64話 休暇は終わりだぜ
「……だれだおまえ」
「一年ぶりに会ったってのに、誰だって何だよ。……相変わらずの口の悪さで、安心したぜ。変わってないな」
思わず口をついて出ちまった俺の声に、勇者よりも高い背丈になって肩に大人のフクロウを乗せてる、歴戦の戦士、って風格を漂わせてるそいつ……、インダルトは、口の端を曲げて破顔してた。
「きゅぴぃぃぃ、きゅっ♪」
「わっ、ちょっ? 待て待てインダール、待てって、ははっ、この野郎、モフモフモフー!!」
180センチ弱まで背の伸びたインダルトの肩から、150センチに満たない下の位置にある俺の顔面に向かって滑空して来たインダールがじゃれつきやがるもんで、俺も一年ぶりのモフモフでお返しだ!
「悪いな、起きたって聞いたからもっと早く来たかったんだが。レムネアお嬢様の警護以外にも仕事が多くてな。それと」
「??」
見上げる高さになっちまって、少しどころか相当成長したよな、って大人の男になっちまってる17歳のインダルトは、笑みを浮かべたまんま、俺とインダールごとまとめて抱き締めて。
「インダールは野郎じゃねえ、レディに向かって失礼だぞ、コテツ?」
「……オマエ、メスだったのかよこの野郎……じゃなかった、この女郎!」
「きゅぅぅぅ、きゅぴっ、きゅぴぃぃ♪」
ぶわさっ! なんて羽音が聞こえそうな大きな羽ばたきを残して天井に向かって大きく飛翔して、俺とインダルトの周りを八の字に飛行してるインダールは、身体は育ったみたいだが相変わらずの子供っぽい反応で。
「それと、もうひとりのレディも逢いたがってたんで、連れて来――」
「ママぁぁぁあああ!!」
インダルトの紹介を待ちきれなかったのか、インダルトの言葉が終わらないうちに、どんっ! って感じで俺の膝下に抱きついて来たちっちゃい衝撃で、それが誰なんだか、一発で俺は理解して。
「元気してたか、ロナ?」
「うんっ、ロナ、いい子にしてたよ? ロナがいい子でお勉強しなくちゃ、ママが起きない、ってインダルトお兄ちゃんが言うから、ロナ、たーっくさんお勉強したんだからね?」
「……そうか。偉いな、ロナは?」
ぽろぽろ涙流して言い募って来るロナを右腕で抱き上げて立ち上がりながら、じろっ、ってインダルトの方に視線を向けたら、そっぽ向いて口笛吹きやがって。
「――俺をロナの勉強のダシにしやがったな、オマエ」
「――一応、俺の妹ってことで同郷の俺が引き取って一緒に暮らしてるからな、それなりに勉強して貰わないと困るんだよ」
「そうか。……苛めてねえだろうな?」
ぎゅうぅぅぅっ! なんて勢いで俺の首を締める勢いで力いっぱい抱きついて来てる、背丈もぐんと伸びて重くなったロナを右腕一本であやしながら、インダルトに寄って小声で訊いたら。
「全然。教えてるのはコテツの屋敷のメイドさんたちだぜ? ――むしろ、俺に対してだけやたら厳しすぎだから、俺の方に同情して貰いたいもんだぜ」
「オマエはそういう星の下に生まれたんだから諦めろ。……茶、飲むか?」
俺が現状、結界部屋から出られねえ立場ってことと、前と違ってそれなりに新陳代謝が進んで着替えとか食事や排泄の手間が掛かるようになったもんで。
この部屋はときどきムギリと、その手伝いやってるシルフィンとシフォンが来てくれて、俺が生活するのに苦労しないようにちょくちょく設備拡張してくれてる。
――15歳にもなって『女子の排泄のやり方が生まれて初めて』で、女子用トイレ設備の使い方が解らない、って俺に教えてくれたのがその、同じ女のシルフィンとシフォンなんで。
俺……、あいつらに頭上がらなくなったわ。
妹のレムネアにこれ、教わるのはこっ恥ずかしいどころの騒ぎじゃねえからな。
……シルフィンとシフォンは勇者に操られてた間の記憶が飛んでるらしくって、必死で謝ってくれたけど、それ以上にムギリにどやされまくってたのが微笑ましかったな。
――ほんとに、兄妹、って感じの雰囲気がさ。
いちばん心配してたのは<魅了眼>の後遺症だが、シィがシンディから後遺症が残らない形の解除術式を持ち帰ってくれたんで、それで影響は極小で済んだらしい。
そりゃ、同じように術に落ちてたアドンとサーティエも同じで。
まあ、あっちは俺に対して申し訳なさすぎるってことで――俺は気にしてないんだけどな――、努めて俺の部屋に近寄らないようにしてて、それでも、俺と盗賊ギルドに恩が出来たんで、俺たちのためにいろいろ率先して動いてくれてるそうだが。
……潜在意識下に残るのは仕方ねえらしいが、その術式の開発がもっと早けりゃ、俺は村人の大虐殺をやらずに済んだんじゃねえか……、ってのは、高望みしすぎか。
過去には戻れねえからな、――インシェルドと違って。
インシェルドはあの後村人を連れてこの街に戻ったあと、村落壊滅の悲劇から住民を脱出させた大賢者! なんて持ち上げられたのもあって。
今は皇都の皇城に住んで、宮廷魔術師の立場で政治に関わってるらしい。
――ハインの話じゃ、ほんとの所属は盗賊ギルドで、勇者の動向を至近距離で見張る監視役と、妨害の役割を担ってるらしいがな。
隠居してたのに表舞台に引きずり出された、ってことで、この街に戻って来たときは、死んだみたいに寝てる俺に向かってさんざん罵声飛ばしてた、って聞いたときゃ、苦笑するしかなかったわ。
……だって、起きるかどうかも不明だった俺の寝顔を見に、宮廷魔術師なんて忙しい立場の合間を縫って何度もこの部屋に来てた、なんて聞いたら、――俺も相当だけど、アイツもどんだけツンデレだよ、ってな。
「コテツが茶を入れるような高尚な趣味があった、って方が驚きだけどな」
「アァ? 昔は液体しか受け付けなかったからな、酒や茶みたいな飲み物の旨い淹れ方は一通り知ってんだぜ」
言いながら、ロナを膝に乗せて席についてるインダルトの前に置いた二つのティーカップに交互に少しずつ、低い位置から高い位置まで高さを調整しながら注ぐハーブティの熱を調整して、飲みやすい温度に冷まして淹れてやる。
インダルトにはちょい熱めに、ロナ用はぬるめに、ってな。
「おっほ、旨いな!? 香りと味がすげえ濃い!」
「美味しいー! ママお上手ー!」
「ありがとよ、ロナ。――どうせ、適当に茶っ葉入れて熱湯ぶち込んで、なんて大雑把な飲み方しかしてねえんだろ、インダルト?」
戸棚から予備のティーポットを取り出して、今淹れたばっかのインダルトのカップの横にどんっ、と置いて、蓋を開けて、葉っぱの蒸らし方含めた淹れ方を軽く説明してやる。
「その鎧の意匠見れば分かる。アイツと同じだからな。――正式な一人前の戦士……、軍人貴族に昇格したんだろ、オマエ? そいつは進呈すっから、貴族サマなら、この機会に、ちったぁ旨い茶の飲み方ってのを覚えて帰れよ」
大はしゃぎしてる成長したロナを胸に抱いて、あやしながら軽く熱いハーブティに口づけてるインダルトの様子も、ほんとに前と違って落ち着いた風格と、スキのない動作が身に付いてるのが解って。
否応なく、ほんとにあれから一年が経過してるんだ、って、気付かされちまう。……でも。
「まーた勉強かよ、勘弁してくれよ? ただでさえ、覚えること山積みで疲れ果ててんだから」
さっ、と苦渋が見える、分かりやすい表情の変え方するのは相変わらず、か。
「覚えること山積みなのは俺も一緒だ。――また貧乏くじで、俺が怒りそうな話題をオマエが持って来たんだろ? 言えよ」
「お見通しで言われると、ますます口に出しづらくなるぜ。密偵頭も盗賊王も、なんで俺にこの話させるんだよ。――いいか、怒るなよ?」
「アァ、大丈夫だ。怒るときゃ、ロナを返してからオマエだけに怒りぶつけっからよ」
「全然大丈夫じゃないだろ、なんで俺が被害を一身に受ける前提で言ってんだよ!?」
「オマエが先に怒ってどうすんだよ? いいから話せよ」
ロナに取り置きのアユカ特製クリームケーキを出しながら、薄笑いをインダルトに向けて、先を促す。
「ったく。いいか、この話は密偵頭のレイメリアさんが掴んで、レムネアお嬢様の身辺警護側近で、コテツに情報を持ち込みやすい俺が持って来ただけ、だからな? 勘違いすんなよ」
「解ってるっつーの、繰り返すなよ。オマエは生贄だ」
「だーかーらー、これ見よがしにぱきぱき指鳴らすんじゃねえよ! 器用に片手だけで鳴らしやがって……、それ、どうやるんだ?」
「アァ? 知らねえのか、こうやって、思いっきり指を畳んだ状態で手のひらに折り込みながら力入れてな」
「インダルトお兄ちゃん、ママ? お話、逸れてるよ?」
「きゅぴっ!」
俺の隣に舞い降りて来たインダールと、ケーキを食べ続けるロナが同時に声を上げたもんで、思わず俺とインダルトは目を見合わせて、お互いに苦笑い、だ。
「子供に突っ込まれてちゃ世話ねえな。マジで怒らねえよ、なんだよ?」
「ああ、そうだな。――シンディさんの居場所が解った」
緊張に少しだけ身を固めて、インダルトが言葉を続ける。
「けど、国境越えちまってるし、どうやら身動き出来ない状態になってるらしくて……、『血の力』と『神器契約』で繋がってるコテツしか見つけられない、ってインシェルド爺ちゃんが判断した」
「……なるほど、俺が怒りそうなネタ、か。アイツが俺のそばを離れてなきゃ、防げた災厄がいくつもあったもんな」
ふう、って軽くため息ついて。俺は、すっかりぬるくなっちまった、俺の分のハーブティを一息で飲み干した。
「怒ってない、よな? なんだか、拍子抜けだが」
「前だったらきっと怒ってたな。だけど、なんっつーか……、アイツが居なきゃ、俺は何もしなくてもいいんだよな」
かちゃん、って行儀悪く音を立ててカップを皿に落として、俺は残った右腕一本で、もう一度ハーブティをカップに注ぐ。
その様子をロナがじぃっ、って見てるけど、目を合わせてやったら、慌ててケーキに目を落とすもんで、気を遣ってくれてんだな、って解っちまうのがな。
「アイツが居ないんだったら、『契約』の時間外っつか、ここに隠れて、一生過ごしてたって構わねえ、っつか」
むしろ、アイツが起きてなけりゃ、『契約』を進める強制力がねえんだ、シィも復活してるし、時間が止まった俺たち二人で、コイツらの生き様を外野から眺めてずっと過ごしても、いい。
「……ほんとに、『覇気』がなくなっちまったんだな。それじゃ、ただの女の子だぜ。――おかしなもんだよな、眠る前はあんなに口を酸っぱくして普通の女の子になれ、って言ってた俺が、なんでこんなこと」
言いながら、ロナを抱えて椅子の上に立たせながら、椅子の背を跨ぐようにして自分も俺に背を向けるようにして床に立ったインダルトが――。
ぱんっ! がしゃんっっ!!
めっちゃくちゃ気を抜いてた、ってか、起きてからタケミカヅチやレムネアと多少身体動かすリハビリしてたっつっても、あの山頂での戦い以来、ずっと感じてなかったガチの『殺気』の気配を察するのが遅れて、俺はやっと一歩後ずさっただけ、だった。
――インダルトが本気でやってたら、俺の首は、宙を飛んでた。
「何の、冗談、だよ? そりゃ、俺、だって、怒る、ぜ?」
「声震わせてんじゃねーよ。それでも『無敵の女神サマ』かよ? 俺が知ってるコテツはそんな、怯えて震えるだけの弱っちい女じゃない。――お前、誰だよ?」
インダルトが言う通り、俺の発した声は、自分でも聞いたことがないくらいに震え声になってるのが解って。
インダルトが振り向きざまに抜剣して薙ぎ払った剣先が、俺の持ってたティーカップを取っ手だけ残して中身ごと、切り裂かれて壁に青緑の染みを作ってて。
その切っ先が、一歩下がってなけりゃ、首のあった場所を薙いだ、って事実に気づいてるからだ。
その上、更に……、ひゅん! ひゅん! ってインダルトの右手に握られた鉄剣が振るわれるたびに、俺の身体を覆ってる薄布の黒い夜着だけが切り裂かれて、俺の素肌がどんどん露わになってって。
「そういや、あの時、俺の村の入り口で、腕固めて苛めてくれたっけな? お返しに、お前で楽しんだっていいよな?」
「別に、……構わねえ、ぜ。それで、気が、晴れるんだったら」
相変わらずの震え声で、それで、殺気全開で迫って来るインダルトの重圧に耐えきれずに後ずさりを続ける俺が返した言葉に、インダルトは更に激高したみたいだった。
「……いつまで腑抜けてやがる! そんな弱い女を助けるために、俺たちゃ全員、全力でこの一年耐えて頑張って来たわけじゃないんだよ!」
がしっ、がんっ! って音が部屋に響いた、って思ったら、俺は髪を掴まれて、思いっきり部屋の壁に頭を押し付けられてた。
「なん、で、オマエが、そんなに」
「お前が腑抜けたからだよ! 俺が知ってるコテツは、気高くて粗野で乱暴で誇り高くて、何より身内が傷つくのを絶対に許さない高貴な魂を持ってた、尊敬出来る女だったんだよ!」
「……人違いだろ。俺は、そんなに立派なもんじゃなくて……、失うのが怖いだけの、ただの『化物』だ」
もう一度、ごんっ! って感じで、俺は後頭部を壁に叩きつけられて、さすがにくらくらと脳震盪起こしそうに、視界が揺れた。
「女神でも化物でも構わねえ。だけど、『勇者』が何やってるのか、知ってるのか? あの野郎は、反対者をどんどん暗殺して、皇都で勢力伸ばしてる」
「……関係ないだろ? 俺は、家族が居れば、もうそれでいいんだよ」
「関係?! あるさ、ありまくる、大アリだ。レムネアお嬢様は盗賊王ハインの愛娘。それで、ハイン様の正体は、現皇帝の五男、皇位継承権を持ってる」
俺の髪を引っ張って背の低い俺を目の高さに無理やり引き上げたインダルトが、俺の鼻に噛みつきそうな勢いで、血走った目で俺に至近距離から怒声を叩きつけて来やがる。
……その真剣な視線をマトモに受け止められなくて、俺は、目を逸らしちまったけど。
後に続けられた言葉で、目を瞠っちまって。
「アイツは、勇者は帝国を乗っ取るつもりだって、爺ちゃんが言ってた。――だから、皇族に擦り寄って、皇位継承者を持ってる皇族をどんどん暗殺して、それで迷宮で得た財力を背景に、自分の名声も高めてんだ」
「帝国を、乗っ取るって、つまり、皇帝になる、ってことか?」
「他にもいろいろ方法はあるんだろうが、手っ取り早いのはそういうことだろ。それで、権力持った勇者がやりたいのは、なんだか見当はつくか?」
「――俺を、見つけ出して殺すんじゃないのか?」
「甘えよ。皇族同士の争い事になったら、親族縁者皆殺しだ。現皇帝の孫娘ってことになるレムネアお嬢様にも命の危険があるから、身辺警護側近の俺がここでお前に助けを借りに来てんだよ。……でも、見当違いだったな!」
ばんっ! って感じで俺は壁に背中から叩きつけられて、それで、切り刻まれた俺の夜着はばらばらになって、俺の裸身が全部インダルトに見られてたけど、俺の脳内はもうそんなことどうでも良くて、混乱しまくりで。
――でも、ひとつだけ解ってるのは。
俺の、家族の危機――、レムネアが危ない、ってことだ。
そして、もうひとつ。……俺と一心同体のシィが何も反応してねえ。つまり。
「悪かったな、服。……大丈夫だ、もう俺はここには来ない。残りの人生、せいぜい平穏に暮らせよ?」
「……そう、ツレねえこと言うんじゃねえよ。こりゃ、『目を覚ましてくれた礼』だ、受け取っとけ」
俺の裸を直視出来ねえのか、少しだけ目線をずらしたインダルトの後頭部に右手を回して掴んで……、俺は、その唇を乱暴に奪ってた。
「!? がっ、がはっ!? し、しら、噛みやらったら?!」
「そりゃ俺の裸の見物料だ。ガリガリの不細工つっても、女の身体はあんまし拝んだ経験ねェんだろ? 脳裏に刻み込みやがれ」
ぺちん、なんて音立てて、俺は素っ裸の腰を叩いて見せて、口元から血を流して後ずさったインダルトのその血を舐め取るように、歩み寄って、もう一度キスしてやる。
「オマエの血もなかなかに旨いぜ? 今度はじっくりベッドで味わわせて貰いたいもんだな。……シィ、出て来い!」
《あぅっ、はいっ! ……あのね、コテ姉、あの》
「言い訳なんざ聞く耳持たねえ! ハインの脚本だろ、あの野郎呼んで来い!! ……それと、ムギリに、俺の小太刀持って来い、って伝えろ」
《あっ、うん! コテ姉、あのね……、元気、ずっとなかったから》
「解ってる。心配させて悪かった」
心配そうな顔で弁明を続ける霊体で出現したシィに向かって言い置いて、俺はクローゼットから、綺麗に洗い上げられて下げられてた、身に付けるのはあのとき以来の、いつもの和装を取り出して。
「休暇は終わりだ! 俺はここを出るぜ、手始めにシンディを迎えに行く!」
ばさっ、って音を立てて和装の袖に右腕を通して、俺はシィに向かって怒鳴りつけるように宣言した。
……よく考えたら右腕一本じゃ和服って着れねえもんで、ロナとインダルトとインダールに着付けを手伝って貰う羽目になったのが締まらねえ。




