15話 牙狼
珍しく休みなのに早起きしたから、眠気覚ましついでに適当にチャリで走り回っていたはずなのに、目の前に鬼っぽいのがいる件。
気のせい…じゃなさそうね。それどころかこっち見てる気がする。…よし、帰ろっか。鬼っぽい人? 物体? に興味はあるけど、完全に意味不明で近づいたら死にそうなものに突っ込む勇気は僕にはない。
いや、逃げるより先に、習先輩達に助けを求めるほうが……って、なんか突っ込んできたぁ!
ッ、旋回しとけばよかった。この期に及んでそんな時間なんてない。まぁ、したところでこの速さだと一瞬で追いつかれてただろうけど!
あ。鬼の腕が……、
ガッ!
!? なんか硬質な音が! おぉ、なんか壁が僕の前に出来てる! 誰かがかばってくださったっぽい!
「ガルッ!」
鳴き声が耳に入るなり、視界にするりと巨大な白狼が滑り込んできて、鬼を吹っ飛ばした。
訳の分からないモノパート2。でも、なんか僕を護るように立ってくれているから、敵ではない気がする。
「ガルッ。ガルガルガルッ!」
やべぇ、何言ってるかわからん。敵じゃ無いよ……かな? あ。四方八方を最初に僕を守ってくれた防壁に囲われた。
暗い。ちょっと怖いけど、さっきの白狼さんの後姿を見てたからか、大丈夫な気がしてる。あぁ、なるほど。「暗くなるけど、びっくりしないで」とか、言ってたのかな。
「ガルッ!」
「ギャグワッ!?ガッ、ガァァァ……」
断末魔がぐろぉい。勝者は白狼っぽい。
もしかしてこの壁って、視線を遮る用かな?
「そうだぜ。で、こんにちは」
「あぁ、うん。こんにちは」
なんか光が上から入って来たなー。と思ったら声が飛んできた。なんであの一瞬で心を読めるんだろうか。
「顔に書いてあったぜ。とりあえず、こいつらどけるな」
ん。お願いする。
うわ、頷いた瞬間、手の先についてる爪? にシュルって戻ってった。
逆光じゃなくなったから、やっと相手の顔が見えた。ファンタジー世界っぽいところに生きてる白髪の男の子と言えば、僕の知る限りでは習先輩と清水先輩のお子さんしかいない。
えっと、名前は……。
「俺の名前h「待って!思い出せそうなの!」……お、おう」
もうちょっとで出てきそうなの! えっと、確か……、
「習先輩たちと一緒にお風呂入った時に恥ずかしがってた牙狼!」
僕がポンと手を撃ちながら言うと、ガロウが思いっきりずっこけた。美しい。大阪で点火取れるんじゃないかな。
「色々言いたいことはあるんだが…、あの前半部分、いる?」
「いる!」
エピソード記憶ってやつ! めっちゃ印象に残ったからセットで出てくるよ!
「うぼわぁ」
そんなことリアルで言う人、初めて見た。
「いや、言うでしょうに!忘れて。忘れろォ!」
たぶん無理。男子三人いるのに、一番いかつく見える子が恥ずかしがるってギャップが……。
「ふぁっ!?待って!コウキも恥ずかしがってたはずだろ!?」
「見た目のインパクトが」
コウキ君、細いもん。
「だぁぁ!仕方ねぇだろ!?家族って言っても、血縁ねぇんだぞ!?家族だから恥ずかしくない!とか言うのって、長い時間一緒にいたから……とか、そういうのに由来するんじゃないの!?」
近s
「それ以上はいけない。てか、その言葉で解決じゃねぇか!ニュースとかで普通にやってのけた馬鹿が捕まったり、その被害者の方が手記書いたりされてるじゃねぇか!そもそも!俺だけが恥ずかしがってる状況の方が多分、異常なんだよ!全員、綺麗とかかっこいいとか、かわいいとかそういう形容詞つくくせに、なんで反応しないんだ!いや、理由分かってるけど。わかってるけど…」
超早口。前に先輩達から聞いた気がするけど、改めて聞いてみよう。
「理由は?」
「父ちゃんと母ちゃんは俺らの前だから、親意識が先行してる!アイリ姉ちゃんは泥すすって生きてたから、恥じらいが薄い!カレン姉ちゃんは無性だからか、そもそも羞恥心がねぇ!レイコは恥ずかしさあるはずだけど、一緒に入れる嬉しさが先行してる!ルナはそもそも精神が幼すぎて羞恥心が育ってない!ミズキはよくわからん!前世が関係してるかもしれない!」
なるほど。でも、羞恥心が薄いか無いって、危なそう…。
「父ちゃんと母ちゃんの教育により変なことしようとした奴がいたらしばき倒すから大丈夫」
あぁ、華蓮ちゃん式なのね。やっぱり。
「それはともかく、なんでそんなに恥ずかしがったの?」
「ふぁっ!?普通、いろんなタイプの綺麗な人がいたらきょどるだろ!?」
まぁ、僕もそうだけど…。でもそれって所謂、陰キャの発想では? 陽キャっぽく見える牙狼なら、ウェーイって突っ込んでいきそう。
「俺と陽キャに対する認識がひでぇ!」
それは冗談なんだけど。
「冗談なんかい!」
この子、いちいち反応してくれて、面白いな…。
「なんか矢倉先輩のキャラがちげぇ!」
はっはっは。一応、安心できるような雰囲気があるとはいえ、牙狼は不良っぽく見える。ちょっと怖い。だから、テンションおかしくてして丸め込むことで、怖くない様にしようという作戦なのだ!
「うわぁ…。なんか俺の見た目と雰囲気が合わさって悪さして……なくね?雰囲気あろうがなかろうが、見た目が不良ぽい時点でこうなったんじゃ…」
かもしれない。ま、これはガチなんだけど。
「ガチなんかい!」
うん。さておき、なーんか、綺麗どころに囲まれただけじゃない理由がある気がする!
「悟るな!……あっ」
ふっふっふ。今更慌てて口を手で押さえても遅い! 語るに落ちたね、牙狼!
「くっ……。あぁ、でも、既に多方面にバレてんだよなぁ。はぁ」
それはご愁傷様。肩をガックリ落としているのがやたら哀愁を誘う。
「レイコが好きだからだよ…。もちろん、恋愛的な意味で。耐えれるわけねぇだろうが!鈍いレイコでさえ悟ってるっぽいし、それ以外の家族はルナ以外、完全に承知の上だから妙に温かい目で見てくるし、いたたまれなさすぎるわ!」
うわぁ…。うわぁ……。もう本気でご愁傷様としか言えない…。
「なんかごめん」
「いいよ。俺が一昔前の父ちゃん状た……あれ?もう俺の方が告白してない期間長くなってる……?」
それは知らない。けど、時空歪める空間を多用してれば、そうなってるかもね。でも、
「告白してようがしてまいが、変わらないんじゃない?」
「え?」
「だって、先輩らからすればどこまっでいっても牙狼は子供。愛理ちゃん、華蓮ちゃんからすれば弟妹夫婦だし、幸樹、瑞樹ちゃんからすれば兄姉夫婦。微笑ましく見えるでしょ?それに、告白したところで、熟年夫婦レベルにならないと羞恥は消えないんじゃないかな?」
いや、そんな「ハッ」とした顔されても困る。
「熟年夫婦にならなくても、父ちゃん母ちゃんは恥ずかしがってないから…」
「いや、声震えてるし、答えだしてたじゃん」
親意識が先行してるんでしょ? 二人で子供もうけて、一緒に入ればワンチャン……というところでは?
「かはっ。えぇい!やめやめ!この話終わり!姉ちゃんらから、先輩はシャイツァーに興味があるって聞いたから、そっちの話する!」
してくれるなら、聞く! 大人しく話題変更に乗ってあげよう。
「俺のシャイツァーはこれ」
なんか腕を出してきた。えっと……お手?
「なんでさ。テンションが変なの引きずってる……?」
かもしれない。根が小心者だから……。
「小心者は不良っぽい人にお手とか言わない……ってのは野暮か。手の先を見て。なんかついてるでしょ?」
え? あぁ、ほんとだね。手の先に何かある。これは…爪?
「そう。『輸護爪 ガディル』。単純に切り裂く武器として使えるけど、この金色のわっかがメイン」
黒を基調としてるところに金色がついてるから見やすいね。
「このわっかの個数だけ、さっき先輩を護ったような壁……爪が出せるんだ」
なるほど。各指に一個ずつ。それが両手分だから、最大10個か。
「この状態だとそうだな。爪は飛び道具代わりにも使えるぞ。戻って来いって念じたら戻ってくるし、壊れてもすぐに戻ってくる」
壊したのにすぐ戻るって、敵対者からしたらめんどくさそう…。
「言っても、戻ってくるだけだぜ?射出はガディルからしかできないから、距離があると護りにくいぞ?」
言われてみればそうか。でも、硬いよね?
「硬いけど、めっちゃ硬い!ってわけじゃねぇしな…。頑張って操縦して、敵の攻撃をそらすほうが長持ちする」
操縦? 10個全部? 大変そう…。
「実際大変。でも、あの人護って、って指示出したら勝手にその人の周り周回してくれるよ。邪魔にならないように、護ってる人の指示も聞くし」
攻撃したいのに、塞がれてるやん! ってことが起きないと。
「そう。後、この爪は乗れる。空を飛ぶだけならカレン姉ちゃんの矢があるが、不安定すぎるし、馬車が乗れないだろ?そういう時はこれを使う。さすがにセンの全力疾走には及ばないが、センが不整地を馬車引いて爆走するよりかは早い」
どれくらいの速度かわからん!
「えーっと、時速50 kmくらい?そんな早くないけど、これでも頑張って速くしたんだぜ?」
速いよ。十分、速いよ。飛ばせる下道の制限速度程度にあるじゃん。落ちそう……。
「一応、大きさ、形状を変えられるから大丈夫だと思う。籠っぽくすれば落ちないだろ」
それでも怖いよ。
「大丈夫。俺の制御で動くけど、俺が味方認定してる人の制御は受け付けるから。怖けりゃ、のんびり行けばいいさ。……まぁ、見られたら隠蔽面倒なんだけど」
そりゃそうだ。未確認飛行物体とかお話にならない。
「シャイツァーの話はこれくらいかな?あとは……ちょっと、離れてね」
了解。5歩くらい離れればいいかな?
「うん。それだけあれば十分。それじゃ、」
牙狼が白狼に変じた。……すぐに見せてくれるのはうれしいけど、ためとかないのね。
「ガ……ガルッ」
あ。戻った。やっぱりあれじゃ喋れないんだ。
「うん。喋れない。あれは姿を変えてるだけ。魔法的なものだから服は勝手に着脱してくれる。で、もう一回やるけど、今度は後ろ脚見てて。ついでに、一回、お腹に石投げて」
え? 困惑してる間にぴょんと距離を取って、再度、姿を変えた。
前まではポカンとしててよく見てなかったけれど、銀の毛並みが綺麗だ。
で、後ろ脚……あぁ、ガディルだっけ? が、ついてるね。このモードになると四足全部につくのね。で、お腹に石…。
出来るだけ小さいの……うわぁ、手に持てるサイズの石がまずない。石というか砂だけど、これでいいでしょ! えい!
なんか弾かれた!? あ。戻った。
「見にくいお腹側に自動防御がある」
「おー。でも、防御力はどんなものなの?」
「爪と同じくらい。ただ、魔力は自動展開だからか、撃つよりもパクられるけど」
なら、硬そうね。でも、そのレベルのお腹防御って、いるの?
「いるぞ。乗る?」
「え?あ、うん」
「え?って言ったのに、即答するのな」
乗せてくれるっていうなら、その機会を逃すのは馬鹿でしょ。
牙狼は苦笑いしながらまた姿を白狼に変じた。しゃがんでくれたから、そっと乗る。
乗り心地は結構いい。センはお馬さんだから毛があんまり長くなかったけど、牙狼は狼だからか、そこそこ長め。ふかふかの毛に包まれて、気持ちいい。
「ガ……」
ん? なんか地面に書いてる。書き終わったらこっちを見てくる。えっと……「立つよ?」か。
「うん、お願い」
「ガルッ」
ゆっくり立ってくれた。高さはセンと同じくらいかな? 横も同じ。前後がちょっとセンより長いかもしれない。
……なんか爪が僕の周囲を飛んでるんだけど。
「ガルッ」
また書いてくれた。えっと……、落ちないように、後ろと左右を抑えておくって? ありがと。
「しがみついていればいい?」
頷いてくれたからそれでいいっぽい。じゃ、しがみついて…。
「用意できたから、ゆっくり動いてもらえると嬉しい」
「ガルッ」
一鳴きすると地面を蹴った。ちょっとだけ地面を走っていたけれど、やがて空を蹴り始め、完全に空を駆けだした。
思ってたのと違う……! いや、そりゃ空中を走れるなら、下からぶん殴られる恐れがあるから、防御を用意しておくのは合理的だけど! だけど! なんか思ってたのと違う!
根っこ的な攻撃防御用じゃないの!?
あ、でも、気持ちいい。危なくないようにしてくれてる爪のおかげで、左右は見えないけど…。牙狼の頭の奥に見える街並みが本当に綺麗。
今日は日曜日。平日のようにスーツを着た人が散見されず、人影はぽつぽつとあるばかり。けれど、確かに夜が明けて新しい朝が始まった。そんな静かな雰囲気に街が包まれている。
夜は街を煌々と照らす明かりも、今は太陽の明るさに隠されて、街は一方向から降り注ぐ暖かな光で照りだされて、まるでジオラマのよう。なんだけど、
「これ、平気なの?」
「ガルッ。ガルガルガルッ」
頷いてくれたから平気っぽい。けど、説明しようとしてくれてるのか、高度が下がってる。ありがたい。
また空を蹴りながら大地へ。最後はぴょんと飛び降りたらしく、少しだけ衝撃があった。
しゃがんでもらって、降りて……。
「ん。お疲れ。見られても大丈夫?ってことだよな?大丈夫。また別に魔力がいるけど、こっそりマジックミラーみたいな爪で周囲を覆ってたんだ。左右と後ろのは何もないと怖がらせそうだったから無加工。ごめん」
なるほど。謝らなくていいよ。むしろ、気遣いありがと。
「そういってくれると助かる。で、飛ぶ原理は爪。俺の周囲になら自在に出せる。足元に爪を出しながら空を駆けた。それだけ」
なるほど。原理は簡単なのね。
「うん。俺に関することはこれくらいか?一応、さっきの姿だと顎の力とか強くなるけど、その辺、説明してもアレだし」
だね。あ、でも、
「一つ聞いてもいい?何で来てくれたの?」
「良いも何も聞いてんじゃん」
てへ。ごめんね。
「いいけどさ…。お仕事だ。あいつを追ってたんだ。結構、お金になるぜ。いつまでも父ちゃんたちに頼ってられないからな」
なるほど。あの鬼が偶然、ターゲットだったのかな?
「うん。世界が存在していると不純物が出る。この世界ではそういうのが人の思念と交じり合って、ああいうのになるみたい」
新たに出てきた疑問もろとも答えてくれた。そうだったのね…。
「けど、ああいうのが実在するって知られてないけど?」
「素質のある人しか見えないから。被害は迷宮入りの事件か神隠しとかで処理される。こういう仕事に関わる人は口を噤む。目撃者は喋るけど、オカルトで処理されるしな…」
あっ。
「聞いちゃダメだった奴?」
「霊感ある人見えるから大丈夫。こんなところかな。あ。ごめん。そろそろ朝ごはんだから帰るけど、一人で帰れる?」
「あ。うん。大丈夫。ありがと」
さすがに帰れないほどじゃない。
「了解。じゃ、気をつけて。球技大会、次の水曜だけど、三年生だし出ないよな?出ないなら父ちゃんらと応援しに来てくれると嬉しい。じゃ」
「うん、また」
僕がそう言うと、牙狼は白狼になって、空を走っていった。
…なんかすごいもの見た。僕も帰ってご飯……を作る元気はないから、カフェでなんか食べよう。
お読みいただきありがとうございます。
誤字や脱字などがありましたら、ご連絡いただけますと嬉しいです。