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「ね、聞いた?ラットリン男爵令嬢、なんと神殿に招かれたって!」
「聞いた聞いた!聖女様と親しくなったって、神殿騎士が言ってたもの!」
「ラットリン男爵令嬢、白銀の騎士様との縁談を断ったと聞いたから安心してたのに…」
「まさか、聖女様の方面から騎士様に近付こうと…?!」
「何よそれっ、許せない!」
「マーヤ・ラットリン、許すまじ!」
「ねえ聞いて!なんと、なんとね!白銀の騎士じゃなくて、マーヤとして、聖女様と親しくなれたの!」
「聞いてるよ、マーヤ。おめでとう。君に友人が増えるのはいいことだ」
星祭りの翌々日、マーヤは嬉々として自分にそう語ってくれた。
マーヤは、マーヤとしての友人が少ない。というのも、白銀の騎士としての時間の方が長いせいもある。しかし、貴族としては微妙な立ち位置のラットリン家の娘と、わざわざ親しくなろうとする人間がいないというのも、また事実だった。だから今回のことは素直に喜ばしい。
…喜ばしいけれど、いつも通り広場の女の子たちが話していた内容を思い出すと、なんとも言えない気持ちになる。
「……?どうしたの?随分表情が冴えないけど」
「…いや。それより、どうして聖女様と親しくなれたんだい?」
そう尋ねれば、誰かに話したくて仕方がなかったのだろう。マーヤは満面の笑みで喋る喋る。
「それがね!怪しい動きをする男を見かけて、着いて行ったら聖女様の護衛を倒して彼女を拐おうとしていたから、その男を背負い投げて追い払ったのよ。そうしたら、是非お友達なりませんかっておっしゃってくださったの!」
ゴリラなんて言われなかったわ!とマーヤは大喜びだ。
「あ、でも不思議なこともおっしゃっていたわ。マリクはどこ?とか」
「マリク…なんて人、神殿にいるの?」
「ううん。私の知る限りそんな人はいないし、聖女様は私の方を見てそうおっしゃったわ。誰かと待ち合わせていたのかしら」
マーヤは不思議そうな顔をしていたが、次の瞬間にはその頰は緩みきっていた。よほど同年代の友人が嬉しいらしい。…親友として、ちょっとジェラシーを感じる。
「…それで、誰か男友達くらいはできたの?」
「う…うーん……聖女様の護衛をしていたルヴァスっていう、白銀の騎士の同僚が、私のことを『うわあいつありえねえ』みたいな目で見てはいたけど…」
「それどう頑張っても友好的じゃないよね」
「でも、マーヤとして会えたのよ。一歩前進!そう思わない?」
確かに、否定する気は無い。あまりに小さいけれど、確かに一歩進んだ…はずだ。きっと。多分。
「あ、そうだ!それで、今度お城でお茶会があるんだけど是非来ませんかって、誘われたの!」
「へぇ、やったじゃないか!」
「でしょう!?聖女様のお友達として誘われるなんて光栄だわ。目一杯楽しんでくるわね!」
…どうやら、彼女は本筋を忘れているらしい。婚活はどうしたのさ?
「…まぁ、そうだね。でも、結婚相手を探すのも忘れないで」
「はっ…わ、忘れてないわよ!えぇ、そう!」
これは確実に忘れていた。間違いない。
「はぁ…そのお茶会、誰がくるのか聞いてるの?」
「えっと…護衛としてルヴァスと団長。客人は私とイリアーナ王女殿下と、あとは聖女様と親しい子息や令嬢がいらっしゃると聞いたわ」
「待って王女殿下?」
「?えぇ、王女殿下」
…確かに、聖女様と王女殿下は仲がよろしいと風の噂に聞いていたが、この口振りでは間違いなく、マーヤ以外は高位貴族。マーヤが場から浮くのは目に見えている。
「…その、どうして王女殿下が?男爵家の令嬢である君と王女殿下が同じお茶会に招かれるなんて…」
「そうなのよ、そこが問題ではあるけれど…聖女様のお招きを断れるわけないわ。聖女様はこの国の階級に縛られない唯一の方。彼女が私を招くと言ったら、拒否権なんてないもの」
「…それは、確かにそうだけど。マーヤは変なところで達観しているよね。婚活が上手くいかなくて泣いているときの君とは大違いだ」
「よっ、余計なお世話よっ!!とにかく、私はこのお茶会で粗相をしないようにしながら、誰かお嫁さんを必要としている男爵家くらいの家格の男性の話を集めてくるから!そうしたら婚活再開するからね!あなたもそのつもりでいてよ!」
婚活に必死だというのに、きちんと家格が釣り合うかどうかを気にするあたりが、なんというか彼女らしい。夢見る乙女は大体が玉の輿を狙っているというのに。
「…分かったよ。いい情報が得られるといいね」
「えぇ!…あ、ごめんなさい。団長に呼ばれていたんだったわ!」
「なら自分もお暇するよ。また呼んで」
「えぇ、ありがとう!」
一緒に家を出て、マーヤは大急ぎで城に向かう。…ちなみに、甲冑は魔術で編み上げるものらしく、どこでも脱ぎ着が可能だ。
「…聖女様……なんか、少しきな臭い感じがするんだよな」
マーヤの友人になったと言うから、あまり悪く言いたくはない。けれど不穏な気配がマーヤに近寄っているのは、きっと気のせいではなかった。