28話 瑠奈
「そういえば、泊まるといっても、どこのお宿に泊まるのです?」
旅行に行く前に、「せっかく旅行に行くのだから、ちゃんと宿に泊まる」という旨のことはおっしゃられていたと思うのですけれど。
「あぁ、それは「ん!」……」
習先輩が喋ろうとしたら、瑠奈ちゃんが何かを掲げながら割り込んできた。掲げてるのは……なんだろう、これ? ハンマー?
「ハンマーに見えないこともないですが、家ですね」
家? 家というと、僕らが普段寝泊まりしているあれですか? ……まぁ、僕はアパートだかマンションだかなのですが、
「そうだね。カイの言う家……特に戸建てで合ってる。もうこれだけで察せると思うけど、ルナのシャイツァーはこの『家』だよ」
ですよねー。戸建てならプレハブでもない限り、ちゃんと基礎が作られてるはずですもの。
「カイさん。普通、基礎の話よりも、戸建てクラスの家なんて普通の人が持てる重さじゃないって言うべきでは?」
……確かに! お二人の話からして、(ミニチュアの)家という可能性は既に僕ん中では除外されてた。いやまぁ、瑠奈ちゃんは手に持ってるから実際、ミニチュアサイズの家ではあるですけど。
でも、そっちの方が素直。
「むぅ!使って!」
少し脱線したからか、瑠奈ちゃんが若干、おかんむり。ごめんね。
だけれども、習先輩と清水先輩に頭を撫でられると速攻で顔がふにゃっと蕩けた。誤魔化されて……るわけじゃないか。お二人とも、ちゃんと謝っておられるもの。
ただ、そんなの関係なしに構ってもらえたのが嬉しいみたい。
「でも、ルナ、出発する前に言ったでしょ?今回の旅行ではルナのシャイツァーを宿代わりにはしないよって」
「勿論、外に出て泊まるという特別感がありますから、一日くらいは構わないでしょうが……。今日は初日ですし、やめときま……」
瑠奈ちゃんは習先輩の言葉でズーンと沈み、清水先輩の言葉の冒頭で復活。でも、後半で撃沈した。本当に瑠奈ちゃん、感情の起伏が大きいですね……。
瑠奈ちゃんがものっそい悲しそうな目でお二人を見ている。お二人なら説得して、宿に行っちゃいそうだけど、僕の心が持たない。
「あの、お二人とも、僕、瑠奈ちゃんのシャイツァーに興味があるのですが」
お腹空いたから、伊勢の名物を食べたい! という欲望よりも、シャイツァーの方に興味があります! 両方、別日にでもやらせていただけるのであれば、僕はシャイツァーを優先したいです!
「小鳥、どうしたい?」
「わたしはどっちでもいいよ、習兄。習兄と四季義姉に甘えさせてもらってるだけだし」
習先輩と清水先輩は顔を見合わせると、小さく息を吐いて、
「ルナ、今回はカイが泊まりたいって言ってるからそっち使わせて」
「ですが、今回が例外ですから。毎回、自分の意思が通るわけじゃないということは「わかってる!」……ですか、ならいいです」
瑠奈ちゃんのシャイツァーを使うことで決定したみたい。やった。
「とりあえず、宿側にごめんなさいの連絡とお金を投げつけよっか」
「ですね。ご飯……はこの時間だと既に用意されてますよね?うちの宿ですから」
うん? うちの宿……?
「…JNRDMCの保養地になってる。JNRDMCは天然資源を扱ってるうちの会社ね」
あ、あぁ、そういえばそういうのもあったね、愛理ちゃん。
「…ご飯用意されてるってのはそのまま。わたしらが泊まるって伝えてあるから、それなりの量を作ってくれてるってこと」
愛理ちゃん、僕が疑問に思いそうなとこ全部、先回りして潰した。
「ご飯は連絡入れて、引き取らせてもらおっか……」
「ですね。では、いつも通りに」
「いつも通りに」
いつも通り? お二人とかお子さんは分かっておられるみたいだけど……。
「異空間に繋げるから、そこに放り込んでおいて!ってやつです。時間の流れを止められるので、常に出来立てです」
なるほど。……でも、異空間に繋げるとか言っちゃっていいのかな?
「だいじょーぶ!」
「信頼できる方々ですから」
「アイリ姉ちゃんが主体になって足を洗わせtぐえっ」
華蓮ちゃんと礼子ちゃんの後で、牙狼が何か言いかけてたのは、聞かなかったことにしよっと。兎も角、口が堅いから露見してもへーきと。そういうわけかな。
「むぅ!」
「待って。ルナ。今、手配してるから」
「ここで家を展開されると邪魔になりますから、まだ展開しないでくださいね」
「むぅ、わかった」
わかったって言ってるけれど、頭をなでなでされてるのに、微妙に不満げ。待たされてるように感じてるのかな?
「コケー、コケッコケッ、コケコッコー!」
うん? 伊勢神宮のほうから鶏の鳴き声が……。たぶんさっきの鶏さん。となると、僕らに何か関係ある?
「あるね。『人の往来を妨げないところなら、森の中を使っても構わない』……的なことを言ってた」
「天照大神が気を遣ってくださったようです。が……、大丈夫なのでしょうか?」
何がなのでしょう?
「あぁ、いえ、こちらのお話です。矢倉君には何の影響もたぶんないですから、ご安心ください」
「たぶん」ですか……。
「あ、そんな不安そうな顔しないで」
「肉体的な影響はないはずですから。ただ、タイミングが悪ければ変なものを見るかもしれない……というくらいです。よほどがない限り、それはないでしょう」
めっちゃ食い気味に補足してくださった。そんなに不安そうな顔をしてたんでしょうか。
「…お客さんに不安な顔をあまりさせたくないだけだと思う。それより、いい加減動いていかないとルナのご機嫌が悪くなるよ?」
確かに。じゃあ、あんまり気にしないことにして、活躍したがってる瑠奈ちゃんに動いてもらったほうがいいでs
「ん!」
瑠奈ちゃんが手に持ってたハンマーぽいものを、大地にどんと叩きつける。すると、大きな家が出てきた。え、今出すの!?
「ルナ」
「早いです」
「……むぅ」
あ。消えた。……さすが魔法。すごいなぁ。
「しこーてーししてるー」
「なまじ魔法って知識がある分、厄介かもしれないわね」
「研究者の人だったら、魔法って言われても、あふれる好奇心で未知を解き明かそうとするかもしれないけどね」
「…カレン、ミズキ、コウキ、行くよ。ルナのテンションが高くて置いてかれかねない」
だね。家をひっこめて早々に、ずんずんと森の方に進んでいってる。道がないのに入っていっていいんだろうか。
「持ち主様からは許可をいただいていますよ?」
「森は神域だぜ?」
それはそうだけどさ、牙狼に礼子ちゃん。道なき森に入っていくって何か、駄目なことしてる感ない?
「分からないこともないですが」
「俺ら道なき森を突き進んだことあるからなぁ……。あぁ、ここの俺ら。は、父ちゃんら含めた全員だぞ」
マジかぁ……。あぁ、でも、小鳥はそんな経験ないはず。小鳥なら同意してくれるはず!
「習兄と四季義姉がいなければ行きたいと思いはしませんね。今は二人ともいるので、別にいいかな感が強いです」
駄目だった。ナンテコッタイ。ま、まぁ、そんなことはいいや。どこまで行くつもりなんだろう? 多分この森、普通に野生動物いるよね? 野狐とか……。ガンガン突き進んでいったらその子らの縄張りに突っ込まないかな?
「多分突っこんでる。が、人間が来た時点で逃げてる気がする」
「それに、私達は獣人ですので……。匂いで威圧してしまっているやもしれませんね」
気にしても仕方なさげなのね。それならいい……のかな? わかんないな。
「この辺りなら、いいかな?」
「ですかね?」
「ん!」
!? お二人がまだ考えておられるっぽい状況なのに瑠奈ちゃんがまた家をぶっ立てたぁ!? でも、なんか前より小さくなってるような。木々をへし折らないように良い感じに大きさを調整してるんだろうか。
「ルナ。ほぼ決定みたいなものだったけど、もうちょっと待って欲しかった」
「ひょっとしたら場所変えたかもしれませんでしたので……」
瑠奈ちゃんが露骨にしょんぼりする。思わず慰めたくなっちゃうよう顔。だけど、お二人は鉄の心を持ってるのか、すぐに甘やかせはせず、ちょっと待ってから慰めに入られた。
ほんと、ちゃんとお父さんお母さんされているところを見ると、年がすごく離れてるように感じる。
「入ろ!」
「だね。入ろうか」
遂に入れるみたい。森の中にぽつんと建っている一軒家とかいう、魔女が住んでそうなシチュエーション。何となく心が躍る! いや、実際、瑠奈ちゃんは魔法を使えるから、魔女と言えば魔女なのだけど。
いざ、中……って、やっぱりそうだよね。案の定、外見と中の大きさがまるで一致してない。外から見たら横幅が畳の一番狭い面と同じか、ちょっと広いくらいしかないのに、明らかにそれより広い。
間取り的にはリビングと、キッチン……トイレとお風呂と寝室かな?
「すごいでしょ」
部屋の真ん中で瑠奈ちゃんがこっちを見て胸を張ってる。すごくはある。すごくはあるのだけど、中と外が一致してないってのは、習先輩方の異空間で既に見てる。どう反応してあげたらいいんだろう。
「むー。確かに、とーさまと、かーさまの見てたら、この部分一緒だもんねー」
!? 瑠奈ちゃんにすら心読まれるの!? いや、それも驚きだけど、瑠奈ちゃん、割とちゃんと喋れるの!?
「…むしろ喋れないと高校受からない」
愛理ちゃんがボソッとド正論をこぼすと、それにお子さんたちが全員、首を縦に振る。
それもそうだ。習先輩方は不正をよしとはされない。実際、そうおっしゃっていたし。腐っても進学校の常華高校に受かろうと思えば、国数英理社が出来ないといけないわけで……。あれ? じゃあ、何故に喋り方が幼いんだろ?
「喋り口調の修正は後回しにしてたから……」
「入試が近かったので、なんとかまともに書けるように!とした弊害です」
おぉう…。で、ですが、それならもうちょいすればこなれた喋り方になるk……華蓮ちゃん、結構間延びした喋り方してるような。いや、あの子は多分狙って喋ってるから、きっと瑠奈ちゃんは大丈夫なはず。
「じゃあ、これ!ん!」
瑠奈ちゃんが腕を掲げると部屋が大きくなって、家具が増えて、さらにこの部屋につながる部屋の数が増える。そして、また瑠奈ちゃんは自慢げな顔。
だけど、やっぱり習先輩達と被ってる感が否めない。お二人も同じように、一瞬で空間の中身弄れるはず……。
「むー!だったら他!」
「は、攻撃されないと駄目なやつだから、見せるには不向きじゃない?」
「む。むむー。なら、障壁だけでもー!」
瑞樹ちゃんが突っ込むと、瑠奈ちゃんがまた腕を掲げる。すると、壁全体がガラスになって、家の外側にやたら目立つ黄色のものが出来ているのが見えた。
障壁とか言ってたから、あれが障壁なんだろう。見た目、鮮やかだけど、めっちゃ目立ちそう。てか、家の存在ちゃんと隠せてるのかな? 習先輩達がその辺、ぬかってるはずがないと思うけれど。
「障壁は、自由!だよっ!見せようと思えば、見せれる!見せない!と思えば、見せない!」
「見せたくない状態でも、敵が触ったら壁があるってバレるよ。そこから進めなくなるから」
「家が見える見えないはご心配なく。私達の都合のいいように弄ってます」
さすが先輩方。補足&疑問の解答をくださった。で、この障壁は何になるんだろう。
「守る!」
……えっと、それだけ? めっちゃ端的。だのに、すごくいい笑顔。なんか全部説明した! ってオーラが出てる。美形な人がニコニコしてるのは、それだけで見てて楽しい。けど、この場面だと深掘りする気力がへし折れるぅ。
「家の中に入っている人の魔力が続く限り、障壁を張り続けることが出来るよ」
「万一、家が傾こうが、海に沈もうが、宇宙に放り出されようが、家の中は私達が生きれる状況と、床が水平な状況は維持されます」
めっちゃすごい防御壁でいいのでしょうか。それこそ、中の人の魔力が尽きない限り絶対に貫通出来ない。
「それでいいよ。利点は燃費の良さ。俺らがこれをまねて作るよりもいいよ」
習先輩が言うと後ろで瑠奈ちゃんがまた胸を張ってる。それを自分で説明してくれたらと思わないでもない。
「とーさま、かーさまは、変な防御できる!から、そっち使うと、どーなるかわかんないよ!」
変な防御? どんな?
「半相ずらし!」
……ナニソレ? ぜんっぜん分からないんだけど?
「体の実体を別空間に置く感じの防御ですね。やれないこともないですが、すごく疲れますし、魔力的には絶対にルナちゃんの方が優れているはずなのですが…?」
「お母さん。たぶん、ルナが本当に言いたいのはワープしてそのまま撤退しきることだと思う」
え? って感じでお二人が愛理ちゃんを見ると、愛理ちゃんがコクっと頷く。お二人の視線が瑠奈ちゃんに滑ると、瑠奈ちゃんも頷く。
えっと、つまり?
「…その場に居座って攻撃を防ぐだけならルナの方がいい。…けど、敵の攻撃を無力化するとか、攻撃圏内から一息に離脱するとか考えるなら、お父さん達の方がいいってこと」
なるほど。把握した。当たり前だけど、使い方によって変わると。…この家の中に籠りながら習先輩方が家をワープさせたりして攻撃から逃げ切るのが最強ってことだね。
「だよー」
華蓮ちゃんが同意してくれた。やったぜ。
「他にー……あ、ご飯来た!」
なんか説明してくれそうだったのに、部屋の隅に走って行っちゃった。
「小鳥も知らないかもだけど、あそこの電球、今光ってるでしょ?」
習先輩が指さす先には大きめのランプがある。そしてそれは緑色に輝いている。
「あの状態だと、あの中に何か入ってるってことを意味する」
「滅多に今回みたいなことはありませんが、使うたびに魔法を使うのも大変ですから、ルナちゃんの家と私達の家の二か所で常時展開させてるのです」
常時展開の方が大変そうなのですけれど……。僕が思うのと先輩の実際が違うんだろう。
「とーさま、かーさま!出して!」
「了解」
「ちょっと待ってくださいね」
小走りで瑠奈ちゃんのところに向かわれるお二人。邪魔にならないようにしつつ、料理の受け渡し場がどうなってるか気になるから見えるようにして……。
なるほど。受け渡し場は時空がねじれてる! ってはっきりわかる感じじゃない。というか、冷蔵庫の中みたいな感じ。鉄で四方が囲まれている。そんな感じ。
見る限り奥に開きそうな気配もないから、取り出し口と入れ口は同じ位置にあるんだと思う。…さすが魔法。
「さて、いっぱい作ってくださってるから、」
「さっそくみんなで食べましょうか!」
お二人が持っておられる七輪っぽいものに乗っているのは……、アワビでは!?
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