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「ねえ聞いた?あのラットリン家のご令嬢、この間の夜会に来ていたらしいわよ」
「へぇ…ていうか、あの家に娘なんていたのね」
「ね、私も驚き!…それで、なんとあの白銀の騎士様との縁談が、彼女に出たらしいのよ!」
「ええ?!!あ、あの方と、縁談?!何よそれ、突然出て来て、なんて羨ましい!」
「……さて、噂は聞いてるけど」
「うぅ……」
マーヤは机に突っ伏したまま動かない。…その傷の深さも、分からなくはないけれど。
「…まさか、自分との縁談が出るとはね」
「せ、せっかくドレスの新調までしたのに…無駄にお金のかかるエステにまで行ったのに…!私に持ってこられたのは、白銀の騎士なんてのとの縁談だけ…!素敵な出会いは?麗しい男性は?煌びやかな王子様は、…どこなのよ…!!」
マーヤの魂からの叫びが響く。…そうだね、流石に今回は、同情を禁じ得ない。
マーヤはきっと頑張ったはずだ。何と言っても、自分のこれからの人生がかかっている。きっと苦手なダンスも、マナーも、頑張ったのだろう。そんなことは同じ場にいなくても嫌でもわかる。なにせ親友なのだから。
問題なのは、それを目に留めたのはなんと彼女の上司である騎士団長だった、ということだ。
騎士団長はマーヤをいたく気に入り、そして同じくお気に入りの部下である白銀の騎士との縁談を、よりにもよってマーヤに持ちかけたのだ。
「一応聞くけど、断ったの…?」
「っ当たり前!まさかそんなことで私をあの白銀の騎士本人と疑うなんてあり得ないけど、もしその縁談を受けちゃったらマーヤか白銀の騎士のどちらかは来られないもの。それでわざわざ評判を落とす気なんてないわ…あぁ、なんであそこに団長が…」
気合を入れて臨んだぶん、落ち込み方も半端ではない。今日の彼女はお酒を飲むような気分にもなれないらしかった。
「…よかった、ちゃんと正気で」
「団長から、いい縁談があるって言われた時は小躍りしそうだったけどね。…まさかこんなところで、白銀の騎士が足枷になるなんて思ってなかったわ」
「娘たちや騎士団員からは人気だろう?」
「そうだけど!それとこれとは別よ」
話しているうちに、だんだんと元気が出て来たらしい。マーヤは次の婚活イベントを模索し始めた。
「うーん…やっぱり定番はお祭りとか?」
「確かにその通りだけど、君は大体のお祭りでは警護に駆り出されるだろう」
「そこが、一番の問題なのよね…」
マーヤが立ち上がり、今度はソファに座った。ぎしり、とソファが音を立てる。…マーヤの体重ごときでソファが壊れるとは思っていないけれど、ちょっとホッとした。
「…そう言えば、今度の星祭りは自由な服装で来ていいって言われたわ。万が一の時にきちんと駆けつけられるならどんな服装でも構わないって」
「なら、そこで甲冑を脱いで行ったら?万が一の事態なんてそうそう起こらないだろうし」
「……そうかしら。あなたの言うことを疑うわけではないけど、悪事は気を抜いた時に起こるもの。…いつ何時も、私たち騎士は万が一、億が一という事態に備えていなきゃ…」
「きっと、君なら甲冑を着ていても着ていなくても、人々を守れるよ。だって君はマーヤ・ラットリンだ」
「…そこが問題なんでしょ!少なくとも見た目は普通の女の私が、賊をばったばったとなぎ倒すなんて!」
「かっこよくない?」
「かっこよくない!!」
…一体何が彼女をそこまで頑なにさせるんだろう。強い女の子はかっこいいと思うけれど。
「…じゃあ星祭りは無理かな。他に良さそうなお祭りは…」
「……ううん、行く。とにかく出会いを見つけないと、でしょ?」
マーヤが困ったように笑ってそう言った。…どうやら、自分の言葉は決して無駄なわけではないらしい。
「そうだね。…さて、どんな格好をして行くのか聞いても?」
「え…………そう言えば、私はドレスか部屋着か甲冑しか…持ってない…わ、ね…?」
なんかもう前提がダメそう。
「よし買い物に行ってくるよ。君のセンスは時々奇抜すぎるから、自分が無難で可愛いものを選ぶ」
「き、奇抜…?そう言われたことはないけど」
「君の服を決めるのは基本的にメイドだろうからね。甲冑に奇抜も何もないし。覚えてる?昔君が『これがいいと思うわ!』なんて言いながら、自分に妙な形をした帽子をプレゼントしたこと」
「…あ、あれね。って、妙な形っ?!」
…分かっていたけど、彼女は本当に、心から、あの帽子が自分に似合うと思ってくれたらしい。親友がくれた贈り物、喜ぶべきか悲しむべきか。
「とにかく、自分は買い物に行くから、マーヤはここで待っていて。あとお酒は飲まないように」
「はーい…」
家を出て、向かうのは洋服屋だ。マーヤに似合うものが見つかればいいなと思いながら、自分は足を進めた。
最終的に、店員のイチオシだという服を何点か買い、自分としては大満足の結果に終わった。…マーヤは、微妙な顔をしていたけれど。