山と言えば修行ですよね
お待たせしました!たくさんの感想ありがとうございます!(大袈裟侍)
また修行編が始まってしまいます。よろしくお願いします!
◇
「て、テンペストドラゴン…!?僕は今、夢でも見てるんでしょうか…!?」
あたふたと慌てふためく運び屋の青年を一瞥し、このままスエナと攻防を続けたって埒が明かないと思った俺は光の盾を空間に固定し、後方に飛び退く。
「久し振り…って言いたいとこだけどよ!まずはこの状況をどうすれぱいいか教えてくれ!」
『そいつを行動不能にすればいいだけの話だ』
「行動不能…」
出来ればスエナを傷付けるなんて事はしたくない。なら傷付けずに行動不能にするにはどうすればいいのか。
そこで思い付いたのは監獄でも使ったテルクアレイだった。
対象から何かを奪う光なら、傷付ける事なく意識を奪える。
「そう言う事か!なんだ、考えれば簡単な事じゃねえか!」
「その簡単な事が思い付かなかった馬鹿はどこですかねー?」
キョロキョロと辺りを見渡すクンリに青筋不可避。
煽らないと気が済まないのか、この女。
「ちょっと寝ててくれよ、スエナ」
当たった事に気付かない程の速度で光はスエナから意識を奪ってしまう。
スエナへ駆け寄った俺は彼女が倒れる前にそっと身体を支えた。
『その娘が目覚ぬうちに山頂へ行くぞ。乗るがいい』
そこでようやく地に足を付けたテンペストドラゴンが背に乗る様に促す。
遠慮無く俺はスエナを抱えたままテンペストドラゴンの背に飛び乗り、乗り心地を確かめる様に背をパンパンと叩く。
「んー!やっぱ見た目に対して座り心地抜群だなアンタ!」
『我にそうやって無礼を働く奴は後にも先にも貴様だけだ…全く、あの日から成長が見られんな?』
「強くはなったつもりだぜ?」
『その様だ―――ところで、貴様達は何をしているんだ?』
「す、凄い…まさかあの高潔なテンペストドラゴンの背に乗る日が来ようとはな…」
『おい娘…その割には随分と軽率に頬擦りしておるではないか』
「いや、なんだ…その、凄くスベスベだぞ…」
『感想を求めた訳ではない!』
いつの間にか俺の後ろの方ではキリエが大の字になり、テンペストドラゴンの背に張り付いて頬を擦り付けている。
ビキニアーマーでその絵面は本当にやばい人そのものだ。
「不思議ですね。感触は柔らかくて弾力があるのに傷一つ付きません」
『その物騒な魔法陣を今すぐしまってもらおうか』
「何故です?」
『なぜ…?分からんのか…?本気で…?』
操陣術を用いて鱗に傷を付けようとするクンリを止めたらまさかの疑問が浮上して困惑してしまっているテンペストドラゴン。
可哀想に。まともな奴がいない。
「久し振りの父上の背はやはり広いのー!快適じゃのー!」
『はしゃぐな、娘よ。そして自分で飛べ』
「えぇー!?乗せてくれぬのかーー!?」
年甲斐もなくはしゃぐリリネシアに冷たきお言葉を投げ掛ける父。
その厳しさに流石の娘も吃驚仰天。開いた口が塞がらない様子だ。
「あれ?アンタは乗らないのか?」
「い、いえ!!僕は運び屋ですから!世界中に頼まれたものを運ぶのが仕事ですから!忙しい身なんで!!お気持ちだけ受け取っておきます!!あっ!!スエナさんによろしくお伝え下さい!!そ、それではーー!!」
秒間5回くらい頭をペコペコ下げて早口でそう述べた運び屋の青年は、慌てて手綱を握ると謎の馬を走らせて脱兎の如く山を降りていってしまった。
あの足があれば旅ももっと快適になるのに。惜しい奴を失くした。
『これで全員だな。では行くぞ』
圧倒的飛翔力。
気付けば俺達は山頂へ到着していた。
「すげーー!!はえーーーっ!!」
「あっと言う間に着きましたね」
「これがドラゴン…凄まじい飛行性能だ」
「や、やはりちちうえははやいのじゃ〜」
結局自分で飛んで来たリリネシアは小さな翼を忙しく羽ばたかせ、弱ったハエの様に後を追って到着する。
そのままだらしなく舌を出して地面にバタンキュー。相当お疲れみたいだ。
「生きてます?」
「もうダメじゃ」
「そうですか…」
「墓を作ろう…」
クンリとキリエが倒れ伏すリリネシアを見限り、地面をシャベルで掘り始める様子を眺めていると不意に何者かが俺の傍に現れる。
「…全員揃ったな」
いつの間に人の姿に変身したのか、逆立った銀髪の男が腕を組んで立っていた。
声の感じからしてテンペストドラゴンだろう。
「それがアンタの人化か」
「そうだ。常にドラゴンの姿であり続けるのも色々と不便でな。神黎山に居る間はこの姿を取っている」
「ふぅーん」
「急に興味を無くすでない!」
「だってさー、リリネシアで散々驚いたしなー」
「それもそうか…」
少しの沈黙の後、テンペストドラゴン―――グレイスを見て俺は村から出て来て初めて会ったのがこいつだったな、と思い出に耽ける。
「…改めて、久し振りだな」
「久し振り…と言うがまだあの日から1週間しか立っておらんぞ」
「えぇ!?そうなのか!?」
でも思い返せばそうかもしれない。
テンペストドラゴンと会って空守の里に行って山を越えてエレボスでつえー奴大会にエントリーして路地裏で寝てようやく1日。
そこからつえー奴大会で負けてセスタランドに行ったんだが、セスタランドでは日が暮れなかったからどれだけあの場所に滞在していたのか分からない。
ここに戻って来てすぐ投獄され、それから神黎山に向かって3日が経過し、今に至る。
1週間と言う事は俺達はセスタランドに3日間滞在していた事になる。
体感では大分旅して来たつもりだったが、思えば1週間の出来事だった。
「それでも久し振りと感じるならば、それは貴様達がこの短期間で多くの修羅場を潜り抜けて来たと言う事だ」
「こ、濃ゆい1週間だなぁ…」
「逆に誇るべきであろうな。たった1週間で、貴様はここまで強くなったのだ。正直、見違えたぞ」
褒められて悪い気はしない。
確かに1週間でこんなに力を付けられたのは普通に凄い事だ。
換装に勇気。黒桜との融合に光の力。皆の力を借りながら、俺はここまで強くなれた。
多分、1人なら無理だった筈だ。
それでもここまで来れたのはやはり、仲間が居たからだろう。
ユリウス、アリアナ、ライオット、ルナ、クレジア、ライリアル、クンリ、キリエ、黒龍。
本当に、多くの仲間のお陰だ。
「この力で、皆を守れるかな」
「端的に言えば、まだ足りない」
「足りない…?」
「貴様の力はどれも中途半端なのだ。浅く広く力を持っていても肝心な時に力及ばず、負ける事になるだろう」
まるで俺の力は全て見通していると言わんばかりにグレイスは告げる。
「大いなる脅威に対抗する為には数多の力を統一し、それを極限にまで鍛える必要がある」
「力を統一…」
「付け焼き刃を幾ら持ったとて強大な力の前では無意味だ。今回、貴様をここへ招いたのはその力を一つのモノとして完成させる為なのだ」
換装も、勇気も、剣術も、光も。
グレイスの言う通り、全て付け焼き刃に過ぎない。
使いこなせているかと問われれば答えは否。持て余しているまである。
恐らくグレイスが言いたいのは、これらの力を全て持て余す事なく個の力として扱える様になれ…そう言う事なんだろう。
「…俺が呼ばれた理由は分かったけど、他の皆はその間どうするんだ?」
「我が娘、リリネシアに鍛え直してもらう。ああ見えて戦闘に関しては我をも凌ぐ故な」
「なるほど…つまり、修行編再来って事だな!」
「そう言う事だ。これから3日間掛けて貴様達を完全なものへと仕上げてやる」
そう宣言したグレイスの目には、熱く燃え盛る紅蓮の炎が灯っていた。
この様子だとこの3日間、大分扱かれそうだ。今のうちに覚悟を決めよう。
俺は視界の端で土に埋もれていくリリネシアの姿を見ない様にしながら、「着いてこい」と歩き出すグレイスの後を早足に追い掛けるのだった。
なすびって1回打とうとする度に5回くらいなずびって打ち間違えるんですけどもしかして濁点が先走ってるんですかね




