65話 出発したぜ
「ったく。街に残ってりゃ、他に働き口だってあっただろうに、……バカだよな、オマエら」
「あら? コテツさまに100%の満足をして頂く」
「お世話を出来る世界唯一のメイドだと」
「自負しているのですよ、わたくしたち?」
裏表なんかなさそうな、その癖、きっと腹の中じゃイタズラ心満載なんだろうって思える、いつもの腹の中が読めない営業スマイルを向けられて、俺は苦笑するしかない。
「まあ、自分で納得してる、っつーんだったら、好きにしろ、っつーしかねえけどな。……ありがとな、アウレリア、イファンカ、ウィルペディ」
返事はなくて、三人ともにっこり笑って軽く頭を下げただけだった。
目立たないように夜半に街を出た俺達は、俺の移動に全面協力してくれてる、俺の左腕! なんて自称を始めたレムネアとタケミカヅチの新婚旅行の名目で、国境方面に向かってる。
俺が隠れてんのは、レムネアとタケミカヅチが乗る馬車の周囲を固めてる、護衛馬車のうちの一隊だ。
俺が閉所恐怖症じゃなくて、以前と同じように完全に状態固定が効いてりゃ、寝てる状態で小箱に詰め込まれて雑貨と一緒に輸送される案があったらしい――ぜってー、インシェルドのクソ爺ィの発案だぜ、性格悪ィ――けど、幸い普通の人間扱いして貰えてるのが安心点か?
それで、貴族っつか王族みたいなすげえ高級な護衛団と一緒に大規模な旅団として、でも旅行の名目なんであんまし急げなくて、のんびりと街道を西方国境に向かって移動してるとこだ。
シンディは一体どんな手段使ったんだか、一応戦争中で厳重警戒されてるその帝国国境の向こう、獣人勢力圏のど真ん中、大陸北方じゃいちばん高い山のカルデラ湖周辺のどこかに居るらしいんで……、俺も、適当になんか理由作って国境を突破しなきゃならないから。
俺らがゆっくり進んでる間に、カスパーン爺さんと盗賊ギルド率いてるハインたちが先行して根回ししてくれてる、って話だ。
インシェルドの爺ィと盗賊ギルド副首領で密偵頭のレイメリアは皇都で勇者たちと水面下でガチで殺りあってる最中だから、同行出来ねえ、って聞かされてるけど。
――元々は俺の家族が発端で始まってる騒動で、でっけー借り作りっぱなしで申し訳なさすぎる。つっても、貴族の権力闘争なんて場違いすぎて、そっちに行っても何も手伝えないしな。任せるしかねえ。
それで、俺は今、生活物資とかの木箱がごっちゃごちゃに積み込まれた馬車の荷台の中に、屋敷から俺の身の回りの世話焼くためにくっついて来たアウレリアたちと一緒に積み込まれてんだけど。
「しっかし……、大所帯になっちまったよなあ?」
なんかしんみりしちまったもんで、俺は話題を変えようと思って、馬車の御者台で馬を制御してくれてるインダルトの方に声を掛けたら。
「コテツ、お前、――自分が帝国全土で指名手配受けてるって自覚、ないだろ?」
「いや、ないこともないっつか、一応身を隠して移動しなきゃ、とは思ってたけど……」
「『左腕のない絶世の美少女』なんて目立ちまくりなお前が、どうやって身を隠すつもりだったか言ってみろよ?」
「固有スキルと魔法の併用で変身とか……」
……今のは思いつきで言っただけだから仕方ねえのかも知れねえが、インダルトに深々と呆れたようなため息つかれると、無性にムカついて来るのはなんでだ?
「爺ちゃんが言ってただろ? お前の今の体力は普通の少女並みか、それ以下なんだ」
でも、軽く振り返って、目線だけ荷台の俺たちに向けて来るその眼差しには、心配の色が溢れてた。
「以前の無尽蔵にあった体力をベースに魔法を使うならともかく、『虚弱体質のか弱い少女』に無理させられるわけ、ないだろ」
「か弱い女に用はない、つってた癖に、なんだよそれ……」
結界部屋を出る決心させてくれたインダルトにゃ、俺もそれなりに感謝と敬意を抱いてるんで、そんな風にぶつぶつ呟いたら。
どうやら聞こえてたらしくて、インダルトはふんっ、なんて鼻を鳴らして前に視線を戻しちまった。
「まったく、一応女の身体なんだからな、お前? あんな風に、軽々しく男をベッドに誘ったり、唇を許したりするもんじゃないぞ」
「……オマエは俺の父親かっての。――俺を普通の女の扱いするのは、世界中でオマエだけだよ、きっと」
「げっ。……やっべ、オヤジの口調、うつったかな……」
こっちを見ないまんまでぼそっと言ったインダルトの呟きが耳に入って、俺は失笑しちまった。
俺が眠ってた一年の間に、密偵頭のレイメリアや、迷宮探索隊で直属上司の、コイツがオヤジって慕ってるハダトさん。
それに、警備対象の神器になったレムネアやその夫になった武神タケミカヅチ、って錚々たる面子に鍛えられまくって。
元々の素質もあったのか、今じゃ片腕で魔法使えない俺とそこそこいい勝負するくらいには剣技の腕前は上がってんだよな、コイツ。
それに、インダールっていう、夜間も飛べる、空からの目の存在がデカくって。
コイツ、飛んでるインダールと念話で意思疎通出来るもんだから、剣士としての技量以上に、広範囲の策敵役っていう護衛戦士としての能力が突出してるんで正規軍人に昇格出来た、――帝国軍人唯一の鳥使い――、って話聞いて、ほんとにたった一年で大成長したんだな、って感心してる。
……でも、ハインやレイメリアやハダトさんっていうインダルトの上司の面々が喜々として苛めみたいなレベルであちこちに送り込んで修行させまくった、ってのを裏話で聞いてるもんで。
コイツが持ってるいろんな技術が達人レベルに達してるのを見るたびに、どれだけ辛酸舐めさせられたんだろう、って少しだけ同情しちまうのもあるんだが。
「問題ありませんわよ? そのために私達が」
「常にコテツさまのおそばで側女と護衛と」
「素性隠しのお役目、果たしますから」
「それ、マジで意外だったんだよな」
アウレリアたちがいつもの調子で、揺れる馬車の荷台で三人仲睦まじくいろいろ俺の世話焼いてくれてる中で、以前と確実に違うところ。
「もしかして屋敷のメイドたちって、全員武術使えたのか?」
いつもの屋敷のメイド服を着てるのは変わらないんだけど。
――その、腰の後ろに、短剣や折り畳み式の槍や鞭、っていう、可愛らしいデザインのメイド服には不釣り合いな、無骨な武装をいろいろ新しく装備してるんだよな。
「そうですわよ? わたくしたち、仮にも『帝国の三本槍』のひとり、黒槍のカスパーンの直属ですもの」
「お館様に危険が迫った際に、最後まで護衛を務める役割もありますもの」
「通常のメイド業務に加えて、それぞれが戦闘能力を持つのは当然の嗜みですもの」
「……今度、手合わせしたいもんだな」
戦闘メイドだったことが判明したアウレリアたちの、いつも余裕を崩さない優雅な態度って、こういうとこにもあったのかもな?
三人揃って遠慮します、なんて答えたのは、例え身内でも主君筋でも、徹底して手の内晒したくない、ってプロ意識なのか。
「悪いこと言わないからやめとけ、コテツ? 『えげつない』なんてもんじゃないぞ、そのメイドさんたち」
「……そういや、オマエもアウレリアたちから習ってたんだっけ? どれくらいのレベルかだけでも教えて欲しいもんだが――」
ひゅっ、ばしぃっ!
俺の言葉が終わらないうちにウィルペディが、笑みを絶やさないままで腰の鞭を瞬時にインダルトの後頭部に向けて伸ばしてて。
その、手加減なしだろう、って威力が込められた鞭の先端を、上体だけ動かして避けた上に、頭があった位置に剣の鞘を出して身代わりにしたインダルトもすげえ練度っつか。
「……な、えげつないだろ? こういうのがずっと続くから、疲れるんだよ」
「……なんとなく解ったわ。同情する」
俺の声を背に受けながら、肩を竦めて見せて、振り向かないままでまた馬車の制御に戻ったインダルトも、達観しちまってるっつーか。
マジで、経験積んだ戦士になったんだな、ってびっくりしてるのもあるけどな。
「「「こんなか弱いメイドに向けてそのようなお言葉、コテツさま、酷いですわー?」」」
「……怖いから声、揃えんな」
三人揃って俺に訴えかけて来るのを見て、俺はちょっとだけ、狭い荷台の中で後ずさったわ。
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「ロナも、連れて来ちまったんだな」
「仕方ないだろ。危険度で言えばロナが一番危ない、本気で何の力もないからな。――だから、いろいろ勉強させてるんだよ」
消えたら誰かが探すくらいに名が知れるようになれば、その分だけ誘拐されたり消される危険度が低くなるから、って続けたインダルトに曖昧に相槌打って、俺はずっと先の方で調理作業を続けてる二人に目を向けた。
……アウレリアたちと同じく俺にくっついて来ちまったアユカの隣で、台に乗って真剣に料理を覚えてるらしいロナの姿を遠目に見ながら、今は30人近い護衛隊全員で野営陣地の構築中だ。
ほんとは強行軍で急いで突き進みたいとこだが、新婚旅行の名目で出て来てんのに、天候無関係に昼夜進行したりすると怪しまれっからな。
「レムネアお嬢様の厚意で、ロナを実の子みたいに可愛がってくれてていつもそばに置いてくれてるし、俺も身辺警護側近にしてくれて、ロナと一緒に居られるように配慮してくれたから」
ぐびり、と喉を鳴らして酒の入った金属缶から一口含んで、インダルトはそいつを俺に手渡して。
「俺は、盗賊ギルドに大恩出来ちまったからな、もう、裏切れないんだよ」
「オマエに裏切りなんて大それた真似なんか、出来るわけねえだろ」
答えて、受け取った酒を俺も一口。香りに加えて味が分かるようになって、口から食道に、そして胃袋に流れ下る、焼けるように熱い酒の感触が心地いい。
それに、以前と違って、身体にアルコールが染み渡って、全身がぽかぽか温まる、酔いが回る感触。――以前と同じペースで呑んだらひっくり返りそうだな、俺。
「アユカも、屋敷に残ってりゃ高級料理人として未来があっただろうに」
「『コテツさまにお出しする料理は全部自分が作る!』って喜々としてたぞ? なんか、そういう約束してたって聞いたが」
言われて、記憶を辿る。――あ。アレか。
「アァ……、約束っつか、以前食物食えなかった頃に『神が食えるくらいに超絶に旨い料理じゃねえと食えないから、せいぜい頑張れ』って誤魔化したことがあった、けど」
「せいぜいって、お前なあ……? 毎日朝から晩まで料理修行してる、って聞いてるぞ、アユカちゃん?」
「つか、……アユカを拾った頃だから、二年以上前だぞ、あれ? よく覚えてたよなあ」
「忘れるわけないだろ? あの子、大恩人のコテツの言葉として受け取ってんだから。――知らないのか、あの使ってる調理器具全部、自腹はたいた蒼銀製だぞ?」
呆れ顔のインダルトにあごで指し示めされて。
その視線の向かう先、電車の客室みたいに窓が多くて、それで作って即出し、が出来るように調理場と食事処が至近距離になるようにカウンターが設置されてる形状になってる馬車に繋がれた客室の中で、アユカが使ってる調理器具をじっと見つめてみたら。
「……オォ? ありゃ圧力鍋か? いつの間にあんなもん作ったんだ? 原理説明したの、随分前だったと思ったが」
「ムギリさんが四苦八苦してこさえたんだ、って聞いたぞ? あれひとつで城がひとつ建つくらいの金額掛かってんだってな」
「……どんだけー……」
アユカの本気度を見くびってたっつーか、こりゃ、これからは遊びじゃなくて本気で料理について教えた方が良さそうだ。
それと、アユカとロナが笑顔で料理してる客室に近づこうとしてる、予想通りの人間の気配を察して、俺はふらっ、とインダルトのそばを離れて、そっちに向けて歩き出す。
「ん? コテツ、どうした?」
「夕飯の危機を見逃すわけにゃ、行かねえからな。アユカの師匠として」
適当にインダルトに答えておいて、俺は歩みを早めて走り出して――、そいつが客室の扉を開いて侵入しようとするのを、右腕一本で首根っこを極めて阻止した。
「なーに持ち込もうとしてんだよ、コラ?」
「うきゃー!? えっ、あっ、あのね、あのっ! 夕飯にっ! ボクの大好物なカルメ焼きを混ぜたいな、って!」
「匂いで判れよ、今日の夕飯は山菜と肉の煮込みだ! そんなもんぶち込んだら、一発で味が壊れるわ!!」
相変わらずの独特味覚っつか、ぶっちゃけると味音痴っつか。
パーティリーダーとしてコイツに言いつけてある『調理中は調理場接近禁止令』を発動して、俺はレムネアの首を極めたまんま、ずるずると引きずっていらんこと出来ない範囲まで遠ざけた。
アユカの作った夕飯は相変わらずの絶品で、俺が食事してるのを間近で見たアユカが口元押さえて感涙してたのが可愛かった。
ロナが手伝ったっていう山菜の炒め物も旨かったな。
――ちょいと薬味が濃かったけど、まあ保存食として携行してる干し肉が元々すげえ塩辛いから調整ミスかな。
でも、火を使わずに魔力で熱する魔法料理だからってのもあるだろうけど、五歳で炒め物作れるってすげえ才能だぜ? 先が楽しみだな、ロナも。
――そんなこんなで、旅路の一日目の夜は更けてった。




