07話 鍛冶神と雷神が居たんだぜ
「どういう仕掛けだ、こりゃ?」
「単純に、そこの境界から向こうが異空間に繋がっている。接続されていないと不便だと言うのでな」
シンディに指差されて、俺はログハウスの中で唐突に木材の床が石畳に変わる境界線をじっと眺めてみた。
少しだけ視覚を強めて魔力や神力まで視界に入れてみると、なるほど、そこの境界線上で空間が歪んで、どこか別の土地に繋がってるらしい、ってのが理解出来た。
正直、シンディに詠唱魔術、サーティエに魔法陣魔法を教わるときにちょこちょこ魔法理論みたいなもんも教わってるが、何しろ脳筋で学校の成績は体育以外は超低空飛行してた俺だ、詳しい理屈はよく解ってないまんま使ってる。
俺はこの超視覚で大気中やモノに宿ってる魔力の流れが見えるもんで苦労はないんだが、サーティエは、ってか普通の人間はこれが見えないらしくて、それで魔法の習得は難しいってされてるらしい。
まあ、厳密に言うと、俺が見てる「空中やモノに宿ってる魔力」ってのは「ほっとくと勝手に寄り集まって『精霊』が生まれる魔力溜まり」で、魔力ってのは生物の成長に必要不可欠な万能の力で、そんで、あんまし乱用してると土地に悪影響が出る、ってシンディに教えられたんで、どうしても必要なとき以外はサーティエに教わってる魔法陣魔法の方を使ってるけどな。
生まれて12年も暮らした生まれ故郷の村の近所が魔力不足で荒れ果てる、なんて事態は流石に殺人鬼な前世の俺でも避けたいし。
――それだけ、このシャトー村に愛着湧いてるってことだな、こんな人生が待ってるなんて、ほんとに人生分からねえもんだよなー。
話が逸れた。
「異空間に繋がってるってのは判ったが、ありゃ、なんだ? っつか、あれ、人間じゃねえよな?」
俺の歩幅に合わせてゆっくり隣を歩くシンディに顔を向けて質問を浴びせるが、シンディは俺の方にちらりと目を向けて、相変わらずいつもの無表情を崩さず、口元に一本指を当てて。黙ってろ、ってことかよ?
ログハウスの異空間へ繋がる境界線上を跨いだ途端に、全身を焼き焦がすような強烈な熱気を浴びて、俺は思わず悲鳴を上げちまった。
そしたら、女のガキ特有の金切り声みたいな叫びが耳に届いたのか、奥に居た真っ赤な肌で禿頭に一本角を生やした一つ目の巨人が、俺の身長ほどもありそうなでかくて重そうなハンマーを、台座の上に乗せてた鉄っぽい真っ赤に焼けた金属に振り下ろすのを中断して、俺達の方をじろじろと見下ろして来る。
それで、その差し向かいで上半身裸で屈強な筋肉のおっさんも、一つ目巨人よりが持ってるハンマーより少し小ぶりで長柄のハンマーを振り下ろすのをやめて、初めて俺達のことに気づいたみたいな驚いた顔をしてこっちを振り向いた。
「まだ完成には程遠いが……、もう教えたのか、オモイカネ?」
「タケミカヅチに言われるまでもなく未完成であることは知っている。
教えたのではない、偶然辿り着いてしまったらしい。想定外だったが、いずれ虎徹が持つものだ、教えてもいいだろう?」
筋肉のおっさんがタケミカヅチって名前らしい。一息つくことにしたのか、筋肉のタケミカヅチはその場に無造作に両手で振ってたハンマーを放り投げて、俺達の方に歩み寄ってくる。
……軽々と投げたけど、あれ、石畳に当たった衝撃音からして軽く数トン以上ありそうだよな? もしかしなくても、このタケミカヅチっておっさん、人間じゃねえよな。
隣に女神だっつー自称のシンディが居て今更どうした、って話だが、よく考えりゃ、シンディ以外で会う初めての神なんで、柄にもなく俺は緊張しちまって、それがタケミカヅチにも伝わったのか、タケミカヅチは気さくな笑顔を浮かべて俺の髪をくしゃくしゃに撫でてきた。
「では、自己紹介からか。オモイカネのことだ、一切を秘匿していただろう?」
「ああ。おっさんたちのことは一度も聞いたことがない」
「おっさん……、少し傷つくな、確かに人の子と比べれば大幅に年かさだが。
私の名は武御雷、雷神であり武神でもある。
……珍しいな、少女の肉体に少年の魂を宿しているのか?」
「すげえな、判るんだ? そう、俺は橘虎徹、日本で19で死んで、こっちに転生して12年になる。
なあ、シンディ? なんで俺、女になったんだ?」
いい機会なんで、ついでに聞いてみることにしたんだが。いやだって、雷神って名乗る神が「珍しい」なんて公言するんだから前例ないんだろ? 今まではなんか必然があったのかと思ってたから黙ってたけど、当たり前のことじゃないんだったら聞いても別にいいよな、と。
――その答えは想像を絶するっつーか。コイツ、ほんとのほんとに人間を知らないんだな、って再確認したんだけどさ。
「強いて言えば、特に意味はない。
魂を移し替える器を用意する際に、虎徹に貰ったこの身体の元となったDNA、遺伝子情報を使用したが、性染色体XYの男性体は一度X遺伝子を変形させてY遺伝子を作らねばならない。それは手間が掛かるだけであまり利点がない。
なので、当然ながら虎徹の身体となるその神器の肉体も、初期設定が容易な性染色体XXの女性体としたまでのこと。
――なぜ床に突っ伏すのだ、虎徹?」
12年掛けてようやく慣れたっつか諦めの境地に至りつつあった俺のこの女の身体になった理由が「めんどくさかった」に集約される、って知ったらそりゃこうなるだろうよ?
タケミカヅチがなんか俺の横に屈み込んでぽんぽん、と肩を叩いてくれるのが有り難いっつーか。
「おもいかねハモウ少シ、人間ノ感情ヲ知ルベキダナ、我デサエ同情シテシマウゾ?」
地面に突っ伏したまんまで吹き飛ばされるか、って錯覚するくらいの声量が奥から響いて、それで、俺はそれまでずっと黙って成り行きを見守ってたらしい、一つ目巨人が喋ったことに気づいた。
「我ハあめのひとつめ。神界唯一ノ鍛冶ノ神ダ。――虎徹ヨ、おまえガ使ウ為ノ神刀ヲ、コノ12年ズット打チ続ケテイル」
タケミカヅチのおっさんと同じように、なんだか俺にすげえ同情の眼差しを向けてくれてるのが痛み入る。
なあ、マジ酷いよな、この女神。
「……っつか、俺の為の神刀、つったか?」
「うむ。私とアメノヒトツメはオモイカネに頼まれて、虎徹の15の誕生日に与えるための神刀を作っている最中だった。
まあ、今日くらいは中断しても怒るまいな? 持ち主に説明する日としたいが?」
「……異存はない。ここまで連れて来て説明もなく連れ帰ったのでは、虎徹が私に向けて質問を向けることは解りきっている。
しかし私は刀剣についての説明が上手くない、それは非合理的だ」
肩を竦めて、シンディは俺の背に手を掛けて軽くアメノヒトツメ、って名乗った巨人の方へ押しやった。
ついでみたいに小声で一言何事か呟いたのが神言術だったみたいで、さっきまで熱さに体表を焼かれるみたいに錯覚してたのが、クーラーでも付けたみたいに急に涼しくなったのが判る。
「さて、何から説明したものかな? オモイカネ――、虎徹がシンディと名付けたのだったな? ではこれからシンディと呼ぶことにしようか」
「そうだ、俺が名付けたんだけど。俺が聞きたいのは、そもそも俺はなんでこの世界に呼ばれたのか、ってとこからなんだが?」
俺の質問に、アメノヒトツメとタケミカヅチが盛大に吹き出して。
「――そこからか。長くなるぞ? 今日は泊まって行った方がいいのではないか?」
「村ニ連絡シテオカナイト、里親ガ心配スルダロウ。シンディダケ帰村サセタ方ガイイノデハナイカ?
……コノ分ダト、全ク何モ話シテイナイ、ト思ッタ方ガイイダロウ」
そんなふたりの提案で、俺は唐突にこのログハウス兼鍛冶場に外泊することになった。
あれ、そういやサーティエの家に泊まる以外じゃ初外泊だな、俺?
キャンプファイヤーはないけど鉄なんか軽々溶かす炎はあるし、雰囲気的にはおっけーか。
いやあ、『シンディ不在の場』でいろいろと真相が聞けそうで、楽しみだぜ。
……話の内容次第で、シンディの腹を掻っ捌くことになるかもしれねえしな?