56話 ひたすら通路を進んだぜ
「ムギリとヒトツメは先に迷宮を見つけてたんだよな? 鍛冶の専門家として、なんか、気づいた点はあるか?」
「ワタシハ建築ハ専門外、むぎりノ方ヘ」
「ワシも《水と炎の迷宮》と同様に、ここまで精密に組まれた迷宮、というのはさしもの見たことがないのじゃが……」
質問した早々に丸投げされたムギリは、いつでも抜けるように背負ってた大斧を腰のベルトに半差しにした状態でそれに片手を掛けて、歩いてるうちに少しズレて来たらしい兜の位置を直しながら、低い声で呟くように言葉を続けた。
「ワシはシルフィンやシフォンのように精霊の声を聞く術はあれほど長けておらんからして、見える範囲を観察して気づくのが得意なんじゃがの。――天井の斜交いを見ていて気づいたのじゃが……、恐らく、ここの構造は罠よりも、小部屋の類を隠すことに特化しておるのだ、と思う」
「へえ? 小部屋、あるのか?」
言われて俺も、ずっと続く半円状の天井の通路の床に、たまーに生えてるアドンが打った鉄棒の先の罠スイッチを踏まないように気をつけながら、ムギリが目を向けてる天井に目線を移してみたけど。
「……俺にゃ、苔に覆われた古びた石の天井、以外のことは解らねえけどなあ?」
「ほっほっほ、そりゃ、コテツ嬢ちゃんは素人じゃからの」
「仕方ねえだろ、大工仕事なんかしたことねえし」
愉快そうに笑うムギリに、俺は目を戻して苦笑を返した。
「で? なんで天井見て、小部屋があるって分かるんだ?」
「等間隔にじゃが、恐らく小部屋に繋がっておるのだろう梁が僅かに半円状の天井面から突き出ておる」
ムギリが天井に向けて指で縱橫に線を描いたんで、ムギリのその手に屈んで目を近づけながら見たら、確かにムギリの言う通りだった。
「あー……、確かに、出てるな。言われなきゃ気づかないレベルだが」
「通路の天井中央部に直線状に張った親梁に、互い違いで傘状に伸びる子梁が貫通して重量分散しておるのだと思う。そして」
ムギリが、通路の端、俺と同じくらいで150センチ強程度の背丈でも屈まなきゃ辛いくらいに低くなってる垂直の壁の方に歩いてくもんで、俺も後に続く。
「分かるかの、この、床の縁の切り欠け? こりゃ、かなり最近に『壁との摩擦』で生まれたもんじゃと思うんじゃな。しかし、壁には同じ痕跡が見えんからして」
確かに、ムギリが屈んで指差してる壁に接してる床石に、言う通りの切り欠けがあって、よく見りゃ摩擦で出来たのか、粉っぽいものも積み上がってた。
光の当たる範囲内でも、両側の壁にそんな痕跡がずっと線上に残ってて。
「……天井が壁ごと、下いっぱいに下がってる状態、ってことか?」
「多分のう。そして、壁の石材じゃが、左右等間隔互い違いに、部分的に圧力の掛かり具合が違うもんでな。――恐らく、天井の子梁がこの壁材とその更に奥の空間に繋がっており、そこの部分の下は入り口になっておる、と睨んだ」
「天井がせり上がったら、お宝部屋に繋がってるのかなー? ……お宝っ、お宝っ!」
「オマエ、別に金には困ってないだろオイ、盗賊王の一人娘?」
俺らの会話を聞いてて、お宝の気配を感じたレムネアが急に勢い良く話に混じって来たが……、そんな元気な様子に、周囲の暗さとも相まって、なんか妙に会話がなくなって来てたパーティ内が明るくなった気がした。
「むー。宝探しはボクら盗賊の本分みたいなものだから、元気になって当然なんだもーん。……あと、ボクはあの人の娘だなんて認めてないんだからっ」
「盗賊ギルドの披露式典出て、街のみんなの上で感動してわんわん号泣しといて今更過ぎんだろ」
「あっ……、あれはっ、場の雰囲気っていうか、初めてあんな豪華なドレス着てお化粧したからっていうか、コテツ姉と一緒に出たからっていうか……。っていうか、コテツ姉って、ドレス着慣れてない?」
頬を真っ赤にしたまま膨れ顔で言い訳しまくるレムネアが可愛すぎたが、ちょっと藪蛇だったか。
質問を全スルーして相変わらず匂いの痕跡を辿りながらパーティの先頭を進んでるアユカに追いついて隣に並んだら、当たり前のようにその俺の後ろにレムネアが追いついて来て。
「ねえねえ? コテツ姉ってドレスたくさん持ってる、ってメイドさんたちにも聞いたんだけど?」
「……くっそ、口の軽い……、アウレリアじゃねえな、イファンカかウィルペディか、どっちかだろ?」
「んとね、イファンカさんから!」
にこにこと答えるレムネアの言葉で、俺は屋敷に戻ったらイファンカを問い詰めることにした。
アウレリア、イファンカ、ウィルペディの三人はそれぞれ、俺たちが住んでる元領主館で今はカスパーン爺さんの別宅扱いになってる、貴族館を管理してるメイド筆頭たちだ。
そこに料理長のアユカを加えた四人で、でっけえ屋敷の全部を管理してる、すんげえ有能なメイドさんたちなんだが。
……あのメイドさんたち、仕事の合間に事あるごとに俺で遊ぶ、んだよな。
俺が寝てる間にこっそり両手両足の爪を真っ赤に塗ってみたり、出席する必要ない夜会に予定ねじ込んで俺が出席することにしてみたり、毎度毎度ドレスの露出度が高くなってったり。
まあ、普段の生活でめっちゃくちゃ世話になってるし、多少の息抜き程度にゃ付き合ってやらねえこともねえんだけど……。
……あのメイドさんたち、俺の反応も楽しんでる気がしてならねえのは気のせいじゃねえ、と思う。
余談だが、今は俺の屋敷を出てハインと一緒に暮らしてるレムネアとレイメリアの三人が住んでる盗賊ギルド本部兼住居の方もカスパーン爺さんが皇都から連れて来た部下が管理してるらしくって、そっちは男性執事のみで構成されてるそうだ。
ハインと会う以外の用事でしか出かけねえもんで、ギルド本部として解放されてる一階にしか入らねえもんだから、住居になってる二階以上に入る機会が少ないから滅多に見かけねえけど。
レムネアは普通の貴族令嬢と違って執事って男性の前で着替えるのに慣れてねえもんで、俺の屋敷の方にやたら入り浸ってっからな。
話が逸れた。
「宝は果たして、手付かずで残っているかな?」
「ん?」
「ムギリも今しがた、言っていただろう? 『直近で動かした形跡がある』と」
思案顔で最後尾を進んでたインシェルドが言うもんで、どうやら少しずつ気温が下がって肌寒さを覚えてるらしい先頭のアユカの腰を抱く姿勢で密着して温めながら、首を回してそっちを見る。
「全部持ち帰られてるかも、ってか? でも、エルガーたちは<異次元収納>を持てねえはず、なんだがな?」
「あれは神力由来の膨大な変換魔力が常時必要だからな。しかし、可能性はあるだろう?」
暗にインシェルドが何を言いたいのか察して、俺はインシェルドから目線を外して前に向き直る。
「……コテツさま、大丈夫? 顔、難しい、眉、シワ」
「顔が難しいんじゃなくて、難しい顔、っつーんだよ」
かなり共通語が上達した、つっても、まだ人間社会に来て一年しか経ってないんだもんな。
アユカの文脈の間違いをちょっと指摘して、俺はとうとう俺の背丈を軽々と抜いて160センチ程度、エルフ姉妹たちと同じくらいまで成長しちまったアユカの腰を抱く手に力を込めた。
「可能性、か。――あるっちゃあるんだが」
《所々に残ってる、変な力の残り香でしょ? みんなは、気づいてないみたいだけど》
『アァ、それだ。神力系統で魔力の上だから、普段から神力を扱って見慣れてる俺ら以外にゃ、昔から俺やシンディの側で過ごしてた魔道士のサーティエくらいしか気づかねえ、と思う』
脳内のシィが発した疑問に質問で返しといて、俺は思考を続ける。
『たぶん、神力系統だと思うんだが……、俺らの神力は真っ白に見えるんだけど、この残り香は、――純白っていうよりなんか、青みがかってて変、だよな?』
《サーティエさん? のことはよく知らないから解んないけど。あたしも、コテ兄が言ってるのが正解かな、って。――たぶん、同じように神力を扱ってるインシェルドさんも気づいたんだろうね》
『だな。インシェルドが神力の違いを見分けられる程度にゃ、神力について詳しいんだから、神族なのは確かなんだろうが』
《今のところ、変な動きはしてないよ? あ、ひとつ気づいたんだけど》
『なんだ?』
長く続いてる一本道状態の通路をずっと進んでるけど、どうやら微妙に下り勾配になってんのが影響してんのか、自前の毛皮で寒さには強いはずのアユカまでが震えるほど寒くなってることに気づいて。
俺は<光球>と<火球>を切り替えて、熱源を作ったところだった。
《たぶんだけど、インシェルドさんもコテ兄と一緒で、神力や魔力の供給源を杖に依存してるみたい》
『へえ? そりゃ発見だな。――言われてみりゃ、さっき、インシェルドが<落速減衰>使ったときも、詠唱呪文唱えてなかったな』
この世界で精霊召喚以外で魔法を使うときゃ、呪文の詠唱は必須だ。
例外は俺とシンディ、それにシィが俺の身体を通してシンディの体内を流れる神の血を使う《血流魔術》と、サーティエがよく使ってる、魔法陣に詠唱を封じ込めて魔力を流すと同時にキーワード発動してるやり方と。
それに、俺の神刀みたいに、使用する魔力と詠唱を固形物の中に一体化しといて、キーワード発動するやり方、で。
インシェルドが魔法発動してるやり方は、シィの見立て通りなら、俺の神刀と同じ方式なんだと思う。
ってこた、インシェルドも俺と同じで、体内に持ってる魔力は……、俺は神器、作られた人形の身体なんで完全に空っぽでゼロだが、インシェルドは生きてるからゼロは有り得ねえけど、シンディと同じで相当少ないんだ、と思う。
――まあ、どっちかってーと、目下の問題は、なぜか避けられねえあの、見てくれはごく普通のシンプルな木の杖の秘密が分かれば避けられるかもしれねえ、ってのが最重要だけどな!
俺は、痛い思いしたくねえんだよ、痛がりだから!!
《んとね、ほんっとに微妙に、だけど、杖から身体に常時神力が流れてる感じがあるの。何に使ってるのか、までは解らないけど》
『力の流れの把握や扱いはシィの方が巧いみたいだもんな。シンディ直伝か』
《うん! コテ兄のために使えて嬉しいよ? 魔法もたくさんあって覚え甲斐あるし!!》
『頼りにしてるぜ、最愛の妹さん。――引き続き、監視頼む』
傍目からは俺が急に押し黙ったみたいに見えたはずで、アユカが困惑顔で俺の方を見てることに気づいて、手早く俺はシィとの脳内会話を打ち切った。
会話しねえだけで、常に一緒に居るのは変わりねえし、シィの方から一方的に話しかけて来ることも出来るんで影響少ねえしな。
「???」
「ああ、いや、何でもねえ。アユカは頑張ってくれてるよな、疲れねえか?」
不思議そうに傍らの俺を見下ろしたアユカの鼻先をちょん、と指で突ついて、俺はごまかすようにアユカに声を掛けた。
「大丈夫。迷宮、最初、アユカ、役立たず。ここ、頑張る」
「気にしなくていい、つってんのによ」
「――恩返し。アユカ、人間、世界、憧れてた。コテツさま、連れて来て、くれた」
めっちゃくちゃ照れてんのか、下から見上げるアユカの顔は頬を染めてて。
そんな義理なんざねえんだが、アユカがそんな風に恩義に感じてることに俺はなんか妙に嬉しくなって、柔らかい毛並みの獣毛に包まれたアユカの後頭部に手を伸ばして軽く引き下ろして、その頬にキスしてやった。
「○✕□△!?!?」
「あーっ、またコテツ姉が女の子たらし込んでる! 百合って言うんだよね、そういうの!?」
「……いっつも思うんだが、オマエはそういう余計な知識を、どこで仕入れて来るんだ?」
「ふぇ? えっと。ウィルペディさんが仕事の合間にちょくちょく教えてくれるんだけど?」
「またあいつらか……。いっぺん、腰据えて話を聞いてみねえとな?」
剣呑な笑い方になっちまったと自覚してんだが、鋭い目つきのまんま、にやり、と唇を歪ませたら、さしもの妹なレムネアでも少し引いたみたいだった。
っつーか、あのメイドたち、自由にさせとくとレムネアが影響受けすぎて『腐る』ような気がしてならねえんだよな。
男性執事しか居ねえ、ってレムネアの邸宅で、こっそり掛け合わせの組み合わせを作って楽しむようになったら末期、だと思ってる。
そんな会話を続けながらも油断なく匂いを追って、恐らく最奥までの最短距離を進んでたら……、どうやら一発で当たりを引いたのか。
<火球>の強い光が届く範囲の奥に、通路の終点、意味ありげな大きな金属扉が光を反射してるのが、見えてきた。




