114話 豊津水姫
「豊津水姫っと。これで呼べるけど…」
「鶏さん。海蛇さん。神様を直接引きずり出していいものなんです?人間が見たら死ぬとかないです?」
「特に何もないはずですが。ねぇ?」
「あぁ。ないはずだな。あいつは某神話の神のような冒涜的な姿をしてるわけでもなし」
何で範囲を限定されたんだろう? 日本神話でそんなやばい姿をされてる神様なんて……。
「わた……げふん」
「あ。あーーーーなるほどです」
伊邪那美神さんか。神話でも黄泉の国に行かれてからは恐ろしい姿と書かれていたし…。ゲームとかだと黄泉の国に行く前のお姿で出てくることがあるから、その印象があまりなかった。
「あ。ですが、美紅さんはあれの関係者でしょう?失望したり、がっかりしたり、信仰を失ったりするかもしれません」
「一切、ポジティブな言葉が鶏さんから出てこおへんかったんやけど……」
マジですか? って目で鶏さんを見つめる青釧先輩。
「ほら、最初からハードルをめり込ませておけばギャップに驚くこともないでしょう?」
「なるほどです。とにかく、うちらの心が決まれば呼んでもええよってことでいいんですよね?」
こくっと頷く鶏さんと海蛇さん。それを見た青釧先輩も習先輩達に視線をやり、お二人もこくっと頷いて手を繋いだ。
言葉が一切なしにとんとんと進み、魔法が発動。ピカッと光ったと思ったら、女性の声がしだして、ペイっとその辺に打ち捨てられた。
雑ぅ! 神様に対する扱いじゃないですよ!?
「まぁ、私達に迷惑かけていますし」
「それで済むなら安いもんだろ」
あ。許容されるんですね…。ペイっとされた神様、しくしく泣いてますけど。白い服の裾やら長い黒い髪が地面についているのも気にせず、しくしくって。
「あのー。姫さん?泣いとらんと、しゃきっとしてくれはらへん?いつまでもそれやと、うちも困るんやけど」
「はい」
「うわ。急に立ち直りはった」
さっきまでしくしくって言ってたのに、一瞬で切り替わった。でも、顔は酷いもの。泣きはらしたからか目の周りは赤くはれ……ん? なんか全体が赤くない?
「あー、でも完全ではあらへんね。まだひっく。とかたまに言うてはるし……ん?え?酒くさ!?待って。まさか、お酒までたかってはったん!?」
「そこに置いてあっただけだもん!妾、たかってなんかないもん!」
置いてあっただけ(よその神様の家)。それを人はたかる or 窃盗と言います。
「うわぁぁん!皆が正論で殴ってくるぅうううう!あまtぐえっ」
せっかく、なあなあで済ませようとしてるのをぶち壊そうとした豊津水姫さんの顔に鶏さんがダイブ! せっかく、立ち上がったのにまーた押し倒された。
「私は鶏さんです」
「そして、オレが海蛇さんだ」
「え。何言っておられるんですか。あmげぶっ」
また鶏さんに顔を押しつぶされてるし、海蛇さんには噛まれてる。割とお二人とも容赦ない。
「なるほど。完全に理解しました。わかったのでやめてください。吐きます」
青い顔で豊津水姫さんが言った途端、さっと距離を取るお二人。ぶっかけられるのは嫌ですものね。
「あの、魔法で回復させますか?」
「止めてください。素面で対面できる気がしないです。死にます」
酔ってるはずなのにちょこちょこ発声がまともになるの草なんだ。
「常に発声はまともでしょ」
「滑舌悪いところないですからね」
「はっはっは!そこだけは童の特技なのれす!あ。噛んだ……」
何て残念なんだ、この人。人じゃないけど。神様だけど。
「いい加減、まともに進めなさい」
「寝てる状態でんなの言っても説得力ねぇぞ」
「あい。なら、立つのでどいてください」
やっぱ顔赤い。あれは酔ってたからだったんですね…。
「さて、妾は豊津水姫、です。多空神社に祀られておる神の一柱です。気軽に水姫さんと呼んでください。姫さんでも構いませんが、櫛名田比売様などの姫で終わる神々と区別できなくなるので、水姫さんのが嬉しいです」
何で敬語なんだ。この神様。
「え。そりゃ……げふんげふん。妾。空気読む。言わない!」
「調教しすぎましたねぇ……」
「だなぁ。まぁ、水姫。別に口調は気を遣わなくていいぞ」
「では、その通りにします!」
否定することもなく即、同意されてる。社畜か何かか? その割に帰って来はらなかったけど。…負い目があって追い出せなかっただけかな?
「で、水姫さん。何で帰って来はらんかったん?うちら、迎えに来たんやけど…。あ。うちには丁寧語使わんとってな?さすがに御祭神にそないな態度取られてしもうたら死ぬ」
「ほな、普通に喋らしてもらうね。理由は気まずすぎたから以外に言えへんなぁ。妾のためにー言うて、舞を奉納してくれてたんは知ってる。けど、そのために美紅が不幸になることなんて、妾、望んでなかったんよ。加護を与えようにも妾は豊穣神の仲間。土地に力を与えることや心を豊かにすることは出来ても、技能レベルを上げることなんてできひん。心を豊かにして寛容になってもらおうと思っても……なぁ」
遠い目をする水姫さんに青釧先輩が首肯した。
「せやねぇ。うちの親やと「恩を受けたんなら、もっといいのを返さんと!」言うやろな」
「うん。激化するのは目に見えてた。せやからうちは何も出来んくて歯がゆい思いをしてたんよ」
「だから、水姫、何とかできる縁を紡げるようにと尽力していたんだろ?」
「貴方が超熱心だったのですごい印象に残ってます」
「でも、そんな役に立ててなかったし…」
めっちゃ自罰的じゃん。この神様。フォローするような鶏さんと海蛇さんの言葉も届いてない。
「縁結びと言っても、後押しは出来てもそこから本当にちゃんと繋がるかはその人次第やし…。その観点から言うたら、ちゃんと縁を繋ぎとめたんは美紅やのうて、座馬井兄妹やもん」
「なるほどなぁ……。でもまぁ、尽力してくれはったんは確かなんやろ?なら、それでええと思うんやけど。てか、それが理由ならあん時やのうて、今年帰って来はらへん理由にはな……あー。その負い目の上に召喚されたことで申し訳なさが爆発したってこと?」
青釧先輩の言葉にコクっと頷く水姫さん。気まずさ満載なのか、目も合わせようとされていない。
「あれはあれでどうしようもなかったんとちゃうのん?さっきの鶏さんと海蛇さんの反応視る限り、あの二人でもあかんのやったら、言うたらあれやけど……、水姫さんにはどうしようもなかったんと違うん?」
「それは……そうなんやけど。でも、また何もできひんかってんで!?」
「でも、うち、無事に帰ってきたんよ?」
「その帰還に何の協力も出来てへんやん!?」
気まずさが限界突破したのか、誰にも顔を見られないように蹲ってしくしく泣きだした。
わかった。この神様。くそ真面目だ。じゃなきゃ、ここまで自分を攻めない。
「なあなあ鶏さん。海蛇さん。実際のところ、どうなん?」
「水姫さんはあたしらの帰還に何の影響もしてはれへんの?」
座馬井先輩達が別角度からのアプローチを試みられ始めた。確かに。実際のところはどうなんだろう? 豊穣神と言っても、なんかしらの協力は出来てるかもしれないし…。
「どうなんでしょう?さすがに世界を完全に跨いでしまうと観測できないので……」
「そうなんです?魔法を使えるかどうかは世界が許可を出しているかどうかとかお聞きしましたけど。向こうの世界で降りた許可でこっちでも魔法を使えてるならいけそうと思えるのですが」
無理的な言い方なので、無理なのでしょうけど…。でも、似たような形だとは思うのです。
「それはカイが言ってる通りで間違いねぇな。確かに似たもんだ」
「世界を救った実績があるからこそ、この世界でも魔法を使えるわけですし。あ。悪神が力を発揮できるのは「そもそも別の世界出身で、そこから支援を受けている」ですとか、「昔まともだった」とかのせいですね。基本、許可出したら取り下げられないので」
許可取り下げれないのはなかなか欠陥ですねぇ。
「てか、世界跨いでも別の世界は支援してくれんですね……」
「じゃないと世界の外の事案に対応できませんからね。世界の外──世連樹の揺蕩う海は完全な中立ですし」
「オレらが悪と認識してる奴らも、世界をまたぎゃ善に近しいもんだったりするしな」
「事故でよその世界に行った際に、その世界がその人に敵対的だったら詰みますしねぇ」
「どうしようもねぇこともあるがな」
「「はっはっは」」
笑ってる場合じゃないでしょ、お二人!
「ま、そもそもオレらが力を貸しても、結局、決断するのは人だしな」
「その点からも影響があったと断言できるかは……」
「ほらぁ!やっぱそうなんじゃないですかぁ!」
あ。しまった。慰めるフェーズだったのに。でも、興味は抑えられなかったんです…。すごく悪いと思っていますが!
「いや、だとしてもわた……天津神や国津神のトップもかるーい加護はかけましたが、あきらかに貴方の加護が最強でしたよ?」
「その影響は出てると思うぞ」
「そうなんですか?」
鶏さんと海蛇さんを涙目で見る水姫さん。思いっきり頷かれるお二人。ギリ立ち直れそうかな?
「ぐすん。でも、だとしても、そもそも召喚を妨げられなかったじゃないですか」
「美紅があの世界に行くのは天津神や国津神のトップでも止めれなかったのです」
「協定があるから……ではないのですか?」
「違いますよ。協定、もといご近所づきあいなら一人で事足りますし」
「アレは無理だ」
確かに? 勇者が複数人必要だと勝手に思っていましたが、ラノベとかだと1人転移とか複数人召喚とかもありますもんね?
「多分、召喚されちゃったみなさんは察してるでしょうし、ぶっちゃけてもいいですか?」
「確定させちまうことになるがな」
「そのほうが健全でしょう。どこまで自覚するかは別ですが」
頷かれる先輩方。え。なんなんです? ちょっと怖いんですけど。
「ぶっちゃけますと、最精鋭の皆さんの召喚は既定路線です」
「原因はある意味、習と四季夫婦にある。こいつらの前々……世に召喚先の世界、アークラインの英雄がいたんだよ」
「神話決戦と呼ばれる神による侵攻にあちらの主神二柱とともに、人間をまとめ上げて立ち向かったのがお二人の前々……世です。そんな感じの人だったので、向こうの神は思いました。「封印しかできなかったから、いつか復活する。で、現状の封印方法だと復活のためには異世界から依り代を拉致って来るのが早いよな?」と」
何でそうなんですか。向こうの世界の人間じゃ駄目だったんですか。
「あ。向こうの世界の人間で代用すんのは無理だぞ。侵攻してきた神はあの世界のバグみたいなもんだからな」
「どうやっても依り代は人間の形を保てませんよ。侵攻してきた神は人間の姿に愛着がありましたから……」
外に活路を見出すしかないと。
「そこで、向こうの神は考えました。なら、もう呼ぶシステムを作っておけばいいんじゃない?そうすれば、依り代召喚経路を限定できるし。後、役に立つ人を召喚できるなら、勝手に人間が維持してくれるでしょ。と」
倫理観! 倫理観どこに行ったんです!? …あ。神様だった。
「神……げふんげふん。神使の私達が言うのもなんですが、神様ですしね」
「で、だ。召喚するのを用意したなら、ちゃんとカウンターも用意しとこう。ちょうどいいところに英雄がいるじゃん。こいつらも召喚先に転生させとこ。後、こいつらと依り代を同時に召喚させるようにしてー、手助けも多くできるように……するには、工作員を送ればいいか。維持する魔力はちゃちゃっと工作してっと」
工作て。何したんですか。
「愛の神に近い性質を持ってたので、そこの夫婦の運命に干渉して召喚されるまで会えないようにしました。転生前の転生後に会えますように!っていう願いを元にして生まれる、二人が会おうとして生まれる運命力とかを掠め取ってました」
倫理観! そして、愛の神じゃないんですか!?
「自分の愛も大事だからな」
ひどい。てか、習先輩方は……知っていらっしゃいますよね。ちゃんと下手人たる神様をしばくなりなんなりとけじめはつけられ……てますよね。知ってました。喋ってないのに話が通じる定期。
「てか、工作員なんていたんですね」
「いたよ。皆の記憶からは多分、ごっそり消え落ちてるだろうけどね」
「2人いましたねぇ。同じタイミングに召喚されて、役目を果たして消えました」
証拠隠滅! というよりかは、お二人がいないと維持できないからまとめて痕跡を消したのかな?
「たしか工作員も学生って立場やったよね?それでよく工作できはったね」
「まぁ腐っても神ですしね。魔法でちょいちょいと誤魔化したようです」
「そんでもって、タイミング合わせも比較的簡単だしな。習、四季と能力的に解決できそうな集団が一塊にいる状況を作りゃあいいんだし」
そうなんです? 僕が今、いるこの世界って歴史を今、紡いでいるという意味で、これ以上先の未来がない世界なんじゃなかったでした? で、あちらの世界も同じはず。その先端同士で召喚なんて、時間がばっちり合うわけなさそうですけど。
「それは簡単ですね。お二人が必要になるのは敵が復活しようとしている時です」
「で、敵も手足に出来そうな人を合わせて召喚しようとした。なら、タイミングなんて決まってくるわな。復活するための器になる人物と、手足になりそうな人が多い時になる」
なるほどです。それなら、クラス同じにしとけばいつかはまとめて召喚できますわな。最低でも、器+習先輩と清水先輩をまとめて召喚できないと起動しない。そんな設定にしておけばいいわけですし。いや、でも…。
「それでうまいこと行くんです?人間に管理させよう!的な発想をしているってことは使われたことあるんですよね?その時の経験からして、起動しないのはおかしい!とかならないんです?」
「そこは不明ですが……、まぁ、慣例を思いっきり破って召喚したそうですし。慣例破りしてるからーなどといい感じに調整されるのでは?」
なるほどです。
「まぁ長々と説明しましたが、召喚に至るまでの背景はこのような感じです。ですので、どうしても必要なパーツがお二人。そして、器に適合した人の中で最もお二人と関係づけやすかったのが、同じ高校の娘。そして、工作員も高校生で入ってる。この時点で美紅の召喚回避は不可能だったんですよ」
お分かり? と言うように水姫さんを見る鶏さん。でも、駄目そう。聞いてはいるはずだけど、多分これ、神様しかいないときにも同じ説明をされてるはず。だからこそ、効果がないんだろう。
これ、当事者たる青釧先輩に何とかしてもらうしかなさそう。
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