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11話 森野(清水)四季

「ん。お疲れ」

近衛(このえ)先生。ありがとうございました」


 終礼終わった直後に捕まえたのに、すぐに相手してくださって。



「いいよいいよ。まともな案件なら大歓迎だ!」


 まともじゃない案件ってあるのです?



「んあ?たまにあるに決まってんだろ。生徒に言うことじゃないから言わねぇけど。でもここは一応、有名校。他のとこに比べりゃ糞案件は早々ねぇよ」


 うん、ナチュラルに先生も心読んできますね!この世界はマインドリーダーばっかなの!?



「あなたが分かりやすすぎるだけよ。矢倉(やくら)君。有名な分、糞案件の処理の負担がドデカいのよね」

醍醐(だいご)。黙ってろ」

「はいはい」


 適当に答えながら手をフリフリする醍醐先生。まったく反省の色が見られない



「そういやお前、八重桜の過去問は見たことあるか?」

「いえ。まだですが……」


 センターの方は模試で触ってますけど、そっちは全然ですね。正直、過去問なんていつから手を付けたらいいのか、わかりません!



「んなもん科目によるし、お前の進捗にもよる。数学とかIII(さん)の知識あったほうが楽だけど、II()まででもいけるやつとか、そもそもIIIないと駄目な奴とかあるからなぁ……。だが、それを言っちまうと練習にならんだろ?」


 ですね……。とりあえず、一回くらい見てみようかな?



「そうしとけ。八重桜なら進路資料室にあるだろうが……」

「嫌です!」

「知ってた」


 何故バレてるのです。



「お前だからだよ。あの人混みが嫌なんだろ?」


 ですです。となると……どうしようもない?



「いや、図書室がある。あそこなら人はあんまりいないはずだ」

「何故です?」


 過去問があるのは変わらんでしょうに。てか、そっちのが本一杯あるはずでしょう?



「立地が悪いんじゃねぇかな……。端だし」


 ですか。とりあえずそっち行ってみます。ありがとうございました。



 ぺこっと頭を下げて、一階へ。渡り廊下っぽいところを通って、敷地の端っこの部屋へ。生徒手帳を取り出し、玄関ゲートにかざして入室。



 ……ほんとに人がいない。見る限り利用者0な気がする。あ、でも、机に本が山積みにされてる。いろんなジャンルの本だけじゃなくて新聞、雑誌の類まである。謎だ。



 でも、僕が触れていいものかわかんないから放置!人はいないっぽいけれど、あれだけバラバラに出しているなら、出した人がなおす(戻す)でしょ。



 そもそもなお(元の場所に戻)そうにも、散りまくってるせいでどこに入れればいいか分からないしね!



 さ、過去問探そ。確か案内板的なのが…あったあった。カウンターの後ろにどんとドデカいのが。



 たぶん『学習参考書』だよね?地図であの位置だと……うげ、あの山の後ろか。ま、まぁ触れなきゃ倒れないよね!



 何故か椅子が机から少し離れているけど、気にしないでおこう。うちの図書室は結構広いから、椅子を少し出されてるだけで通れない!とかいう状態にはならないし。



 あったあった。赤い本と青い本がズラリ。そしてさすが八重桜。有名大学だから……というより、八重桜だけ『何とか桜大学』が正式名称?なのに、堂々と『何とか桜』までしか書いてないから区別しやすい。



 他のは『何とか大学』なのに桜で終わってるから周りから浮く。桜系列は一か所に集まってるけど。



 どれにしよう?とりあえず一番近い『菊桜(きくさくら)』、二番目に近い『銀桜(ぎんざくら)』と……、最難関の『東桜(あずまざくら)』。後…、



「矢倉君、そんなに持って大丈夫ですか?」

「うぇっ!?うぇっ!?」


 え!?何でいきなり人の声が!?しかも超至近距離!



「あっ、」


 本が落ちるッ……!



「よっ、よっ、よっと……大丈夫ですか?矢倉君?」


 僕の手から滑り落ちた本を空中で華麗にキャッチして、声をかけてくるのは清水先輩。すごい。



「あ。答えなきゃ。大丈夫ですよ」


 ものすごくびっくりしましたが……。まさかこの僕が、超至近距離になるまで清水先輩の接近に気づかないとは。



「あぁー。ごめんなさい。うっかりしていました」


 ぺこっと頭を下げる先輩。いえいえ、僕が過剰に驚きすぎただけですし……。



「いえ、私が悪かったです。本を読んでいると人に認識されなくなる(たち)なのを忘れていました」


 え?そんなことあるのです?



「はい。あるのですよ。もう一回、読んでみますね」


 言って、椅子に腰かける先輩。あぁ、なるほど。



「いえ、いいです。どういうことかわかりましたから」


 先輩が今座った椅子は、さっき僕が「なんか机と距離あるなー」と思ってた椅子。距離があったのは先輩が座っていらっしゃったからなのだろう。だのに、僕は気づけてなかった。



 それだけで嘘をおっしゃっていないって分かります。



「ですか。矢倉君は何を……って過去問を見に来たのですよね」


 持ってるの見たらわかりますよね。



「第一志望はどこなのです?」


 ……まだ決まってないのですよね。



「なるほど。まぁ、今すぐ決める必要もないですし、悩めばいいと思いますよ」


 悩んだ挙句、何とか決めたら学力が足りない!ってオチの可能性がッ!



「そ、それは、頑張れとしか……。で、ですが今矢倉君が持ってるのは三桜(みざくら)ですよね?最難関の東桜の第三理科目指して勉強すれば安心できるのでは?」


 そこまで勉強できれば学力足りないオチはなさそうですね…。でも、そこに至るまでがきつい!てか、至れる気がしない!



「やる前から諦めてちゃだめですよ」


 それはわかってます。諦めているようじゃ八重桜には行けませんから。あ、でも。



「菊桜は出題形式が東や銀と違うとよく聞きますが」

「過去問見る限り事実でしょうね。思考重視、計算重視とかありますし。それに東菊(とうぎく)だけは理系で二次試験に国語が要求されますしね…。その辺は気合でしょうよ」


 気合。勉強で気合ですか…。



「勉強が超大好きってわけでもなければ、気合なければ勉強なんて進まないでしょう?あ。ですが、大学進学は下宿どうするのか?という問題もありましたね」


 ですね。ここから通える八重桜は菊と銀くらい。



 それ以外だと、寒桜(かんざくら)は北海道。杜桜(もりざくら)は宮城、東桜は東京で、尾桜(おざくら)は愛知県。厳桜(いつくざくら)は広島。九桜(くざくら)は福岡。 引っ越ししなきゃ通えませんね。



 僕の場合、遺産があるからそれで殴れば、通うくらいなんともないですが。



「おぉう……さらっとぶち込んできますね」

「そうですか?」


 まだあんまり経ってませんけど、意外と呑み込めてるので大丈夫ですよ?ふと、寂しくなりますけど。



 清水先輩の顔が引きつっておられる。えーと、こういう時は……、



「ところで先輩は何故ここに?習先輩と一緒じゃないのですか?」


 話題を変えつつ、興味のあることを聞いちゃおう。



「え?あ、私ですか?私は習君待ってる間暇なので、ここにいるだけですね」


 「待ってる間暇だから」で済む量じゃない本が積まれているのですが……。



「本気出せばぺらぺらっと読めますので。一応、全部読んでますよ?」

「なら、片付けるの手伝いましょうか?」

「大丈夫ですよー。魔法でちゃっちゃっと片付けるので」


 言いながら、先輩は右の掌からなんか白いのを取り出し、空中に浮かべる。すると白いのは張り付いたようにビクともしなくなる。その前で聞き取りにくい小さな声で何事かを言うと、白いのが消えて勝手に本が戻っていく。



「こんな風になおせちゃうのです」


 マジですか…。習先輩と一緒じゃなくても魔法使えたのですね……。



「確かに二人でも使えますし、威力も上がりますけど……。一人でも使えますよ?というか、習君は既に一人で魔法を使って見せているのでは?」


 そんなことあったような、なかったような……。



「むぅ、使ってないのですかね?私は矢倉君に一人で使ったのを見せた記憶はないですけど。…何故に一人で魔法を使って見せれば「習君いなくても出来るのね?」と言われ、一人でいれば「習君はどこ?」って言われるのでしょう?」


 それだけ、清水先輩が習先輩とお似合いってことですよ。



「皆さん、その解答ですよね…。まぁ、嬉しいですけど」


 ちょっと顔を赤らめて言う清水先輩。既婚者って知っているのに少しドキッとさせられてしまう。



「アプローチは「かけませんよ」ですか」


 馬に蹴られるどころじゃないですもの。清水先輩にいらんことしたってばれたら習先輩に殺される。逆……は既に始業式で味わってるから聞く必要ない。



「馴れ初めは?」

「え?私も習君も一目惚れですよ。初めて会ったのは異世界の図書室でした」


 あれ?本を読んでいると人に認識されにくくなるのでは?



「習君はそれをぶち破ってくれますよ。声をかけられたときは驚きましたが、何だか王子様みたいに見えましたよ」


 ものすっごく嬉しそうに語る清水先輩。本当にこの人、習先輩のことが好きなんだなぁ。



「好きですよ」


 ドストレート。本人がいないからか全然恥ずかしそうじゃない。



「当初、他の同級生と一緒に旅をする予定だったのです。が、私と習君で大遅刻かましまして、二人で旅をすることになったのですよね」


 旅を通してお互いの気持ちを知って付き合、



「ったわけではないですね。向こうの王女様があちらの常識がない二人で旅させるのは危ないとつけてくれた護衛がいまして、その子がアイリちゃんです」


 !?何で護衛にあんなちっさい子を!?



「あの子、強いですよ?一番の理由はあの子、黒髪で、身長も私や習君に比べて低いので、私と習君、アイリちゃんを合わせて家族って言い張れることなのですが」


 !?



「家族……です?」

「ですね」


 馴れ初めを聞いていたはずなのにいきなりゴールインしてるんですけど。



「その家族は所詮、書類上ですよ。旅の間に、習君は知り合いから恋人、夫婦にまで関係を進めてくれましたよ。多少、待たされましたのでヤキモキしたこともありましたけれど…。私自身に「出来たら習君の方から言って欲しい」という気持ちがあったので、仕方ないですね」


 思い出しているからか恥ずかしそう。でも、幸せそう。見ていて幸せになれそう。



「告白はどのように?」

「しっかり顔を見てではありませんでしたが……、逃げの利く方法ではなく、はっきりと「好きです。付き合ってください」と言ってくれましたよ」


 蕩けた表情で語る清水先輩。甘すぎて胸焼けしそう。



「逃げの利く方法とは?」

「赤いバラを12本や24本送るとか、『月が綺麗ですね』とかです」


 ???



「知っている人は知っていますが、詳しくなければ知らない類の告白法ですよ。赤いバラ12本は『付き合ってください』。24本は『あなたを一日中思っています』です。が、バラだけ渡された場合、その意味を込めているのか、知らなくてやってるのかどっちなのかわからないのです」


 あぁ、なるほど。反応見て、知らないと思えばまた後日。知ってそうだけど駄目っぽければ単に送りたかっただけ……って言い訳出来ますものね。だから「逃げ」ですか。



「です。ロマンチックなのは否定しませんが、私的には言葉ください!って感じです。……さすがに、365本のバラとか場所に困りますし、値段も馬鹿にならないので要らないですけど」

「憧れないのですか?」


 清水先輩はそういうのやってもらうの好きそうですが。



「憧れはしますが……、どうせならそのお金で一緒に旅行に行きたいです。きっとそっちのが楽しいです」


 本当に清水先輩は習先輩が大好きなのですね……。一緒に楽しく過ごしたい。そんな気持ちなんだろう。



「です。……さすがにちょっと恥ずかしいですね」


 首元をパタパタして赤い顔を冷やそうとする清水先輩。そういう顔は習先輩に見せてあげてください。



「えっと、戻しますね。『月が綺麗ですね』というのはかの夏目漱石が 「“I love you “を訳すならこうでもしとけ」と言ったとされる逸話に基づいています。実は言っていない説もありますがそれは放り投げます」


 本筋じゃないですしね。



「はい。で、この言葉も先と同様知らなければ意味がありません。し、先よりも誤魔化しやすいのですよね。バラを送るなら「何でいきなり送ろうと思ったんです?」になりますし、花に疎くても赤いバラの持つ意味くらいは知ってません?ってなりかねません。が、この言葉は月を見ながら言った場合「月をほめただけだよ」って言えちゃうのですよねぇ…」


 確かに。



「挙句、それが「好きです」だと思って返答したのに相手が知らなかった場合、超空しくなりますし……」


 そうなのです?



「はい。付き合ってだか、結婚してくださいだかで取った場合の返答は「死んでもいいわ」だったはずです。それで想像してください」


 月をほめたら横の人が急に死んでもいいとか言だす光景が爆誕すると。



 ……これはひどい。



「でしょう?ですから私としては誤解の余地のないストレートな『好き』がいいと思うのです。もちろん、二人の間でなら伝わる『好き』があるならそれもよしですが。……だいぶ話飛びましたが、馴れ初めはそんな感じです。異世界に行ってたことを知っている人にしか話せませんね」


 一目ぼれした!だけじゃダメなんですかね。



「駄目でしょう。私も習君も、自分から積極的にアプローチできる質ではありませんし…。召喚があったからこそ、そんなに早くちゃんと喋れるようになったわけで。なければ卒業までのどこかで喋ったでしょうが、喋るのまでが長くなりそうですもの」


 なるほどです。それじゃ馴れ初めはほかで喋れないかな……。



あ。そういえば、



「ものすごく話変わりますけど、いいです?」

「はい、どうぞ」


 では、ありがたく。



「来週の月曜日に、京都。再来週に近畿。再来週の次に日本から薬物の売人を駆逐する。出ていかなければ吊るす!みたいな脅迫文が話題になってるのですが、何かご存じないですか?」


 僕が住んでるのは京都。だから先輩方が住んでいるのも京都。何かやらかすなら先輩方な気がするのですが。



「クラスメイトより、うちの子らな気がするのですが…、知らないですね」


 うちの子らな気がするのに知らないのですか…。



「私達もうちの子らの全部を知っているわけではありませんから。指示出すことはありますけど……。私達が死んだあと、私達から指示がないから動けない!では困りますので。…あ」

「あぁ、気にしないでくださいね」


 もう一回言いますけど、寂しくてもほぼ折り合いはついてますから。



「ごめんなさい」

「いえ、聞きたかっただけですので」


 本当に。



「あ。習君来ましたね」


 !?まだ姿見えないのによく…ってあれか。頭だけ出てる。よくわかりましたね…。



「あれだけ見えれば十分ですよ。私はこれで帰りますが…、帰って大丈夫です?」

「はい。お構いなく」


 僕が言うとペコっと頭を下げて楽しそうに去っていく清水先輩。



 どっちもどっちのことが大好きなのですね……。



 さて、僕は過去問でも見て……あ。過去問をどう見ればいいとかくらい教えてもらえばよかった。

作中のIIやIIIはギリシャ数字の2や3が環境依存文字であり、弾かれる恐れがあるので大文字のアイを並べて誤魔化してます。変かもしれませんが、ご了承くださいませ。


注2

「なおす」は関西の方言です。意味はルビ通り「元の位置に戻す」です。が、「戻す」だけでも十分、標準語として通じそうな気もします。

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