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はちみつ物語  作者: 朝月さん
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不思議な森と幻のはちみつ


「ええっと、何かあった時に使うお父さんのナイフ、お腹が空いたときに食べるお母さん特製のクッキー、一応汚れた時のための替えの洋服、魔よけの人形、それと一番大切なはちみつを入れる瓶。全部ある!準備万端ね」

 今はまだ太陽も登るか登らないか、空が少し明るみだしたぐらいの早い朝。私は今から森に冒険しにいく。その理由は簡単。100年に1度とも1000年に一度とも、もしかしたらこれが最初で最後かもしれないとも言われる、幻のはちみつを取りに行くためだ。


 昨日、私がお家で一番のお気に入り、太陽の光が良く当たる窓際に椅子を置いて、美味しい紅茶を飲みながら絵本を読んでいたら、青い鳥が飛んできて教えてくれた。

「明日から1週間。皇帝蜂がいずれ種族を治める新しい女王蜂の赤ちゃんを産む。その時、同時に幻と言われる皇帝はちみつを、皇帝蜂たちが死力を尽くして作るんだ。もしも、その幻のはちみつを1滴でも手に入れられたらどうだろう?そのはちみつは、今まで味わったことがない味で、それそれは、匂いを嗅いだだけでハッピーな気持ちになれる代物だ。おまけに、そのはちみつをなめたら、死ぬまで病気にならないと言う。逆に言うと、そのはちみつさえなめてしまえば、死に至る病も治るってわけだな」

 急に鳥がしゃべりだすし、幻のはちみつとか言うし、少し混乱したけど私は聞いてみた。

「そのはちみつはどこに行けば手に入るの?」

鳥さんは答えてくれた。

「この家から南東の方角に大きな森があるだろ?その森の奥の奥、普段人が立ちいらないところに皇帝蜂はいる。人がいる所だと、なかなか安心して暮らせないからね」

「その森の奥の奥ってのは、行くまでにどれぐらい時間がかかるの?」

鳥さんは私の目をのぞき込んできた。

「おやおや、お嬢ちゃん。幻のはちみつを取りにいくつもりかい?」

私は少し考えた。興味が無いと言えば嘘になる。

「私、ネロっていう弟と二人姉弟なんだけど、私たちをお母さんは一人で一生懸命育ててくれてるの。お父さんがどこか行っちゃったみたいでね……。きっとものすごく大変なはずなのに、私たちの前では嫌な顔一つしないで、いつも笑顔で、美味しいクッキーを作ってくれたりするの。私お母さんに何か恩返しがしたくて。だから、その幻のはちみつを使って何か美味しいものでも作れたら、お母さん喜んでくれるかなって」

鳥さんは目を大きく開けて私を見た後、ほほ笑んだ。

「なんて親孝行な女の子なんだ!君には幻のはちみつを手に入れる資格がある!!よし、本当は手助けするつもりはなかったんだけど、皇帝蜂の巣までのヒントをあげよう。森に入ったら紫の花が咲く方に向かうんだ。紫の花がたくさん咲いている方へ迷わず向かっていくんだよ。そうすれば、朝早く出れば夕方にはこの家に戻ってこれるさ」

「親切に教えてくれてありがとう」

 でも、私は少し不安になった。

「その皇帝蜂って怖くないの?襲って来ない?」

鳥さんは面白くてたまらないという風に笑って言った。

「あはは、お嬢ちゃん心配しなくて良いよ。皇帝蜂は人の匂いが分からない。暗い森に住んでいるから目も良く見えない。確かに攻撃されると痛い相手ではあるけど、こちらが何もしなければ皇帝蜂から何かしてくることはないよ。だって人間がいることすら分からないんだ。幻のはちみつは巣の分かりやすい所にあるし、光っているからすぐ見つかるはずだよ。それを見つけたら、ささっと取っておさらばしたら良いのさ。皇帝蜂の中には「なんかはちみつ減ったか?」って思うやつがいるかも知れないが、そんなのやつらにとっては大したことない。少しいただくだけだからね。少しだけでも人間には十分なのさ」

「森の奥って怖い動物とかいないの?」

「それも心配ご無用!この魔よけの人形を持っていきなさい。親孝行な君への特別なプレゼントだ。この人形を持っていれば、獣に襲われることはない。そういう魔法がかかっている」

 私の中の不安や怖い気持ちがだんだん薄れていき、皇帝蜂をお母さんにプレゼントしたらどれだけ喜んでくれるだろうと思う気持ちと、森の奥に入るちょっとした冒険にわくわくしていた。いつもお母さんに言われているんだ「森の奥に入ってはいけない。カオナシカカシの立っているところより奥に入ってはいけない。その先は魔物の国だからね」って。でも、鳥さんにもらったこの魔よけの人形があれば大丈夫!

「ありがとう鳥さん。私、幻のはちみつを取ってきて、お母さんとついでにネロを喜ばせる!」

「どういたしまして」

「ねえ鳥さん、ちょっと聞いても良い?なんで私にこんな大切なこと教えてくれたの?鳥さんも何か欲しいものがあるから?私に幻のはちみつを取ってくるついでに何か取ってきて欲しいものがあるの?」

そう私が言うと「鳥さんは心外だ」という顔で答えた。

「私は見返りは求めないよ。それに君が何か、人生を変えるものを欲しているように見えたからね。私にはそれがよく分かる。さあ、幻のはちみつを手に入れてお母さんを喜ばしてあげなさい」

鳥さんは背筋をピンと伸ばし、羽を2,3度バタバタさせると、空に向かって飛んでいった。

「ありがとう鳥さん!」

私はその鳥さんの飛んで行った方に叫んだ。



「帰れなくなっちゃった……」

 私は、日が沈んだ暗い森の中で途方にくれていた。少し先は闇に覆われてよく分からないし、寒くなってきたし、おまけにお腹が空いてきた。本当は日が暮れるまでにはお家に帰れるはずの小さな冒険だったのに……。最初は鳥さんに言われた通り紫の花がたくさん生えている方を歩いていた、その時は順調だった。小鳥のさえずりを聞きながら、森のとても澄んだ空気をめいいっぱい吸って気分も良いし、リスさんが木の上を歩いているのを見てほっこりした。だけど、だんだん小鳥のさえずりは消え、空気はどんどんよどんでいき、あちらこちらで見ることが出来た可愛い動物たちはいなくなった。心細くなりながらも、絶対に幻のはちみつを手に入れるんだという思いと紫の花を頼りに進んでいたけど、その肝心の紫の花も無くなってしまった。このままじゃ進む道が分からないので、戻ろうと思って後ろを振り返ると後ろも前も同じ景色で、どこに向かえば帰れるのか分からなくなった。どんどん日が暮れて、前も見えなくなって、寒くなって、もうどうしようもなくて木の根元に腰を下ろした。

「どうしよう……。今頃お母さんやネロが心配しているかな……」

 お母さんや弟を笑顔にするはずが、心配かけて悲しい顔させてしまっている、そう考えるだけで胸が痛くなるし、このまま帰れなかったら私どうなるんだろうという不安で泣きそうになる。

「ワゥーン!!」

 急にどこかで獣の吠える声が聞こえた。身体がこわばる。どこから?私は鳥さんにもらった魔よけの人形を抱きしめる。この人形があれば大丈夫だよね?だけど、だんだん吠える声は私の方に近づいてくる。獣の息遣いまで聞こえてきた。ガサガサ、目の前の暗闇から音がする。さらに息遣い。どんどん大きく。湿っぽい吐息まで……。魔よけの人形を抱きしめる力が強くなる。目をつぶる。

 湿っぽくて臭い吐息が顔に吹きかけられる、獣の息遣いが目の前に来ている。その存在は感じるが怖くて目が開けられない。すると突然顔に生暖かい液体がついた。「ヒエッ」思わず声を上げてしまう。さらに私の腕ほどある生暖かい何かが私の顔を触る。ねめっとしている。これは舌?おそるおそる目を開けると……。私の持ってきたナイフよりもとがって恐ろしい目が見えた。おそるおそるその目の持ち主を見る。ここからじゃ分からないけど、私の身体よりも確実に大きい。おっきい犬みたいなの、これはオオカミだ!オオカミが私の顔の前で大きな口を開けている!食べられる!!ごめんなさい。お母さん、ネロ。私こんなところで……。そう私があきらめた時だった。突然目の前が明るくなった。まぶしくて目を開けていられらない。続いて何かの爆発音、オオカミがそれまでの吠える声と違い、小さな子犬が驚いたときのような可愛らしい声を上げる。さらにその声が遠くなって、目がくらむような光がおさまり私が目を開けられるようになったころには、おそろしいオオカミはいなくなっていた。

「助かったのかな……?」

 私はその場にへたり込んだ。力が抜けて、立ち上がれない。一つ息をつく。

「珍しいな、こんなところに人間なんて」

 どこからか女の人の声が聞こえた。

「誰!?」

 さっきのオオカミや光や爆発音や、次から次へと色々起こって私は状況についていけなかった。

「初めましてお嬢さん」

 座り込む私の膝に急に黒い影が現れた。爪が食い込んできて少し膝が痛い。この黒い塊は、カラスだ。

「カラスが、しゃべってる!?」

「カラスがしゃべったらダメなのかい?」

 カラスはくちばしで自分の羽を繕いながら言った。

「いや、ダメじゃないけど、しゃべるカラスに会ったこと無くて……。気を悪くしたならごめんなさい」

「いやいや、気にしないで良いよ。人間の前に出ることなんてあまりなくてね。人間にとっては、しゃべるカラスは魔物みたいなものだろう。驚いても仕方ないさ。そもそもしゃべるカラスを私以外には見たことない」

「あなたが私を助けてくれたの?」

「ああ、そうだよ。危なかったね。あのままだったら君はあのオオカミの晩御飯になってただろう。まあ、ほっといても良かったんだけど、人間は珍しいからね。こんなところで食べられるのはもったいない。それに、あんたはどうやら良いやつらしい。雰囲気で分かる。良い人なら助けないとね」

 カラスはカアカアと笑った。

「さて、お嬢さん。もう立てる?早くここを立ち去らないと、さっきのオオカミが仲間を連れてくるかもしれない。面倒なことになる前に移動しよう。安全な場所に連れて行ってあげるよ」

 カラスは私の膝から飛び立ち、近くの木の枝に止まった。私は起き上がる。もう立てるようになっていた。

「ありがとう。ところで、カラスさん。あなたには名前があるの?」

 飛び立とうとしたカラスに聞いてみた。カラスは羽ばたき始めた羽を止まてこっちを向いた。

「自己紹介がまだだったね。私はクーラ、みんなからそう呼ばれているよ。あんたの名前は?」

「私はユメ」

「ユメか、良い名前だね。ついておいで」

 カラスは木から飛び立ち、私の肩の上に止まった。こんどは爪が痛くない。

「暗いと不安だろ?」

 クーラが何かごにょごにょ言ったかと思うと、目の前に小さな光が現れた。さっきの目のくらむような光とは違う、優しい温かな光だった。

「これ、何?魔法?クーラさん魔法使えるの?」

 私は光を指さしながら聞いてみた。

「しゃべれるカラスなんだから、魔法ぐらい使えるさ」

 クーラは、光を動かし始めた。私の周りをぐるぐる回り、一通り周り終えると、また同じように目の前で止まった。初めて見る魔法に私は感動した。

「クーラさんすごい!」

「こんなの当たり前だよ。さあ、安全な場所はこっちだ、急ごう」

 クーラは、光を進むべき道へ動かし始める。私はそれについていった。暗くなる森で紫の花を追いかけていた時のような不安は無かった。





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