side:▲■★「バニッシュ」
お待たせしました!そして感想ありがとうございます!
今回から誰かさん篇が始まります!長くなるか短く終わるか分からないですけど首を長くして読んでもらえると幸いでございます!!
◇
悪い事。とにかく悪い事をしなくちゃ。
虚ろな頭でそれだけを考え、長い、永い人生を歩んで来た。
一体何時からこんな事を続けて来たんだろう。
「―――――様!……様!」
呼び声がする。
僕の名前はなんだったか。
「エレキ様!」
ああ、そうだ。
僕の名前はエレキ。…そんな名前だったかな?
僅かな疑問を胸に、僕は歪な道を行く。
「なんだ、バニッシュ」
「なんだ、じゃないですよ!勇者様なのに5年も行方を眩ませて…!どれだけ心配したと思ってるんですかっ!」
勇者。そう言えば僕は勇者だった。
勇者って、何だっけ?
良い事する人?悪い事する人?
分からない。何も分からない。
深く考えれば考えるだけ頭の中がこんがらがる。
「いいだろ、別に。お前も僕みたいな奴を気にせずにどっかに行けばよかったじゃないか。キリエみたいにさ」
「どうしてそう皮肉をっ!…それに、キリエさんは……」
「…ああ、そうだった。使えなくなったから変な遺跡に置いてきたんだった」
「そ、そんな言い方!確かにちょっとおかしな人でしたけど!」
聖女のクセにやたらと淫らだった記憶がある。
しかし、あれから5年経ったのか。時間が経つのはあまりにも早過ぎる。
この5年間、これと言って大した事はしていない。と言うかそもそも何もしていない。
あの日、ヴェクトリッヒと言う村で会った黒髪の青年。彼の顔を見た瞬間だけは、僕の頭はハッキリとしていた。
良い事悪い事の区別はついたし、これまで行ってきた悪行全てに罪悪感を覚えて押し潰されそうになったりもした。
でも、彼がとても悲しそうな顔をして立ち去った途端、また頭にフィルターが掛かった様にぼんやりとし始め、結局元に戻ってしまった。
だけど何故だろうか?
あの青年の顔を見てから、悪い事に対して疑問を抱く様になってしまったのは。
どうして勇者が悪い事をしなけれぱいけないんだろう、と。
分からない。分からなくなったけど、とにかくそれからは悪い事をするのは止める事にした。
頭の中ではしつこいくらいに悪い事をしろと命令を下す僕が居る。
それすらも振り払って、僕は5年の月日を偶然見つけた大きな穴の中で、一瞬の出来事ではあったが、誰にも邪魔されない安らぎを得た。
唯一傍に居てくれていたバニッシュさえも置き去りにして。
「ところでバニッシュはこの5年間何処で何をしていたんだ?」
「ずっと此処に居ました」
「ずっと?」
「ずっと、です!だってエレキ様ったら突然現れた大きな穴に落ちていったきり帰って来ないんですもん!おまけに私だけ何やっても降りられませんし!」
プンスカと腹を立てるバニッシュを余所に唖然とする。
5年も、此処に居た…?
「ま、待ってくれバニッシュ。流石に冗談が過ぎる!だって此処には何も無かった筈だし、5年も居座るにはとても―――――」
見渡すと、そこにはとても立派とは言えない家が軋みをあげて建っていた。
見渡すと、使い古された焚き火の跡やボロボロの調理器具があった。
見渡すと、吊るし上げられたイノシシが助けを求めてブヒブヒと鳴き声を上げていた。
そう言えば、ここは森の中だった。食料なら探せば幾らでも見つかるだろうし、確か近くには川もあった筈だ。
水浴びだって出来るし飲水にも困らない。住もうと思えば住める環境ではある。
だが、たかがこんなくだらない人間の為だけに5年間も棒に振れるものだろうか?
結構深い森で思ってるより奥地に進んでいた筈だから、人目もなく、出会いもない、孤独の5年間。
帰って来るかも分からない相手を独りで待ち続ける日々は恐らくバニッシュにとっても耐え難いものであった筈だ。
でも、彼女は待った。
そして、出会った。
「―――エレキ様。人は、好きな人の為なら幾らでも待っちゃう生き物なんですよ?」
「バニッシュ…お前は……」
本当に嬉しそうに、幸せそうに微笑むバニッシュを見て僕は気付けば大粒の涙をポロポロと流していた。
僕は決して良い人間ではない。
これまでの悪行を考えれば、穢れに穢れた悪そのものとも言えよう。
だけど、それでもバニッシュは僕の事を好きだと言ってくれた。
嬉しくない筈がない。悪い気がする訳がない。
心に渦巻いていた闇が、光に照らされて悶え苦しむのを感じながら、僕はバニッシュを抱き締めた。
「バニッシュ…バニッシュ…!!」
「はい、エレキ様…気の済むまで、こうしていていいですから…」
「ぅぅ…ぅくっ…!僕は、僕は…!!」
忘れていた人の温もり。
途絶されていた記憶。
永く動く事のなかった感情。
凍り付いていた氷を静かに、しかし激しく燃ゆる炎が少しずつ、確実に溶かしていく。
『その先に踏み込んでは行けない』
――――黙れ。
心に潜む闇が僕に語り掛ける。
『お前に光は似合わない』
――――それはお前が決める事じゃない。
そう、例え誰がなんと言おうと、僕はもう立ち止まる訳にはいかない。
『今更元に戻れると思うな』
――――戻るんじゃない。変わるんだ。
以前までの僕ではきっと彼奴には勝てない。
勝つ為には、変わる必要がある。
『どう足掻いても無駄だ。どうせまた闇に飲まれる』
――――その為の仲間だ。
仲間がいれば、それだけで心は晴れる。
きっと、今の僕みたいに。
そうだ。変わると言っても何も難しい事じゃない。
独りで駄目なら皆で、それでも駄目なら仲間を増やす。
今の時代は独り善がりでは生きてはいけないのだから。
バニッシュがそう僕に気付かせてくれた。思い出させてくれた。
『ならば見せてみろ、お前の覚悟を―――!!』
――――覚悟は必要無い。必要なのは、一歩を踏み出す勇気だ。
止まっていた僕の時間が動き始める。
既に闇の気配はなく、ただ暗闇に僕は佇んでいた。
「ここは…」
辺りを見渡すが何もなく、あるとすればそれはこの空間の中央で眩く輝く光のみ。
不思議とその光に惹かれて、僕は手を伸ばしてみる。
「っ!!」
光に触れた瞬間、頭の中に見た事のない筈の光景がフラッシュバックし、その中にあの黒髪の青年の姿もあった。
「こ、れは…!」
世界の現状、そして未来までもが頭の中に流れ込み、これから247日後に起こる出来事を知る。
そこで僕がどう動くか次第で未来が左右されるらしい。
そして、多すぎる情報量に考える暇もなく、今度は黒髪の青年の記憶が流れ込んで来た。
「…聖月、レイ……」
聖月。それは僕の姓と同じだった。
つまり、聖月レイは僕の子孫にあたる存在で、僕は彼のガールフレンドを寝取ってしまった訳だ。
不可抗力だったとは言え、本当に申し訳なく思う。
土下座して靴を舐めてでも謝りたい気持ちに胸を駆られるが、今は悔やんでも仕方がない。
「行かなきゃ」
世界の為に。未来の為に。償いの為に。
僕は今一度立ち上がらなければいけない。
誰でもない、僕を待ってくれている人の為に。
「僕に力を貸してくれ―――――ハルストゲレム!!」
光がより一層強くなり、視界を埋め尽くす。
少しして、光が収まる頃には純白の剣が僕の前に存在していた。
『待っていました―――――ずっと』
「え…?」
景色が一転する。
風に吹かれてさざめく木々。その隙間から射し込む陽の光。
間違いない。此処はさっきまでバニッシュと居た場所だ。
しかし、辺りに視線を走らせても家や焚き火が見当たらない。さっきまで確かに此処にあった筈のものが、存在しない。
あの光景は幻覚…?僕は今、ようやくあの穴の中から出てきたのか?
そう思考するや否や、目を開けていられない程の突風が吹き付け、釣られるように僕は後ろへ振り向く。
「―――――あらら、勇者復活しちゃった??」
「……誰?」
目に見える程の風を身に纏い、宙に浮く謎の男へそう投げ掛ける。
すると男は不敵に笑ってみせた。
「誰でもいいっしょ?それよりもさ、君の捜し物ってこれだったりする??」
飄々とした態度で男が汚い物を持つ様にして見せてきたそれは、力無くぐったりとした青い髪の女の子だった。
動き易さを重視しつつ、可愛らしさも兼ね備えた衣服はボロボロに切り裂かれ、華奢でまだまだ若々しい、本人曰くプニプニな腕やスラッとした脚に関しては欠損してしまっている。
僕は思わず聞いてしまった。
「……その子に何をした」
「何って、俺は君に用があるのにぃ、一々こいつが邪魔するからさーぁ??」
ニタァッと醜悪な笑みを浮かべて男は続ける。
「殺しちゃった☆」
「お前っ…!!」
頭に血が上る。昔からの悪い癖だ。怒ると後先考えずに行動してしまう。
僕はなんとか衝動を堪え、男を睨み付けるに留める。
「殺す必要はなかった筈だよ」
「いやぁーん!つい楽しくてねぇーえ??さっきまではピャーァピャーァ鳴いてたんだけどぉー!もう鳴かないね??どうしてかなぁ??あっ!!そうか!死体ってもう鳴かないんだっけぇー!?!?」
完全にブチ切れた。
後書きで何書こうか悩む度に真っ先に浮かぶなすび。
これは僕の頭が悪いのかそれともなすびが悪いのか。




