49話 普通食堂
無事、到着。駐車場はないけれど、駐輪場はあるから、そこに止める。
駐輪場はよくある普通のやつだ。スペース取っとくからそこに停めておいてね! というタイプで、不法駐輪と強風が敵。
肝心のお店の外観は……。
「「普通だ」」
なんとも言いにくい外観。「一言で言うと?」って言われると、すぐに「普通」って言葉が滑り出してきそうな外観。
そこら辺に普通にある食堂みたい。チェーン店じゃなくて、ほんとに個人がやっているような白いの。
「中に行こっか」
「ですね」
堂々と「普通」って書いてあるのれんをくぐって中に。うーん、中も普通。なんというか……こう、普通だ。赤いカウンターに赤い椅子。赤い机に赤い椅子のセットが目を引く。
赤だし、中華料理扱う食堂かな? まぁ、そんなのはどうでもよくて、ほんと普通。店内音楽も普通。どっかで聞いたことがあるけれど…普通だ。
「らっしゃせ=!空いてる席にどうぞ!」
!? 男性の声!? え。店員さんは瑞樹ちゃんじゃないの!?
「カイさん。そこ座りますよ」
「あ、うん」
腕を引かれて着席。だよね、あそこに居たら邪魔だよね…。でも、何で男性……。
「そりゃ、瑞樹だからですよ。人間以外にもなれるのに、性別に拘泥するわけないじゃないですか」
「確かに」
説得力がすごい。納得しかない。だよね、瑞樹ちゃんならやるよね。
「さて、メニューを見ましょうか」
「だね」
メニューも普通だ。プラスチックファイルに写真を入れただけ。中身の写真も普通。構図とかに全然凝ってなさそう。だけど、こういうのに載ってるやつだからマズそうなわけはなくて、普通に美味しそう。
ぺらぺらとめくってみても、やっぱり普通。普通じゃないのは値段だけ。ほんとに唐揚げ定食だの生姜焼き定食だのが100円で売ってる。
「何にしますか?」
「普通なのはわかってるし、なんでもいいんだけど」
前に食べさせてもらった唐揚げは、何とも言えない普通の味だった。ちゃんと素材の味はしたけど。む。ということは、高い素材のモノを使っている奴を使えば、その普通の味が食べられる気がする。
「海鮮丼にしよ」
「確かに、よさそうですね。明らかに普通じゃないだろって種類が乗ってますが」
それはそう。何を考えてこんだけ乗せたんだろってのが乗ってるよね。マグロにサーモンにはまち? にウニ、いくら、かにとホタテ。
注文……あ、ひょっとしてここ、ベルがないタイプ? 呼ばなきゃ駄目なの? えぇ…。
「すみませーん!」
逡巡してたら、小鳥が呼んでくれた。
「ご注文は何にされますか?」
「これ二つお願いします」
「海鮮丼セットですね。かしこまりました」
普通の対応をして去っていく店員さん……もとい、瑞樹ちゃん。あの子なら、ほんとに大丈夫? とか聞いてくれるかと思ったけど、そんなことなかった。
「習兄や四季義姉にここに来るって言ったんじゃないんですか?」
「え?……あ、言った言った。言ったよ。でも、それがどうしたの?」
僕が聞くと小鳥は小さくため息を吐いた。
「何で瑞樹の魔法を忘れてるんですか。習兄や四季義姉に話したなら、確実にそこから瑞樹や愛理に回りますよ。特に今日は勉強するって聞いているので、合流しないという選択肢はないでしょうし」
あー。そっか。瑞樹ちゃんの魔法でぐるっと回ってるのね。それなら、いちいち聞かないよね……。
「遅いね」
「カイさん。全然遅くないです。一言二言話しただけで来たらやばいです。いくら海鮮丼といっても、盛り付けて、付け合わせのなんやらを用意しないといけないんですよ?」
「でも、魔法」
「は使うでしょうが、それだと早く提供されすぎるでしょう?」
提供時間まで普通にしようとしておられるのね…! どこにこだわっておられるんだろ。料理の提供時間とかは瑞樹ちゃんが調整してるんだろうけど、それでもよくやるよ……。
「おーっほっほここが普通食堂ですのね!普通ですわ!」
「いらっしゃいませー!」
なんかすごい人が来た。喋り方がめっちゃこてこてのお嬢様。SNSで見てきたんだろうけど……、そんな人がここを耐えられるのかな? 綺麗ではあるけれど、ほんとに普通の街の食堂なのに。
「自由にお座りくださいませー!」
「まぁ、澄田!このわたくしに自由にお座りくださいですって!」
「お嬢様。お店の邪魔になりますので、目を輝かせておられないで、席に移動してください」
「わ、分かっておりますわ!高貴たるもの、下々の邪魔をしてはいけませんものね!」
従うんだ。発言の所々に高慢さがにじみ出ているけれど、根は素直な子みたい。今時、高貴って何ぞって思うけどねー。
「敗戦に伴う戦後処理の中で華族特権は消滅しましたが……、旧華族は今も残っていますよ?」
「え。ほんとに?」
「えぇ」
そうなんだ……。でも、基本的に社会では見ないでしょ?
「まぁ、見ませんね。わたし達自身に影響力はありませんからね。習兄達からでっかい釘刺されているでしょうし。ですが、うちの高校の先生方は基本的に名家の分家の方々ですよ?」
「え。誰が」
「基本的に全員。です。西園寺、徳大寺、広幡、醍醐先生は皇族の方々を除いて最上位の一個下清華家が本家ですし、近衛先生に至ってはその一番上の摂家が本家です」
「うわぁ」
身近にそんな人がいたんだ……。
「といっても、分家も分家がいいとこらしいですけれどね?ですから、認識上はわたし達と変わらないでしょうよ」
「それもそっか」
それにしても……、あの子、子供っぽいところが目立つな。普通のカウンターですわ! って、言って、ほっぺすりすりしてる。高貴な子は、そういうことしないと思うんだ。……?
「小鳥?何で難しい顔をしているの?」
「わたしならまぁ、まだあの子の発言は分かるんですけれど、失礼ですが、カイさん。貴方は違和感ありませんか?」
「え?」
違和感? あの子がほっぺすりすりしてるところくらいにしかないけど……。
「であれば、わたしとカイさんの普通の基準は同じ……?あ。なら、あの子の来ている服はどんな感じですか?」
「服?」
あの子の来ている服は……、
「普通の服だね。多分、ワンピースとかそういうの。付き人さんっぽい人も普通に普通の格好しておられるよ?」
邪魔にならないように服装を雰囲気に合わせておられるんだと思うけど。
「普通のって使わずに言えませ……言えませんか。カイさんですし」
「その認識は酷くない?」
「習兄なら兎も角…、まぁ、習兄も酷いと言えば酷いですが、カイさんに服を説明させる方が難しいなってお話ですよ。むー、そういう感じだと、やっぱりわたしとカイさんの普通の基準は同じっぽいからなぁ……」
「ごめん、小鳥。迷われても困る。僕は全然何かわからないままなんだけど」
このまま放置されると拗ねるよ。…冗談だけど。
「ごめんなさい。いえ、あの子、普通だって言いまくっていますが、あの子のレベルで普通の尺度がわたし達程度なことってあるのかと思いまして」
「?…あ。あー。なるほど。生活水準が違えば、普通も違うってことだね?確かに。あの子だと多分、高級寿司やクラスのカウンターが普通だよね」
ここにある安そうなカウンターが普通なわけないし。あ、でも、
「本を読んでいて、庶民の普通を知っているパターンは?」
「あぁ。庶民の普通を知りたい的なパターンですか?…あり得そうですね。それであれば、付き人さんも普通ですねって言っていてもおかしくはありませんし」
となると、反応から分かるのは、ご飯を食べた時くらいかな? さすがに食べたことはないだろうし…。こっちが食べ終わって帰るまでに来るかがポイントだね。
「海鮮丼でーす」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「伝票はお会計の時にレジにお願いしまーす」
はーい。でも、正直、このお店の単価だと、券売機のが楽な気がする。後で習先輩とかに言ってみようかな。あ、でも、普通じゃないじゃんとか言われそう…。あのお嬢様次第だね。お嬢様の行くところに券売機なんてないだろうし。
「見た目は美味しそうだね」
「ですね。これはおそらく、「普通に美味しそう」とかいう感想を狙っているのでしょうね…」
写真と一緒だね。海鮮丼は兎も角、湯気が立っているみそ汁なんて普通に見えるようにする方が難しいもん。普通に美味しそうなのに味が普通。見た目が普通で味も普通。正直、後者のがバズりそうな気はしないでもないけど……。そこまではされなかったのかな?
まぁいいや、いただきます。うーん、普通。ネタは普通に新鮮そうなのに、味がめっちゃ普通。
いくらはぷちっとした食感が楽しいものだと思ってるのに、弾力が足りなくて割とすぐ潰れる。潰れたら潰れたで中身が濃厚かと思いきやそうでもない。まさしく普通。
うにはうにで普通だし、マグロもまぁ普通。美味しい……いや、美味しいとは言いにくいなぁ。普通だ。サーモンはサーモンで脂身が全然ない。アトランティックサーモンとかじゃないんだろうから、そりゃそうでしょと言われればそうだけど、普通。
みそ汁もやっぱり普通。無理やり感想をひねり出すと味噌の味がする飲み物。のどを潤すには熱くて一気飲みしにくいねとかいうのになる。うん、ほんとに無理やりだ。
ご飯……も普通。べちゃっとしているわけでも、硬すぎるわけでもない。だから、食べれるんだけど、普通と言わざるを得ない。微妙に食感とか粘り気が好みから離れているせいかな?
そして醤油も普通。海鮮丼にかけるなら個人的にはだし醤油がいいんだけど、普通の醤油。あ。
「小鳥、小鳥って海鮮丼にかける醤油ってだし醤油?」
「え?場合によりますね。たれがついていればそれかけますし、ないなら普通の醤油ですね」
「そっか、じゃあ、交換しても無駄か」
「恐らくそうですね。わたしのも普通の醤油ですし」
あぁ、やっぱり無駄だわ。察してくれて、ありがとね。くぅ。魔法で味覚に作用してる説は確かめられないかー。
「お子様ランチと、ハンバーガー、そばセットになります」
「普通だわ!」
「お嬢様、あまり騒がれませんよう……」
「はっ、えぇ、分かってるわ!」
「はっ」って口に出してる人、初めて見た気がする。
「わたしも……ではないですね。有宮姉さんが普通に言ってました」
「え。有宮さんまで姉さんなの?」
「えぇ。よく遊んでもらったので。あ。ひょっとしてご存じないです?有宮先輩達は習兄や四季義姉とも幼馴染ですよ。小学生からなので、繋がりはあのグループ内と比べると薄いですが。なので、お姉ちゃんお姉ちゃん言って、よく遊んでもらっていたのです」
ほえー。そんな繋がりがあったのね……。でも、あの人らだと引っ張りまわしそうだけど…。
「さすがに年下と分かっているからか、やりすぎると習兄がキレるからかはわかりませんが、ちゃんと遊んでくださいましたよ」
「そっか。それは良かった。でも、呼び方は変えたのね」
「はい。さすがにお姉ちゃんと呼ぶのは恥ずかしいので。あ。習兄と四季義姉は特別です」
完全身内だもんね。そこはちゃんと区別しときたいんだね…。
さて、失礼だけどお嬢様たちの食卓を見る限り、お子様ランチもハンバーガーもそばも普通に美味しそうだ。
お子様ランチは良くイメージされるようなやつだし…というか、あの量で足りるんだろうか。あぁ、だからハンバーガーかな? 普通って何か見極めに来たわけじゃないのかな? 普段食べなさそう(偏見)なものしかないけど。お蕎麦はあのおつきの人が食べるんだろうし…。
「普通だわ!」
「では、こちらはどうですか?」
次々にお子様ランチ上にあるやつに手を付けていくお嬢様。おやつのゼリーにだけは手を付けない。けど、全部普通って言ってる。
「では、こちらのハンバーガーはどうですか?」
「ん!……普通ね!」
元気よく言ってるけど、普通の店だったらあんま嬉しくないんだろうなぁ。誰だって、「普通」よりは「美味しい」の方が聞きたいだろうから。
「では、このそばはどうです?」
「ふっふーん、このあたしはそばにはいっかごん「言ですね」…いっかげんあるのよ!」
そばに一家言ある幼女様とは。渋すぎない? 普段食べないものの普通を知りたい。そして、よく食べるモノの普通でどんくらい普通か判定したいってことなんだろうけど、その判定にそばって。
別にいいけど、いけるの?
「普通ね!」
「ですか。では、縁悦ながら私も時々食べさせていただきますね」
「うん!食べ切れないから、食べていってね!」
「かしこまりました」
返事するなりぐいぐいと押し付けられていたハンバーガーを口にするお付きの人。
「どう?どう?」
「なんとも形容しがたい味ですね……。わたしの語彙力を総動員してなんとか言い表そうと試みてはいるのですが……「何でもいいから早く!」…普通ですね」
「わよね!?」
お付きの人も普通なんだ。良いもの食べてるであろう人でさえ普通。となるとここ、
「人によって普通のレベルが違うのに、そこに合わせにいってるっぽい?」
「みたいですね。あの人たちが実はそこまで名家ではないという可能性はありますが……」
あるけど、そこまで考慮すると大変だし…。まぁいいや。判断は出来たし、
「そろそろ出る?」
「あ。待ってください。お味噌汁を飲み切るので。…ご馳走様でした」
「マジか。ごめん。せかした」
「いえ。大丈夫です」
ほんと、ごめんね。伝票をひったくって二百円出す。前の旅行代に比べたらカスみたいなものだけど、ちょっとくらい恩返ししないとね。
じゃあ帰ろ……って、お店の周りに黒い服着たごつい人がいっぱいいるんだけど。
「カイさん。あれ……」
「うわぁ…」
駐輪場から見えるちょっと奥まったところに止まっているのはリムジン。しかもドイツの高級車の代名詞製。隠す気がない!!
「多分、正解ですね。これ」
「だね…。一応、答え合わせ頼める?」
「任されました。では、帰ったらメッセ送りますね」
「お願いね」
さて、帰るぞー。
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さて、お風呂に入ってすっきりしたし、のんびりしてから勉強……って、メッセ来てるな。
ふむふむ、推測通り「人に合わせた普通」に五感をだます魔法がかかるのね。だから、実はお忍び感を出そうとすらしていなかったお嬢様がお忍びに見えたみたい。
普通は会話すら偽造するけど、僕らにはそれはしていない……と。ほんと、どこに情熱を注がれているんだ。
そして、その魔法の普通の基準に上限はない。だけど、下限は設定されてる。だから、「ここの食事が美味しいではなく、普通になれば、皆様はすごく頑張られたということです」みたいなキャッチコピーも見える人には見えるみたい。
いや、ほんとにどこに情熱を注がれているんだ…?
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