57話 平和ボケしてたぜ
「なん……っだ、ここは?」
きらびやかな装飾みたいなもんがあるわけでもねえ、無骨で重たい金属扉を俺とヒトツメとムギリが力任せに押し開いた途端に感じた違和感に、俺は思わずそれを口に出しちまった。
「? どしたの、コテツ姉?」
「……っ、そうか、レムネアにゃ解らねえのか」
俺のすぐ後ろに続いてたレムネアが訊いて来て、俺はこれが『普通の人間には感知出来ない』ってことを改めて思い知る。
「ふむ? コテツ嬢ちゃんには、何か違和感があるのかの? ワシには、何も感じられんのじゃが」
「アユカ、も、よく解らない。匂い、ここ、たくさん。時間、長い、居た、きっと」
同じように扉を潜って中に入り込んだムギリもアユカも、俺が感じた違和感には気づいてないっぽい。
「恐らく、神族とそれに近しい関係者で、力の感知に長けた者にしか解らないだろうな」
「……アァ、そうかもな」
インシェルドが後ろから言って来るが、それには振り向かずに答えておいて、俺は内部に進んで、周囲を広く見回してみる。
「ここに来るまで解らなかったが……、こりゃ、地下墓所構造だな」
「なるほどのう? 入り口を開いた仕掛けを動かしたときに同時に天井が動いて小部屋が現れたが……、それらも含めて、全構造が地下の安置所、と見做せば説明しやすいのう」
「だろ? 普段天井が下がって小部屋が密閉されてんのも、空気や侵入者を遮断してんのかなって」
俺の隣に並ぼうと小さい歩幅で急ぎ足になってるムギリが隣に来たのに気づいて、俺は歩幅を小さくしながら、ムギリと一緒になって周囲を暗視視力で見回す。
――天井も壁も境目が見えないくらいに、構造っつか空間を無視しただだっ広い空間のずっと先に。
「どうやら人間一人分が横になれそうな台座がぽつん、とひとつあるだけ、か?」
「そのようじゃの? 異空間、ではなさそうじゃが。《虫の迷宮》では、迷宮ごと異空間だったんじゃろ?」
「迷宮っつか、一階層ごとに、だな。――でも、ここは広いだけで、ちゃんと奥はありそうだ」
ムギリと会話しながら、無言でついて来てるヒトツメの眼帯に覆われた背の高い頭部を軽く振り返ってちらりと一瞥するけど、無言のままで頷いたんで、どうやら俺と同じ違和感を感じてるっぽい。
「……むー。コテツ姉がなんか一人で納得してるぅぅ。ボクにも、ちゃんと説明してっ?」
「……って、ついて来てたのかよ?!」
得体の知れない力の残滓に若干緊張してた感じのとこに、唐突にレムネアがそんな風に切り出したもんで、俺は少しだが驚愕しちまった。
「ちょっと、普通の人間にゃ危ねえかもだから戻ってろ!」
「やだもーん。危険になったらコテツ姉が守ってくれるから、大丈夫!」
「俺だってヒドラ戦のときみたいに、無理なときは無理だっつの! 神族ってな、『自分らだけが不死身』なんだからな?」
「……大丈夫、だもんっ。ボクはコテツ姉の妹、なんだからっ」
むむぅぅぅ、なんて珍しく不満で眉根を寄せて意地になってる顔も可愛いんだが、そんな状況じゃなくてだな。
《だいじょぶだよ、コテ兄? あたしが見てるから!》
『シィ、オマエまでなあ……。オマエも感じてんだろ? この、「部屋中に無数にある、変な色の神力を使いまくった残滓」をよ?』
脳内でシィと会話してる間も、暗視能力を持ってる俺らだけ見えてる、ずっと奥の台座に向かって一直線に歩いてるんだが……。
レムネアは俺が出してインシェルドが操作を引き継いでる<火球>の光の範囲内から外れたら真っ暗に見えてるはずだ。
「ったく、しょーがねえな?」
「――うわ。コテツ姉に手を繋いで貰うって、どれくらいぶりだろ?」
「なんでそんな変なことで感動してんだよ? この程度ならいつでもしてやる、っつの。……アァそうだ、魔力、減ってるか?」
途端に繋いでる手とは逆の手で口元押さえて、真っ白な肌を見る見る赤面させてくのが面白え、っつか。
「俺に取っちゃ単なる儀式なんだが、そんなに恥ずかしいもんなのか?」
「だっ、だって! ボク、まだ、そういう経験、ないし……」
尻すぼみに言葉尻が小さくなってくレムネアの弁明で、なるほど『あっちの経験』と結びつけてるらしいことが判明して。
「アァ、そうか。でも女同士だからノーカウントだろ?」
「コテツ姉とは、そうだけど。――ねえねえ、エルガー兄と初めてのときはどうだったの? 聞きたい!」
「……忘れた。エルガーが帰って来てからアイツの方から……、いや、余計なこと話すに違いねえから、教えねえ!」
藪蛇だったな、と思って俺はレムネアの姿のずっと奥で、入り口付近で佇んで待ってるアユカとインシェルドを見やって。
「インシェルドが魔法使おうとしても、あの距離なら獣人のアユカの方が速ぇし、肉体能力で言えばアユカに老人のインシェルドが敵うわけもねえし。――心配ねえか」
「?? そんっなに、ここって危ないの? 何にも見えないんだけど」
「危ナイトイウカ、何ガ起コルカ解ラナイノダ、れむねあ」
答えようとしたら、強烈な極低音の声が降ってきた、と思うなり、レムネアが空中に持ち上げられて、ちょっとした悲鳴を漏らした。
「怖ガラセタカ? 済マナイ、人間ノコトハヨク解ラナイノダ。シカシ、出来レバ、虎徹様ノ両腕ハ空ケテオイテ欲シイ」
「うん、わかった! 大丈夫、ちょっとびっくりしただけ!」
「ヒトツメに任せときゃ安心か。俺の妹なんだ、頼んだぜ?」
視界ゼロで真っ暗闇で更に肩に載せられて不安なんてもんじゃねえだろうに、ちょっと喜んではしゃいでる風のレムネアが可愛くて、少しだけ場が和んだぜ。
「つか、別に明かり付けてもいい……、はずだよな?」
「恐ラク……、暗視デナクトモ、神力検知デ見エルカト」
よく見たらレムネアが――ここも強烈に低温だからか――、鳥肌立てまくってんのが見えたもんで、俺はヒトツメ謹製の神刀から<火球>をいくつも周囲に飛ばして明かりと気温を確保してやったら。
「んだよ? じっと見つめてても楽しいもんじゃねえだろ?」
「イエ、以前鍛冶場ニ来テ仰ラレタ通リ、神刀ノ能力ヲ良ク理解シ使イコナシテオラレルナ、ト」
「……すっげー表情分かりにくいんだが――、もしかして、喜んでるのか、ヒトツメ?」
俺にサイクロプスの喜怒哀楽を表情の微妙な変化だけで判断しろ、って言われても間違いなく無理だ、って断言出来るくらいには。
……分かるわけねーだろ、微妙すぎるわ!
「うーん。人間のサーティエおばさんが神力を見えるか感じられるんだったら、ボクだって覚えられるはずなんだよね?」
「あっ。……そうか。しかし、サーティエに会って話してみないことにゃ、俺らには解らねえぜ? 何しろ、俺らにゃ始めっから『視えてるもの』だからな?」
「そっかー。んじゃ、やっぱり、エルガー兄も絶対に見つけなきゃ?」
レムネアと、でっけー愛用の鍛冶ハンマーを持ってるのとは逆の肘を軽く曲げて、肩に載せたレムネアのいい足場にしたらしいヒトツメが、俺の方をちょっと後ろから見下ろすみたいにして来やがって。
「んなこた、解ってるっつの! ――俺を上から見下ろしてんじゃねえよ、胸くそ悪い!!」
「……あっ。もしかして。コテツ姉って、『姉弟で背丈がいちばん低い』の、気にしちゃってる?」
《コテ兄、いま143センチくらい? レムネアちゃんが147センチくらいだから、いちばんチビっ子なんだね……》
「うるっせーっつの! 見てろよ、そのうちぜってー追い抜いてやっからな!!」
ぼそっ、と脳内からツッコミ入れるシィにもまとめて怒鳴りつけておいて、俺は空いた両腕に神刀と小太刀を手にして、そろそろ近づいて来た台座に大股で近寄った。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「……拍子抜けだったな」
「あんだけ警戒した俺らって一体、ってな」
安全確認して近くに寄って来たインシェルドとアユカに向かって頷いて……、っつか、台座じゃなくてどうやら棺桶だったらしい、俺は外した棺桶の蓋を軽く蹴っ飛ばした。
「恐ラク、コノ、変ナ神力ノ元ノ主ハ、ココニ安置サレテイタモノト思ワレ」
「だろうな。そこら中に残滓があるが、ここ周辺がケタ違いに多い。――量は全部、大した力じゃねえみたいだが」
神力検知の視界で視ねえと解らねえはずだが、レムネアと同じ程度の身長の奴がうろうろ歩き回ったみたいに、そこかしこに変な色の神力溜まりがあるんだよな。
「なんか、術? を使ったか試したか、みたいな痕跡のような気がするんだが」
「同感だ。強い術ではないようだが……、精神作用系か? 不思議な術式を感じる」
「お? 新術式なら俺の神刀で吸えっかな?」
もう使い慣れまくりだが、俺の神刀は魔力と魔術式を『吸い取って記憶する』って特性があって、誰の術でも何の力でも吸収出来ちまうんだよな。
吸収する、っつっても元の力を喰らい尽くす、なんてやべえ代物じゃなくて、記憶する、つった方が正しいんだが。
「オォ? 吸えたわ。じゃあ、これも一応、魔術式の一種なんだな」
神刀を神力溜まりに突っ込んだら、紅色の揺らめきと共に神刀の記憶追加が完了した。
この神刀は、魔術式と魔力以外は吸えねえもんで、神力を直接叩き込むには打ったヒトツメと神の血由来の神力を提供したシンディの協力が必要不可欠なんで、な。
「だが、あまり近寄らない方がいいだろう。なにか……、普通の魔力や神力に浸透しやすい、ような気がする……、汚染、と言えばいいのか」
「アァ? ったく、今更過ぎんだろうよ。そこら中に神力溜まりがあるっつーのに」
呟くように言って、とりあえず手近な神力溜まりを少しでも中和しようと、神刀をそっちに動かしてる最中に。
「あっ! 汚染っていうか、浸透しやすいんだったら……、エルガー兄やサーティエおばさんにアドンおじさんたちって、普通の人より強い魔力を持ってる人たちだから、浸透も凄く早かったんじゃ?」
「……なに?」
相変わらずのヒトツメの肩の上から、そんな言葉を投げ下ろして来たレムネアに、俺は一瞬意味が理解出来ずに。
「えっ、だって、『何の術か解らないけど、たぶん精神系に作用する術の痕跡』があって、『それが魔力に浸透しやすい』んでしょ? 人間って誰でも魔力を体内に持ってる生き物だから……」
「――オマエら、今すぐ部屋から出ろ!」
神刀を振って神力溜まりを分断しながら、俺はヒトツメに命令して、ヒトツメも返事するよりも早く、手近に居たムギリをレムネアを担いでるのとは逆の腕で小脇に抱えて、入り口の方に駆け戻り始めた。
「くっそ、俺自身が『神器』で『魔力ゼロの人形』だから、思いつかなかった!」
《コテ兄! 簡易だけど、神力防護結界張ってみる!》
『オゥ、頼む! もう影響出てっかもしれねえし、オマエも今は魂だけの存在だから、自分から先にな!』
《解った!》
脳内のシィに答えといて、俺は小太刀を納刀してアユカの細い腰を横抱きに、歩幅の違いでもうずっと先まで駆けてるヒトツメの後を追う。
ボケすぎてたぜ、精神系作用の魔術がこの世界に少ないもんで忘れてたが……。
力の残滓でも『洗脳系の術式』がそこら中に浮遊してたら、やべえなんてもんじゃねえだろ!




