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115話 さっさと帰るよ

 うん。やっぱ駄目っぽい。水姫(みずひめ)さん泣きっぱなしだ。



「んー。打つ手を間違えたらうちの神さんがぽっきり折れかねへんのよなぁ……。言葉を選ばんかったら、めんどうやなぁ……。言うなれば、自罰的メンヘラなんかな?」


 んなの言われてもわかんないです。メンヘラも定義色々ありますし。メンタルおかしいのはあなたも大概では。理由はあるにせよ。



「それはそうやねぇ」


 だから心読まないでくだしい。



「それはそうとみっちゃん(青釧美紅)。別に難しく考える必要はあらへんと思うで?なぁ?兄ちゃん(座馬井条二)?」

「せやんな。りっちゃん(座馬井律)。あの神さんがうじうじとめんどくさいことなってはるんは、罰してほしいと思っているからやろ?でも、みっちゃんはんなことできひん」

「せやったら、やれることなんて一つしかないやん!全力で「うるせぇ!こっちは気にしてねぇんだよ!主神として感謝してんだよ!さっさと戻るぞ!」って言うことちゃう?」

「それが一番、手っ取り早い……かな。うん。ありがと。二人ともつきおうてもらってもええ?」


 こくっと頷く座馬井(ざまい)兄妹。何をするんだろうと思う間もなく、すすっと青釧(おうせん)先輩が水姫さんの方ににじり寄る。そして、その二歩ほど後ろに座馬井兄妹が立つ。



 どこからともなくものを取り出すお三方。青釧先輩は扇。条二(じょうじ)先輩は笛。律先輩は太鼓。



 そして、穏やかな笛と太鼓のお腹に響く音の旋律が流れ出し、青釧先輩が動き出す。



 初めはゆっくりと、音の盛り上がりと共に動きも徐々に大きくなっていく。やがて、青釧先輩の振るう扇の軌跡から桜の花びらがいくつも零れ落ちる。魔法でも使っているのか、花びらは空へ巻き上げられ、青釧先輩はひらり落ちてくる花吹雪の中を踊る。



曲調が変わって、少し荒々しくなると、緑の風と黄色い雷が笛と太鼓から出現。風によって再度、舞い上げられる花びらもあれば、切り裂かれる花びらもあり、雷で燃やされる花びらもある。



 ちょっと暴力的だけど、眼前の舞のアクセントになっていて奇麗なんだよねぇ。青釧先輩の舞だけでも目を十分にひくのに、それを何倍、何十倍にも跳ね上げている。



 そして、そんな舞から伝わってくるのは舞う前に「叩きつける」と言っていたように、乱暴な感謝。「うじうじ言ってんじゃねぇ!気にしてないどころか、助けてくれたじゃん!それでいいじゃん!早く帰ろうよ!」。そんな思いがひしひしと伝わってくる。



 でもこれ、水姫さんが見てないんだよね。明らかに見ないと伝わらないもののはずなんだけど……と、思ってたら、ちょっと実力行使に出た。



 下を向いている水姫さんの前に花びらが落ちて、雷で燃えた。ちょっと気になったぽいけど……、駄目。



 でも、それも三人は織り込み済みだったらしく、溜め息すらつかず、感情豊かに演目を続ける。ちょっとは落胆の気持ちが見えてもおかしくないのに、それを一切感じさせない。



 いや、それは嘘か。落胆はしていないけど、見ろよって気持ちはすんごい出てる。露骨に水姫さんの前で燃える花びらの数が増えてるもん。そん中でも前を見ない水姫さんの精神はどうなってんだか。ここまでやられてたら前向こうって思いません?



 思わんからこうなってんだけどさ。水姫さんの目の前でずーっとぼうぼうと火が燃えてる。



 おや、青釧先輩の舞の調子が変わった。一向に動こうとしない水姫さんを強制連行するおつもりっぽい。さっきまで一か所にとどまるような舞だったけれど、今は着実に水姫さんのほうに近づいている。



もとからさして距離は無かったから、かなり距離を詰められたけど……。どうするのかな。一回、音楽を止めて顔を無理やり上げさせるとかするのえぇ……。



 これはさすがに予想外。まさか舞を続行したまま無理やり前を向かせるなんて。やったことは簡単。下を向いている顔。そこ目掛けて青釧先輩が持っている扇をぶん投げて、思いっきりかちあげただけ。



 それだけなのだけど……。やってることがバイオレンス。人間だったら間違いなく怪我してる。神様の耐久力を信じた圧倒的暴挙。二重の意味で。普通、信じている神様に暴力沙汰なんて出来ないって。でも、先輩はさらっとやってのけた。許される関係があるとはいえ、よくやりましたね。



 しばし前を向いたまま呆然とする水姫さん。それを見た青釧先輩はいつのまにか手に戻ってきていた扇で口元を隠しながら、水姫さんににこっとほほ笑む。



 また曲調が変わる。そして、周囲に舞う花びら。その全てが出現した瞬間に燃やされ、文字通り降り注ぐ火の雨の中での舞に変化した。



 青釧先輩が扇を開いて振るった跡に、深い闇が残る。それを笛から出て来た風が押し広げ、闇の範囲を広げる。そこに燃える花びらから生まれる風も加わり、瞬く間に闇は世界を覆いつくし、曲も青釧先輩の動きも止まった。



 かすかに天から降りてくる光以外の光源がない──厳密にいえば、鶏さんも同じくらいぼんやりと輝いているけど──中、照らされる青釧先輩へ視線がぎゅっと集まる。



 そんな中、お三方は微動だにしない。まだかな? という気持ちが溢れ出しそうになるころ、音楽が流れ出してまた、青釧先輩が動き出す。



 なんとなく物悲しい気持ちになる音楽と動き。視認しにくいけれど、周囲に花を展開しているのか、頼りない無数の光が生まれては消えていく。そんな中を時折、荒々しい音と閃光が切り裂いていく。



 あ。なるほど。これは……。いや、これで合ってるのかな。



「合ってるよ」

「ですね。即興ですが、あの舞は美紅さんの人生を表したものです」


 小声で内心の問いへの解をお二人ともくださった。ですよね。やっぱそうですよね。



「水姫さんは見ていなかったけど、前半部分は幼少期。何も考えずに舞えて楽しかったころを」


 え。そんな意味があったんですか!?



「あったよ。解説は後でね」


 あい。感謝を叩きつけてただけじゃないのですね……。



「感謝は今でも叩きつけていますよ。それと並行で物語を紡いでいます。今やっている部分は、年少期。座馬井兄妹に会う前の、親の期待に応えようと頑張るけれど、頑張れない。そんなときです」


 年少期ってことしかわからなかった……。でも、そんな僕でも年少期ってことはわかる。なら、水姫さんが分からないはずもなく。



 喋るからと青釧先輩から目を逸らして気づいた。周囲の闇が一段と濃くなっている。まるでうまく親の期待に応えられない悲しみや苦しみを表すかの如く。 それに比例して周囲を彩っていたはかない光はさらに短命になり、量も減った。こちらに届く前に闇に呑まれて消え去ってしまっているんだろう。



 でも、そんな中でも青釧先輩を遥か上空から照らす光だけは、変わらぬ光量で青釧先輩を照らし続けている。まるで、いつでも青釧先輩を見守り、守ろうとしていた水姫さんのように。



 一段と力強い太鼓の音と凛とした笛の音が世界を揺らすと音が止み、座馬井兄妹が立っているところから、一段と色の濃い緑の風と黄色い雷が飛び出し、闇を切り裂いた。



 転調。一気に雰囲気が明るくなり、青釧先輩の動きに躍動感が復活、花びらもまた噴き出すように空高く舞い、ひらりひらりと辺りに広がる。



これまでよりも一層、あからさまな「ありがとう」が全力で叩きつけられていく。そして、もうこれ以上はない!というところで音が止み、青釧先輩も静止した。



『む。これで終わりですと解説の時間がないですね』

『だから頭の中に言葉を叩き込んでんだろ?白々しいこった』

『ですね。なので、茶番は止めです。解説を叩き込みますよ!』


 え。え。うっ。頭に直接情報が……!



 ふむ。強制的に水姫さんに見せるまでは、習先輩達が言ってたのに間違いはないけれども、感謝を叩きつける意味合いのが強いと。



 天岩戸方式で楽しそうにしてたらこっち見ないかな? って発想だったと。とはいえ、人生を表すってのもちゃんとあって、花びらは舞うことの楽しみや喜びを表し、燃える花びらは両親からの叱責を含めたうまくいかなさの代弁。



 暗くなったのは暗黒期を示すと同時に、周囲の両親以外からくる賞賛もかき消されて、届いていないことの暗喩。花びらはあまり見えず、もはや楽しみを見いだせずに「やらなきゃ」ってある種の義務だけでやっていたと。燃える花びらの意味は変わらず。濃い雷と風は青釧先輩のことを知っていれば自明なように座馬井兄妹を表す。



そこから明るくなったのは兄妹が来て一気に精神的に成長し、舞が完成したことを表す。花びらも燃えなくなって、ちゃんと楽しく待って感謝を伝えられるようになった。



 そして、最初から暗黒期を経て明るくなるまで、常に照らしていたのが水姫さん。明るい最初と最後は彼女の光は周囲の光に混じってしまって認識できないけども、確かに最初からいつもずーっとそばで見てくれていた。そんなことの暗喩。



 なるほど。よくわかりました。そして、どうやってこの情報量を一瞬で認識できるような形で頭に叩き込んだんですかね。こわ……。目の前ではまだ余韻を残す為か、演奏されていた二人も、舞われていた青釧先輩もぴたりとも動かれていないのに。



「さ。帰りましょう?今のでうちの気持ちは伝わったやろ?さっきからずーっと、再三、言ってる通り、水姫さんはちゃんとうちの助けになってくれてたんよ。やから、気にせんでええんよ」

「う、うん……」


 手を取って真っすぐに瞳を見てくる青釧先輩に水姫さんもたじたじ。でも、水姫さんの目は青釧先輩から離れない。



「ほな帰ろか」


 立ち上がろうとした青釧先輩の服の裾をぎゅっと掴む水姫さん。おや、まだ何か……



「もう一回、舞ってくれへん?」

「舞うにしても帰ってからやな。そんで、同じ舞は出来ひんで?そこだけは許してな」

「何で」

「そら、ぶっつけ本番のアドリブやからやん。演目の主題くらいは共有しとったけど」

「うちの氏子(うじこ)、ヤバすぎん?」


 ですねー。何でちゃんとした打ち合わせもなくあのレベルの舞を演じられるのか。訳が分からない。でも、出来てるんだよなぁ……。こわ。



「よし。うん。さすがにあそこまでしてくれたんやったら、妾ももう、うじうじすることはせぇへん!それは美紅への裏切りに他ならんから。というわけで、あm……げふんげふん。お二方。ご心配をおかけしました」


 ぺこっと頭を下げる水姫さんを見て、やっとかーと言いたげに肩をすくめる鶏さんと海蛇さん。って、肩どこ……。鶏さんと海蛇さんの姿を貫通して本体が見えたのかも? ……気にしないでおこう!



「よし。帰りましょう。出来れば美紅と一緒に帰りたいので道を作っていただきたいのですが……」

「構いませんよ」

「ですね。私らもそこから帰……ると自転車が高校におきっぱになりますか」

「高校で構へんよ。妾もせっかくやし、自転車に乗って帰るってことをしてみたかったんよ!」

「飲酒運転にならへん?」


 青釧先輩の言葉に固まる水姫さん。確かに、飲酒運転になりますね。どう考えても。顔も赤いですし……。普通に警察に呼び止められて捕まりそう。



「はぁ。そこも含めて何とかしましょう」

「ついでに高校に行くと服もそれだとアレですし、サイズ聞いてちょうどいいの用意しますか…」

「自転車もいるんちゃう?」

「確かにそうですね。習君」

「了解」


 流れるように分担して、新たな魔法を二つ用意。酔いを一瞬でどっかに吹っ飛ばし、制服といい感じの自転車が出て来た。



「なら、これでお別れですね」

「え。まだ水姫さんは着替えて……うわぁ」


 さすが神様。既に着替えておられる。習先輩達が道を開いて、お二方に見送られながら高校に帰還。さすがにチャリがあるから、教室ではないね。…よく人目のない帰還に適した場所ありましたね。



 酔いは取れたのか、しっかり歩いている水姫さんを見ながら駐輪場へ。



「そういえば、水姫さんは自転車に乗れるんです?」

「え?……そういえば、分からんの」


 あ。なんかオチが見えた気がする。だって、自転車に乗る体勢すらちょっと怪しいもん。



「えぇっと、こうやって……こうやって……」


 あぁ。乗り慣れてない人あるあるだぁ。何でまずペダルに両足を乗せることから始めてしまうのか。やらないといけないのはある程度、初速をつけることなのに。両足を乗せてこぐのはその後なのに。



「無理そうやねぇ。あんまよくないんやけど……、うちのチャリの後ろにのりは「乗る!」……了解」


 あ。二人乗りで行くんですね。確かにほんとは良くないんですけど……。神様だし。いっか。この状況、青釧先輩は自分が仕える神様と同乗してることになるんだよね。どんな気持ちなんだろう。



 終始楽しそうな水姫さんを見ながら、青釧先輩の実家たる神社へ。そこでご挨拶をして帰宅。……よく考えなくても、僕の家の氏神様、水姫さんなんだよね。なんだろう、この名状し難い気持ちは。



 まぁ、いいか。勉強しよっと。

 お読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字衍字など、何か変なところがあればお知らせいただけますと私が喜びます。

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