幕間14 ムギリとインディラ
さり気なくムギリさんシリーズ全作で幕間常連になってることに気づいたなど。
「あー、せやせや、そこらへんやな? あんじょう、ええ具合やなあ」
「それは良いことじゃが。……お前さん、そろそろ、前を隠すとかそういうのは、ないのかね?」
インディラに言われた通りに照明器具を調整していたムギリは、言いながら壁の一部に手を当てるとするりと溶けるようにその壁に潜り込み、ステージの上でスポットライトを浴びるインディラの隣に床から飛び出した。
「え、ウチ? いややわあ、これは衣装ですえ? ……殿方の目から見ても、似合うとりますやろ?」
ムギリに答えつつ、スポットライトに当たり金色に輝く前髪を軽く掻き上げしなを作るインディラ。
その扇情的なポーズをまじまじと見ながら、はっ、と我に返ったムギリは慌てて顔を赤らめつつ視線を逸した。
「しかし、いくら衣装じゃとはいえ、男性を前に下着姿でうろつくとは、恥じらいはないのかの?」
「ふふっ、こういう衣装ステージは皇都の貴族の前でもよくやっとりますから。あちらでは女性限定ではなく、ご夫婦招待もありますよって、恥じらいというのはもう、あまり?」
「なるほどのう。ワシはもう少し恥じらいのある慎み深い女性の方が好みじゃの。……で、ワシの妹分の手も借りたい、とか言っておったの?」
相変わらず目のやり場に困りながら、努めて視線を床に映るインディラの影に固定しつつ、話を切り出したムギリに、インディラは大仰に頷いて見せた。
「前回のショーが好評やったさかい、定期的にやることにしたんどす。けど、衣装の数にモデルの数が追いつきませんよってな」
「なるほどのう。しかし、あいつらにこのような大事を頼むとは……、失敗してもワシは責任を持たんぞい?」
「……何か、心配事でもありますのん?」
明らかに失敗を前提としているかのようなムギリの口調に、インディラは少々訝しげに尋ね返す。
「例えば、何か以前手痛い失敗をやらかしはった、とか?」
「手痛い失敗と言えばそうじゃが……、あの娘らは注意力が散漫すぎての」
「注意力、ねえ? でも、ここの会場は前回ですら満席立ち見が出たくらいですよって、観客を前にしてで注意力散漫になるくらいの度胸があるんやったら、そっちの方が好ましいですわあ?」
ムギリに言いながら、インディラは虎徹の側近メイド衆という三人に連れられてやって来たアユカの緊張っぷりを思い出す。
ステージ袖から出て中央の踊り場まで歩き、ターンして逆の袖に歩き去る、という単純な行動予定が、極度の緊張で脳内から飛んでしまったものか、シィがデザインしメイド衆が仕立てた少女向けデザインの下着を見に付けたアユカは、袖から出て逆の袖に一直線に行進してしまったのだった。
本人は後ほど平謝りしていたが、観客の方も下着ショーを見るのは初めて、という街の女性陣ばかりだったので、そういう演出と誤解したものか苦情は出ず、主催統括を務めるインディラも笑って済ませたのだが。
「そんなもので済むかのう? 言っては何じゃが、あいつらは天性のトラブルメーカーじゃからの? 壁を補強しようとして完全に粉砕してみたり、鍛冶を手伝おうとして鍛冶場を半壊させてみたり」
「なにそれくわしく」
ぎょっ、とした表情を浮かべたインディラに、ムギリは辟易しつつ、事の顛末を詳しく話す。
「……はあ。なるほどなあ、努力が空回りしてしまうタイプやね?」
「空転で済めばまだ良い方で、当初の目的を忘れるタイプかもしれんのう」
シルフィンとシフォンの兄貴分としてのムギリの口から漏れ出た言葉は重々しく、常に迷惑を被っている立場の悲哀が見て取れた。
「せやけど……、多少失敗しても、そんな厳密なショーステージとは違うさかいなあ? 帝国では恐らく唯一のエルフやし」
思案顔で、インディラは次回のショーの演出を考えているものか、15センチ近いピンヒールを穿いたままの早足でこつこつと足音を立てて、ステージの上をうろうろと往復し始めた。
「エルフ言うたら、そんじょそこらの人間の女子とは比較にならん美貌で有名ですやん?」
「エルフはエルフでも、あれは別の意味で別格じゃぞ? ……ワシが世話して居らなんだら、あれは今頃凄まじい借金を背負っておるはずじゃ」
「借金……、は、願ったりですやん? 借金背負って何かを更に壊すほど、粗忽では……、粗忽なんですね?」
苦虫を噛み潰したような顔になったムギリが、インディラの重ねての問いかけにぶんぶんと大きく頷いた。
「あれらも一応、『冒険者カード』を持っておるので迷宮に入れるからの。ワシの助けになろうと財宝を求めて《水と炎の迷宮》に二人で立ち入ったは良いが……」
「良いが?」
「内部で精霊力を浪費しすぎて、現状はあそこは水の精霊が異様に活性化しておって手が付けられんそうじゃ。腕試しに入った他の冒険者たちが最初の部屋から進めんようになり、苦情が雨あられと聞く」
「はあ。迷宮って確か、盗賊ギルドの資金源になったんと違いましたっけ?」
深々とため息をつくムギリにインディラが先を促すと、ムギリは更に深い大きなため息混じりに答えた。
「そうじゃ。しかしどこの迷宮も財宝をたんまり担いで戻れるほど易しくはないのでな?」
「もしかして、その……、死んだりとか、ありますのん?」
「ワシらドワーフに限れば、床か壁に潜って攻撃回避出来るが、普通の人間には厳しかろうの。既に数千人単位で死傷者も出たらしいが……。内密の話じゃが、お隣の、国境方面軍がやらかした、と聞いておる」
「ああ、ウチもそれ、聞きましたわ。たかが洞窟探索でそんな損害とか、帝国の国境線ってほんまに大丈夫なんか? って心配になっとったとこでしたけど」
「いや、あそこはワシら不老のドワーフやエルフでも油断したら死ぬからの? ただの人間の兵士で、しかも迷宮探索の経験がなければ、何人送り込んでも結果は一緒じゃろうよ」
言葉を切って、ムギリは喉を潤そうと腰の後ろから蒸留酒の入った水筒を取り出し、栓を抜いて口を潤した。
と、その様子を物欲しそうに見下ろしているインディラの目線に気づき、苦笑しながら一応袖で軽く水筒の口を拭い、頭二つ分ほど高い位置にあるインディラの眼前に差し出す。
「おおきにー、……はあっ、何ですのんこれ、ものごっつう強いですやん?!」
「コテツ嬢ちゃんに製法を習った『蒸留酒』じゃの。扱いを間違うと爆発するもんで、今のところヒト族には製法を伝えず、目下ワシらドワーフ族の占有なのじゃが」
帝国国内に在住するドワーフはムギリのみだが、刀の製法と蒸留酒の製法についてはドワーフ族全体で共有すべき最重要技術と信じたムギリがドワーフ族の連絡網を通じて大陸全土のドワーフ族の同志たちに広めている。
「はぁー……。今更ですけど、コテツはんって何者ですのん? 料理も詳しい、酒も詳しい、剣も強くて魔法も出来る、って完璧すぎまへん?」
「……聞かされて、おらなんだのかの?」
インディラが大賢者として宮廷魔術師の任に就いたインシェルドの義理の娘であり、その紹介でここアントスの街にやって来た、と事前に聞いていたため当然コテツたちの事情についても通じているもの、と思い込んでいたムギリが、意外そうに問い返す。
「ウチが聞いとるんは、コテツはんが帝国から隠れとるってことと、本来の身分を隠して名声を稼ぐ手段で商売始めようとしとる、ってことですねえ? それで」
非常にアルコール度数の高い蒸留酒を普通の果実酒と同じようにラッパ飲みしてしまったためか、水筒をムギリに返そうとしたインディラがややふらつく様子を見せたため、ムギリは水筒を片手で受け取りつつ、そのまま体勢を崩して転びそうになったインディラの身体を軽々と抱き止めた。
「あらっ?! 堪忍やわあ、おもっ重いですやろ?!」
「トンを超える石材を単身移動させられるワシらドワーフに、ヒト族の女子の重さなど羽毛同然よ。酒が強すぎたの、奥まで運ぼう。……歩けぬじゃろ?」
酒が回りつつあるのか、純白の肌を上気させて荒い息を吐くインディラは、無言で恥ずかしげに頷いた。
「それで……、コテツ嬢ちゃんについてはそれ以上は知らんのかの?」
「ええっと……、あとは、盗賊王と懇意で、ウチの義父にやたら嫌われている、くらい?」
インディラの言葉に、《岬の迷宮》でインシェルドがぽんぽんと虎徹の脳天を杖で殴りつけて説教していた様子を思い出し、ムギリは笑ってしまった。
「なるほど。そうじゃの、商会の方で今後も付き合いが続くそうじゃし、誰かに聞いておいた方がいいかものう? 無論、秘密厳守じゃが」
「それ、知ってなきゃ不味いんですのん? 知ってしまったら首と胴が生き別れ、とかいやですやん?」
今や全身を赤く染めたインディラが、アルコール臭の篭もる息を吐きながら自分の首を両手で締める様子に、ムギリは再度大声で笑う。
「コテツ嬢ちゃんは身内には死ぬほど優しいからの。一度身内になってしまえば、そう大したことではなかろうて。……さて、ここで良いかの?」
「ああ、ほんに堪忍ですわ、照明器具の設置と調整にわざわざシスの街からいらしてくれたんに、こんな余計な仕事までさせてもうて」
ステージ袖から階段を降りてステージ裏、脱衣所になっている部屋の隅にあった椅子に、ムギリはゆっくりとインディラを降ろし、座らせた。
「なんの。こちらにコテツ嬢ちゃんが居を移すのじゃったら、ワシらも転居しようか、という下見のつもりもあったからのう。――コテツ嬢ちゃんが商会をやるつもりじゃったら、製品の製造はワシが引き受けねばならんからの」
「まあー、かっこいい職人さんやわあ? ウチの仕事も引き受けてくれますやろか?」
「細工の仕事じゃったら、ワシらドワーフの右に出る者は居らんからの? いつでも、じゃ」
他人にコテツの仕事を請けさせるつもりはない、との意味を込めて、ムギリはにやりと笑い、酒の勢いもあるのか、つられてインディラも声を上げて笑った。
……その様子を物陰から眺めていたいつものメイド三人衆の仕業か、ムギリとシルフィンとシフォンがアントスの街に転居する頃には『ムギリがインディラに想いを寄せている』という噂が商会関係者間に蔓延しており。
虎徹やレムネアたちにまで謎の後押しを受けそうになったムギリは大いに憤慨し、噂を広めた犯人探しにシルフィンとシフォンを協力させてまで乗り出したが、結果は街の隅々まで噂が完全に広まっただけだったという。




