13話 セン
さて…と。帰ろうか、図書館に入荷してた一昨日の朝刊に、明らかに愛理ちゃんが関わってるらしきニュースがあったけど、気にしない。
てか、気にしてたら情景が頭に浮かんで気持ち悪さで死ねる。
チャリを押して出口まで持って行って、頭を少し馬鹿に。よし! チャリにまたがってー、みぎー、ヨシ! ひだりー、ヨシ! みぎー、……ん?
「ブルルッ?」
なんか白い馬がいる。どことなく喋りかけてくれているような気はするけど、なんて言ってるか分からない。
まぁ、一人で出歩いているお馬さんなんて、習先輩んところのセンで確定でしょ。神馬さんなら関係者の人が付いてるはず。
だからたぶん安全。あの先輩たちが危ない子を放置したりしないだろうから。
「ブルルー?」
とはいえ、少し怖い。優しそうな眼をしているのはわかるけど、サイズがでかい。威圧感が……。
「ブルルゥ……」
あぁ!? なんか悲しそうな声! 僕でも悲しんでるっぽいのがわかっちゃう。でも、やっぱり怖い。好奇心が打ち勝つか、必要があればどうとでもなる(やけくそともいう)けど、そんな状況じゃないもの。
「あれ、カイ?センと見つめあってどうしたの?」
救世主が来た! これでかつr…うわわっ。
「ブルルッ!」
嬉しそうに鳴いて飛びかかるセン。それはいいけど、当てないで欲しかった…。
「ブルルッ、ブルルッ!」
ぺろぺろ習先輩の顔を舐めるセン。思いっきり口とか舐められてるんですけど、大丈夫なんですかね。
「なめられても大丈夫。この子、意味不明生態してるから口の中に雑菌がー!とかはないよ」
ほえー。
「それより、セン。俺が来たのが嬉しいのはわかるけど、人を押しのけちゃダメでしょ。大きいから威圧感すごいんだよ?」
「ブルルゥ……」
割と落ち込んでる。体は大きいのに気配がまるで子猫のようにしぼんでる。
「こら、こっちに謝ってどうするの」
習先輩が言うと、こっちにペコリ頭を下げてくるセン。
「え、別にいいけど……」
「ブルー?」「けど?」
ありゃ、口に出ちゃってた。いや、それより。
「習先輩ってセンと喋れるのですか?」
「え?喋れるよ?」
えぇ…。そんな「何をいまさら」みたいな顔をされましても…。
「あれ?言って……なかった気がする。センもカイの前で喋った記憶ないよね?」
「ブルッ!」
首肯するセン。
「言ってないみたいだね。俺と四季はだいたいわかるよ。だから、センが何言ってるかわかんなかったら聞いてね」
聞いてって言われましても、聞きたい! と思った時、近場に先輩はいないのでは……。
「確かに…。ま、まぁ、うちの子らもある程度わかる……って言っても、こっちも連絡つかなきゃ意味ないしねぇ……」
「ブルッ、ブルルッ、ブルルー」
「うん、まぁそうなんだけど」
翻訳プリーズ! お二人…いや、一人と一頭? で独自言語で喋られるとこっちに通じません!
伝える気ないなら構わないのですが。……それはそれでさみしいですが。
「ごめん。「ねぇ、伝える意味、あるのー?」ってさ。正味、分からんくてもあんまり問題ないよね?」
……確かに! で、でも、ハミ子にされるよりかは…。
「そりゃそうか。連絡先は渡してたよね?」
はい。先輩の家に行った次の日とかにもらいましたよ? なんか変なことあったら連絡頂戴。って感じで。
……習先輩たちが想定する変なことっていったいどんな事なんですかねぇ…。
「まぁ、それ使ってくれればいいか。最悪、渡した魔法で呼んで」
渡した魔法……? そんなのもらってたっけ…。
「え゛。いや、渡し……てないわ。こっそりひっつけただけか」
!? こっそりひっつけた!? いつの間に何をしてくれてるんです!?
「なんか色々こそこそと」
即答してくださってるけど、答えになってないです!
「害はないから気にしないで」
いや、気にしないでって言われましても……、あぁ、でも、習先輩が言ってるし、いいか。
「!?俺が言ったんだけどその思考はマズくない!?」
めちゃくちゃびっくりしておられる。センまで横で目を丸くしてる。でもですね…。
「習先輩の家に行ったときに、なんやかんや巻き込まれるかもしれないけど、何とかするっておっしゃってたじゃないですか。だから、手に負えないとこは任せちゃおうかなと」
そもそも、何とかしようとあがいたところで超常現象とか起きられるとどうしようもありませんし。
「勿論、生存のための努力はしてみる所存ですが」
自分の命を他人にゆだねきる気はさらさらないです! 一蓮托生の場面なら一蓮托生しますけど。
「心読んでる前提で喋らないでくれる?」
目を丸くされていた習先輩が、少し頭が痛そうにそうおっしゃる。
何をおっしゃいますか。そっちの方が早いじゃないですか! 後、わかってくださるなら省略した方が、なんだか特別感が出て嬉しいです!
「お、おぅ…」
「ブルル…」
なんか軽く引かれている気がします! が! 気にしない! そんなことより。
「清水先輩はどうしたのです?」
「ん?四季?四季は百引さん、有宮さんとガールズトーク」
百引さんと有宮さん……あぁ、あのお二人です……、えぇ!? あのお二人!?
「何をそんなに驚いてるのさ…」
「清水先輩とあのお二人だとキャラ違いすぎませんか?」
大人しそうな清水先輩と、ノリが宇宙人みたいなお二人。噛み合うのですかね……。
「噛み合うも何も、幼馴染だから問題ないよ」
「ブルルゥ」
喋ってる先輩の体を鼻でグイグイ押すセン。
「あぁ、ごめんごめん。話し込んじゃってたね。四季がいないから、さっさと帰ろ…、あ。さっきのは「むぅー」って言ってたよ」
ちゃんと翻訳してくださった。
「で、カイ。帰ろうと思うけど、一緒に来る?」
「え。いいのですか?」
この言い方だと、きっとワープで帰られるはず。自転車でボッチとか、馬一頭とチャリで帰るよりずっといい。
「うん、いいよ。じゃあ、ほいっと」
習先輩が指を振るうと情緒の欠片もなく一瞬で景色が変わった。
「色々と言いたいことはあるのですが、周りに人がいたはずですが、いいのです?」
「勿論。そのあたりは抜かりなし。全くもって無問題だよ」
おぉう……。愛理ちゃんは人に見られないようにしないと駄目って言ってたはずなんだけど。先輩は大丈夫なのですね。
「さて、カイ。どうする?」
どうするとは?
僕が戸惑っていると習先輩はポンと手を打つ。
「あぁ、ごめん。俺はこのままセンに乗って走るけど、見てく?センに乗ってく?それ」
! 今、乗ってく? と聞いてくださったような……。
「言ったよ?」
やった! 聞き間違えというオチは……ないっぽい! よっしゃぁ! めっちゃ嬉しい!
「ブルル、ブルルル……」
「「そこまで、喜ばなくても……」って言ったってねぇ…」
「ですよ!」
お馬さんに乗ろうと思ったらそういう牧場とかに行かなきゃならないんだよ!? しかも行ったらったでポニーちゃんのときもあるんだよ!? ……ちゃんと調べていけと言われればそれまでだけど。
「テンションのアップダウンが激しいね……。それはそうと「乗る」でいいの?」
「いいです!むしろ乗せてください!」
ていうか、乗るって言って……ないわ。言わなきゃ。
「いや、言わなくてもわかってるんだけどね?ほら、前にセンと一緒に帰った時、センに怖がってた気がしたんだけど…」
あぁ、それですか。そりゃ大きなお馬さんがそばに居れば怖いでしょうに。でも、乗るのなら大丈夫! ……と言いたいですが、少し怖いのでお手本見せてください!
「目がめっちゃ輝いてる……」
「ブルゥ…」
「「だねぇ…」ってさ。翻訳してる間にも圧がすごいし、さっさと行こうか。カイ!よく見ててよ!」
習先輩が足でセンのお腹をぎゅっと挟むと、センが高く嘶き、駈け出す。
長閑な田園風景の中、明らかに一直線に長く走れるように作られた道をすぐに走破。そのまま習先輩たちが作ったお屋敷の裏に回り込んで視界から消える。
消えた方とは逆側へ視線を移…した瞬間、センと習先輩が登場。こちらへ駆け寄ってくる。
僕の横で停止……なんてせずに土煙を上げながらさらに疾走。せっかくある長い一本道をガン無視して田んぼの中へ突撃。
お百姓さんに怒られそうなぐらい稲を踏みつぶし、泥を巻き上げ、駆け抜ける。そのまま流れるように山へ。
木々に隠れて見えなくなっちゃったけれど、木がごそごそと動いているから、たぶんあの辺だろうって想像は付く。
右から登って、左へ。こっちに戻ってくる…かと思ったけどそんなことはなく、また右へ。徐々に山頂へ向かっているっぽい。でも、山腹にある神社らしきところは避けてる。
あっという間に山を登りきった。これから降りて……ん? え。待ってください。ジャンプしてきてる!?
えっ、うえっ。えっと、どうし……
ズドン!
慌ててるうちに山からセンと習先輩が降ってきた。何を言ってるか分からないと思うけど、僕も何を言ってるか分からない。幻覚だとか夢だとか、そんな
「セン……。やっぱり飛ぶのはダメだったよ。カイがネタに走って現実逃避してる」
「ぶるるぅ…」
「おーい、カイ。大丈夫?」
……はっ! 生きてる……し、地面に穴も開いてない!
「大丈夫です!それよりおかえりなさい!」
田んぼを突っ切ったり、山を駆け巡ったりされていた割に服は綺麗。ていうか、着替えておられないから制服。だのに、傷はおろか汚れが一切ない。
「俺は魔法で何とかしてるんだけど。センは謎」
「え」
何で習先輩にもわかんないんですか。
「わかんないから謎なんだよね…。俺が乗ってるときはこの子、魔法使って防御とかしないもの。のに無傷。わけがわからない…」
「ブルルルー!」
「「すごいでしょー!」だって」
確かにすごい。すごいけど……。習先輩が微妙に頭抱えておられるから、かなり謎なんだろうなぁ…。
「ブルッ!ブルルルー!」
「「あ!ごめんなさいー!」だって」
ごめんなさい…? あ。さっきの着地の話かな?
「大丈夫!ケガもないから平気!それより乗せて」
「ブルッ!」
頷いてくれた。やったぜ。
「裸馬でも行ける?というか、馬に乗ったことある?補助は必要?」
「補助ください!」
裸馬が何かわかんないけど、これを言っておけば最低難易度にしてくれる気がする!
「了解。裸馬は鞍なしの馬ってこと。鞍とかある方が安定するから付けるね」
軽く指を振るうと、センに馬具一式が装着された。魔法って言われてるからそれで流してるけど、これもたいがい謎。
「確かにね。またがるのは出来る?」
「最初は自力でやってみます」
大きいから跨げるか怪しいですが。
「了解。一応、乗り方は伝えるね」
お願いします。
「セン。あまり動かないようにしてあげてね」
「ブルッ!」
じゃあ、乗ろう。
「普通、乗る時は馬を驚かせないようにしないといけないけど、センは伝えておけば大丈夫。多少、雑にしてもいいよ」
「ブルルッ!」
「「いいよー!」ってさ」
えぇ……。
「センはどこから乗ってもいいけど、基本は左。手綱はたてがみ諸共左で持って。右手に持つと邪魔になる。で、センの方を見ながら、鐙に左足かけて」
了解です。…手綱持っとく時点でちょいムズイ。
「で、右手を鞍の向こう側に回して。真ん中の凹んでるところ持ってね」
ふむ。
「後は右足で思いっきり跳ねて、両手を引っ張りながら向こう側に飛んで。左足で踏み切ろうとしないでね」
ですよねー。むむぅ…。蹴りそう。
「ブルルッ、ブルル、ブルルッルー!」
「「蹴られる、覚悟は、出来てるよー!」だって。どうぞ」
遠慮しようとしたけど、そういってくれるなら行くゾー! 3, 2, 1、今!
右足で思いっきり踏み切って、左手と右手を引きながら体を持ちあげ……、って、足を上げる高さが根本的に足りない! あっ。
「ごめん!」
「ブルッ!」
「「へーき!」だって。まぁ、平気だろうね。この子だし」
おぉう…。それでもごめん。思いっきり蹴った。
「ブルル、ブル、ブルルッルー!」
「「もっと、雑な、乗り方されてるしー!」だって。いや、センがいいって言ってくれてるじゃん…」
落ち込む先輩。それを見て慌てたように鳴くセン。
「ブルルル、ブルル、ブルルルッ!」
「「励まし、だから、気にしないでー!」だって」
ちゃんと気持ちは通じ合ってるのですね…。ところで雑な乗り方ってなんだろう?
「そりゃ、こんな感じ」
先輩はセンの後ろに回って、自身の跳躍力だけで勢いよく飛び乗った。衝撃がえぐそう。
「実際、衝撃はえぐい。絶対、普通の馬にはやらないように。驚いて走り出して落馬しかねないから。よっと」
先輩が下りるとすぐにセンがしゃがんでくれた。
余裕で跨がれた。
「じゃ、立ってもらうね」
「え。鐙は?」
「たぶん後でいい」
「了解です」
ぐぐっと視線があがる。鐙に足を通して…。
「椅子に座る座り方は駄目。足は立ってる状態をイメージして。肩、お尻、踵を一直線に」
「はい」
座ってる感じだけど、椅子に座るより楽ではない。
「手綱はしっかり持ってね。軽く足で挟むと進むし、重心後ろに下げれば止まる。右足だけでお腹押すと右。左足だけなら左に行く。けど、」
けど?
「正味、喋る方が早い」
あ。はい。
「じゃ、行ってらっしゃい」
!? え。補助お願いしたのに相乗り無しですか!? って、戸惑ってるうちに進んでるし!?
「待ってセン!あんまりちゃんと乗り方知らないんだけど!?」
「ブルルル、ブルルルー」
なんとなく「大丈夫、大丈夫」って言ってる気がするけど、大丈夫じゃないー!
「先輩―!」
「呼ばなくてもいるよ」
ゆっくり歩くセンに並走していた先輩が僕の後ろに。
「手綱頂戴」
「あい」
素直に渡す。
「さて、カイ。俺が乗ってる以上、落ちないから、思いっきりセンに走ってもらうね」
ふぁっ!?
「え。何故です!?」
「先にえぐいの体験しときゃ、恐怖心が少しは薄まるでしょ?じゃ、セン。足の指示はすべて無視するように。声だけで行くから」
「ブルッ!」
反論しようと思ったとたん、センが高速で駆け出す。ガタガタ揺れてかなりしんどい。って、田んぼに突撃してるし! でも、泥が跳ねてるけどこっち側には飛んできてないような。
で、山―! 何で山行くの!? すっごい揺れる。枝とかあるのにへし折られてこっちにはこない。でも、ちょい怖い!
「枝が来ないのはセンの魔法。自分の周囲に防御壁を張れる。この防御壁は触れるタイプの奴だから、敵を壁の間に挟んで圧殺出来る。まぁ、角作ってぶっ刺すとか、蹴り飛ばした方が早いけど」
説明していただいても、この状態では聞けません!
「ブルッ!」
「そろそろ山頂だって」
はやい。……え。てことは飛ぶの?
「ブルルッルー!」
「「大正解―!」だって」
僕が何か言う前にセンは大跳躍。田んぼを越えて習先輩の家の前に。
「僕だからいいですけど、最悪トラウマになりそうです……」
「トラウマになっても大丈夫。治すから」
じゃあ、安心…なのかな?
「ま、これでたぶん一人でも乗れるはず。これよりかなり下しかないから。降りるときは両方、鐙から外して。そんで手綱は乗る時同様、ひとまとめにしてしっかり握ってて」
了解です。ちょっと高いけど……。降りれた。
「センは勝手に走り出したりしないけど、他の子だと走り出したりするかもしれないから、ちゃんと厩舎に連れていくまでは目を離しちゃだめだよ」
蹴られたら死にますものね。
「めっちゃ疲れてるっぽいから、送ろうか?」
「お願いします」
「了解。じゃ、直接魔法かけて送り出すね」
!?
「あ、あの!ありがとうございました!また明日!」
「うん。また明日。自転車も任せて。じゃ、ほいっと」
一瞬で景色が変わった。……とりあえずお風呂入ろう。変な汗が出た。でも、漏らさなかっただけ、上出来だと思う。
お読みいただきありがとうございます。誤字脱字などあれば教えてくださると喜びます。
注)
このお話に出てくるセンは人間(習四季)と会話できるくらいに賢く、丈夫です。ので、やむを得ず衝撃を与えてしまっても耐えてくれますし、ほぼ空気を読んで動いてくれます。
が、現実のお馬さんはそんなことないと言い切ってしまっても構わないでしょう。触れ合う場合は周りにいるであろう飼育員さんの指示に従ってくださいませ。
馬は人間より大きく、体重があります。ですので、暴走されると素人の大人一人ではたぶんどうしようもないです。