。
綺麗に命中。その弓をぽいっと投げ捨て、別の武器……たぶんアーチェリーに使うやつを手にとって、矢を発射。いつの間にか空を飛んでいた大きな的の中央を射抜いた。
さらに別の矢……ボウガンを手に取ると、狙いをつけて矢を発射。川を流れてきていたおっきめの的の中央が射抜かれて砕け散る。
そして、ガトリングみたいなものを手に取ると、フリスビーみたいなものが大量に天を飛び交い始める。それを乱射して片っ端から破砕。
空を飛ぶものが完全になくなると、また和弓を手に取る。そして、最初の的に向き直る。
えぇ……。いつの間にか扇風機が進路上に置いてあって、えげつない風吹いてるんだけど。
どうするんだろうと思っていたら、少し上に弓を向ける。手を離すと、吸い込まれるように最初に突き刺さった矢の先端に矢が命中。綺麗に中央を射抜いた。
「どやー!」
ガトリングだけ早すぎてよくわかんなかったんだけど、他は間違いなく中央に当たってた。精度が頭おかしい。
「ガトリングもちゃんと全部あてたよー!まー、ふつーは面せーあつに使うへーきだから、使い方ちょっとおかしーんだけどね」
精密射撃したいならスナイパーライフルとか使えって話。だけど、やれてるんだよなぁ。
「ずっと引き金引いてるわけじゃないからねー。たまに離してるしー」
んなこと言われても、僕にはわかんないくらいなんだよねぇ。一瞬過ぎて違いが分からない。
「むー!あ、そーだ。道具の説明要る?」
切り替えが早い。膨れてたの一瞬だ。おっと、答えないと。
「僕が思ってた道具であってるかどうか教えて」
把握してるかどうかわからないけど……。
「さすがに無理ー」
だよねー。集中してたもん。
「和弓、アーチェリー、ボウガンを経てガトリング。最後が和弓」
「せーかい!」
ほんとに何でもいけるのね。てか、和弓とアーチェリーって何が違うんだろ?
「ルールとか、形とかが違うよー?弓道だと、残心がいるとかあr「プルルル」あー。おとーさんからだから、ご飯出来たってことだと思うー」
あー。もうそんな時間か。
「了解、なら、ありがと、華蓮ちゃん。後で調べるよ」
「ん!じゃー、送ったら速攻で帰るねー!」
「お願い」
そう言うと、また同じような感じで僕の部屋へ。そして、僕を送り届けるとそのまま華蓮ちゃんは姿を消した。
一瞬だったなぁ。早速、調べ……ってまだご飯の途中だった! あっためなおして食べよ……。
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