60話 パパさんに案内してもらったぜ
「コテツ姉、いつの間に産んだの?」
「産めねえ身体だっつってんだろ!」
すんげえにやにや顔で言って来るレムネアに言いながら、俺は腕に抱いてるロナを抱え直した。
「大丈夫か、ロナ? 寒くないか?」
「大丈夫! ママ、暖かいもん!」
そう言って笑うロナは、もこもこの大人用の防寒着にくるまっててあどけない顔を覗かせてるけど、ほんとに寒さを感じてないみたいだった。
「つか……、オマエら、下で待ってて良かったんだぞ?」
一応<火球>をいくつも周囲に浮かべてるつっても、『真冬に雪山登山』なんてのをやる羽目になった俺とロナに、律儀にレムネアたちパーティメンバーに加えて、村人の世話で最低人数残したハダトさんたちや、レイメリアまで付き合ってくれてさ。
……インシェルドは元村長ってこともあって、亡くなった現村長の代わりに生き残った村人を率いて先にシスの街へ避難する、ってことで、その準備で同行してねえんだけど。
「あら? 私とインダルトはギルド密偵ですもの、付き合わないわけないでしょ? 旦那様に報告、出来なくなっちゃうじゃない」
ってくぐもった声で答えたレイメリアの姿が、顔まで全部防寒装備で覆った姿だったもんで、俺は思わず笑っちまったんだけどな。
「いくらなんでも着込みすぎだろ。なんでそんな寒がりなんだよ」
「仕方ないでしょ? 私とサーティエは元々はもっと南の地方の出身だもの」
「……そうか。俺やレムネアにエルガーはカーン帝国の生まれだけど、アドンやレイメリアたちは、よその国から渡って来たんだったな」
目元以外隠して、布ごしに真っ白な息を吐いてるレイメリアを振り返って、俺はそれを思い出した。
「そうよ? サーティエもこんな寒さは苦手でしょうに、震えてないか心配だわ」
言って、レイメリアがずっと遠くに見えてる山頂を仰ぎ見るもんで、俺もつられてそっちに視線を戻す。
……そして、空中に浮いてる不可視霊体になってるシィと、その傍らに寄り添って先導してる男性の霊体に目が行って。
「ねえママ? どうしてパパはお空を飛べるようになったの?」
「……ちょっと、そりゃ難しい質問だな? ロナがもう少し大きくなったら、教えてやるよ」
俺の胸に抱かれて、しっかり俺の首に手を回してるロナが、『その男性に視線を固定したままで』俺に質問して来たんで、なんとなくぽんぽん、ってロナの身体を軽く叩いて返事してやった。
《ほんとに霊体が見えてんだね、ロナちゃん》
『アァ。こんなに魔眼持ちが集まるなんて珍しいのかもな。俺とエルガーは<魅了眼>持ちだが、ロナはどうやら、<霊視>を持ってるらしい』
シィに答えといて、もう一度ロナを見下ろす。
最初に出会ったときは<魅了眼>の影響下かって心配したくらいの似た強い波長を感じたんで、殺すのも視野に入れて観察したんだが……。
『シィが居てくれて良かったぜ? 俺だけだったら、霊視と魅了眼の波長の区別がつかなかった』
《あたしの知識じゃなくて、たぶん繋がってるシンディさんの知識だと思うの》
少し上空に浮かんでるシィが、困ったように照れた表情で、先頭を進んでる俺らのことを見下ろしてて。
《なんていうのかな? 脳内で単語やフレーズを検索掛けてるみたいな状態で、疑問に思ったり不思議に感じたことが、知らないことでもすぐにぱぱっとイメージや知識として出て来るのね》
『それでも、やっぱシィに感謝だ。俺は、違和感を感じられなかったんで、疑問にすら思わなかった』
殺さないで済むんだったら、それに越したことはねえし。
この村に来てから、もう前世で殺した人間の数と同じくらい殺してる。……殺しすぎだろ、いくらなんでも。
そういう風に、わざとエルガーが仕向けたんだったら、俺は。
――脳裏にエルガーの顔や二人で過ごした思い出がチラついちまって、少しだけ雪を掻き分ける足が鈍っちまったけど。
……いや、その、『白い子供』って奴に影響受けてるか、操られてるだけだ、きっと。
ロナだって殺さずに済んだんだ、エルガーだってきっと大丈夫に決まってる。
「んー、ママって、いつの間にこんなにお胸、大きくなったの?」
「……頼むから、揉まないでくれるか、ロナ?」
なんか後ろから「羨ましい」とか「その場所代われ」とか聞こえて来るけど、こんなでかいだけの邪魔な胸揉みたいのかよ、オマエら、みたいな。
つーか。
『っあー、シィ? そんなに俺と母親が似てるのか、パパさんに聞いてみてくれるか?』
《……うーん、難しいと思うんだよね。聞いてみるけど》
『――いや、やっぱ、いいわ。オマエが特別製なの、忘れてた』
相変わらずまっすぐに山頂に向かって進んでるパパさんの霊体の後ろ姿を見て、難しい顔したシィに向かってそう伝える。
俺も一度死んだ身だ、パパさんがシィと同じ霊体つっても、シィとは違って、パパさんが死んだときの衝撃で恨みや妄執に取り憑かれて悪霊化しそうになってんのが分かる。
ロナも<霊視>でパパさんが見えるって言っても、そりゃ「凄惨な状況で殺されたに違いないパパさんの現状を幼いから理解してない」ってだけなんで。
だから、ロナの理解じゃ、『父親が白い子供のところへ案内してくれてる』って程度で。
「インダルト? 後で、ロナのこと頼んでいいか?」
「って、なんで俺なんだよ? 子供は苦手なんだよ」
あからさまに嫌そうにしたインダルトに、俺はつい、意地悪な笑みを浮かべちまった。
「へえ? じゃあなおさら、オマエに託すわ。良かったな、子供に慣れるいい機会だぜ?」
「じゃあなんでそんな意地の悪い笑い方してんだよ、コテツ? そんなんじゃ、嫁の貰い手が付かないぞ」
……軽口の延長線上だったんだろうけど、その、嫁、って単語に俺は過剰に反応しちまって。
「――っ、悪い。俺、いつも考えなしで言っちまって。コテツの義姉弟で、婚約者だったんだよな」
すぐに俺の反応で思い至ったのか、インダルトが謝って来たけど、俺の方も動揺しちまって返事がすぐに出て来なくて、無言で顔を逸らしちまった。
そのまま、なんとなくみんな無言になっちまって……、結局、山頂に続いてるらしい、昔の坑道跡に入るまで、全員が一言も喋らなかった。
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「もっと、火力強く出来ないのか、コテツ?」
「アァ? これ以上強くしたら、熱は上がってもオマエらの服が焦げるっつーの。それに、火を燃やしてんだから、酸欠の心配もあるし風は止められねえしな」
やっと会話が発生したと思ったら、最初はインダルトのそんな一言で。
レイメリアだけじゃなくてオマエも寒がりなのかよ、って苦笑しつつ、俺は坑道の中で、気持ちだけ出現させてる<火球>の火力を上げてやる。
つっても、坑道ってことであちこちに凍った木材とかいろんな凍結物があるんで、あんまし火力上げると融解してきっといろいろ困ったことになるから、ほんとに気持ち程度だが。
「これくらいで根を上げるとは、それでも軍人か? だらしのない」
「うっ……、だって、俺、正規の軍人じゃないし」
「言い訳するな、女々しい」
ハダトさんに叱られてっけど、こうして見てると、確かにハダトさんが『オヤジ』ってあだ名で呼ばれるのが分かるっつか、丸っきり父親役なんだもんな。
今も、叱りながらもさり気なく、<火球>のいちばん近くになるようにインダルトの位置を入れ替えててさ。
それで、北の生まれで寒がりじゃねえ、つっても生まれつき耐久力に難ありなんで俺が<火球>のそばに居るように言いつけてあるレムネアの傍らに寄り添ったら、無言で荷物を肩代わりしたりしてるインダルトも兄貴ヅラが徹底してるっつーか。
……つか、レムネアの顔色が悪いな。無理させすぎたか。
「レムネア? オマエ、ここに残れ?」
「っ、やだっ! 絶対ついてく!!」
「疲労が限界なんだろ、もう。――体力ないから、ずっと精霊力と魔力で補助してたろ?」
「知ってて、黙ってるの、ずるい。コテツ姉」
黙ってりゃ、そのうちガス欠になって脱落すっかと思ってさ。
――エルガーたちに追いついたら戦いになる可能性がもうかなり高くなってんのに、そこに、たったひとりの俺らの最愛の妹が同席してるなんて、何の冗談だよ。
「ボクは、二人の妹なんだから! どんな『結末』になっても、見届けなくちゃ!」
「気持ちだけ貰っとく。休んでろ」
素早くロナを抱いてるのとは逆の手で、とんっ、と瞬速で人差し指の先端をレムネアの額に軽く押し付けて……、がくん、とレムネアが崩れ落ちるのをその手で抱き止める。
「ふあっ……? からら、うごからい」
「血流術のひとつで、接触麻痺スキルだ。こっちで使ったのは初めてだけどな。心配ねえ、時間が経てば動けるようになる」
ろれつも回らなくなって混乱してるっぽい無抵抗のレムネアを、同じく唐突な展開で驚いたっぽい、すぐ隣に居たインダルトに託して。
「ロナの世話はまた今度な。――俺の最愛の妹だぞ? 変なことしたら、八つ裂きにしてやるからな」
「子供にそんなことするかよ! お前も、残った方がいいんじゃないのか、コテツ?」
「俺が行かなくて、誰がエルガーと対等に戦えるんだよ。言っとくが、エルガーだけで、ここに居る俺以外の全員と同時に戦えるんだぞ? それに、あっちには『魔法戦士』アドンと、『魔法使い』サーティエまで居るんだ」
俺の言葉に、インダルトがレムネアの力の抜けた身体を支えながら、ハダトさんたちを振り返るけど、重々しく頷いた面々の表情で、俺の言葉が嘘じゃねえ、って察したみたいで。
それくらい卓越した戦闘力持ってる戦士なんだ、エルガー……、俺の弟ってのは。
「ママ? パパが見えなくなっちゃう」
「オゥ、悪い。ちょっと手間取っちまったな、進むか。でも、ロナもこの先はお留守番だ」
シィが一緒にパパさんの進む方向に同行してるんで、ぶっちゃけちまうと、姿が見えなくなったって別に問題はないんだ。
でも、ロナは<霊視>でパパさんが見えてるし、たぶん……、パパさんの最後の姿だろうから、娘のロナを置き去りにするのも心苦しくて、連れて来ちまった。
「ロナ、お留守番?」
「アァ、この先はちょっとな。いい子にして待ってろよ? ――レイメリア、頼む」
「いいけど……、一人で行くの?」
「いや、ヒトツメだけ連れてく。最悪負けても、俺らは不死身だからな」
ロナをレイメリアに渡して、点火してた<火球>は、火の扱いに長けてるムギリに。
「最後まで同行したかったのじゃがのう」
「アイツが本気になったら、ムギリじゃ対抗出来ねえし、俺もみんなを守りながら、なんて余裕がねえんだ。レムネアやロナに風邪引かせねえでくれよ?」
「解っとる。そちらも、……難しいかもしれんが、シルフィンとシフォンを無事に連れて帰ってくれ。術に落ちておっても、あの娘らは不死じゃ、時間を掛ければ何とかなるかもしれんしな」
「――ドワーフとエルフってな、仲が悪いんだと思ってたぜ」
まさかムギリからエルフ姉妹のことを頼まれるって思わなくて、意外に思って問い返したら。
「言わなんだか? ドワーフとエルフは同じ精霊族、それにあの娘らは年下、言うなれば、ワシの妹のようなものじゃ。……兄として、心配するのは当然じゃろ? 仲が悪くともな」
理由を聞いて、納得しちまって、俺が失笑したら、ムギリも苦笑してみせた。
そうか、鍛冶屋の二階を貸したのも、仲悪いのにあれこれ世話してんのも……、インダルトと同じで、兄貴分のつもりだったのか。
「かっこいいぜ、ムギリ?」
「よさんか。いいから、急ぐのじゃろ? ここで待っておるから、必ず戻って来るんじゃぞ」
「アァ……、って言いたいとこだが、アイツは本気で強ェんだ。俺の自慢の弟だからな。三日待って、帰って来なかったら下山してくれ」
言い捨てて、俺はヒトツメを伴って、坑道の奥へ走った。
後ろでなんか大声でムギリが怒ってる声が聴こえるけど、それには答えずに、ただひたすらに、奥へ、奥へ。
ここで三章前半折り返しっ。まだまだ三章続くよっ。




