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幕間15 ハインとインシェルド

話中でハインたちが話してる地図はこれです。

挿絵(By みてみん)

「首尾は順調かな?」


「ふん。よくもまあ、ぬけぬけと」


 皇都皇城の執務室に忽然と現れた盗賊王ハインに驚くことなく、書類整理中だったインシェルドはばんっ、と勢い良く朱印を書類に叩きつけるように押すと、それを処理済の小箱に移した。


「皇族をやめる、などと宣言したのではなかったのかね? いいのかな、皇城内をうろつく姿を見られても?」


「辞めたとは言ったが、オレの生まれはこの皇城だ。実家に戻るのに許可など居るものか」


 笑って、ハインは腰に下げた小袋(ポーチ)から、小さな布巻ハーブを取り出し、口に投げ入れた。


 チューインガムの要領で口中で噛み締めしゃぶることで、濃縮ハーブの清涼な味わいを長く楽しむ嗜好品のひとつである。


 無論、完全にハーブティ中毒に陥っているハインのために、虎徹が商会で開発したものだ。


「親父殿……、いや、皇帝陛下も兄上たちも、下々の些事には興味なぞない。あるのはただ侵略拡大のことだな。――領土拡大政策が建国以来の帝国の唯一方針故、な」


「ふむ。――しかし、既に限界を迎えていることは知っておるのじゃろうの?」


 二人きりの執務室を勝手知ったる如く動き、質のいいソファにどっかりと腰を降ろし勝手に茶菓子を物色し始めているハイン相手に、インシェルドも気にした風もなく次の書類を取り出し片眼鏡を付けて細かい文字を読みつつ、目線も合わせずに尋ねる。


「当たり前だ。拡大政策と言えば聞こえはいいが、要するに労働力を戦争奴隷に依存して人件費を削減する無償労働が繁栄の基礎になっているだけのこと。現に」


 テーブルの上にあった小箱を開いて上質のクッキーを摘みつつ、ハインは皇帝の政策批判を続ける。


「ここ数十年は国境線の拡大が停滞し、紛争回数自体も減っているが故に、増えぬ戦争奴隷の代わりに国内の獣人族を捕らえて奴隷に落としている。……それも、限界を迎える頃合いだろう」


「――時に、おまえさん、内需拡大政策と同時に、何か別のことを進めておらんか? 例えば……、貨幣関連じゃが」


 ……暫し、二人の間を沈黙が支配する。


 先程と同じように、ばんっ、と朱印を押すインシェルドの所作を合図にしたように、ハインの方から切り出した。


「貨幣に関しては、盗賊ギルドの方で24金の金貨を流通させている」


「国内の18金貨幣を鋳潰しておるじゃろ? 今はまだ枚数上は目立たんが、支出と納入の辻褄が合わなくなりつつあるようじゃ」


「そちらで上手く誤魔化しておいてくれ。なに、困るのは貴族だけだ。民は苦しまないように調整している」


「……簡単に言ってくれる。要するに、裏帳簿を作れ、と儂に指示しておるのじゃぞ?」


 悪びれもせず、軽く肩を竦めるだけに留めてハインが言う台詞に、インシェルドは不快感を表情に出して語気を強めた。


「18金の金貨を収集して24金の金貨として世に出せば、いずれ税として国庫に集まる金貨の枚数が少なくなり、金貨の質を落として鋳造し増やさざるを得なくなる。……貨幣経済を混乱させるぞ?」


「貴族には白金貨でも与えてお茶を濁せばいい。――庶民相手には使えない貨幣だ、今後も商会の商品を買うために、国内外から全力で金貨を集めてくれるさ、貴族たち自ら」


 にやり、と口の端を歪めて笑うハインに、インシェルドは深々とため息をつき、次の書類を手に取った。




 ――ハインが狙っているのは、帝国国内金貨の流通量の削減だ。


 金本位制で『金貨の金含有率が高いほど貨幣そのものの価値と信頼性が上がる』ことを利用して、故意に帝国国内標準の18金金貨を、盗賊ギルド発行の24金金貨に置き換えている。


 金貨そのものの価値は帝国貨幣変換法で定めている通り、金貨:銀貨で1:100の変換率は維持されるが、金を鋳潰して銀などと混ぜるエレクトラム貨で貨幣枚数を増やすことが行われるため、金貨の使用の際は天秤などを利用し金含有量を計ることは取引の基本であり。


 24金金貨という高品質金貨の流通量が今後も増加すれば、帝国の標準金貨の金含有量もそれに合わせざるを得なくなる。


 ――それは、帝国の金資源の強制的な浪費、経済力を疲弊させることを意味する。


 それに……、白金貨(プラチナ)金貨(ゴールド)銀貨(シルバー)銅貨(カッパー)の四種類が帝国貨幣だが、実際は白金貨(一億円相当)は国家間または豪商の、金貨(百万円相当)は貴族の専用貨幣として流通している実態があり。


 ハインの言う通り、庶民は金貨の流通枚数が減ったところで、生活のメインは銀貨(一万円相当)および銅貨(百円相当)に主流があるため、生活に殆ど影響がない。


 それに、金貨や白金貨を入手したところでそこらの商店が釣り銭を用意出来ないため、使用自体を断られ……、両替商を頼らざるを得ず、そこに前もって盗賊ギルドが息を吹きかけておくことで、安々と18金金貨を入手することが出来る。


 前々から盗賊ギルドおよび虎徹の商会が用意する商品の販売する相手に貴族が必ず組み入れられているのも、金貨の交換を狙ったものなのだろう。


 また、流通させる24金金貨は表面に蒼銀(ミスリル)コーティングを施してあるため、蒼銀(ミスリル)を唯一扱えるドワーフ族以外には再鋳造不能となっているのだった。




「代替の施策はあるのかの? ただ金資源を浪費させているだけでは、国内ではなく国外から金貨を集めるようになるじゃろう?」


「無論。というか、内需を拡大し国内だけで経済が回るようになれば、侵略拡大戦争を続ける大義名分がなくなる。――どちらにも旨味はあるさ、商売の基本だ」


「インフレーションという『経済戦争』を仕掛けようとする悪人の言葉とは思えんな」


 人好きのする笑みを浮かべるハインを初めて見やり、インシェルドは素っ気無く答えた。


「まあ。正直に言えば、オレはエメリアス要塞は敵に渡し、国境線をアントス川まで縮小すべきだと思っている。――軍事費が掛かりすぎだ」


「それには同感じゃの。北方の山脈と西南の火山に挟まれた難攻不落の要塞じゃが……、維持費が半端なさすぎる」


「南のジェリト金山もそうだな。西方大森林を切り開けずに北方のエメリアスとの直通路がないので、エメリアス要塞の補給はアントスに頼り切りにならざるを得ない」


「……補給路に不安が?」


「ああ。というか、国境方面軍の下っ端が隠蔽工作しているが、既に何度も奪われている。ジェリトからエメリアスへの軍資金の輸送路が西部国境付近に伸びているからな。――オレの予想では、海賊ではないかと思っている」


 皇城奥深くまで簡単に入り込める密偵を多数抱えた盗賊王ハインからの情報である。確度は高いだろう。


「ふむ……。難しいのう。皇都とジェリトの間の金山は帝国の生命線じゃ、エメリアスはどうでもいいが、先に防衛線を構築した後でなければ」


 ハインの述べる国境線縮小は難しい、と、軍政にも関わる宮廷魔術師の立場のインシェルドは続けた。


「最悪、ジェリトを奪われても金山の南に防衛線を構築すればいい。山と海に挟まれた狭路で、帝国海軍の援護も期待出来る。――目下、張子の虎だがね」


 この部屋に来て初めて苦笑を見せたハインに、インシェルドも同じく苦笑いを浮かべる。




 帝国の版図を支える軍は陸軍主体で、一応海軍力は保持するものの、海を越えて対岸の森林に版図を広げようにも無人の密林が広がるのみで人類生存圏ではないため。


 目下、稀に豪商が大量輸送に利用する輸送船を護衛するための帆船をいくつか抱えるのみの小戦力しかない。


 その、帆船自体も需要が少ないため技術が発展せず、小型の帆船が陸伝いに移動する程度で、物語のように巨大帆船の船上で白兵戦を戦う、などという華々しい活躍は建国以来一度もない。




「まあ、それはおいおい考えるさ。国境紛争自体はもう少し『小骨』を弱体化させるまでは続いていてくれないと、困るからな」


「小骨、とは良い表現じゃが……、皇族の次席争いはそろそろ呼吸困難でないのかの? 席次を争う儂にとっては有り難いが、先日は宮廷魔術師次席の、お前さんのすぐ上の兄が不慮の事故で死亡したそうじゃし」


「……病死、ということになっている。上の兄貴は元々病弱で、肌色を健康に見せようと男の癖に白粉(おしろい)を常用していたからな。鉛中毒でいつ死んでもおかしくはなかった」


 ふと、その言葉に、インシェルドは片眼鏡を外し、裸眼でハインを見据えた。


「――不思議じゃの? なぜ、白粉に鉛が含まれ、重金属中毒が人体に有害じゃと知っておるのかの? 『この時代にはない知識』のはずじゃが」


「……インシェルドが『先々に確実に起こるイベントの内容』を話せないように、オレにも『情報源を教えられない』という秘密がある。――ここは、お互いにそれで良しとしないか?」


 不意に訪れた沈黙。


 ――緊張感にも似たそれを、先に破ったのはハインの方だった。


「さて、長居が過ぎた。『喉に刺さった小骨』への対処はいつも通り任せる」


「儂が帝国の実権を握るために、『小骨』の方に……、勇者らの側に付くとは考えんのかね?」


 抜け道でもあるのか、扉の方ではなく柱の陰の方に歩こうとしたハインの足を、インシェルドの言葉が止めた。


「不思議ではなかろう? 儂はこの皇城では末席で新参の宮廷魔術師だ、のし上がるには有力なパトロンを得る必要がある。――同じく新参で、カスパーンに代わって北東方面領土を引き継ごうとしている勇者らに与する方が、出世は早かろう」


「『獅子身中の虫』になると? コテツ嬢の怒りを買うぞ?」


「なに、元々親しい仲でもない。嫌われたところで痛くも痒くも」


 同じく部屋を出るのか、執務机に立てかけてあった立派な装飾の杖を手に取り、立ち上がったインシェルドは、ハインの背後を横切りしな。


「……そうじゃな。密偵にレイメリア自ら、というのは勇者らとの距離が近づく以上、危なくなるじゃろう。別の連絡手段が欲しいの。例えば――、インダルトの持つ、『神核』のような魔法具を」


 神核を作り、脱着を行えるのは現段階では神術の知識を持ち、不可思議な錬成技術をも併せ持つ消息不明のシンディだけである。


 つまり――、インシェルドの要望は、シンディの早急な捜索。


「解った。時間は掛かるだろうが、善処する。――早まるなよ? 大賢者が本気で敵対するなど、考えたくもない」


「儂はあまり困らんがの」


「オレは大いに困る。コテツ嬢の不興を買うと、『これ』を卸して貰えなくなるからな?」


 言いながら、インシェルドに見せるように腰から新しい噛みハーブを取り出しつつ、それを再度口中に放り入れ。


 壁の一部を操作するなり、ぐるり、と回転した絡繰り壁の向こうに、ハインは吸い込まれるように消えた。



ここで幕間終わりー、次話から第四章、『商会篇』が開始でっす。

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