61話 ド派手な姉弟喧嘩したぜ
「拍子抜けだな。……最初からこっちを先に調査してりゃ、一発だったのか」
「こっち? ああ、海の方にも行ったのネ? あっちのお宝は、全部頂いたのネ。そうよネ、エルガー?」
「ああ、そうだ。あの財宝類は全て、僕のものだ」
坑道の山頂に繋がる逆側の出口を抜けるかどうかってとこに、真新しい三つのテントがあって。
その、テントの真向かいにずどん、と突き出た、金属だか石材だか判別つかねえ、材質不明の尖塔とぱっくり口を開けてる門戸のとこに――、完全武装のエルガーと、変な口調の『白い子供』が、エルガーにしなだれ掛かるみたいにして俺たちの方を直視してた。
「そして、こっちのも譲らないのネ?」
「……そんなもんに興味なんざねえよ。――エルガーを離せ」
「あらっ? あらあら、まさかネ?」
その、レムネアと混同した村人たちの認識が分かるっつか、レムネアと同程度の身長に、レムネアと似た青白い髪を頭の後ろで高い位置で一束ねにした――、先にレムネアを知ってる俺らでも双子か、って思うくらいにそっくりに見える『白い子供』が、俺のことをじっと見つめて少しだけ驚いた顔を作ってて。
惜しげもなく腹や手足を露出した、妙に艶めかしい淫乱そうな顔で笑う、レムネアと同じくらいのその少女の全身から『青白い神力』がこれでもかってくらい放出されてて――、一部がもろにエルガーの体内に注がれてんのが、見える。
「あなたが、エルガーの『前の女』の、コテツちゃんだネ?」
「……つか、エルガーの『姉』だよ」
「あーらあらあら、話には聞いてたけどネ、それ、近親相姦ネ?」
「乳姉弟だっつの。血は繋がってねえよ」
口撃をしながらも、俺とエルガーはそっとそれぞれの武具に手を掛けて、いつでも抜刀出来る準備を整えながら、最初の位置からお互い半円状に移動しつつ、じわじわと距離を詰める。
「会えばきっと何とかなるに違えねえ、なんて思ってた俺が浅はかだったよ」
「なぁに? ヨリを戻したかったのネ? 残念ネ、もうエルガーは私のモノ、なのネ? ねえ、エルガー?」
「……そう、僕はフヴィトルを守る守護者、『人界の王』、エルガー・アドン=サーティエ」
目つきは真剣だけど、その目の奥がどっか夢うつつな感じで、莫迦でも分かるくらいの洗脳状態になっちまってるエルガーの言葉に、俺はなんか、泣きそうになっちまった。……泣けねえけど。
「アドンとサーティエ、それにシルフィンとシフォンはどうしたよ?」
「この下で迷宮探索中ネ? 私達は恋人同士の愛の語らいをしてたから、忙しくってネ?」
これ見よがしに戦闘態勢に入ってるエルガーの片腕にしなだれ掛かりながら、そのエルガーの左手を自分の着てるはだけた服の下半身にするっ、と滑り込ませるように導いて……。
「待て、ヒトツメ!」
「ッ?!」
ぎぃん!!
……なんて鋭い金属音を上げて、背中に担いだ剣と盾のうち、ムギリ特製の蒼銀剣を瞬時に抜刀したエルガーが、俺の斜め後ろからでっけー神鉄製のハンマーを片手で下から振り上げて叩き込もうとしたヒトツメの一撃を軽く受け流してた。
「そうは、させっかよ!」
「コテツはいつもそうだ。目に見えるものしか見てない」
がぃんっ!
たたらを踏んで体勢を崩したスキだらけのヒトツメの右脇腹に、返す剣で追撃しようとしたエルガーの前に割り込んで、抜刀した神刀でそいつを受け止めようとして――。
くるっ、と一瞬で少しだけ屈めた背中を向けたエルガーの、背負われたままの円盾に神刀の斬撃が受け流されて、エルガーの後髪の数本を切り裂きながら俺の神刀は空を薙いだ。
その瞬間に……。
「「<氷牙>!!!」」
「<氷槍>!」
「オオオォォォォ!!」
「ハッ、予想の範疇だっての! <炎環>!」
俺の目の死角になるように坑道の出口の左右の、雪に埋まるようにして隠れてたシルフィンにシフォン、アドンとサーティエが魔法と剣撃で同時に襲い掛かって来たが……。
姿は隠せても、生きてる以上、呼吸音や心音まで隠せるわけがねえ、俺の耳にゃ丸聞こえだっての!
アドンの剣撃を左手の神刀で受け止めつつ、右腰に納めた小太刀を引き抜き様、神刀魔法を体内伝達で小太刀倍増させて、俺は即座に雪と氷の破片を撒き散らしつつ氷柱から飛び出して来たアドンと、その後ろで連続的に魔法を放ってるサーティエ、シルフィン、シフォンを、円弧状の炎壁を出現させる<炎環>で分断した。
「アーッハッハッハァ、後ろがお留守ネ、コテツちゃん?」
「クソが、ヒトツメ、代われ!」
「御意ッ!」
耳障りな、フヴィトルだったか? そんな名の白い子供の声を背に受けた瞬間に既にエルガーが抜剣、盾装備で低い位置から俺の方に向けてとんでもねえ速度の剣撃を叩き込もうとしてるのを目の端に捉えて。
アドンの力任せの剣撃を受け止めた姿勢から、至近距離のヒトツメと背中合わせから位置を入れ替える。
「莫迦が、<魅了眼>の掛けすぎだ! 元の戦闘力の一割にも満たねえ力しか出せてねえ!!」
「……何を言ってるんだい? 彼らは、自主的に僕を『王』と認めてくれてるんだよ」
「――莫迦みてえな屁理屈こねてんじゃねえ、目を覚ましっ……やがれ!!」
言い合う間に俺の神刀と小太刀は七回、エルガーの片手剣と円盾は四回の攻撃をお互いに入れ合って、お互いに約束組手みたいなレベルで、綺麗にそれらを剣を打ち合わせることすらなく躱しきっちまう。
「全く、相変わらずの円弧状な軌跡で分かりやすいよ? 剣というのは、こうして直線で突くものだって、父さんに教わっただろうに」
「剣はそうだな! だが、コイツはカタナだ、使い方が違うんだよ! コイツは切れ味がソイツと比べモンにならねえんだ!」
「……当たればね」
言い合う合間も、俺とエルガーは目まぐるしく位置を入れ替えながら、お互いの得物を振り回してっけど、……直接撃ち合わせることはしてねえ。
蒼銀製の片手剣つったって、真正面から俺の神刀を受け止めたら……。
この神刀の軽量化術式を含まねえ真重量は六万トン以上ある、受け止められるレベルなんか遥かに超えてることを――、コイツ、知ってやがんだ!
「クソが、避けるばっかり上手くなりやがって!」
「そういう罵声、女性の言葉遣いじゃないって気にしてたじゃない、あのとき、僕の下で」
「……秘密にしてろって、言っただろ?!」
ふっ、って、間近に迫ったエルガーの口元が、いつもと同じように、優しく笑ったのが、見えた。
――刹那。
「僕が、それを守るだなんて、どうして思ったの? ――女神を騙る、人外の化物のくせに」
「ガアアアアァァァァァアアアァアァァアァアァァ!?!!?」
一瞬の煌めきが目に届いた、と思った瞬間に、神刀を握り締めてたはずの、俺の左腕は肩の付け根から切り飛ばされて、空中を舞ってた。
《コテ兄、落ち着いて!? ッッ、痛覚遮断っ!!》
「あっはぁん? こっちの『霊体』はアタシの管轄ネ? お馬鹿さんなのネ、アタシの放った亡霊に騙されてくれちゃってネ?」
全身を支配する激痛に呻きながら、それでもシィが調整してくれた五感調整のうちの痛覚遮断効果で、俺の感じる激痛は急速に散らされてったが……。
《きゃっ、だめっ?! いやあああぁぁぁぁ!!》
「シィ!!!??」
「アッハッハァ? 霊体が、『死霊術師』のアタシに敵うわけ、ないのネ!!」
まだ全身が痛みで痺れてて自由に動けねえ俺の両目が捉えたのは……、ロナのパパさんの霊体がフヴィトルに腹部を貫かれて跡形もなく消失する瞬間と。
霊体なのに、パパさんと同じように、どうやってんだか、フヴィトルに首根っこを掴まれて空中に掴み上げられたシィが、苦しげに身悶えしながら徐々に抵抗をやめて……、風船が破裂するみたいに、ばしん! って勢いで、消滅する瞬間。
「シィー!!!」
「アーッハッハッハァァァ!! いいお土産をほんっとにありがとネ、コテツちゃん!!! お礼に、用済みのゴミどもは生かして返してあげるネ、このフヴィトルさまに感謝するネ!!!」
「待て、っつの、エルガーを、返しやがれ!」
でも、俺の言葉が聞こえないみたいに、フヴィトルは、雪上に落下した俺の神刀と、そいつを握り締めてる左腕を大事そうに拾い上げて。
「ふふふぅぅー、いい拾い物しちゃったネ? これさえあればもう、そんな魔法力少ないゴミみたいな人間使って苦労することもないネ」
「負け犬の分際で、どうしてそんな強気でいられるのか、理解に苦しむよ」
いつの間にか地面に倒れ伏して、吹きすさぶ氷嵐に体中を凍らされそうになってた片腕の俺の目の前に、エルガーがしゃがみ込んで、至近距離から……、俺の背中に、どすっ、って感じで、深々と手に持ってた蒼銀剣を突き立ててた。
でも、意識が途切れそうになってる俺の身体は、もう、その瞬間の激痛が無視出来るレベルで薄くなってて。
「エルガー……」
「気安く名前を呼ばないでくれないかな? 僕に化物の知り合いはいないよ? まったく、肺を刺し貫いても喋れるなんて」
「……アァ、そうだな。俺は化物で、オマエは人間、だった。あんまり幸せな時間が長く続いたもんで、忘れそうになっちまってたわ」
「虎徹サマ! 申シ訳ゴザイマセン、抑エルダケデ精一杯デ!」
後ろの方で、アドンたち四人を一人で引き受けてるヒトツメが苦戦してる声が聴こえるが、なんか、もう、どうでもいいっつか。
……ヒトツメも最高神制限を受けてっから、コイツの場合はタケミカヅチと一緒で、『絶対に人間を傷つけられない』んだ。
だから、ハンマーを振るっても全力は出せないし、攻撃されたら受け止めるか避けるだけで反撃出来ねえし……。
シンディも攻撃に関しては似たような制限あるって言ってた気がするが、でも、もう、どうでもいい。
「エルガー? そこに居るか?」
「名前を呼ぶな、って言ったと思うんだけど」
聞いたこともねえようなイライラしてるっぽい口調でも、なんか、安心するっつか。
「オマエがどんだけムカついててもよ」
エルガーの返事で、だいたいどこら辺に顔があるのかは解ったんで、もういいや。
「俺は、この先、天地がひっくり返ったって……!!」
言い切るなり、すっさまじい速さで俺は背筋だけで上体を起こすと同時に、右腕に握り締めたままだった小太刀を、『特別な魔力』を込めたまま、残像すら残さない速度で振り抜いて!!
「ぐぁっ、あっ、あああぁぁアアァァァァアアアッッ!?」
「俺は、永久にオマエの姉だ! 身体に刻み込みやがれ!!」
「エルガー?! ……このっ、死に損ないがっ!! サーティエ! シルフィン、シフォン! 氷漬けにしてやるネ!!」
見事に両目を俺の小太刀で切り裂かれたエルガーが、生まれて初めての深手で円盾を装備した左手で派手に出血する両目を押さえて暴れ回るのが見えて。
そのまま首を巡らせたら、ヒトツメと俺の全身に無数の氷魔法が着弾して、どんどん氷漬けにされてくのが解ったけど、もう、いいや。
……やるこた、全部終わったし。
――目がなけりゃ、もう、二度とエルガーは、<魅了眼>は使えねえだろ。
コイツは<魅了眼>を変な使い方しなけりゃ、ただの魔力の高い魔法戦士だ。
コイツの器量なら、悪い噂なんかすぐに消えちまうさ。
実際、村を壊滅させたのは、直接手を下した人外の化け物、殺人鬼の俺なんだしな。
俺は……、不死身だからこんな程度じゃ死なねえけど。そのうち氷が溶けたら、姿を消しちまえばいい。
化物の分際で家族が出来た、なんて、バカバカしい勘違いでさ。
「アァ……、シィにはとんだ貧乏くじ引かせちまったな。ごめんな、俺の妹、で……」
それが最後の言葉になっちまって。
俺は、そのまま、分厚い魔法の氷の中に、閉じ込められた。




